馭者ゆき~白い立葵の花~

シャーロット乙女子

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第十話『銀鏡晴近』

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「君くらいの歳の女の子が馬を操れるなんて凄いね。
 武家の姫君?…には見えないけど、君は何者だい?」

 その青年がゆきに語りかけるも、ゆきはとらの背に跨がったまま、ポカーンと口を開けっ放しにして、その青年の美しさに見れている。

「君がそうやって生足を表に出しているから、通りすがりの男達が好色な目を向けているよ。」

と、青年が周りを見回しながらゆきに向かって言うと、ゆきはようやく我に返り、とらの背から降りようと身体を動かした。

「いや、そのまま降りてしまうと裾の奥まで見えてしまうよ!」

 青年が慌ててゆきが降りるのを制したため、ゆきも「ハッ」とその事に気付き、とらに跨がったまま、咄嗟とっさに着物の裾の付け根、股間の辺りを両手で押さえた。

「ちょっと待って。」

 青年はそう言うと客車キャビンの扉を開けて中に上半身を乗り込れて直ぐに表に出た。
 手に朱色の外套マントを持っており

「これで隠すといい。」

と、馬上のゆきに外套を手渡してくれた。
 ゆきは受け取った外套を膝の上に置き、腰に巻くように外套の端を掴んだまま両手を後ろに回した。

「さあ、馬の背から降りるといい。」

 青年がゆきに向かってそう言ったが、ゆきは外套を持ったまま両手を後ろに回しているため、どうして良いか判らずにまごまごしていた。
 すると青年がとらの馬体左側にピッタリと身を寄せて背伸びをし、ゆきの腰を両手で掴むと抱え上げた。
 腰に外套を巻いているゆきを、所謂いわゆる「高い高い」の状態にして持ち上げたのだ。
 青年はゆきを持ち上げたところで

「おー、娘は重い。」

と言ったため、いきなり抱き上げられて驚いた気分が吹っ飛び、腹が立つのと恥ずかしいのとが合わさって、ゆきの顔は今にも湯気が吹き出そうになる程真っ赤になった。

「早ぐ降ろしてくんちぇ下さい。」

 ゆきがそう叫ぶと、青年はゆっくりとゆきを降ろして地に立たせてやった。

「おらはそらほどそんなに重ぐねえないです!」

と、「重い」と言われた事にゆきが抗議したところ、青年は「ハハッ」といった風に笑い。

「ごめん、これは土佐の坂本龍馬という人が、酒の席で女中や芸妓を抱き上げては
   「娘は重い、娘は重い」
とよく言ってたらしくてね、それの真似さ。
 女の子を抱き上げたのは、私はこれが初めてだよ。」

「…それにしても、もっと他言い方が…」

 ゆきがまた顔を真っ赤にしてブツプツと言っていたところ、その青年は、今度は黙って真剣な眼差しでゆきの顔をじっと見つめだした。

 (…しかし、この娘…本当によく似ている…)

 青年が見つめる時間が長かったため、ゆきは今度は羞恥で顔を真っ赤にしながら

「そ、そらほどそんなに見づめられるど!
 あんたあなたみだいに綺麗な男の人さ、そらほど見づめられるど、おら、しょうしいよ恥ずかしいですよ!!」 

と両手を自分の顔の前に出して左右に大きく振りながら言った。
 青年はゆきが手を離したために地に落ちた外套を拾い、ゆきに向かって微笑むと

「そういえば、名前を聞いていなかった。
 君の名は?」

と尋ねてきた。

「ゆき、いいます。」

 (ゆき!?
 …名前まで……)

「ゆき…くんか、ゆき君が馬を止めてくれて助かったよ。本当にありがとう。」

あんたはどなただがあなたはどなたですか?」

と、今度はゆきが青年に質問した。

「私は銀鏡晴近しろみはるちか
 見ての通り軍人さ。」

「軍…人……?」

「この日の本を守るために戦う兵の事だよ。」

だらならば銀鏡さまはお武家様づーごどだがということですか?」

「違う、武士ではない。
 私は武士ではなく公家の者だ。」

「…公家?」

京畿けいき以外の人には公家は馴染みないか…
 まあ、軍人は武士とは別物さ。
 といっても、今の軍人、御親兵は薩摩長州土佐の士族ばかりだけどね。でも、いずれ誰でも軍人になり得る。」

「???」

「軍は出来たばかりだし、判らなくて当然か…
 それはさておき、ゆき君、この馬車を操って、さっきの所まで戻ってくれないか?」

「え?おらが?」

「ああ、先程振り落とされてしまって、この馬車は現在、馭者ぎょしゃ不在だ。
 君は馬の扱いが達者のようだし、そもそもこの馬を知っていたみたいだし。」

「はい、この馬、とらはおらがお産さ立ぢ会っで、それがら四ヶ月一緒にいました。」

「それで知っていたんだね。
 よし、じゃあ早く馭者台に座って!
 道は私が案内するから。」

「お、おらも馬車なんて操ったごどねえよことないですよ!」

「大丈夫、大丈夫。
 さ、乗った、乗った。」

 ゆきは銀鏡晴近と名乗った青年に押しきられるまま、その瀟洒しょうしゃな造りの馬車の馭者台に乗った。
 そして手綱を手に取ると

「…とら…おらの言う通りに動いでくんちぇねちょうだいね。」

と、前方の馬車をくとらに声を掛けた。
 とらはゆきの声を聞くと耳をピクンと動かして振り向き、ゆきに目を合わせた。
 ゆきはとらの目を暫くじっと見つめ

「うん、じゃあえぐべが行こうか、とら。」

と言い、手綱を軽く引いて合図した。
 とらはゆっくりと脚を動かし始め、馬車は騒動を見物していた多くの人々間を静かに進んでいった。

               第十話 (終)
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