竜騎士の末裔

ぽてち

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第2章

6、婚約

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 それから暫くして、御前会議が招集された。新しい近衛大隊の部隊長と王立学問院の導師長を披露する為でもあった。
 「青の間」に入るとすでに三人の辺境伯と近衛大隊の二人の部隊長が座っていた。
 苦々しげにこちらを見る二人の部隊長に対して、ナイジェルは軽く会釈をして隣に座る。
「久しぶりだな、ナイジェル。いや婿殿と呼ぶべきかな?」
 ニヤリと笑いながら言うオスウィンに隣に座っていたバスターは不快そうな視線を送る。
 オスウィンにしてみたら、半分冗談のつもりだったが、その言葉をそのまま受け取ったナイジェルは驚いたように目を見開いて少し焦ったように口を開く。
「アナイリンに聞いたのですか?」
 ナイジェルの言葉にオスウィンは驚いたようだ。バスターは理解するにしたがって、顔色が蒼褪めていった。
「伯父上……」
「ナイジェル部隊長」
 腰を浮かして、訳を説明しようとしたナイジェルをメルヴィンが制した。
「私的な話は止めて頂きたい。貴方は初めてなのでしょうが、ここは御前会議の場。ご自分の立場を弁えられよ」
 穏やかな笑顔浮かべながら、その瞳は恐ろしいほど冷たい怒りを含んでいた。
「――失礼いたしました」
 メルヴィンに冷たい視線を向けられて、ナイジェルは少し狼狽していた。
 初めて会った時からメルヴィンはナイジェルに対して親しげで、まるで弟に対するような態度だったからだ。

 他の二人の部隊長は失笑を漏らしたが、メルヴィンにナイジェルに向けた視線とはまた違う侮蔑を含んだ冷笑を向けられて気を呑まれたかのようにそれを飲み込んだ。
 バスターはがっくりと肩を落として下を向いていたのでメルヴィンの表情に気がつかなかったが、オスウィンは怪訝な表情をメルヴィンに向けていた。

 丁度その時扉が開いて新しい導師長となったマレンデスを伴って、王太子のロークが入ってきた。
 気まずい空気が流れる中、中腰の姿勢のままだったナイジェルと目が合った。
「何か揉め事か」
「いえ、大したことでは」
 ナイジェルはロークから視線を逸らせて応えるが、そのナイジェルの言葉を遮るようにメルヴィンが口を挟む。
「新しい部隊長殿に御前会議の心得を教唆していただけですよ、王太子殿下」
 いつも通り穏やかな笑顔を浮かべる異母弟に違和感を感じながらもロークはその事には言及しなかった。
「皆も知っていることと思うが、近衛大隊の新しい部隊長のナイジェル・イスハークと王立学問院の導師長に就任したミゲル・マレンデスだ」
 王太子に紹介されて、マレンデスもナイジェルの頭を下げる。
「ミゲル・マレンデスにございます。若輩者でございますが、精一杯導師長の名に恥じぬよう努めてまいりたいと思います」
「新しく創設された近衛大隊中央部隊の部隊長のナイジェル・イスハークです。よろしくお願い致します」
 何とも言えない雰囲気の中で挨拶を終えるとロークは中央部隊の為に兵力を回すようにオスウィンとメルヴィンに言った。
「兵力を裂くのですか?」
 オスウィンはやや眉を顰めたが、仕方ないと肩を竦めたきり何も言わなかった。
 メルヴィンは穏やかな笑顔のまま暫く考え込んでいた。ゆっくりと顔を上げると
「人選はこちらに任せて頂けるのでしたら、喜んで仰せに従います」
 オスウィンも横で頷いている。
「ナイジェル、構わないか?」
「はい。ライギット辺境伯、カーマーゼン辺境伯有難うございます」
「殿下の御命令だからな」
 オスウィンが少々皮肉めいた笑顔を浮かべたが瞳の色は柔らかかった。
「……貴方に礼を言われる筋合いはありませんよ」
 反対にメルヴィンの声は冷たく、どこか棘を含んでいた。
 流石にナイジェルの発言に落ち込んでいたバスターも顔を上げて、訝しげな視線をメルヴィンに送った。
 ぎすぎすとした雰囲気に息を呑んで不安そうにしていたマレンデスだったが、王立学問院の改革案について語る時は澱みなく説明を終えた。
 御前会議が終わるとバスターは無言で立ち上がり、王太子に目礼をすると足早に「青の間」から出て行った。
 ナイジェルは慌ててバスターの後を追い、オスウィンも苦笑しながら付いて行った。
 メルヴィンも不機嫌そうな表情を隠そうともせず、三人の後を追おうとしたが、ロークに呼び止められてしまった。
「何かご用でしょうか?」
 相手が王太子でなければ、舌打ちしそうなほどの険しい表情にロークは驚きを隠せなかった。
 常に穏やかな態度で人当たりの良い異母弟の表情に珍しいものを見るようにしげしげと見ながら、座るように促した。
「カーマーゼン辺境伯…いや、メルヴィン。王太子としてでなく、兄として話したいことがあるのだ」
「兄として……ですか」
 ちらりと三人が出て行った扉の方をもどかしげに見たが、苦虫を噛み潰したような表情で不承不承座った。


