竜騎士の末裔

ぽてち

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第1章

9、翼竜の卵

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「進んでおりやすかい?」
 食事を運んできたカリームが聞く。隣には左腕を吊っているスライがいた。
 ユタは眉を顰めた。
「ナイジェルを一人にしてきたんですか?」
 咎めるような口調にスライは苦笑いをする。
「他人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られちまうんでね」
 カリームが肩を竦めて言う。ドニアザードがナイジェルの世話をしているらしい。
「ナイジェルは怪我人なんですよ」
 ドニアザードが世話をすることに不満そうだった。
「大丈夫でさあ。アミナさんが見張ってますよ。どうも、頼っていく王都の親族の息子と結婚話が出ているとかで、間違いが起こって欲しくないようですよ。あのお嬢さんも怪我人を襲わんでしょう」
「それよりも竜の解体は進んでいますか?」
「……いえ、鱗がすごく硬くて普通の剣では歯が立ちませんね。鱗や牙は十分採取したので、このあたりは枯れ木が多くありますから、燃やしてしまおうかと」
 困ったようにユタは首を振る。

 護衛隊も四人死亡し、動かすには人手が足りない。切り刻んで、埋めようにも護衛隊が持っている剣では傷をつけるのがやっとだ。
 それほど暑い季節ではないが、それでも翼竜の死体は腐敗が進み、匂いもきつくなっている。
 まだ調査に数日かかることを考えると放っておくのも伝染病の元なので、枯れ木もだいぶ積み上がげられたこともあり、今日にでも燃やすつもりだ。
「普通の剣が通らない代物をよくナイジェルの旦那は切れたもんですなあ」
 カリームは感心したように言う。
「あの人の剣は特別だからな。なんでも異国から来た剣の師匠から譲られたものだとか。それでも、さすがに刃こぼれをしたらしく嘆いておられたよ。まあ、他の人間が振るったとしても、同じことは出来ないだろうがな」
「そうですね。――そのナイジェルの具合はどうですか?」
 ナイジェルの様子を聞かれ、スライは表情を暗くさせた。
「熱が下っていません。今この状態では馬に乗るなど不可能でしょう。出来ればしばらく動かしたくはないのですが」
 竜を倒してから二日が経過した。スライの方は痛みがだいぶ治まってきたので、問題はないが、ナイジェルの方は深刻だった。

 調査の間は護衛隊隊長のすることは特にないので寝ていられるが、終わればここを離れなくてはならない。井戸が枯れていないので、水は問題ないが食料が尽きる前にツグルトに戻らなくては飢え死まではなくとも体力がない状態で砂漠を行くのは危険だ。
「ナイジェル隊長の性格を考えると自分を置いて行けと言いだしそうだしな」
「マレンデス団長に言って食料の残りから考えて、なるべく丁寧に調査していますが、そうなったら私も一緒に残りますよ。――スライさんは駄目ですよ、誰かが調査団を王都まで連れ帰らなければいけませんから」
 笑顔で発言を封じられて、スライは溜息をついた。
「そんなことになったら、俺は閣下とライギット辺境伯と大隊の連中に殺されそうですな」


