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第2章
12、ヤムリカの族長
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ヤムリカは定住しているわけではないが、所有する井戸があり、この季節はここと大体決まっている。
その前のオグズの居住地に寄った時、部族長はカールーンの言葉に苦笑いしていた。
オグズ族の者も近衛大隊に行くか迷っている者がいるらしい。
ジハンギルが何人かの少年に捕まって、質問攻めになっていた。
ヤムリカの居住地に向かうと最初は警戒されたが、近衛大隊の使いだと言うこととバハディルの名前を出すとあっさりと族長に会わせてくれた。
「主を見捨てて逃げたラスロの子孫か」
開口一番、穏やかな口調でなかなかの暴言を吐く。
バハディルはさすがに少し顔色を変えたが、訪問した理由を話す。
「主が帰ってきた。仕えるのは当然だと思うが」
族長はナディームと名乗った。
中肉中背で針のように細い目の男で、表面は穏やかな風貌だった。目を閉じると何か考え込んでいるようだった。
「会って見て決めよう、それでいいか?」
「構わない」
ナディーム以下二十騎程が王都まで行くことになった。
オグズ族の者も王都まで同行を申し出る者もいて総勢四十騎程になった。
四十騎の集団が疾走する様子はなかなか壮観だった。いずれも馬術に秀でた者たちだったので特にだ。
王都に着いてもやや警戒する視線に晒された。
先頭には近衛兵の軍装のバハディルたちがいたので誰何されることはなかったが。
バハディルが引き連れてきた集団にグラントは目を見張った。
ナディームたちは警戒しているのかにこりともしない。
「うまく行きましたかな?」
「いや、微妙なところです。部隊長にお会いしてから決めると申しておりました」
「ほう、まあ大丈夫でしょうな」
グラントと話していると広間にナイジェルが入ってきた。
ナイジェルもグラントと同様に驚いていた。
「ご苦労だったな、バハディル、ジハンギル」
笑みを浮かべて労う。
「はい、この者がヤムリカの」
「族長のナディームと申します。ナイジェル様の要請により参じました。我らも冬の寒さで家畜を減らすことも度々ございましたので、まさに渡りに船。俸給をはずんでいただけるよう、我らヤムリカの弓術で存分にお役に立って見せましょう!」
バハディルの紹介を遮って、ナディームは胸を張って滔々と述べる。後ろに控えた者たちも族長の言葉に力強く頷いている。
バハディルとジハンギルは唖然とナディームを見る。
遊牧地が隣り合っているオグズ族の者たちも「はて、そんなに家畜が減るほどの極寒だったか?」と首を捻っている。
「そうか、それは大変だな。俸給をはずむかはお主らの活躍次第だな。王太子殿下はそれほど吝嗇な方ではないから、安心するといい」
『はっ』
「……正直、お主らが来てくれてありがたい。これからもよろしく頼む」
居並ぶ者たちを見渡し、安堵したような笑みを浮かべるナイジェルを見て、ナディームは顔を紅潮させて震えている。
バハディルは居住地で会った人物は何者だったのだろうと若干遠い目をした。
「お主、ナディーム殿の皮をかぶった別人か?」
「なんのことだ?」
胡乱な表情で問い質すバハディルにたいして、にこやかに惚ける。
「家畜が減っているなどという話は聞いていないが」
「バハディル殿、この世には様式美というものがある」
「はあ?」
「ナイジェル様のたっての願いにより近衛大隊に我らヤムリカの入隊を要請される。我らも家畜の不足分を補わなければならない。仕方なく応じる。内にも外にも箔がつくというものだ」
胸を張ってそう宣うナディームにヤムリカの者たちは大いに頷いている。
バハディルはまじまじとナディームの顔を眺め、呆れかえって言葉もないようだ。
グラントは珍しく苦虫を噛み潰したような顔をし、スィムナールはぽかんと口を開けている。
