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第1章
12、王太子の思惑
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翌朝、出立の準備をしていたところに近衛大隊の軍装を纏った男がやってきた。
王太子の使いだろうかとマレンデスと出迎えたところ、アミナ母娘を迎えに来たとこの事だ。事前にアミナが連絡を取っていたのだろう、ホッとしてナイジェルは出立の準備に戻った。
小半時ほど経って、そろそろ出発しようと思っているところで男に話しかけられた。
「貴方が護衛隊長ですか?」
「ええ、そうですが」
「婚約者が世話になりました。それにしても、命の恩人という立場を利用して人の婚約者を誘惑するような真似はやめて頂きたい」
ナイジェルは一瞬何を言われているのか分からず、首を傾げた。
そんなナイジェルの態度に男は鼻息を荒くして、睨み付けてきた。
「ドニアザード殿が美しいので、手を出したくなる気持ちも分からなくはないが、嫌がるドニアザード殿に無理矢理身の回りの世話をさせるなどとエルギンの田舎者は常識がないな。告罪天使などと称されていい気になっておるのではないのか?」
二人の方を見るとドニアザードは目に涙を溜めて俯き、アミナはドニアザードの肩を抱くようにしてナイジェルから目を逸らしている。
どうやらアミナは自分に都合の良い事を男に言ったらしい。
ナイジェルは苦笑すると
「そんなつもりはなかったのですが、そうとられたのでしたら申し訳なかった」
実際に怪我をして寝込んだ時に世話を掛けたので否定はできない。
「それで謝罪しているつもりか?」
腕を組んで睨んだまま、引き下がりそうもない。周りも何やら揉めているのに気付いて、ざわざわと騒めきながらこちらを見ている。
ナイジェルはふうと息をつくと丁寧に頭を下げた。
「失礼致しました。婚約者のある女性に対して、配慮が足りませんでした。どうかご容赦下さい」
「まあ、いいだろう。俺は寛大な男だ。許してやる」
ナイジェルが素直に頭を下げたので、気を良くしたのか満足そうな笑みを浮かべる。
「これから王都に報告に行かねばなりませんので、これで失礼致します」
傍にいてナイジェルと男のやり取りを聞いていたスライとユタは不愉快そうにアミナたちを睨んでいたが、ナイジェルは笑って促すと自分の馬の所まで歩いていく。
「ナ、ナイジェル様」
アミナが転がるようにやって来て馬上の人となったナイジェルを見上げ、震えていた。流石に男がここまでするとは思ってなかったのだろう。
謝罪の言葉を口にしようとするアミナにナイジェルは笑顔を向けると
「もう会うことも無いと思うが、息災でな」
そう言い残すと馬首を返して調査団に合図をすると出発した。
呆然とアミナはナイジェルたちを見送った。謝罪の言葉すら言わせなかったナイジェルを見送り立ち尽くすアミナを横目に見てユタは溜息をつく。
「ナイジェルは女性に甘いですね」
「そうか? 彼女たちには世話になったし、誤解を招く行動をした俺も悪かったからな」
「まあ、貴方にはアナイリンという婚約者がいますからね。行動には気を付けたほうがいいですよ」
「なんでアナイリンが婚約者になるんだ」
珍しくナイジェルは狼狽えたようで声が僅かに震えていた。スライは狼狽えたナイジェルに驚いたようで目を丸くする。
「ファッハード候はそのつもりですよ」
「……俺は承諾していない」
「どうせ、バスター様が横にいて不機嫌そうにしていたのでしょう」
ナイジェルは図星をつかれて、黙り込んだ。
「バスター様も別にアナイリン殿が嫌なのではないのですよ。ファッハード候が貴方の義理の父親になるのが気に入らないのです。貴方がファッハード候に懐いているのがね」
「別に普通にしているだけだが――」
「ファッハード候に普通に応対できる人はあまりいませんからね。ファッハード候はそれが嬉しいのでしょうね。貴方もファッハード候は嫌いじゃないでしょう」
「まあな」
「その女性はどんな人なのですか?」
横からスライが口を挟む。
