竜騎士の末裔

ぽてち

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第3章

1、ライギット陥落

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 スィムナールは茫然と目の前に広がる光景を見つめていた。

 凶報がタラの近衛大隊駐屯地に届いたのは昨日だった。
 それから、スィムナールは驚くべき速度で麾下の大隊五百名を率いてライギット砦を眼前に望むところまで来ていた。
 にもかかわらず、ライギット砦は彼方此方から火の手が上がり、ライギットから逃げてきたのであろう住民たちで「石の道」は埋め尽くされていた。

 あまりのことに一瞬茫然自失した。

「大隊長、いかがされますか?」
 震える声でスィムナールに聞いてきたのは副官のキーライだった。
 スィムナールより十も年上で、常に冷静沈着な男だったが、今は酷く動揺していた。

 キーライの動揺している様子に逆にスィムナールは冷静になった。
 

 ゆっくりと息を吐くと前方を睨み付ける。

「一旦タラまで後退する。逃げてきた住民を守りつつな。キーライ、お前はサルダルの中隊と一緒に住民をタラまで誘導しろ。ゼンドは中隊を二小隊ずつに分けて周囲の探索、終わったらキーライと合流しろ。アジュカン、ベルゼルは俺に付いて来い。殿しんがりとなる」
 指示が終わった途端、悲鳴が上がる。

 前方から二百騎程の部隊が住民たちに矢を打ち込んでいる。
 普段陽気なスィムナールが鳶色の瞳を怒りで燃え上がらせて、歯軋りをする。
「左前方に二列横隊で展開! 弩を構えろ!」
 射込まれる矢に右往左往する住民たちを避けて、スィムナールの大隊が素早く陣形を整える。
 静かに弩を構え、怒号と悲鳴が飛び交う中、合図を待っている。

 一瞬、住民たちを追いかけまわすのに夢中になっていた敵の部隊が伸びきったところで住民さえぎるものがいなくなった。
 すかさずスィムナールは手を振り下ろす。
 ごうと無数の矢が風を切る音が悲鳴をかき消す。
 音が鳴り止むと前方の騎馬隊から呻き声と悲鳴が上がる。
「キーライ! 後は頼んだぞ!」
「はっ!」
 キーライの返事を聞き終えることなくスィムナールが刀剣サイフ・フラドを引き抜いて飛び出す。
 アジュカンとベルゼルもそれに続いた。




 スィムナールが住民を守りながら、タラまで戻ってきたのは三日後だった。
 ライギット辺境防備隊の生き残り五百名ほどが途中合流した。
 彼らも茫然とした様子だった。
 指揮をしていたのは小隊長だった。
 スィムナールは問い質したかったが、それどころではないのでその場では我慢した。
 タラの駐屯地の前には夥しい数の騎兵が整然と並んでいた。
  
 一瞬ぎくりとしたが、その先頭に立つ人物を認めて迷わず馬を走らせる。
軍総司令官セルアスケル!」
「ご苦労だったな、スィムナール。疲れているところすまないが、説明してくれ」
 軍総司令官の軍装を纏ったナイジェルは、敗残兵となったライギット辺境防備隊にも穏やかな表情を崩すことなく、ただ瞳を翡翠色に煌めかせていた。
「はい。ただ私にも何が何やら……。ライギットの生き残りは五百名ほどなのですが、指揮をしていたのは小隊長でした。我らは襲撃の報を聞いてから一日でライギットまでたどり着いたのですが、その時すでにライギットは陥落しておりました」
 駐屯地の中に有る広間に腰を落ち着けるとナイジェルに促されて、スィムナールが説明を始めた。

 ナイジェルが率いてきたのは、直属の中央部隊だった。
 偶然だが、王都から南に十ファルサフの所に王家の直轄地があり、そこで演習をしていた。
 だから、これほど早くタラまで来ることが出来たのだろう。
 バハディルとブレンドンを付き従えている。

 ライギットの生き残りをまとめてきた小隊長は頭を下げたまま、冷や汗を流して震えている。
 軍総司令官を間近で見る機会など与えられたことがないだろう身分で、直接報告するようにナイジェルに促されて完全に委縮していた。

「小隊長しかいないのか。中隊長以上の者はどうした?」
 焦れたのかバハディルが聞いて来る。
「は、はい。て、定例の会議の最中に広間で轟音が響いて、か、駆けつけたのですが、中は火の海と化しておりました。近づくこともできず。閣下を抱えて、エミール大隊長が出てこられましたが、そ、その時にはもう……閣下は。エミール大隊長も、軍総司令官に急使を出すように命令されるとそのまま」
「……そうか」
 そう呟くと視線を窓の外に向け、ナイジェルは無言になった。

 ハッとして報告していた小隊長は頭を下げる。
「お、お許しください!」
「何故謝る?」
「閣下が軍総司令官様の義理のお父上であったことを失念しておりました!」
 ナイジェルはゆっくりと口角を上げ、白皙の顔に笑みを浮かべた。
 翡翠色の瞳が揺らめいている光景にライギットの兵たちは息を呑んで見惚れていた。