ブレンドンは端正な顔を凶悪に歪め、「チッ!」と盛大に舌打ちをしている。
「役に立つ連中だ、それだけは期待できる」
ジハンギルは半眼になり、言葉とは裏腹に殺気だった視線を送っている。
「当然だ」
ジハンギルの視線を平然と受け流し、ニヤリと自信に満ちた笑みを浮かべる。
ヤムリカ族は当分の間ジハンギルの下につくことになった。
「同じ遊牧民分かり合えることも多いでしょう」
とのナディームの言にジハンギルは冷ややかな視線を送ったのみだった。
同行していたオグズ族の者たちもいつの間にか入隊していた。
近衛大隊の様子を少し見て見るつもりのようだったが、いつの間にか兵舎で暮らし、いつの間にかヤムリカの者たちと一緒に食事をしていた。
ナディームも族長をやっているだけあって、統率力もあり、面倒見も良い。
オグズ族の者たちも含めて、近衛大隊の他の騎兵たちとも結構うまく行っていて、見せつけるようにニヤリと笑いかけるナディームに対して、ジハンギルは見た者を凍らせるのではないかという殺気のこもった笑みで応酬するという見ているほうが冷や冷やするやり取りを繰り返していた。
暫くして、カーマーゼンから王太子の要請により移ることになった騎兵たちが到着した。
先頭に立っているのは見知った大男だった。
「王太子殿下の御要請により、我らカーマーゼン辺境伯配下二百名は今日より近衛大隊中央部隊の配下となります。以後、よしなにお願い致します」
アルトゥアは言葉は丁重だが、不満が顔に現れていた。
ナイジェルは苦笑いしてそれを受け入れた。
「ああ、よろしく頼む」
そう言うと苦笑いを浮かべたまま、ナイジェルは僅かに目を細めた。
傍にいたブレンドンとバハディルは気配の変わったナイジェルにヒヤリと首筋が寒くなった。
「ブレンドン、彼らを兵舎に案内してやってくれ」
「はい」
ブレンドンがアルトゥアたちを連れて、兵舎に向かうのを見ながら、冷ややかに口元を歪めた。
「バハディル」
「グラント殿の配下に置き、スィムナールと行動を共にさせます。ベルナルドに裏から監視させます」
顰めた声でナイジェルに聞える程度に囁く。
「頼む」
バハディルの言葉にほんの僅かに口元を緩ませる。
口元を緩ませたのはほんの一瞬ですぐに引き締める。
「さて、どう動くのか」
小さく呟いたナイジェルが視線を向ける先は南方の空。
翡翠色に煌めく瞳に気付いたバハディルは深く頭を下げた。
白い太陽が煌々と地面を照らしている。四月の日差しは強く突き刺さるようだ。
それは石造りの砦の中も同様で外に比べればましだが、じっとしていると薄汗が滲んでくる。
それなのにイクバールさっきから酷い寒気が全身を襲ってくる。
いや、イクバールは精霊なのだから、暑さにも寒さにも影響を受けないはずなのだが、体の震えを止めることが出来ない。
原因は目の前の男だった。
豪奢な刺繍の施された座蒲団に凭れ掛かり、白皙の美しい顔に優美な笑みを浮かべている。
イクバールは平伏したままなので、表情は見えないのだが、気配で笑っていることは分かる。
「そろそろ顔を上げたらどうだ? そのままでは話もできない」
優し気な声だった。涼やかで澄んだ音色の弦楽器を思わせる声だった。聞き惚れてしまいそうな声なのにイクバールは平伏する頭をさらに下げる。
「はい」
顔を上げたのはイクバールと同様に平伏していたラティーフだった。
イクバールと違いその端正な顔には汗の玉が浮かんでいる。
「どのような御用でお呼びでしょうか、メルヴィン様」
「精霊なのに察しが悪いな」
くすくすと可笑しげに笑う。
メルヴィンは胸元から何かを取り出した。
金の鎖の先に鶏の卵ほどの大きさの青白く輝く石が揺れている。
金の檻のような精緻な細工で覆われたそれを目にしたラティーフは浅黒い顔を蒼褪めさせて震えている。
「こんな物が怖いとは、精霊とは案外難儀な代物だな」
そう言って面白そうにラティーフの目の前で揺らせて見せる。
ひぃとイクバールは押し殺し損ねた悲鳴を上げる。
「お、お戯れはお止めください!」
「戯れだと?」