一方的に女性に迫られたことはあっても、ナイジェルから誰かに愛を語っているところは未だに見たことがないので、気になるのだろう。
「ナイジェルを悪く言った従兄弟を花瓶で仕留めた中々の猛者ですよ」
「違う。頭に叩きつけただけで少し血が出たくらいだ。変なことを言うな」
ナイジェルは擁護しているつもりなのだろうが、それは一緒なのではとスライは思ったが口には出さなかった。
「いいから、黙れ」
耳まで赤くなったナイジェルが一方的に話を打ち切った。
流石にそれ以上言うとどんな目に遭うか分からないのでユタも首を竦めただけで黙った。
スライはくすりと笑いを漏らす。
それに気づいたナイジェルが子供のように膨れた表情で振り返ったので、笑いを堪えるのに苦労した。
その日の午後遅くに王都に到着した。
アジメール王国の王都はダーネス河を挟んだクローリー、クローマー、クロンメルという三つの町からなる。
王宮があるのがクローリーで巨大な中洲に貴族の屋敷や行政機関が集中している。
クローマーは商人の町で巨大な市場を中心に放射状に道が作られ様々な商店が立ち並ぶ。
クロンメルには近衛大隊の兵舎が置かれ、王宮や役所から様々な仕事を請け負う工房が立ち並び、その職人たちが住んでいる。
クロンメルの町中に入ったところでカリームが「わっしはこの辺で」と言い出し、マレンデスに案内をした代金を要求した。
「ご苦労だったな」
ナイジェルが短い言葉で労うと、ニッと癖のある笑顔を浮かべる。
「また、何か御用があれば声を掛けて下せえ」
マレンデスから代金を受け取ると人が行きかう路地裏に飄々と消えていった。
王宮の大門に辿り着くと門番に帰還したことを王太子の侍従に伝えてくれるよう頼んだ
遅い時間ということもあり面会は明日以降だろうと思っていた。だが、戻ってきた門番は侍従を伴っていて王太子がすぐに会うということだった。
旅塵に汚れた姿だが仕方がない、侍従に急かされるように「青の間」に連れて行かれた。
「青の間」に至る王宮の回廊でギャント公爵に出くわした。
ナイジェルのすぐ後ろを歩いていたスライはすぐに気づき、不快な表情を抑えられなかった。
そのギャント公爵は驚愕の表情を浮かべていたが、すぐさま表情を消すと妙に愛想のいい笑いを貼りつかせてナイジェルの手を取ってきた。
ナイジェルを襲った挙句、返り討ちにあってもまだ懲りないのかその図太さにスライは鼻白む。
「おお、ナイジェル大隊長。無事任務を終えたのか。それは良かった」
「恐れ入ります。ギャント公爵閣下」
ナイジェルは笑みを浮かべて丁重な態度をとっている。
スライは眉を顰めた。こんな男にそこまで丁寧にする必要はないのにと思っているのだろう。
ギャント公爵はスライの表情には気付かずナイジェルを見据えたままその瞳に狡猾な光が浮かんだ。
「しかしなあ、ナイジェル大隊長。不味いのではないかな」
不気味な笑顔のまま、ねっとりと絡みつく様に話しかける。
「何が不味いのでしょうか?」
「誤魔化さなくても分かっておるわ。遺跡の場所が分からなかったのだろう?」
ナイジェルは黙ったまま、マレンデスに視線を送る。
マレンデスは強張った表情のまま無言で首を振る。
どうやらギャント公爵もこの事に一枚噛んでいるようだ。
ナイジェルの無言をどう捉えたのか矢鱈と豪華な指輪を嵌め芋虫のように膨らんだ手で撫でまわしながら、顔を近づけて来る。
流石にナイジェルも顔を顰めるとユタの腕から飛び出した翼竜がギャント公爵の耳に噛みついた。
悲鳴を上げて無駄に飾りの多い腰の剣を引き抜こうとしたところでユタが嚇すように叫んだ。
「閣下。その翼竜はアジメール王家の始祖ボルドレッド一世陛下の妃マヌラ様のお父上の竜騎士アクサル卿が騎獣としていた翼竜の子孫。それでも剣を向けるおつもりか?」
耳から血を流しながら、恐慌状態に陥りかけていたが、さすがに王家の始祖の名を出されると剣を抜くことは出来なかった。
どす黒い顔色で震えながら、ユタを睨んできた。横で聞いていたナイジェルは苦笑を押し殺すのに苦労した。
その翼竜の親を殺したのは俺なのだがと思ったが、話がややこしくなるので黙っていた。