「……自分の死で俺が動揺していたら、ファッハード候は怒るだろうな。報告を中断させて済まない。続けてくれ」
「はっ! 火事を消そうとしているうちにマイナールの軍勢が砦に突入してきました。サジル大隊長の大隊が警護の当直だったのですが、……何故かいなくなっておりまして、門が開かれた状態になっておりました」
「寝返ったか」
 ナイジェルは端的に言って溜息をつく。
「は…いえ、あの」
「サジルはどんな人物だった? 俺もライギット辺境防備隊はファッハード候が連れて来るエミールぐらいしか言葉を交わしたことがないな」


 エミールは実直な人柄だった。
 オスウィンが時々毒のある言葉を吐くのをハラハラしながら、一生懸命擁護している姿に好感を持っていた。
 近衛大隊に移ってきたバーラットを心配して訪ねてくることがあったが、生真面目なエミールが懇々と説教して、それに対してバーラットが斜に構えた返答をして大抵喧嘩して終わっていた。
 それでも、またバーラットを訪ねてくるのだから、仲が良いのか。


「サジル大隊長は豪放磊落な方でした。酒好きで……それで失敗することもありましたが、部下思いの方だったかと。ただ……あ、いえ」
「なんだ?」
 突然言い澱んだ小隊長にナイジェルは眉を顰める。

 そのまま視線を彷徨わせて、言葉を探している様子の小隊長にブレンドンが苦笑する。
「言って構わないぞ。例え、軍総司令官の悪口だろうがな。今は情報が必要だ」
「は、はい。その、サジル大隊長配下の者が言っておりましたが、サジル大隊長は近衛大隊がタラに駐屯地を作ったことに、その、不満を抱いていた様で。閣下に対して何度もライギット辺境防備隊の権威が地に落ちると言っていた様です」
 ちらちらとナイジェルの顔色を伺いながら、話す小隊長にナイジェルは淡い苦笑を浮かべる。
「その程度の不満ならば、想定内だな。マイナールに通じていたそぶりはあったか?」
「いえ、不満はすぐ言動に出る方でしたが、敵に通じるようなことが出来るとは」
「仮にも大隊長の地位にいた者だ。見た目通りの単純明快な人物とは限らないだろう」
 そう指摘したのはバハディルだった。

 そんな場合ではないが、ほんの少し苦笑いを浮かべて、ブレンドンがバハディルの横顔を見た。
 複雑怪奇過ぎて、本人すら自分のことが分かってない人間もいるがなと思ったからだ。

「そのような腹芸が出来るような方とも思えませんが」
 小隊長は首を捻っている。
「本人に聞くしかないな」
 すっと立ち上がって、小隊長に笑いかけた。

 その笑顔にその場に居並んだライギットの兵士たちは竦み上がった。
 部屋の温度すら下げるような殺気を含んだ笑顔だった。

 バハディルは何か言いかけたが、諦めたように小さく頭を振り立ち上がる。
 ブレンドンも苦笑いを浮かべていたが、口角を上げその端正な顔に凄味のある笑みが広がる。

「あ、あの、ライギットに向かうのですか?」
 おどおどと聞いて来る小隊長にナイジェルは片眉を上げる。
「当然だろう? 俺がここに居て、マイナールに占領されたままにしてみろ。ローク陛下にどんな嫌味を言われるか分からないからな」

 今まで言われた嫌味を思い出したのか、子供のように膨れた顔になるナイジェルにブレンドンとバハディルは顔を見合わせた。
 ブレンドンもバハディルもそれほど、きもの小さい男ではなかったが、ナイジェルの反論も傍で聞いていて思わずヒヤリとするほど口が悪かったのだが。

「スィムナール」
「はい、偵察させた者が帰ってきました。マイナールの兵数はおよそ七千。砦を修復しているので、そのまま占領するつもりでしょう。ライギットの市民から食料や武器を徴収しているようですね。家財を取り上げたり、乱暴を働く者も多いようで、歯向かって殺される者、家を燃やされた者もいるようです」
「……分かった」
 悲惨な状況に表情を消して、瞳を翡翠色に煌めかせている。

「バハディル。グラントがこちらに向かっているはずだ。グラントが来るまでここでライギットから逃げて来る市民を守れ。スィムナール、ブレンドンすぐにライギットに向かう」
「仰せのままに、軍総司令官セルアスケル
 バハディルが丁寧に頭を下げ、皆もそれに倣った。
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感想 1

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みんなの感想(1件)

きっき
2020.05.26 きっき

ナイジェルは、なぜ、リンカを妻に???
アナイリンも納得してるみたいですが、私がショックですーー
続きが気になります。
更新楽しみにしていますね。

2020.05.26 ぽてち

読んで頂き有難うございます。
正直、この展開にするのに悩みましたが。
ナイジェルの心情としては庇護するという意味合いの方が強いですかね?

この先、リンカがこの位置にいることが必要になってくるので。

解除

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