竜騎士の末裔

ぽてち

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第2章

4、半人前の精霊

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 翌日、ナイジェルはユタとベルナルドを伴って、クローリーの多くの工房が集まっている辺りを歩いていた。
 ナイジェルもベルナルドも軍装は纏ってはおらず、普段着だった。
「ベルナルド、これは私用だ。別に付いてこなくてもいい」
「まあまあ、そんなつれないことをおっしゃらないで下さいよ。護衛だと思ってお供させてください」
「俺には必要ない」
「ええ、貴方の強さは分かっておりますが、正面から来る敵ばかりじゃないでしょう?」
 いつものヘラヘラと気の抜けた笑顔だが、その眼にはナイジェルを真剣に案じている様子が伺えた。

 ナイジェルが新しい部隊の長になってから、新しい部隊に対する風当たりは強く様々な嫌がらせを受けていた。 それはナイジェル自身にも及んでいて、命を狙われることもあった。
 ナイジェル本人は嫌味や嫌がらせについては気づいていないこともあったようで、命の狙われたことも黙っていた。

 それに気づいて真っ先に顔色を変えて、説教してきたのはグラントだった。
「貴方に何かあっては、私は王太子殿下とエルギン辺境伯に合わせる顔がない。まして、貴方を信じて他の近衛大隊やエルギン辺境防備隊から移ってきた兵士はどうなるのですか!」
 普段温和なグラントの説教にナイジェルも神妙な顔になる。
「済まなかった、以後気を付けよう」
 では誰が護衛をするかという話し合いで、ベルナルドの名が挙がった。
 グラントやバハディルは大隊長の職にあり、部隊の編成にも忙しく、スィムナール、ジハンギル、ブレンドンも同様だ。
 平の兵士から小隊長に格上げになったが、部下がいたわけではないので、これといった仕事は今の所ない。
 副官ということでナイジェルの護衛に着くこととなった。
 バハディルとスィムナールはやや不満そうだったが。

 それでも、私用にベルナルドを伴うのは抵抗があるのか時々一人で出かけてしまう。
 ベルナルドは油断なく周囲に目を配りながら、またグラント様に説得してもらわないとなと考えていた。


 王立学問院専属の工房は、流石に敷地が広かった。
 その敷地の中にいくつか建物があり、かなりの人数の職人たちが仕事をしていた。
 ナイジェルは名乗ると件の職人を呼んでもらった。
 ナイジェルの身分を慮ったのか、工房の責任者らしき男も同道していた。

 隣にいるユタを見て、浮かべかけた愛想笑いを消した。
 のっぺりとした顔の黒髪の男はむっつりとユタを睨み上げるとナイジェルの方に向き直り、やや警戒心もあらわに口を開いた。
「何かご用でしょうか?」
 その口調にはやや東方のなまりがあった。
「俺はユタの友人で兄弟のように育った関係でもある。ユタがお主に対して理不尽なことをしたと聞いた。済まなかった」
 そう言ってナイジェルは頭を下げた。
 ナイジェルが頭を下げたことに驚いたようで慌てていた。
「いえ、もういいのです。ただ、注文を受けた品を横から勝手に持っていかれたこともありましたので。私の信用にかかわるのです」
 それを聞いた途端にナイジェルが白い目でユタを見た。ユタは首を縮めてすみませんと謝罪した。

 ナイジェルの謝罪で幾分怒りが消えたのだろう、だいぶ表情が柔らかなものになった。
「お主は瑞穂の国の出身なのか?」
 男は驚いた様で細い目を丸くする。
「何故、お分かりに?」
「俺の剣の師匠が瑞穂の国から来た人だったからな。お主と同じ訛りがあった」
「そうですか」
 そう言って、ナイジェルの腰の剣をじっと見つめていた。
「その腰の剣は……」
「ああ、師匠に貰った物だ」
「拝見させて頂いてもよろしいでしょうか?」
 ユタとベルナルドはひやりとしてナイジェルを伺う。
 ナイジェルは眉を寄せて、男を睨んだが怯むことなくさらに理由を述べた。
「私は様々なものを作っておりますが、私の父は刀鍛冶でしたので聞きかじりですがある程度の知識があります」
 納得したようで、鞘ごと腰から引き抜いて男に渡した。
 懐から手巾を出すと口に銜えて剣を鞘から引き抜く。
 矯めつ眇めつしていたが、丁寧に鞘に戻すと捧げるようにナイジェルに渡してくる。
「良い刀ですね、手入れもされているが、流石に刃こぼれがありますね。研ぎ師には出しているのですか?」
「いや、自分でしている。この国の研ぎ師では難しいようだな」
「そうですか」
 そう言うと少し考え込んでいる。
「私に研ぎ師の当てがあるのですが、ご紹介しましょうか?」
「そうしてくれると助かる」

 その後は和やかに雑談をして工房を辞してきた。
「良かったなユタ、許してもらえて」
 ナイジェルの嬉しそうな様子にユタは複雑そうだった。
 暫く歩いていると人通りが無くなった路地を曲がったところでナイジェルたちは声を掛けられた。
「あの……ナイジェル様でしょうか?」
 ベルナルドは素早くナイジェルの前に出る。