「ギャント公爵様、我らは王太子殿下に報告をせねばなりませんので、これで失礼いたします」
マレンデスが一礼すると他の調査隊を促して、ギャント公爵の横を通り過ぎる。
傍にいた侍従に手当てをされながら、ギャント公爵は何か喚いていたが、気にせずに「青の間」に向かった。
「青の間」に入る直前にユタに腕を掴まれた。
驚いて振り向くと心配そうな眼差しでこちらを見つめていた。
「また、熱が上がってますね、ナイジェル」
「大したことじゃない」
「昨日、ドニアザードに襲われたからでしょう。痛みますか?」
「大丈夫だから心配するな」
背中に冷たい汗が伝っているが、笑ってユタの手を振り解く。
マレンデスも心配そうにこちらを見てきたが、すぐに緊張したように扉の方を向く。
「青の間」の扉を侍従が開いて、中に入ると数人の元老と導師長のジョアヒムが座っていた。
ナイジェルたちが入っていくとギャント公爵と同じように驚愕の表情を浮かべ、半ば腰を浮かしていた。
一段高い場所にある玉座には座らず、手前に座っていたロークは特に表情を変えていなかった。
ナイジェルたちが座り、頭を下げて帰還の挨拶をするとロークは穏やかに顔を上げるよう命じた。
「ご苦労だったな。マレンデス、ナイジェル。調査は無事終わったようだな」
「はい。ただ、理由はまだわかりませんが、棺に竜騎士アクサル様の御遺体は納められておりませんでしたので、持ち帰ることはかないませんでした。棺の中には剣が一振り納められているだけでした。ユタ殿が申すには王家に伝わる宝剣と同じものだとのこと。アクサル様の持ち物に相違ないかと存じます」
マレンデスが合図を送り、王太子の前に箱に納められた剣を運んできた。
「――それは偽物だ!」
ジョアヒムが顔を紅潮させて叫んでいた。
「見損なったぞ! マレンデス殿、そのような偽物を作って王太子殿下を謀ろうとは!」
「黙りなさい、ジョアヒム導師長! 殉職者を出してまで、王都まで持ち帰った竜騎士様の遺物を偽物と断じるのであるならば、その証拠を出して頂きたい」
マレンデスは正面からジョアヒムを睨み付けた。
遥かに格下と侮っていた相手に逆らわれてジョアヒムは唖然と絶句していた。
「そ、そうだ。第一地図が偽物なのだから」
はっとしたように口を噤んだが既に口を滑らせた後だ。
ナイジェルは呆れたように口を滑らせた元老を見た。
「はあ、普通自分から言いますかね。なんだかこんな頭の悪い人たちに自分たちの命運を握られていたかと思うと情けないですね」
独り言のつもりなのだろうが、シンと静まり返った瞬間だったのでその場にいた者全員の耳に届いていた。
「ユタ、声が大きい」
そう嗜めたナイジェルの声も大きくはなかったが、良く通る声だったので聞えたのだろうその場にいた元老や導師長ジョアヒムは屈辱と失態に赤くなったり、青くなったりしていた。
その様子を黙ってみていたロークは侮蔑を込めた冷笑を口に浮かべた。
「ムスタム。近衛兵を呼べ。導師長と元老たちは呼び出すまで謹慎しているように」
傍らにいたムスタムという侍従に指示を出す。ジョアヒムたちは釈明しようと口を開きかけるが、王太子の視線に一撫でされると口を噤んだ。
ジョアヒムたちが近衛兵に連れて行かれるとまた沈黙が落ちた。
「死者が出たのか?」
ロークは片眉を上げてナイジェルを見る。声には失望の響きがあった。
「王太子殿下、これには理由がございまして――」
「私はナイジェルに聞いている」
庇うように声を上げたマレンデスを遮ってナイジェルに詰問した。
「はい、四人死亡しました。殿下の兵を損ないましたこと、お詫び申し上げます」
「何か弁明することはあるか?」
「いえ、ございません」
「ならば、ナイジェル。そなたの大隊長の地位を剥奪する。王都にて謹慎しているように。マレンデス、報告書が出来たら提出せよ。他の者もご苦労だったな、下がれ」
突然の処分の言い渡しに茫然と固まる調査団を残して、部屋から出て行こうとするロークに対してユタが憤然と喰ってかかった。
「お待ちください! 幾らなんでも可笑しいでしょう。部下の死をすべて上官の責任にしていたら、上に立つ者はいなくなります」
「ユタ、止せ!」