 その日の調査を終えて、城館に戻るとナイジェルは起き上がって薬湯を呑んでいた。
 傍らにドニアザードが居て甲斐甲斐しく世話をしている。
 眉を顰めて薬湯を呑むナイジェルを蕩けそうな表情でうっとりと見つめていた。
 ユタ達が部屋に入っていくと残念そうな顔をする。
「お邪魔しますよ」
 やや皮肉を込めて言うユタにドニアザードはそれが伝わったのか顔を真っ赤にして俯く。
「ナイジェル、具合はどうです」
「……まあまあだな」
 熱に浮かされた砂色の瞳で薄く笑う彼は儚くすら見えた。
「調査の進み具合はどうだ?」
「今日、竜を焼きました。大分腐敗が進んでましたので、それで焼けた死体からこれが出てきました」
 そう言うと布袋の中から人の頭ほどの大きさの丸いものを取り出した。
「それはなんだ?」
 その形に嫌な予感しかしなかったが、とりあえず聞く。
「多分卵でしょうね。あの翼竜は雌だったようです」
「……ユタよ、俺はそんなことを聞いていない。なぜ翼竜の卵をとっておく必要がある? さっさと壊してしまえ!」
 ビリッと空気が震えるほどの怒号にスライもカリームも蒼褪めた。
 ドニアザードも今まで見たことも無いほど激怒しているナイジェルに驚いたようで固まっている。
 怒りを向けられたユタ自身は少なくとも表面上は平静な態度で訳を話し始める
「マレンデス団長にも言われましたよ。でも、翼竜は本来は人を襲ったりはしないんです。持ち帰って育てたい。ナイジェル、貴方が承諾してくれれば、皆も良いって言ってくれました」

 実際は翼竜の焼死体から出てきた卵をマレンデスが、すぐに壊そうと護衛隊の兵士に命じたのをユタが必死の形相で卵に覆いかぶさり、庇ったのだった。
「お前の酔狂にも限度があるぞ! 四人も死んでそんなことを」
「わかっています! でも、ナイジェルお願いです」
 睨み付けるナイジェルの視線を真正面から受け止めて、必死に縋るユタに暫く無言の闘いが続いたが、ナイジェルが厳しい表情のまま口を開く。
「……あの時、翼竜を止めたのはお前か?」
「……」
「この調査に来てから、お前の言動は可笑しい。何を隠している?」
「……すみません」
 そのまま沈黙するユタに諦めたような溜息をつく。
「周りの者に危害を加えると判断したら、お前の承諾なしに処分する。それでいいな?」
「有難うございます」
 飲み干した薬湯の器をドニアザードに渡して、無言のまま横になる。
 目を閉じた顔はそれ以上の会話を拒絶しているようだった。
 それを察して、スライたちは下がっていく。

 ユタだけがその場に残り、ナイジェルの顔をじっと見つめていた。暫くして、ナイジェルが諦めた様に溜息を吐くとユタに声を掛ける。
「……食事に行け、ユタ」
「ナイジェル、今は確信が持てないのです。――だから言えないけど、貴方を裏切るようなことは決してしない。だから」
 信じて欲しい。
 言えずに消えた言葉を察したのか目を開けると微笑む。
「わかっている。いいから食事をして来い」
「……はい」


 翌日、ナイジェルは床を払った。食事の席に着いたナイジェルに皆一様にほっとした表情になる。
「体の調子はいかがですかな、ナイジェル隊長」
 マレンデスににこやかに話しかけられ、ナイジェルは微笑を返す。
「ええ、だいぶ。マレンデス団長にはご心配を掛けました」
「いやいや。ところで宜しいのですか?」
 そう言うとマレンデスはユタに視線を送る。 
 そのユタは卵の入った袋を首から下げ、揺れないように上から布で体に撒きつけている珍妙な格好だ。
「こいつの頑固なところは子供の頃から知っていますので。マレンデス団長こそなぜ許したのですか?」
「その事なのですが」
 マレンデスは僅かに首を傾げて長い顎鬚を扱く。
 深く沈思する時の彼の癖なのだろう。
「最初は翼竜の恐ろしさに処分しようと思ったのですが、持ち帰ったほうが翼竜を倒したという証拠になるのではないかと思いましてな。鱗や牙だけでは紛い物だと言われるのが目に見えております。亡くなった兵士も翼竜に殺されたとなれば弔慰金を貰ってやれるのではないかと。盗賊にやられたなどと疑われては彼らも立つ瀬はありますまい」
 そう言うとややナイジェルから視線を逸らせる。
「まあ、我らの心証も良くなるという考えもありますが」
 最後の方はぼそぼそとした消えるような口調になる。