一段低くなった声にラティーフは息を呑んだ。
「誰がそんな口を聞いてよいと言った?」
「失礼いたしました、メルヴィン様!」
頭を床に擦りつけるように下げるラティーフを冷ややかな目で見下す。
「まあ良い、何故お前たちを呼んだと思う?」
「はっ、何かお望みがあると存じますが、如何様なことでありましょうか」
「なんだと思う?」
形の良い指を顎に当て、口角を上げる。
「この国の玉座でしょうか」
「ふふっ、そんなものが欲しければ、お前たちなど呼ぶまでもない」
「では、大陸の支配者をお望みで?」
「何故そんな面倒な物を望むと思うのだ」
柳眉を顰めて、つまらなそうに溜息を吐く。
「いったい何をお望みでしょうか?」
「私の大切な弟を取り戻したいのさ」
「……メルヴィン様に弟君はいらっしゃいましたか?」
「お前たちは私が何者か分かっているのだろう。わざとらしく聞いて来るとは……我を愚弄するつもりか」
ギャッと短い悲鳴を上げて、イクバールの右耳が消し飛んだ。
右耳があった場所を抑えて蹲る。
メルヴィンは舌打ちをする。
「腕を飛ばすつもりだったが……あの女の力は強い割に正確に操れないのが、欠点だな」
「お、お許しを」
「役立たずなお前たちでもいないよりはましだからな」
聞く者を凍り付かせるような感情ない声がやや緩やかになる。
穏やかな手段で彼を取り込もうとしたのが、そもそも間違いだったのだろう。
いや、多分半信半疑だったのだ。
一度間違えたから、己の直感に疑いを持ってしまった。
愛する弟に似ていた。
ふと見せる仕草が、比類ない剣技が、誇り高い魂が。
だが、アレの気配はしなかった。
だから、他の者たちに対するのと同様に、有能で物わかりの良い王族を演じた。
慕わせて、ほんの片時の慰めにでもなればと思ったのが失敗だった。
アレは本当に無能な男に忠誠を誓うのが好きらしい。
今度は慎重にゆっくりと時間を掛けよう。
前は拙速に過ぎた。
決して、逃げられないように、そうアレに選ばせよう。自らの意思で我の傍らにいるように。
「楽しみだよ、ナイジェル。……いや、アクサル」
声も無く笑うメルヴィンに顔を強張らせた精霊たちは唯主の機嫌を損ねることを恐れて、沈黙を守った。
その前のオグズの居住地に寄った時、部族長はカールーンの言葉に苦笑いしていた。
オグズ族の者も近衛大隊に行くか迷っている者がいるらしい。
ジハンギルが何人かの少年に捕まって、質問攻めになっていた。
ヤムリカの居住地に向かうと最初は警戒されたが、近衛大隊の使いだと言うこととバハディルの名前を出すとあっさりと族長に会わせてくれた。
「主を見捨てて逃げたラスロの子孫か」
開口一番、穏やかな口調でなかなかの暴言を吐く。
バハディルはさすがに少し顔色を変えたが、訪問した理由を話す。
「主が帰ってきた。仕えるのは当然だと思うが」
族長はナディームと名乗った。
中肉中背で針のように細い目の男で、表面は穏やかな風貌だった。目を閉じると何か考え込んでいるようだった。
「会って見て決めよう、それでいいか?」
「構わない」
ナディーム以下二十騎程が王都まで行くことになった。
オグズ族の者も王都まで同行を申し出る者もいて総勢四十騎程になった。
四十騎の集団が疾走する様子はなかなか壮観だった。いずれも馬術に秀でた者たちだったので特にだ。
王都に着いてもやや警戒する視線に晒された。
先頭には近衛兵の軍装のバハディルたちがいたので誰何されることはなかったが。
バハディルが引き連れてきた集団にグラントは目を見張った。
ナディームたちは警戒しているのかにこりともしない。
「うまく行きましたかな?」
「いや、微妙なところです。部隊長にお会いしてから決めると申しておりました」
「ほう、まあ大丈夫でしょうな」
グラントと話していると広間にナイジェルが入ってきた。
ナイジェルもグラントと同様に驚いていた。
「ご苦労だったな、バハディル、ジハンギル」
笑みを浮かべて労う。
「はい、この者がヤムリカの」