ロークがこちらを向き、一瞬ナイジェルと目が合った。
僅かに表情を歪めたように見えたが、すぐに顔を背けると「青の間」から出て行ってしまった。
王太子の使いだろうかとマレンデスと出迎えたところ、アミナ母娘を迎えに来たとこの事だ。事前にアミナが連絡を取っていたのだろう、ホッとしてナイジェルは出立の準備に戻った。
小半時ほど経って、そろそろ出発しようと思っているところで男に話しかけられた。
「貴方が護衛隊長ですか?」
「ええ、そうですが」
「婚約者が世話になりました。それにしても、命の恩人という立場を利用して人の婚約者を誘惑するような真似はやめて頂きたい」
ナイジェルは一瞬何を言われているのか分からず、首を傾げた。
そんなナイジェルの態度に男は鼻息を荒くして、睨み付けてきた。
「ドニアザード殿が美しいので、手を出したくなる気持ちも分からなくはないが、嫌がるドニアザード殿に無理矢理身の回りの世話をさせるなどとエルギンの田舎者は常識がないな。告罪天使などと称されていい気になっておるのではないのか?」
二人の方を見るとドニアザードは目に涙を溜めて俯き、アミナはドニアザードの肩を抱くようにしてナイジェルから目を逸らしている。
どうやらアミナは自分に都合の良い事を男に言ったらしい。
ナイジェルは苦笑すると
「そんなつもりはなかったのですが、そうとられたのでしたら申し訳なかった」
実際に怪我をして寝込んだ時に世話を掛けたので否定はできない。
「それで謝罪しているつもりか?」
腕を組んで睨んだまま、引き下がりそうもない。周りも何やら揉めているのに気付いて、ざわざわと騒めきながらこちらを見ている。
ナイジェルはふうと息をつくと丁寧に頭を下げた。
「失礼致しました。婚約者のある女性に対して、配慮が足りませんでした。どうかご容赦下さい」
「まあ、いいだろう。俺は寛大な男だ。許してやる」
ナイジェルが素直に頭を下げたので、気を良くしたのか満足そうな笑みを浮かべる。
「これから王都に報告に行かねばなりませんので、これで失礼致します」
傍にいてナイジェルと男のやり取りを聞いていたスライとユタは不愉快そうにアミナたちを睨んでいたが、ナイジェルは笑って促すと自分の馬の所まで歩いていく。
「ナ、ナイジェル様」
アミナが転がるようにやって来て馬上の人となったナイジェルを見上げ、震えていた。流石に男がここまでするとは思ってなかったのだろう。
謝罪の言葉を口にしようとするアミナにナイジェルは笑顔を向けると
「もう会うことも無いと思うが、息災でな」
そう言い残すと馬首を返して調査団に合図をすると出発した。
呆然とアミナはナイジェルたちを見送った。謝罪の言葉すら言わせなかったナイジェルを見送り立ち尽くすアミナを横目に見てユタは溜息をつく。
「ナイジェルは女性に甘いですね」
「そうか? 彼女たちには世話になったし、誤解を招く行動をした俺も悪かったからな」
「まあ、貴方にはアナイリンという婚約者がいますからね。行動には気を付けたほうがいいですよ」
「なんでアナイリンが婚約者になるんだ」
珍しくナイジェルは狼狽えたようで声が僅かに震えていた。スライは狼狽えたナイジェルに驚いたようで目を丸くする。
「ファッハード候はそのつもりですよ」
「……俺は承諾していない」
「どうせ、バスター様が横にいて不機嫌そうにしていたのでしょう」
ナイジェルは図星をつかれて、黙り込んだ。
「バスター様も別にアナイリン殿が嫌なのではないのですよ。ファッハード候が貴方の義理の父親になるのが気に入らないのです。貴方がファッハード候に懐いているのがね」
「別に普通にしているだけだが――」
「ファッハード候に普通に応対できる人はあまりいませんからね。ファッハード候はそれが嬉しいのでしょうね。貴方もファッハード候は嫌いじゃないでしょう」
「まあな」
「その女性はどんな人なのですか?」
横からスライが口を挟む。
一方的に女性に迫られたことはあっても、ナイジェルから誰かに愛を語っているところは未だに見たことがないので、気になるのだろう。
「ナイジェルを悪く言った従兄弟を花瓶で仕留めた中々の猛者ですよ」
