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第2章
3、場長と交易商人
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この日ナイジェルはベルナルドを連れて市場の統括している場長の家に向かっていた。
ナイジェルの家に直接使いがやって来て、周りに特に他の近衛大隊に知られないように来て欲しいとのことだった。
市場での事件はそこに向かう途中での出来事だった。
突き刺さる様な視線が少し和らいだようだった。
こちらを伺うような、こそこそと遠巻きにする気配がしている。
ベルナルドは苦笑しながら、
「貴方がやったことが余程信じられないのでしょうね」
「……あの程度のことでか。お前たち近衛大隊はいったい何をしていたんだ?」
「市民に嫌われることは一通り」
ナイジェルは立ち止まると白い端正な顔を顰めてベルナルドを見る。
その表情にベルナルドは慌てて弁解する。
「俺は勿論何もしていませんよ」
「それは疑っていない。お前がやるとしたら精々食事を集るくらいだからな」
「あの……もしかしてご迷惑だったのですか」
「いや、養母は世話好きだからな……それが他人でも」
ナイジェルのどこか含みのある言い方にその顔をじっと見つめた。
特段何の負の感情も浮かんではいないように見える。
ナイジェルの出生に関することは知れ渡っているが、余計なこと言ってしまったと後悔した。
場長の家に着くとつばなしの帽子をかぶった初老の男と白い布を巻き豪華な宝石と羽飾りのついた装身具をつけた壮年の男が出迎えてくれた。
初老の男は白い髭を長く伸ばし、皺深い顔に愛嬌のある笑みを浮かべていたが不思議と威厳と深い知性を感じさせた。
壮年の男は豪奢な衣服に身を包み洗練された身ごなしで如何にも上流階級の人間と言った様子だが、視線は異様に鋭い。
雰囲気から親子とも思えないが、その疑問が顔に出ていたのだろう、初老の男が説明してくれた。
「ナイジェル様には態々ご足労頂きありがとうございます。私が場長のラーマン・ハミードにございます。こちらは交易商人のルーダキ殿です。色々と市場の者がお世話になっているのですよ」
「様は地回りの元締めと言うことか」
ナイジェルの直截的な言い方にラーマンは驚き、ルーダキは皮肉な笑いに唇を歪ませる。
「そうとも言えますな。ですが、私が望んでやっているわけではありませんよ。人がいれば揉め事が起こるものです。乞われて仲裁をしているうちにそうなっただけですので」
若造が青臭いことを言うのかと言わんばかりの態度だが、ナイジェルは笑みを浮かべて受け流す。
「別にお主を非難しているわけではない。――それで俺に用事とは何だ」
「ええ、まあ。それよりもまず、ナイジェル様には市場の者を救って頂き有難うございます。御礼が遅れまして申し訳ありません、救って頂いた者に代り感謝申し上げます」
「早耳だな」
「市場は我らの庭のようなものですからね、部下が注進してくれたのですよ。近衛大隊の兵士に救われると思っていなかったのでしょう。大層驚いておりましたよ。出来れば、密やかに来て頂きたかったのですがね」
「騒ぎを起こして済まなかった」
「そんな、滅相も無い……」
ルーダキの皮肉にも怒ることも無く穏やかに笑うナイジェルにルーダキは皮肉めいた笑みを消し、ラーマンは驚倒したようで絶句している。
「ここではなんですので、こちらにどうぞ」
そう言ってナイジェルたちを中庭にある四阿に案内する。
ルーダキはナイジェルから視線を外さないまま、不思議なものを見るような顔をしていた。
中庭は四阿を中心に左右相称に水路が巡らされ、薔薇の生け垣や果樹も手入れが行き届いている。
「申し訳ありません、人に聞かれたくありませんので」
下女が飲み物と冷やした西瓜を運んできた。仕草も慎ましく、躾が行き届いているのだろう。
それでも、頭を下げる瞬間ナイジェルたちに向けた視線にはきつい棘が含まれていた。
ナイジェルは苦笑しながら礼を言った。
礼を言われた下女が呆気にとられたようで暫くナイジェルの顔を見つめていた。
ラーマンが咳払いをすると我に返って、慌てて下がっていく。