「族長のナディームと申します。ナイジェル様の要請により参じました。我らも冬の寒さで家畜を減らすことも度々ございましたので、まさに渡りに船。俸給をはずんでいただけるよう、我らヤムリカの弓術で存分にお役に立って見せましょう!」
バハディルの紹介を遮って、ナディームは胸を張って滔々と述べる。後ろに控えた者たちも族長の言葉に力強く頷いている。
バハディルとジハンギルは唖然とナディームを見る。
遊牧地が隣り合っているオグズ族の者たちも「はて、そんなに家畜が減るほどの極寒だったか?」と首を捻っている。
「そうか、それは大変だな。俸給をはずむかはお主らの活躍次第だな。王太子殿下はそれほど吝嗇な方ではないから、安心するといい」
『はっ』
「……正直、お主らが来てくれてありがたい。これからもよろしく頼む」
居並ぶ者たちを見渡し、安堵したような笑みを浮かべるナイジェルを見て、ナディームは顔を紅潮させて震えている。
バハディルは居住地で会った人物は何者だったのだろうと若干遠い目をした。
「お主、ナディーム殿の皮をかぶった別人か?」
「なんのことだ?」
胡乱な表情で問い質すバハディルにたいして、にこやかに惚ける。
「家畜が減っているなどという話は聞いていないが」
「バハディル殿、この世には様式美というものがある」
「はあ?」
「ナイジェル様のたっての願いにより近衛大隊に我らヤムリカの入隊を要請される。我らも家畜の不足分を補わなければならない。仕方なく応じる。内にも外にも箔がつくというものだ」
胸を張ってそう宣うナディームにヤムリカの者たちは大いに頷いている。
バハディルはまじまじとナディームの顔を眺め、呆れかえって言葉もないようだ。
グラントは珍しく苦虫を噛み潰したような顔をし、スィムナールはぽかんと口を開けている。
ブレンドンは端正な顔を凶悪に歪め、「チッ!」と盛大に舌打ちをしている。
「役に立つ連中だ、それだけは期待できる」
ジハンギルは半眼になり、言葉とは裏腹に殺気だった視線を送っている。
「当然だ」
ジハンギルの視線を平然と受け流し、ニヤリと自信に満ちた笑みを浮かべる。
ヤムリカ族は当分の間ジハンギルの下につくことになった。
「同じ遊牧民分かり合えることも多いでしょう」
とのナディームの言にジハンギルは冷ややかな視線を送ったのみだった。
同行していたオグズ族の者たちもいつの間にか入隊していた。
近衛大隊の様子を少し見て見るつもりのようだったが、いつの間にか兵舎で暮らし、いつの間にかヤムリカの者たちと一緒に食事をしていた。
ナディームも族長をやっているだけあって、統率力もあり、面倒見も良い。
オグズ族の者たちも含めて、近衛大隊の他の騎兵たちとも結構うまく行っていて、見せつけるようにニヤリと笑いかけるナディームに対して、ジハンギルは見た者を凍らせるのではないかという殺気のこもった笑みで応酬するという見ているほうが冷や冷やするやり取りを繰り返していた。
暫くして、カーマーゼンから王太子の要請により移ることになった騎兵たちが到着した。
先頭に立っているのは見知った大男だった。
「王太子殿下の御要請により、我らカーマーゼン辺境伯配下二百名は今日より近衛大隊中央部隊の配下となります。以後、よしなにお願い致します」
アルトゥアは言葉は丁重だが、不満が顔に現れていた。
ナイジェルは苦笑いしてそれを受け入れた。
「ああ、よろしく頼む」
そう言うと苦笑いを浮かべたまま、ナイジェルは僅かに目を細めた。
傍にいたブレンドンとバハディルは気配の変わったナイジェルにヒヤリと首筋が寒くなった。
「ブレンドン、彼らを兵舎に案内してやってくれ」
「はい」
ブレンドンがアルトゥアたちを連れて、兵舎に向かうのを見ながら、冷ややかに口元を歪めた。
「バハディル」
「グラント殿の配下に置き、スィムナールと行動を共にさせます。ベルナルドに裏から監視させます」
顰めた声でナイジェルに聞える程度に囁く。
「頼む」
バハディルの言葉にほんの僅かに口元を緩ませる。
口元を緩ませたのはほんの一瞬ですぐに引き締める。
