竜騎士の末裔

ぽてち

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幕間

初恋 その後

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 婚礼の宴席は和やかに行われていた。
「つかぬことをお聞きしますが、リンカ様はどのようにしてナイジェル軍総司令官と出会われたのですか?」
 酒も入って気が緩んできたのか、スィムナールがリンカに質問した。
 そのリンカは五杯目の葡萄酒を飲み干して、下女にお代わりを頼んでいるところをアイーシャとアナイリンに睨まれているところだった。
「ナイジェルとの出会い?」
「ええ、エルギンに来てからの事は存じておりますが、それ以前のことは知らないのでお聞きしたいですね」
「そうなのか、……う、ううん」
 何故かリンカは困ったように言い澱んでいる。

 それほど会話を交わしている訳ではないが、リンカが竹を割った性格なのは分かっているのでスィムナールは驚いた。
「ああ、下町で迷子になったところを助けてくれたんだ」
 リンカの代わりに答えたのはナイジェルだった。
 その答えにリンカは目を剥いてナイジェルを見つめている。
「お前の中ではそういう認識なのか!」
「違うのか?」
 呆然としているリンカに首を傾げている。
「お前が一緒にいた男の事を覚えてないのか?」
 リンカはごくりと唾を呑み込み、声を潜めてナイジェルに問い質した。
「顔は忘れたな。面白い所に連れて行ってやると言っていた」
 ナイジェルの答えにリンカは頭を抱えた。
 それを聞いていたスィムナールもだが、その場にいた者は顔を強張らせた。

 リンカも顔を強張らせて、アイーシャたちを振り返ってその表情を見ている。
 アイーシャは下女に何か指示していて、アナイリンはファーティマに食事をとらせていた。
 その様子にホッと表情を緩めている。

 それを察したのはバハディルだった。
「ヴェーラ、下がっていろ」
「はい」
 ヴェーラも聞かせられない話だと察してナイジェルたちの声が聞こえない距離までその場にいた召使や招待客を上手く言って連れだした。


「リンカ、どういうことだ?」
 蒼い顔で聞いたのはバスターだった。
 リンカは気まずそうに視線を逸らした。
「ナイジェルと一緒にいたのは女衒です。それも花街でも嫌われ者でした。……師匠もただの女衒でしたら、ナイジェルを助けなかったと思います。売られる子供は大抵は食い詰めた挙句の借金のかたがほとんどなので、助けたところでまた売られるだけですから。その男が……その、綺麗な少年が好きな男で……まあ、それだけなら個人の嗜好の範囲内というか。ナイジェルは売られるような子供に見えなかったし、……酷い事をする奴だったので、師匠も助けたのだと思います」
「そうだったのか、道理で嫌な触り方をしてくると思ったが」
 納得したように頷いているナイジェルにリンカは唖然とした。
「……お前、エルギンでどうやって無事に過ごしていたんだ?」
「エルギンではそんなことは一度もなかったな」
 爽やかに笑ったナイジェルの後ろでスライが何とも言えない表情をしていた。
 スィムナールやジハンギル、ブレンドンも同様で、バハディルはそっと視線を逸らしている。

「ナイジェル……ギャント公爵を忘れたのですか?」
「そういえば……、あれもそういうことになるのかな?」
 ユタが溜息交じりで言うのに対して、今思い出したと言わんばかりの態度に皆嘆息する。
「だったら、あの男を処分していないのだな?」
「どういうことだ?」
「子供たちをさらった地回りの部下の中にあいつの顔があった。ナイジェルを見て、驚いた顔をしていたから覚えているのじゃないかな?」
「……リンカ様、そう言うことはもっと早く言って下さい」
 バハディルが額を抑えてそう苦言を言う。
「すまない、まさか覚えてないとは。剣の修行でナイジェルが下町に来ていた時、何度も遭遇していたのだが」
 申し訳なさそうに小さくなるリンカに今度はバハディルが頭を抱えた。
 それではリンカを責められない。

軍総司令官セルアスケルはロクでもない人間は視界に入らなくなるのですよ」
 苦笑いしながらブレンドンが答えた。
「ああ、なるほど」
 リンカが溜息交じりに納得する。
「なんだか俺が随分な人でなしに聞えるのだが?」
 むっつりと不機嫌そうになる。
「部隊の者は従卒に至るまでよくご存じなのですが」
 バハディルが少し焦ったように擁護する。
「部下なのだから、当たり前だろう?」
 きょとんとして至極当然のように言うナイジェルに皆苦笑いした。
 普通反対だろうに。