ナイジェルは出された飲み物を手に取った。瑠璃の杯に入っていたのは氷と果物を搾った果汁に砂糖を加えたソルベと言うものだった。
アジメールは暑い国だが、冬場は北の方で雪も降る。
冬に出来る氷を氷室に保存して夏場でも冷たい飲み物を呑むことは出来る。
とはいえ、夏場の氷は贅沢品でそれなりに裕福な階層での嗜好品だった。
出された氷入り果汁水にふっとナイジェルは笑顔を浮かべた。
伯父の家を訪ねる度に伯母が出してくれたものと同じ甘橙を使ったものだった。
傍らに座り、氷入り果汁水を呑むナイジェルの顔を目を細めて嬉しそうに眺める伯母を思い出す。
子供のような笑顔になるナイジェルを目を丸くして見ていたラーマンとルーダキは苦笑する。
「気に入って頂けたのなら何よりでございます」
「伯母によく出してもらっていたからな」
「良い家の出なんですね。羨ましいですな」
ルーダキの皮肉めいた口調にナイジェルは曖昧な笑顔を浮かべる。
確かにガーランド家は名門だが、氷入り果汁水を子供に出すような贅沢を良しとする家ではない。
あの日以来取り繕った笑顔しか見せず、視線も合わせようともしなくなった自分が喜んでいたからだろう。
追憶から無理矢理現実に戻ると本題に入る。
「それで、俺を呼んだ理由は何だ?」
「はい……」
ちらりとラーマンはルーダキの方を見て、少し躊躇する様子を見せたが意を決したように話し始めた。
「ナイジェル様が言われたようにルーダキ殿は交易商ではありますが、市場で起こる揉め事の仲裁役を買って頂いておりました」
「場長、別に庇って頂かなくてもいいですよ。私は若い頃は隊商の護衛をやっておりましてね。その金で自分自身も様々商品の売り買いもやるようになりました。元から腕っぷしには自身がありましたし、自慢するようですが度胸もある。争い事があるとつい口を出して仲裁しているうちに自然と慕ってくる半分破落戸のような手下も出来まして、まあ地回りどもの頭になってしまったというわけです。まあ仲裁が上手く行った時は双方からそれなりのものを頂いてますがね」
「ルーダキ殿のおかげで市場はうまく回っていたのですが、この頃イーラジと言う者が嫌がらせをするようになってきたのです」
「さっきの奴らか」
「ええ、連中は近衛大隊のお偉方を後ろ盾にしているらしく、訴えても審刑院で門前払いにされてしまいます。市場の者には相手にしないように言ってはいるのですが、新しく入った者が狙われています」
「どうも新しい市場を作るつもりのようで、このまま嫌がらせが続けば寂れてしまいます。新しい市場は利用料を高額にしてその何割かがその近衛大隊のお偉方とイーラジに入るようです。ナイジェル様にはそれを何とかして頂きたいのです」
「何とかと言われてもな。民政院で許可されたことであれば、俺が口出しは出来ないな」
ナイジェルは困ったように笑う。
「いえ、そこまでは。ただ、商売の邪魔を辞めさせて頂きたいのです」
「そうだな、部下たちの巡回を増やそう。それでしばらく様子を見よう」
「ありがとうございます」
場長の家を出るとナイジェルは家に戻った。
ファルハードが門のところまで飛んできてナイジェルを出迎えたが、ナイジェルはファルハードを見ると酷く不機嫌そうな顔になった。
生まれた時は野鳩くらいの大きさであったのが、半年経って子羊くらいの大きさに成長していた。
ナイジェルの機嫌が悪いのを察したのか、びくりと震えると門の脇の木の陰に隠れてしまった。
「ナイジェル部隊長、ファルハードが何かやったのですか?」
「近所の庭に入り込んで庭になっていた甘橙を食い荒らしたそうだ。それを見たその家の隠居が腰を抜かしたらしい」
「ははあ」
ファルハードはユタが面倒を見ているのだが、頻繁にナイジェルの所に飛んでくる。
王都に帰って来てからしばらくはユタはイスハーク家で暮らしていたが、ひと月経った頃、助手のライラを伴ってユタの養父マーティアスが訪ねて来たのだ。
「愚息が迷惑をおかけして申し訳ない」
マーティアスは天文学、法学を中心に様々な学問に造詣が深く、人柄も穏やかな人格者だが、学者の常で世俗のことには疎い。
ユタを怒りに任せて追い出したが、その後どこを頼っていくかは考えなかったようだ。
ライラがマーティアスの機嫌を伺いながら、ユタがイスハーク家で世話になっていることを話した。
それで慌ててイスハーク家を訪ねて来たのだった。