 酷く小柄な男で真っ黒に陽に焼けた肌に金壺眼の小さい目は不安そうにきょろきょろと動いていた。
 見世物小屋の猿を連想させる容姿だった。
「そうだが」
 ナイジェルが答えると明らかにほっとしたようで、くしゃりと顔を歪めた。
 どうやら笑っているようだ。
「わたくしモラーヴィと申します。当代の竜騎士様にお目にかかるのは初めてでございますが、精霊ジン達の王ジャハンバフシュ様にお仕えする者です」
「何?」
「えっと…ですから、精霊たちの王ジャハンバフシュ様にお仕える精霊モラーヴィにございます!」
 ナイジェルに聞えなかったのかと思ったらしく、更に声を張り上げて言う。
 ユタもベルナルドもあまりにも予想外なことを聞かされて、唖然と口を開けて目の前の小男を見つめる。
「いや、聞えているのだが……」
 そう言うとナイジェルは空を見上げる。

 初春を迎える三月ホルダドの陽光は柔らかで暖かい。
「日差しに頭をやられるには早過ぎないか?」
 モラーヴィと名乗った小男は小さな目を丸くするとひきつけを起こしたような奇妙な声を上げ始めた。
「と、当代の竜騎士様は冗談がお好きなのですね」
 どうやらモラーヴィは笑っていたようだ。

 それを聞いた途端、ナイジェルは表情を消し、モラーヴィの横をすり抜けると無視して歩き始めた。
 モラーヴィは慌てて後を追う。
「あの…も、もしかして怒っていらっしゃいますか?」
「――証拠は?」
「え?」
「お主が精霊だと言う証拠を見せて見ろ」
 短い足を忙しなく動かして回り込んできた小男を見下ろし、酷く冷たい口調で言う。
「はい、喜んで!」
 モラーヴィはそう言うと身軽にトンボを切って少し開けた広場のような場所に着地した。
 手を組むと何かぶつぶつと呟いている。

 次の瞬間断末魔の鳴き声が響き渡った。
 真っ二つにされた羊が目の前の地面転がった。
 夥しい血が飛び散り、死体に慣れたナイジェルやベルナルドも眉を顰めた。
「あ、あわわわわ」
 自分の仕出かした事態にモラーヴィはおろおろと狼狽える。
 ナイジェルは溜息をつくとモラーヴィに冷ややかな視線を送る。
「いいから消せ」
「は、はい」
 モラーヴィはまたぶつぶつと呟くと真っ二つになった羊が半分だけ消えた。
 さらに凄惨な光景におろおろしながらなんとか羊を消し去った。
「ど、どうでしょうか?」
「何がだ?」
「わたくしを精霊と認めて頂けたでしょうか」
「そうだな、お前が相当な間抜けだと言うことは分かった」
 冷ややかな口調で断言され、モラーヴィはくしゃくしゃに顔を歪めるとわあっと泣きだして走り去っていった。
 二十バーほど先の路地に入って行ったと思ったら、角から体を半分出してこちらを伺っている。
「ユタよ」
「はい?」
「彼奴は一体何をやっているのだと思う?」
「そうですね、貴方に声を掛けて欲しいのではないでしょうか」
「……」
 ナイジェルは無言のままモラーヴィの横を一瞥もくれずに通り過ぎた。
 背後で憐れを誘う泣き声が上がる。
 無言で歩き続けるナイジェルの背中を見ながら、ユタとベルナルドが顔を見合わせた。
「ナイジェル、声を掛けなくて良かったのですか?」
「――これ以上面倒事に巻き込まれるのは御免だ」
 そう呟いた声は少し疲れているようだった。
 新しい部隊の創設は予想以上に大変なのだろう。

 ナイジェルが珍しく弱気なことを呟いたので、ユタはしおらしく謝罪した。
 ユタの謝罪にナイジェルは振り返るとほんの少し口角を上げた。
 そのまま歩き続けていたが、突然ナイジェルが足を止めた。
「……どうやら面倒事の方が放っておいてくれないらしい」
 目の前に目にいっぱいの涙を溜めて少しばかり恨みがましい目で見上げてくるモラーヴィがいた。

 いつの間にかナイジェルたちはモラーヴィが最初に隠れた路地の前に立っていた。
 ナイジェルは溜息をつくと
「本当に精霊のようだな。で、俺に用とは何だ?」
「は、話を…聞いて……頂きたいのです」
 途中で盛大に鼻を啜り、しゃくり上げながらモラーヴィがそう訴えかける。

 こんなところで話すことではないので、ついてくるように言うと素直に後からついてくる。
 ちょこちょことナイジェルたちの後を追ってくるモラーヴィを眺めてユタは苦笑する。
「ナイジェルも変わったものに懐かれますよね」
「――お前らを筆頭にな」
「ええ! ベルナルド殿なら分かりますが、私は常識人ですよ」
「……さすがにユタ殿と一緒にされるのは不本意です。私も極々平凡で善良な人間ですので」
 二人共にいかに自分が常識人かを滔々と述べていたが、合間合間にモラーヴィの奇妙な笑い声が混じり始めた。
 それでなくても全員人目を引く容貌だったので道行く人がほとんど振り返っていた。
「好い加減黙れ」
 殺気すら漂わせるほどの冷たい言葉に流石にユタもベルナルドも口を噤む。
 モラーヴィも蛙が踏みつぶされたような声を上げて黙った。
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