「違う。頭に叩きつけただけで少し血が出たくらいだ。変なことを言うな」
ナイジェルは擁護しているつもりなのだろうが、それは一緒なのではとスライは思ったが口には出さなかった。
「いいから、黙れ」
耳まで赤くなったナイジェルが一方的に話を打ち切った。
流石にそれ以上言うとどんな目に遭うか分からないのでユタも首を竦めただけで黙った。
スライはくすりと笑いを漏らす。
それに気づいたナイジェルが子供のように膨れた表情で振り返ったので、笑いを堪えるのに苦労した。
その日の午後遅くに王都に到着した。
アジメール王国の王都はダーネス河を挟んだクローリー、クローマー、クロンメルという三つの町からなる。
王宮があるのがクローリーで巨大な中洲に貴族の屋敷や行政機関が集中している。
クローマーは商人の町で巨大な市場を中心に放射状に道が作られ様々な商店が立ち並ぶ。
クロンメルには近衛大隊の兵舎が置かれ、王宮や役所から様々な仕事を請け負う工房が立ち並び、その職人たちが住んでいる。
クロンメルの町中に入ったところでカリームが「わっしはこの辺で」と言い出し、マレンデスに案内をした代金を要求した。
「ご苦労だったな」
ナイジェルが短い言葉で労うと、ニッと癖のある笑顔を浮かべる。
「また、何か御用があれば声を掛けて下せえ」
マレンデスから代金を受け取ると人が行きかう路地裏に飄々と消えていった。
王宮の大門に辿り着くと門番に帰還したことを王太子の侍従に伝えてくれるよう頼んだ
遅い時間ということもあり面会は明日以降だろうと思っていた。だが、戻ってきた門番は侍従を伴っていて王太子がすぐに会うということだった。
旅塵に汚れた姿だが仕方がない、侍従に急かされるように「青の間」に連れて行かれた。
「青の間」に至る王宮の回廊でギャント公爵に出くわした。
ナイジェルのすぐ後ろを歩いていたスライはすぐに気づき、不快な表情を抑えられなかった。
そのギャント公爵は驚愕の表情を浮かべていたが、すぐさま表情を消すと妙に愛想のいい笑いを貼りつかせてナイジェルの手を取ってきた。
ナイジェルを襲った挙句、返り討ちにあってもまだ懲りないのかその図太さにスライは鼻白む。
「おお、ナイジェル大隊長。無事任務を終えたのか。それは良かった」
「恐れ入ります。ギャント公爵閣下」
ナイジェルは笑みを浮かべて丁重な態度をとっている。
スライは眉を顰めた。こんな男にそこまで丁寧にする必要はないのにと思っているのだろう。
ギャント公爵はスライの表情には気付かずナイジェルを見据えたままその瞳に狡猾な光が浮かんだ。
「しかしなあ、ナイジェル大隊長。不味いのではないかな」
不気味な笑顔のまま、ねっとりと絡みつく様に話しかける。
「何が不味いのでしょうか?」
「誤魔化さなくても分かっておるわ。遺跡の場所が分からなかったのだろう?」
ナイジェルは黙ったまま、マレンデスに視線を送る。
マレンデスは強張った表情のまま無言で首を振る。
どうやらギャント公爵もこの事に一枚噛んでいるようだ。
ナイジェルの無言をどう捉えたのか矢鱈と豪華な指輪を嵌め芋虫のように膨らんだ手で撫でまわしながら、顔を近づけて来る。
流石にナイジェルも顔を顰めるとユタの腕から飛び出した翼竜がギャント公爵の耳に噛みついた。
悲鳴を上げて無駄に飾りの多い腰の剣を引き抜こうとしたところでユタが嚇すように叫んだ。
「閣下。その翼竜はアジメール王家の始祖ボルドレッド一世陛下の妃マヌラ様のお父上の竜騎士アクサル卿が騎獣としていた翼竜の子孫。それでも剣を向けるおつもりか?」
耳から血を流しながら、恐慌状態に陥りかけていたが、さすがに王家の始祖の名を出されると剣を抜くことは出来なかった。
どす黒い顔色で震えながら、ユタを睨んできた。横で聞いていたナイジェルは苦笑を押し殺すのに苦労した。
その翼竜の親を殺したのは俺なのだがと思ったが、話がややこしくなるので黙っていた。
「ギャント公爵様、我らは王太子殿下に報告をせねばなりませんので、これで失礼いたします」
マレンデスが一礼すると他の調査隊を促して、ギャント公爵の横を通り過ぎる。