「マーティアス小父さんお久しぶりです」
「おお、ナイジェルか。ユタが迷惑をかけただろう、済まなかったな」
ユタが何か言いたそうだったが、流石に養父を遮って言い訳をすることはなく黙っていた。
「いえ、ユタがいたおかげで俺は命を拾うことが出来ました」
真面目な顔で言うナイジェルにやや疑わしげな視線を寄越したが、ユタの必死に頷く姿に苦笑しながらもそうかと納得したようだ。
ファルハードにも驚いていたようだが、興味をそそられていたようだった。マーティアスはハイルとマリアに丁寧に礼を言うとユタを引き摺りながら帰っていった。
マーティアスの家は天文台の近くでクロンメルの郊外にある。
イスハーク家はクローリーの市場に近い閑静な住宅街にあるので、直線距離でもまあまあの距離がある。
その距離を飛んでくると腹が減るのか、イスハーク家にあった果樹もいつの間にか全部実が無くなっていた。
近所の家の果樹を食い荒らしていたのが分かったのは、隣家の住人が袋に詰めた甘橙を持ってきて、遠回しに庭に入ってくれるなと苦情を言いに来たからだ。
「あんなに恥をかいたのはユタの悪戯以来ですよ」
とマリアは珍しく真っ赤になってぷりぷりと怒っていた。
話を聞いたベルナルドは噴出しかけて、ナイジェルに睨まれた。
確かに近所の者にとっては恐ろしかっただろう。
比翼を広げれば、一バー(二m)を超える翼竜だ。噛まれれば、場所によっては致命傷になる。
「ナイジェル、お帰りなさい」
ニコニコと笑いながらユタが出迎えた。
「何の用だ、ユタ」
不機嫌な表情のまま、冷たくあしらう。
「何の用だはないでしょう。一緒に謝りに行ってくれるって言ったでしょう。ナイジェルが忙しそうだから待っていたんですよ」
「もう半年も前の話だろう、それにマーティアス小父さんは許してくれたのではないのか?」
「養父は許してくれたのですが、職人がまだ拗ねているのですよ」
「――お前、一体何をした」
胡乱な眼差しで見るナイジェルにいきなりうっと呻くと腹を抑えるとその場に蹲った。
「……ナイジェルに殴られたお腹が痛い」
「わかったから、詰まらん茶番は止せ。明日なら付き合えるぞ」
「ありがとうございます、ナイジェル」
そう言うと起き上がって軽い足取りで家の中に入っていく。その背中の後をファルハードが付いて行く。
ナイジェルの家に直接使いがやって来て、周りに特に他の近衛大隊に知られないように来て欲しいとのことだった。
市場での事件はそこに向かう途中での出来事だった。
突き刺さる様な視線が少し和らいだようだった。
こちらを伺うような、こそこそと遠巻きにする気配がしている。
ベルナルドは苦笑しながら、
「貴方がやったことが余程信じられないのでしょうね」
「……あの程度のことでか。お前たち近衛大隊はいったい何をしていたんだ?」
「市民に嫌われることは一通り」
ナイジェルは立ち止まると白い端正な顔を顰めてベルナルドを見る。
その表情にベルナルドは慌てて弁解する。
「俺は勿論何もしていませんよ」
「それは疑っていない。お前がやるとしたら精々食事を集るくらいだからな」
「あの……もしかしてご迷惑だったのですか」
「いや、養母は世話好きだからな……それが他人でも」
ナイジェルのどこか含みのある言い方にその顔をじっと見つめた。
特段何の負の感情も浮かんではいないように見える。
ナイジェルの出生に関することは知れ渡っているが、余計なこと言ってしまったと後悔した。
場長の家に着くとつばなしの帽子をかぶった初老の男と白い布を巻き豪華な宝石と羽飾りのついた装身具をつけた壮年の男が出迎えてくれた。
初老の男は白い髭を長く伸ばし、皺深い顔に愛嬌のある笑みを浮かべていたが不思議と威厳と深い知性を感じさせた。
壮年の男は豪奢な衣服に身を包み洗練された身ごなしで如何にも上流階級の人間と言った様子だが、視線は異様に鋭い。
雰囲気から親子とも思えないが、その疑問が顔に出ていたのだろう、初老の男が説明してくれた。
「ナイジェル様には態々ご足労頂きありがとうございます。私が場長のラーマン・ハミードにございます。こちらは交易商人のルーダキ殿です。色々と市場の者がお世話になっているのですよ」
「様は地回りの元締めと言うことか」