 ナイジェルはマレンデスをやや見直す思いだった。
 小心者ではあるが、存外強かな計算と他者への気配りが出来る男のようだ。
 無論、彼の計算もナイジェルという翼竜をも斃すことのできる存在があってのことだろう。
「そこまでは考えておりませんでした。マレンデス団長の言う通り竜と戦ったと言ってもそれだけでは信用されませんね。ただ、ユタにも言いましたが、危険と判断したら私の一存で処分します」
「それは無論のこと。命あっての物種ですから」
 強張った表情でそう言う。
 祖廟の奥から翼竜に食い殺されたのであろう無数の白骨死体が出てきていた。その埋葬もあり調査はなかなか進んでない。


 翼竜を倒してから七日が経過した。
 無数の白骨死体と兵士の埋葬を終え、簡単な葬儀を行った後目的の竜騎士の棺を調査したが、遺体は納められていなかった。
 荒らされた様子はなく、只一振りの剣が納められているのみだった。
 荒らされていないことは良いのだが、遺体がないことの理由が分からない。

「城館に有った書類を調べれば、かの竜騎士の遺体がないことが分かるかもしれませんね」
「大災害の混乱期だろう、遺体をここまで持ち帰れなかったのではないのか? ――それよりも俺たちは墓が荒らされているという理由でここに調査に来たはずだろう? これは一体どういうことだ」
 ジェインの言葉に学者たちは一様に黙り込んだ。
 澱んだおりのような沈黙が辺りに降り積もる。
「謀られた。――ということでしょうか?」
 震える声で学者の一人が声を上げる。
「まあ、渡された地図からして出鱈目でしたからねえ」
 能天気にとんでもないことを言い出したユタに全員の視線が集中する。
「……どういうことだ?」
「副葬品を持ち込んだ盗賊から、場所を聞いて作ったという地図が間違ってましたね。この場所自体文献を調べれば、すぐに特定できるものなので不思議に思っていましたが」
 愕然としたように立ち竦む学者たちをユタは不思議そうにきょとんとした表情で見つめている。
「ユタよ、なぜ言わなかった?」
 低く厳しい口調で詰問してくるナイジェルに流石にばつが悪そうに首を竦める。
「砂漠の真ん中ですし、その盗賊が勘違いしているものと思っていました」
 ユタの言い訳に溜息しか出てこない。
「……我らは王都に戻っても、無事でいられるのでしょうか」
 その場にいた他の学者が蒼褪めた顔でそう問いかけてきた。
「命令された任務を成し遂げれば、そのことで罪は問われまい」
 同様にマレンデスも顔色を失いながら、自分に言い聞かせるように言った。
「王太子殿下も――」
 このはかりごとに噛んでいるのかと言いたかったのだろうが、さすがに言えずにマレンデスは黙り込む。
「いやそれはない」
 嫌にきっぱりとジェインが言い切る。
「王太子殿下はそのようなお方ではない」
「ジェイン殿、なぜ言い切ることが出来るのですか?」
「俺は王太子殿下の為人ひととなりを知っているからだ」
 堂々と胸を張って言い切るジェインを呆れたような顔になる学者に対して、文句があるのかと言わんばかりに睨み付ける。
「まあ、ジェイン殿の考えはともかく、こう言っては何ですが、ここまで大がかりに事を仕立ててまで、王太子殿下にとって目障りな人などおりますまい。というかナイジェル以外は名前すらご存じではなかったのではないのでしょうか?」
 ユタの言い分に学者たちは顔を歪めながらも頷く。
「まあその通りですな。少々情けない事ですが、我らは王立学問院の主流派から爪弾きにされているだけで、王権に係わるような大それたことなどできませぬからな」
 マレンデスは顎鬚を扱きながら、苦笑いを浮かべ意味ありげにナイジェルを見る。
 貴方は別でしょうがと言いたいのだろう。
 マレンデスの視線を受けてもナイジェルは黙ったまま微笑んでいるだけだった。
「ともかく、この剣が件の竜騎士の物だという証拠を」
「それは大丈夫です。王家に宝剣として奉られている物の鞘の絵柄とぴたりと合う筈です。対で作られた片方なのでしょうね。双剣の使い手だったと聞いています」
「ほう……」
 皆一斉にナイジェルを見る。
「双剣の使い手など珍しくはないでしょう」
 肩を竦めて笑うナイジェルにそれもそうかと納得する。