傍にいた侍従に手当てをされながら、ギャント公爵は何か喚いていたが、気にせずに「青の間」に向かった。
「青の間」に入る直前にユタに腕を掴まれた。
驚いて振り向くと心配そうな眼差しでこちらを見つめていた。
「また、熱が上がってますね、ナイジェル」
「大したことじゃない」
「昨日、ドニアザードに襲われたからでしょう。痛みますか?」
「大丈夫だから心配するな」
背中に冷たい汗が伝っているが、笑ってユタの手を振り解く。
マレンデスも心配そうにこちらを見てきたが、すぐに緊張したように扉の方を向く。
「青の間」の扉を侍従が開いて、中に入ると数人の元老と導師長のジョアヒムが座っていた。
ナイジェルたちが入っていくとギャント公爵と同じように驚愕の表情を浮かべ、半ば腰を浮かしていた。
一段高い場所にある玉座には座らず、手前に座っていたロークは特に表情を変えていなかった。
ナイジェルたちが座り、頭を下げて帰還の挨拶をするとロークは穏やかに顔を上げるよう命じた。
「ご苦労だったな。マレンデス、ナイジェル。調査は無事終わったようだな」
「はい。ただ、理由はまだわかりませんが、棺に竜騎士アクサル様の御遺体は納められておりませんでしたので、持ち帰ることはかないませんでした。棺の中には剣が一振り納められているだけでした。ユタ殿が申すには王家に伝わる宝剣と同じものだとのこと。アクサル様の持ち物に相違ないかと存じます」
マレンデスが合図を送り、王太子の前に箱に納められた剣を運んできた。
「――それは偽物だ!」
ジョアヒムが顔を紅潮させて叫んでいた。
「見損なったぞ! マレンデス殿、そのような偽物を作って王太子殿下を謀ろうとは!」
「黙りなさい、ジョアヒム導師長! 殉職者を出してまで、王都まで持ち帰った竜騎士様の遺物を偽物と断じるのであるならば、その証拠を出して頂きたい」
マレンデスは正面からジョアヒムを睨み付けた。
遥かに格下と侮っていた相手に逆らわれてジョアヒムは唖然と絶句していた。
「そ、そうだ。第一地図が偽物なのだから」
はっとしたように口を噤んだが既に口を滑らせた後だ。
ナイジェルは呆れたように口を滑らせた元老を見た。
「はあ、普通自分から言いますかね。なんだかこんな頭の悪い人たちに自分たちの命運を握られていたかと思うと情けないですね」
独り言のつもりなのだろうが、シンと静まり返った瞬間だったのでその場にいた者全員の耳に届いていた。
「ユタ、声が大きい」
そう嗜めたナイジェルの声も大きくはなかったが、良く通る声だったので聞えたのだろうその場にいた元老や導師長ジョアヒムは屈辱と失態に赤くなったり、青くなったりしていた。
その様子を黙ってみていたロークは侮蔑を込めた冷笑を口に浮かべた。
「ムスタム。近衛兵を呼べ。導師長と元老たちは呼び出すまで謹慎しているように」
傍らにいたムスタムという侍従に指示を出す。ジョアヒムたちは釈明しようと口を開きかけるが、王太子の視線に一撫でされると口を噤んだ。
ジョアヒムたちが近衛兵に連れて行かれるとまた沈黙が落ちた。
「死者が出たのか?」
ロークは片眉を上げてナイジェルを見る。声には失望の響きがあった。
「王太子殿下、これには理由がございまして――」
「私はナイジェルに聞いている」
庇うように声を上げたマレンデスを遮ってナイジェルに詰問した。
「はい、四人死亡しました。殿下の兵を損ないましたこと、お詫び申し上げます」
「何か弁明することはあるか?」
「いえ、ございません」
「ならば、ナイジェル。そなたの大隊長の地位を剥奪する。王都にて謹慎しているように。マレンデス、報告書が出来たら提出せよ。他の者もご苦労だったな、下がれ」
突然の処分の言い渡しに茫然と固まる調査団を残して、部屋から出て行こうとするロークに対してユタが憤然と喰ってかかった。
「お待ちください! 幾らなんでも可笑しいでしょう。部下の死をすべて上官の責任にしていたら、上に立つ者はいなくなります」
「ユタ、止せ!」
ロークがこちらを向き、一瞬ナイジェルと目が合った。
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