ナイジェルの直截的な言い方にラーマンは驚き、ルーダキは皮肉な笑いに唇を歪ませる。
「そうとも言えますな。ですが、私が望んでやっているわけではありませんよ。人がいれば揉め事が起こるものです。乞われて仲裁をしているうちにそうなっただけですので」
若造が青臭いことを言うのかと言わんばかりの態度だが、ナイジェルは笑みを浮かべて受け流す。
「別にお主を非難しているわけではない。――それで俺に用事とは何だ」
「ええ、まあ。それよりもまず、ナイジェル様には市場の者を救って頂き有難うございます。御礼が遅れまして申し訳ありません、救って頂いた者に代り感謝申し上げます」
「早耳だな」
「市場は我らの庭のようなものですからね、部下が注進してくれたのですよ。近衛大隊の兵士に救われると思っていなかったのでしょう。大層驚いておりましたよ。出来れば、密やかに来て頂きたかったのですがね」
「騒ぎを起こして済まなかった」
「そんな、滅相も無い……」
ルーダキの皮肉にも怒ることも無く穏やかに笑うナイジェルにルーダキは皮肉めいた笑みを消し、ラーマンは驚倒したようで絶句している。
「ここではなんですので、こちらにどうぞ」
そう言ってナイジェルたちを中庭にある四阿に案内する。
ルーダキはナイジェルから視線を外さないまま、不思議なものを見るような顔をしていた。
中庭は四阿を中心に左右相称に水路が巡らされ、薔薇の生け垣や果樹も手入れが行き届いている。
「申し訳ありません、人に聞かれたくありませんので」
下女が飲み物と冷やした西瓜を運んできた。仕草も慎ましく、躾が行き届いているのだろう。
それでも、頭を下げる瞬間ナイジェルたちに向けた視線にはきつい棘が含まれていた。
ナイジェルは苦笑しながら礼を言った。
礼を言われた下女が呆気にとられたようで暫くナイジェルの顔を見つめていた。
ラーマンが咳払いをすると我に返って、慌てて下がっていく。
ナイジェルは出された飲み物を手に取った。瑠璃の杯に入っていたのは氷と果物を搾った果汁に砂糖を加えたソルベと言うものだった。
アジメールは暑い国だが、冬場は北の方で雪も降る。
冬に出来る氷を氷室に保存して夏場でも冷たい飲み物を呑むことは出来る。
とはいえ、夏場の氷は贅沢品でそれなりに裕福な階層での嗜好品だった。
出された氷入り果汁水にふっとナイジェルは笑顔を浮かべた。
伯父の家を訪ねる度に伯母が出してくれたものと同じ甘橙を使ったものだった。
傍らに座り、氷入り果汁水を呑むナイジェルの顔を目を細めて嬉しそうに眺める伯母を思い出す。
子供のような笑顔になるナイジェルを目を丸くして見ていたラーマンとルーダキは苦笑する。
「気に入って頂けたのなら何よりでございます」
「伯母によく出してもらっていたからな」
「良い家の出なんですね。羨ましいですな」
ルーダキの皮肉めいた口調にナイジェルは曖昧な笑顔を浮かべる。
確かにガーランド家は名門だが、氷入り果汁水を子供に出すような贅沢を良しとする家ではない。
あの日以来取り繕った笑顔しか見せず、視線も合わせようともしなくなった自分が喜んでいたからだろう。
追憶から無理矢理現実に戻ると本題に入る。
「それで、俺を呼んだ理由は何だ?」
「はい……」
ちらりとラーマンはルーダキの方を見て、少し躊躇する様子を見せたが意を決したように話し始めた。
「ナイジェル様が言われたようにルーダキ殿は交易商ではありますが、市場で起こる揉め事の仲裁役を買って頂いておりました」
「場長、別に庇って頂かなくてもいいですよ。私は若い頃は隊商の護衛をやっておりましてね。その金で自分自身も様々商品の売り買いもやるようになりました。元から腕っぷしには自身がありましたし、自慢するようですが度胸もある。争い事があるとつい口を出して仲裁しているうちに自然と慕ってくる半分破落戸のような手下も出来まして、まあ地回りどもの頭になってしまったというわけです。まあ仲裁が上手く行った時は双方からそれなりのものを頂いてますがね」
「ルーダキ殿のおかげで市場はうまく回っていたのですが、この頃イーラジと言う者が嫌がらせをするようになってきたのです」
「さっきの奴らか」
「ええ、連中は近衛大隊のお偉方を後ろ盾にしているらしく、訴えても審刑院で門前払いにされてしまいます。市場の者には相手にしないように言ってはいるのですが、新しく入った者が狙われています」