「伯父上!」
 ナイジェルの呼びかけに無言で振り向くと、酷く悲しそうな顔でこちらを見ていた。
 ナイジェルもなんと言っていいのか迷っている様子で絶句していた。
「辺境伯と近衛大隊の部隊長が王宮で言い争いをしては問題だからな。場所を変えないか」
「儂に話すことはない。そう言えば祝いの言葉がまだだったな、ライギット辺境伯。立派な後継ぎが出来て良かったではないか」
「拗ねるなよ、バスター。まあ、儂はそれでも構わんがな。ナイジェルがそのつもりならとうの昔にファッハードの家に婿に来ているだろう?」
 バスターは納得できない様子だったが、それでも話を聞くことを了承してバスターの屋敷に向かうことになった。
 ナイジェルは感謝の視線をオスウィンに送り、オスウィンは鷹揚に頷いていた。


 バスターの屋敷は代々武門の家柄としてアジメール王家に仕えているだけに重厚な造りで敷地も広かった。
 出迎えたアイーシャは夫がナイジェルとオスウィンを引き連れていることに驚いたが、何も聞かずに客間に案内した。
 そこにはオスウィンの妻のオファイラがいて驚きに目を見張っていた。

 席を外そうとするオファイラを硬い表情で制して言う。
「オファイラ様にも聞いて頂きたいのです」
 下女がお茶を運んで下がるまで、重い沈黙がその場を支配していたがナイジェルがぽつりと話し始めた。
「伯父上は以前この家を継いで欲しいとおっしゃっていましたね。そのお気持ちは変わらないのですか?」
「ああ、その通りだ」
「……俺の父親が誰か分からなくても?」
「ナイジェル……お前はまだそのことに拘っているのか? お前の父親がどんな男でも、お前がお前であることには変わりない。儂もアイーシャも……もちろんマリアたちもお前を愛しているのだぞ」
 アイーシャも夫の言葉を聞きながら、じっとナイジェルを見詰めていた。ナイジェルは下を向いてしまった。涙を堪えているようにも見えた。
 つと立ち上がるとナイジェルの傍に座り、そっと手を握り微笑んでいた。
 消え入りそうな声ですみませんと呟くナイジェルをバスターは何度も頷いていた。