「エルギンと言えば、師匠はナイジェルをこの国から連れ出そうとしていたんだ」
 リンカは下女が置いていった葡萄酒の壺をこっそりと手元に引き寄せて、自分の杯に注いでいる。
「そうなのか?」
「うん。ナイジェルがあまり……その、家族と上手くいっていないようだったから。『子供にあんな顔をさせる親なんてロクなもんじゃない』って。師匠が言うなと思ったけどな」
 リンカの言葉にバスターとアイーシャは顔を歪めさせた。

 幼い頃のナイジェルはある時期から常に大人びた笑顔を張りつかせていた。
 それをどうすることもできなかった後悔が二人には心の中でしこりとなっていた。
 ナイジェルは困ったように笑みを浮かべた。
「ナイジェルがエルギンに行くと行った時、師匠は顔には出さなかったが落ち込んでいた。お前が可愛かったんだろうな。自分より伯父であるエルギン辺境伯を選んだと愚痴っていたよ」
「……本当は少し迷っていたんだ。師匠やリンカと一緒に瑞穂の国に行ってみたいという気持ちもあったからな。ただ、逃げ出すようでそれは嫌だったんだ」
「そうか」
「……いつか、瑞穂の国に。いや、もう無理だな」
 ほんの少し寂しげに諦めの言葉を吐く。
「そうかなあ。私とナイジェルがいれば、大抵の奴には負けないから。アナイリン殿とファーティマくらい連れて行けるぞ」
 ギョッとした様にバハディルとスィムナールがリンカを見た。

 いつの間にか、リンカの脇には葡萄酒の壺が三つほど転がっていた。
「酔っているのか、リンカ?」
「さあて、どうでしょう?」
 ケラケラと笑い始めたリンカに遠くに座っているアイーシャとアナイリンが物凄い顔になる。
「……リンカ様、少々お化粧を直して参りましょう」
 アナイリンが天使のような笑顔でリンカの腕をとる。
 ひゃっとスィムナールが奇妙な叫び声を上げかけて、慌てて自分の手で口を塞ぐ。
 清楚可憐な花のかんばせなのに歴戦の騎兵ですら、怖気づいてしまうほどの迫力があった。
「むう? 多少直しても変わらないと思うのだが?」
「花嫁とはそういうものです」
 きっぱりと言い切り、こちらも良い笑顔のアイーシャがもう片方のリンカの腕をとる。

 引き摺られるように連れて行かれたリンカにナイジェルを除いて唖然と見送る。
「あの方は自分の婚礼ということを忘れておいでなのか」
 髭を扱きながら、呆れたように言うグラントにバスターは何とも言い難い顔になった。

 ナイジェルを見ると口を手で覆い、肩を震わせている。
「ふっ、ははは。リンカらしい」
 堪えきれなかったのか、噴き出し声を上げて笑っている。
 声を上げて笑うナイジェルが珍しいのか、その場にいた者はぽかんと見つめていた。
 笑いの発作がなかなか引かないのか、暫く肩を震わせて笑っていた。

「ナイジェル、……瑞穂の国に行きたいのですか?」
「まあな。師匠の生まれた国だし、師匠の話だと刀工も何人もいて素晴らしい剣を作り上げているみたいだから……行ってみたいな」
 バハディルとスィムナールはすうと顔色を蒼褪めさせていた。
 ブレンドンは端正な顔をひどく歪めている。
 他の者たちも似たような表情をしている。
「貴方が望むのであれば、誰も止められませんが」
「いや……、俺にはローク陛下がいる。お側を離れないと誓ったからな」
「そう…ですか」
 ユタは安堵の息を吐く。

 だが……。
 笑みを浮かべて、果実水を飲むナイジェルを見つめる。

 もし、リンカがもっと早くナイジェルの前に現れていたら、ナイジェルはどういう選択をしたのだろうか。
 この国を離れない理由は彼のロークへの忠誠心のみ。
 軍総司令官の地位や名誉すら彼を繋ぎとめることは無理なのだろう。

 華やかな婚礼の席だと言うのに奇妙な緊張感が漂っていた。
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