「どうも新しい市場を作るつもりのようで、このまま嫌がらせが続けば寂れてしまいます。新しい市場は利用料を高額にしてその何割かがその近衛大隊のお偉方とイーラジに入るようです。ナイジェル様にはそれを何とかして頂きたいのです」
「何とかと言われてもな。民政院で許可されたことであれば、俺が口出しは出来ないな」
ナイジェルは困ったように笑う。
「いえ、そこまでは。ただ、商売の邪魔を辞めさせて頂きたいのです」
「そうだな、部下たちの巡回を増やそう。それでしばらく様子を見よう」
「ありがとうございます」
場長の家を出るとナイジェルは家に戻った。
ファルハードが門のところまで飛んできてナイジェルを出迎えたが、ナイジェルはファルハードを見ると酷く不機嫌そうな顔になった。
生まれた時は野鳩くらいの大きさであったのが、半年経って子羊くらいの大きさに成長していた。
ナイジェルの機嫌が悪いのを察したのか、びくりと震えると門の脇の木の陰に隠れてしまった。
「ナイジェル部隊長、ファルハードが何かやったのですか?」
「近所の庭に入り込んで庭になっていた甘橙を食い荒らしたそうだ。それを見たその家の隠居が腰を抜かしたらしい」
「ははあ」
ファルハードはユタが面倒を見ているのだが、頻繁にナイジェルの所に飛んでくる。
王都に帰って来てからしばらくはユタはイスハーク家で暮らしていたが、ひと月経った頃、助手のライラを伴ってユタの養父マーティアスが訪ねて来たのだ。
「愚息が迷惑をおかけして申し訳ない」
マーティアスは天文学、法学を中心に様々な学問に造詣が深く、人柄も穏やかな人格者だが、学者の常で世俗のことには疎い。
ユタを怒りに任せて追い出したが、その後どこを頼っていくかは考えなかったようだ。
ライラがマーティアスの機嫌を伺いながら、ユタがイスハーク家で世話になっていることを話した。
それで慌ててイスハーク家を訪ねて来たのだった。
「マーティアス小父さんお久しぶりです」
「おお、ナイジェルか。ユタが迷惑をかけただろう、済まなかったな」
ユタが何か言いたそうだったが、流石に養父を遮って言い訳をすることはなく黙っていた。
「いえ、ユタがいたおかげで俺は命を拾うことが出来ました」
真面目な顔で言うナイジェルにやや疑わしげな視線を寄越したが、ユタの必死に頷く姿に苦笑しながらもそうかと納得したようだ。
ファルハードにも驚いていたようだが、興味をそそられていたようだった。マーティアスはハイルとマリアに丁寧に礼を言うとユタを引き摺りながら帰っていった。
マーティアスの家は天文台の近くでクロンメルの郊外にある。
イスハーク家はクローリーの市場に近い閑静な住宅街にあるので、直線距離でもまあまあの距離がある。
その距離を飛んでくると腹が減るのか、イスハーク家にあった果樹もいつの間にか全部実が無くなっていた。
近所の家の果樹を食い荒らしていたのが分かったのは、隣家の住人が袋に詰めた甘橙を持ってきて、遠回しに庭に入ってくれるなと苦情を言いに来たからだ。
「あんなに恥をかいたのはユタの悪戯以来ですよ」
とマリアは珍しく真っ赤になってぷりぷりと怒っていた。
話を聞いたベルナルドは噴出しかけて、ナイジェルに睨まれた。
確かに近所の者にとっては恐ろしかっただろう。
比翼を広げれば、一バー(二m)を超える翼竜だ。噛まれれば、場所によっては致命傷になる。
「ナイジェル、お帰りなさい」
ニコニコと笑いながらユタが出迎えた。
「何の用だ、ユタ」
不機嫌な表情のまま、冷たくあしらう。
「何の用だはないでしょう。一緒に謝りに行ってくれるって言ったでしょう。ナイジェルが忙しそうだから待っていたんですよ」
「もう半年も前の話だろう、それにマーティアス小父さんは許してくれたのではないのか?」
「養父は許してくれたのですが、職人がまだ拗ねているのですよ」
「――お前、一体何をした」
胡乱な眼差しで見るナイジェルにいきなりうっと呻くと腹を抑えるとその場に蹲った。
「……ナイジェルに殴られたお腹が痛い」
「わかったから、詰まらん茶番は止せ。明日なら付き合えるぞ」
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