その悪魔、優しいけれど、恋を知りません

雨宮澪

文字の大きさ
1 / 30

第1話 優しい彼は言いました「恋を知らないんですよ、それが」

しおりを挟む
「どうして、この時に、気づいちゃったんだろって思ったんですよ……こんな惨めな気持ちになるなら気づかなきゃ、良かったって……」

 千夏はとあるBarにいて、カクテルを飲んでいた。
かなり濃いめのお酒で、酔いたくてたまらなかった千夏には都合がいいお酒だった。
 きゅっと千夏は目をつむる。酔いで口が止められない。こんなこと、初めて会う男に話すことじゃないのに。
 千夏の隣には、スーツの男がいた。長髪であったが一本にまとめており、清潔感と同時になんとも言えない色香を漂わせた男だった。甘い香りもするが、千夏には何の香りか分からなかった。相当酔っていたせいだろう。
 少しでも不用意な口を閉ざそうとするが、相手が優しく語りかけてきた。

「いいんですよ……私に教えてください、あなたの恋を」

「変な人……こんな話を聞きたがるなんて」

 たまたま隣にいただけで、話を聞いてくれる……傍から見て、かなり希有な存在だ。しかも普通だったら歯の浮くようなセリフでも、説得力があるほどの容姿と声をしている。故にドキリとしたのも事実だが、千夏は平静を装う。

 千夏の言葉に男はどこか寂しげな笑みを浮かべた。

「恋を知らないんですよ、それが」

「え」

「そういうのと無縁なところで生きてきたモノで」

「なるほど……」

 フツーの世界で生きていないんだろうか……そんな馬鹿なと思いつつ、千夏はまたカクテルをあおった。
すると悲しい記憶がぶりかえして、目が潤む。

 今日、千夏は誰にも知られずに失恋した。本人ですら失恋したと気づいたのは、今日だった。
 千夏には慎太郎という友人がいて仲良くしていたのだが、別の友人の香奈から、慎太郎に告白をしたという話を聞いた。
そして、慎太郎も受け入れたと……。
 香奈は明るい調子でこう言っていた。

「千夏と慎太郎、すごい仲が良かったから、もう付き合ってるかと思ったけど、そうじゃないみたいだから、告白しちゃった」

「そ、そうなんだ……香奈は慎太郎のこと好きだったんだ……」

「うんー。だってイケメンだしー、良い人よね」

「良いヤツだよ、うん……」

 優しくて明るくて、優柔不断だけど、良いヤツだ。

「じゃあ、香奈にぴったりかなー!って思ったの」

「ぴったりかー」

 なんだか気が遠くなってきた。香奈より自分の方が慎太郎と長く居て、お互い楽しい時間を過ごしていた。
悩みだって打ち明けられていたし、少しでも時間が空けば一緒にいたいと……。
 ふと、千夏は天井を見た視線をとめた。自分に対してびっくりしすぎて、まばたきしてしまう。

 不思議そうな様子で、香奈は言った。

「どうしたのー千夏……スゴイ顔してるよ」

「いや、ナンデモナイ……ナンデモ……」

「ほ、ほんとう?」

 香奈は心底心配しているようだった。千夏はその場にいられないような気分になり、そそくさと香奈に言い訳して、その場を去る。

 千夏はこのとき、気づいてしまったのだ。
自分は慎太郎に恋をして、何も行動しないまま、失恋していたと。心臓がズキズキするほど痛かった。無性に自分のふがいなさにくやしくなり、泣きそうになり、すべてを忘れたかった。都合が良いことに、次のバイトが決まっていて、お金に余裕があったのが、徒になった。
 千夏は夜の繁華街のBarで、飲み倒しはじめたのだ。
そして飲み続けながら、Barでたまたま隣になった男に、
弱音を吐き続けていた。

「せめて、失恋したかったですよ……告白してダメなら、踏ん切りつくことあるじゃないですか」

「もし友人の告白より先に告白して、成功してたらとは思わないんですか?」

「その未来が思い浮かばなくて……なんだろ、ホント恋愛的な何かがなかったから」

 慎太郎が自分をどう思っていたのだろう。そう考えると虚しくなってきた。友人的な魅力しかなかったから、こんな事になっているのだろう。まったくもって思考の無駄だった。

 千夏は自暴自棄の気持ちが止められず、それでも限界の理性で、表には出さないようにした。

「ごめんなさい、そろそろ帰る……」

 ぼそりと言うと、終電がとうに終わった時刻で行き宛てもないのに、会計のために入り口へ向かう。しかし泥酔した足では歩くにもおぼつかない。けつまずきそうになった瞬間、隣で座っていた男がいつのまにか自分を抱き留めていた。

「あ、ありがと……」

 男は静かな声で、囁いた。

「そんなに辛いなら……私で遊びませんか?」

 何だろうか、思考が、かき混ぜられるような声だった。
魅入られたように千夏は、男を見つめる。
 これはお礼ですと、男は言った。

「だから、あなたは、ただ溺れればいい……」

 酔っているとはいえ、変なお酒を飲んだ気はない。
それに、どんなに酔っていても、記憶はしっかりとあるほうなのに。男の言葉があまりに甘い蜜みたいで、千夏の意識はとろとろと曖昧になっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

初恋だったお兄様から好きだと言われ失恋した私の出会いがあるまでの日

クロユキ
恋愛
隣に住む私より一つ年上のお兄さんは、優しくて肩まで伸ばした金色の髪の毛を結ぶその姿は王子様のようで私には初恋の人でもあった。 いつも学園が休みの日には、お茶をしてお喋りをして…勉強を教えてくれるお兄さんから好きだと言われて信じられない私は泣きながら喜んだ…でもその好きは恋人の好きではなかった…… 誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。 更新が不定期ですが、よろしくお願いします。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

あなたの愛はいりません

oro
恋愛
「私がそなたを愛することは無いだろう。」 初夜当日。 陛下にそう告げられた王妃、セリーヌには他に想い人がいた。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

処理中です...