「ところで、ナイジェル。お前はどうしたいのだ?」
 流石に焦れてきたオスウィンがナイジェルに聞いた。
「出来れば、アナイリンを妻に迎えてこの家を継ぎたいのですが」
 語尾が申し訳なさそうに小さくなる。
「まあ、そうなるだろうな」
 あっさりとした返答にバスターは驚いたようにオスウィンを見た。
「バスター、なんだその顔は」
「……いや、ナイジェルにファッハード家を継がせたいものだと思っていたからな」
「儂がいつそんなことを言った? アナイリンの夫にとは言ったが家を継げと言ったことはないがな」
「しかし、お主には息子がいないだろう?」
「ダリラは嫁いでいないが、まだラービアがいる。ラービアが婿を取ればいいし、三人の娘たちの子の誰かが継いでも良いしな」
 その物言いにあまり跡継ぎに拘っていない様子が見えた。
 バスターに不思議そうに見つめられ、オスウィンは苦笑する。
「では聞くがな、バスター。お主は何故ナイジェルに家を継がせたい?」
「それは……甥であるのもあるが」
「ナイジェルが放蕩者だったら継がせたいか、違うだろう? ガーランドの名を背負うのに相応しいからだろう。ファッハード家にしろ漫然と続いてきたわけではない。名門と呼ばれ続けたのは儂も含め歴代の当主が名門と呼ばれるほどの功績を残してきたからだ。どんな家柄だとて、阿呆が出ればそれで仕舞よ」
「すまんな、オスウィン」
「別にナイジェルがファッハードを継ぎたいと言うのであれば止めはせんがな」
 ニヤリと人の悪い笑顔を浮かべて笑う男にナイジェルは困ったように眉を寄せた。
「しかし、それではいつまでもアナイリンが結婚できまい。折角儂に似て美しく賢い上に慎ましく淑やかな淑女に育てたのに勿体無いではないか」
 オスウィンの娘自慢なのか自身を称賛しているのか分からない言葉に流石に今はバスターも反論せずに笑っていた。
「ナイジェル、この事はマリアたちも納得しているのですね」
「はい、マーリクが父の跡を継ぎますし、元から俺はあの家の人間ではありませんから」
「ナイジェル……」
 アイーシャが心配そうにナイジェルに聞くと穏やかに笑いながら返すナイジェルにアイーシャは眉を顰める。
「そんなことをマリアたちに言ったのですか?」
「……ええ、叱られましたが」
 普段声を荒げたことのないハイルは顔を真っ赤にして激昂し、マリアは泣きながらナイジェルに抱き付いてきた。
「当たり前でしょう、何しろ」
 自分からナイジェルを奪っていってまで養子にしたのだからと続けようとして飲み込んだ。
 不自然に言葉を途切らせた伯母をナイジェルは不思議そうに見ていた。
 バスターは顔を伏せナイジェルの手を撫で続ける妻を気づかわしげな視線を向けていた。


「お義姉様、お願いでございます! ナイジェルを私にください!」
 床に額を擦りつけて、何度諭しても顔を上げようとしないマリアに戸惑っていた。その夫のハイルも頭を下げたままマリアと同様に顔を上げようともしない。
 嬉しそうに身籠ったことを報告してきたのはほんの数か月前だった。夫のバスターと共に心から祝いの言葉を送ったが、いくらもしない内にハイルが目を真っ赤に泣き腫らした顔で訪ねてきた。
 マリアは子供が流れてしまい、塞ぎ込んでまともに食事もしないとのことだった。

 心配していたが、いきなり訪ねて来てこの状況だった。
「マリア、あたなはまだ若いのですよ。一度流れたからと言ってこの先子供を持てないと決まったわけでは」
 ようやく顔を上げたマリアの表情にアイーシャは言葉を失った。
 ふっくらと丸顔だったのだが、げっそりとやせ細り目だけが異様に熱を帯びていた。
「この家にはまだニールがいます。お義姉様、どうか……どうか!」
 丁度、王都にいたバスターも妹の様子に只ならぬものを感じて言葉を失っていた。
 暫く腕を組んで考え込んでいたが、アイーシャに向けた言葉に愕然とした。
「確かにニールをガーランドの跡継ぎにするつもりだからな。ナイジェルをハイルたちの養子にしてもいいのかもしれん」
「貴方……」
 反論の言葉を口にしようとした時に扉が開いて、ナイジェルを抱いたニールが入ってきた。
「ナイジェル!」
 マリアは転がるように飛び出すとニールの手からナイジェルを奪い取って部屋の隅に逃げていった。
 ハイルは申し訳なさそうにしながらも、ナイジェルを妻から取り上げて返すことに逡巡しているようだった。
「マリア、ナイジェルを」
 返してと言うつもりだった。
 しかし、視界の片隅にいたニールは笑顔を浮かべていた。
 身体が弱く、あまり外に出られないニールは普段は大人しく、従順な少年だったが、ナイジェルを抱きしめるマリアを見る目はぞっとするほど酷薄な歪んだものだった。
 ナイジェルの体に日に日に痣が増えていくのを原因が分からずに悩んでいたが、犯人が分かりすうっと心臓が冷えていくのが分かった。

 ここにナイジェルを置いておくことは出来ない。

 そう悟ったアイーシャは決断した。
「……ナイジェルをよろしくね」
 何とか笑顔を浮かべたが、頬を涙が伝っていった。


「――伯母上」
 戸惑ったようなナイジェルの声にハッと我に返る。
 小さかった子供はすで自分の背を追い越して、今では他国にも響き渡るほどの剣士だ。
 実の母親を失った寂しさ故か眠りにつくまではアイーシャの指を握って離さなかった胡桃ほどの大きさの手は武骨な男性の手になっていた。
 アイーシャは握っていた手を軽く叩くと笑いかけた。
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