「さて、どう動くのか」
小さく呟いたナイジェルが視線を向ける先は南方の空。
翡翠色に煌めく瞳に気付いたバハディルは深く頭を下げた。
白い太陽が煌々と地面を照らしている。四月の日差しは強く突き刺さるようだ。
それは石造りの砦の中も同様で外に比べればましだが、じっとしていると薄汗が滲んでくる。
それなのにイクバールさっきから酷い寒気が全身を襲ってくる。
いや、イクバールは精霊なのだから、暑さにも寒さにも影響を受けないはずなのだが、体の震えを止めることが出来ない。
原因は目の前の男だった。
豪奢な刺繍の施された座蒲団に凭れ掛かり、白皙の美しい顔に優美な笑みを浮かべている。
イクバールは平伏したままなので、表情は見えないのだが、気配で笑っていることは分かる。
「そろそろ顔を上げたらどうだ? そのままでは話もできない」
優し気な声だった。涼やかで澄んだ音色の弦楽器を思わせる声だった。聞き惚れてしまいそうな声なのにイクバールは平伏する頭をさらに下げる。
「はい」
顔を上げたのはイクバールと同様に平伏していたラティーフだった。
イクバールと違いその端正な顔には汗の玉が浮かんでいる。
「どのような御用でお呼びでしょうか、メルヴィン様」
「精霊なのに察しが悪いな」
くすくすと可笑しげに笑う。
メルヴィンは胸元から何かを取り出した。
金の鎖の先に鶏の卵ほどの大きさの青白く輝く石が揺れている。
金の檻のような精緻な細工で覆われたそれを目にしたラティーフは浅黒い顔を蒼褪めさせて震えている。
「こんな物が怖いとは、精霊とは案外難儀な代物だな」
そう言って面白そうにラティーフの目の前で揺らせて見せる。
ひぃとイクバールは押し殺し損ねた悲鳴を上げる。
「お、お戯れはお止めください!」
「戯れだと?」
一段低くなった声にラティーフは息を呑んだ。
「誰がそんな口を聞いてよいと言った?」
「失礼いたしました、メルヴィン様!」
頭を床に擦りつけるように下げるラティーフを冷ややかな目で見下す。
「まあ良い、何故お前たちを呼んだと思う?」
「はっ、何かお望みがあると存じますが、如何様なことでありましょうか」
「なんだと思う?」
形の良い指を顎に当て、口角を上げる。
「この国の玉座でしょうか」
「ふふっ、そんなものが欲しければ、お前たちなど呼ぶまでもない」
「では、大陸の支配者をお望みで?」
「何故そんな面倒な物を望むと思うのだ」
柳眉を顰めて、つまらなそうに溜息を吐く。
「いったい何をお望みでしょうか?」
「私の大切な弟を取り戻したいのさ」
「……メルヴィン様に弟君はいらっしゃいましたか?」
「お前たちは私が何者か分かっているのだろう。わざとらしく聞いて来るとは……我を愚弄するつもりか」
ギャッと短い悲鳴を上げて、イクバールの右耳が消し飛んだ。
右耳があった場所を抑えて蹲る。
メルヴィンは舌打ちをする。
「腕を飛ばすつもりだったが……あの女の力は強い割に正確に操れないのが、欠点だな」
「お、お許しを」
「役立たずなお前たちでもいないよりはましだからな」
聞く者を凍り付かせるような感情ない声がやや緩やかになる。
穏やかな手段で彼を取り込もうとしたのが、そもそも間違いだったのだろう。
いや、多分半信半疑だったのだ。
一度間違えたから、己の直感に疑いを持ってしまった。
愛する弟に似ていた。
ふと見せる仕草が、比類ない剣技が、誇り高い魂が。
だが、アレの気配はしなかった。
だから、他の者たちに対するのと同様に、有能で物わかりの良い王族を演じた。
慕わせて、ほんの片時の慰めにでもなればと思ったのが失敗だった。
アレは本当に無能な男に忠誠を誓うのが好きらしい。
今度は慎重にゆっくりと時間を掛けよう。
前は拙速に過ぎた。
決して、逃げられないように、そうアレに選ばせよう。自らの意思で我の傍らにいるように。
「楽しみだよ、ナイジェル。……いや、アクサル」
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