 マレンデスが外を見ると陽が暮れ始めている。
「今日はもう無理ですな。また、明日ということで」
 帰り支度を始めたところでナイジェルはあることに気付いて、ユタに質問する。
「ユタ、お前剣の鞘の意匠まで知っているのに持ち込まれた副葬品が本物か分からなかったのか?」
 びくりと肩を揺らして振り返ったユタは悪戯が見つかった子供のような顔をしていた。
 視線を彷徨わせるユタを見て、ナイジェルの白い顔が怒気に赤く染まる。
 マレンデスはぎょっとしてユタとナイジェルの間に入り、手を上げて震える声でナイジェルを宥めにかかる。
「ナ、ナイジェル隊長、お腹立ちはわかりますが、どうか剣を抜くのはお止めください」
 そう言われて、自身の手元を見る。思わず柄に手を置いていたらしい。
「すみません、調査に行ける絶好の機会だと思ったものですから」
 一応殊勝に頭を下げて謝罪しているが、これまでの言動の所為かあまり誠意は感じられない。

 ここまで来ると皆ユタのとんでもない発言に麻痺してしまったのか、疲れたような視線を向けるだけだった。マレンデス団長も引き攣った笑いを浮かべている。
 怒りを通り越して疲れてしまったらしい。
「まあ、分かっていたとしても状況は変わらなかったかもしれませんから」
 他の者を宥めているのか、自分に言い聞かせているのか疲労の色の濃い顔に乾いた笑いを浮かべていた。


「ナイジェル!」
 調査も終わり、今日帰還の途に就く日の早朝にユタの奇声でナイジェルは叩き起こされた。
「翼竜のよ、幼生が孵ったんです!」
 興奮しすぎてやや呂律が回っていないユタによってナイジェルの目の前に濡れそぼった翼竜の雛が差し出された。まだ目が開き切っていないようで餌を求めているのかしきりに鳴いている。
 小さな鱗を連ねた身体から卵の中身だったのだろう、粘り気のある液体が滴り落ちて、ナイジェルの体の上に掛けていた毛布の上に染みを作る。

 ナイジェルは無表情にそれを眺めながら、枕元に置いてあった剣を手にとる。
「母体である翼竜を焼いてしまったから、どうなるかと思っていたんですが、本当に良かった! ねえナイジェル、なんでそんな凶悪な顔をしているんですか?」
「……十を数えるうちに俺の目の前からその蜥蜴の化け物を退かせ。そいつごと斬られたくなければな」
「なっ!」
 口を尖らせて反論しようとするユタをナイジェルと同じくユタの声で起こされ、一部始終を見ていたスライが無言のままユタの腕を引っ張ってナイジェルから距離を取る。
「少しは喜んでくれても……」
 ぶつぶつとぼやくユタを睨み付けて黙らせる。
 剣を鞘ごと持ったまま胸の前で腕を組む。そうしないとユタの発言次第では反射的に殴ってしまいそうだ。
「この子は貴方の物なのに」
 悲しげに言われて、思わず手が動きそうになる。
「ついに頭が沸いたか」
「……何れ分かります」
 そう言うと幼生を抱いたまま、部屋から出ていった。

「あいつ、どうかしてしまったんだろうか?」
 溜息を吐きながら言うと、スライが無言で見つめているのに気付いた。
 その瞳に宿る色にナイジェルはやや焦った。
「スライ、あいつが言ったことを本気にしているのか?」
「どうでしょうか。私は貴方をエルギンに来た十三の頃から知っておりますので」
 どこか懐かしむような声で言われ、それ以上反論できなかった。
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