竜騎士の末裔・小話

ぽてち

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砂の中の真珠

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「ナイジェル、娼館に連れて行ってやるぞ」
 そういきなり言いだしたのは、スィムナールだった。
 ナイジェルはパンを口に運びかけた状態でスィムナールの発言に困惑して止まった。
「はあ……」
「行ったことがないだろう?」
「ええ、まあ」
「なんだか気のない返事だな。大丈夫だ、俺が奢ってやるから」
 そう言って胸を張る男に隣にいたブレンドンが疑わしそうに視線を送る。
「お前この間俸給のほとんどを弟妹達に持っていかれてなかったか?」

 スィムナールには五人の弟妹がいる。
 両親も健在でエルギンの郊外で小さな果樹園と猫の額ほどの豆畑をもつ小作農家で、飢えずに何とか生活していけるのも、スィムナールの俸給があるからだ。
 俸給が出る季節になると弟妹達がやってくる。
 スィムナールから当然のように受け取っていく様は他人事ながら不愉快だった。
 歳が上の方の弟妹達も商家の下働きに出たりしていたらしいが、続かずに家業を手伝っているらしい。
 ブレンドンやジハンギルが何度か窘めたことがあるが、スィムナールが従卒になる前の年に天候不順で不作の年に幼かった弟妹達が飢え死にしかかったこともあって、厳しくなれないらしい。

 ブレンドンからすると態々弟妹たちにとりに来させる両親も小賢しく良い印象がない。
「心配するなよ、この間の戦で報奨金を貰ったからな」
 ああそう言えば、そんなこともあったなとブレンドンはぬるい視線を送る。


 この間の戦とはフェルガナ帝国との紛争で規模はそれほどではなかったが、激戦となった。
 発端よくある国境線に関するいざこざだが、どういう経緯かフェルガナ帝国の皇子が参戦してきたのだ。
 総大将は第一皇子ラザマン・トルニケ・フェルガナ、副将で実質的な司令官は皇帝の懐刀といわれた名将ハルド・サルジオノだった。
 どうも、実質王位継承権のない妾腹の皇子であるラザマンに少しでも帝国内の地位を高めたいとの父皇帝の意向のようだ。
 ラザマンの母は皇帝の寵愛を一身に受けていたからだ。

 乱戦となり、敵味方入り乱れる中で第三大隊は敵の本陣まで迫った。
 その中を双刀を構え、両足だけで馬を見事に操り、突っ切ったのは当年16歳のナイジェルだった。
 生まれた時から馬に慣れ親しんで、歩くより早く馬に乗ることを覚えたと自負していたカールーンやジハンギルも後をついていくのがやっとだった。

 まるで宙を疾駆しているようだったとカールーンは述懐していた。
 本陣を守る近衛騎士たちは一瞬で斬り斃された。
 驚愕の表情を浮かべたハルドだったが、すぐに立ち直り第一皇子の庇うように立ちふさがり、生き残った近衛騎士たちにラザマン皇子を託すとナイジェルと対峙した。
 その戦いは数十合にも及んだが、結局ハルドは打ち取られた。
 ナイジェルが打ち取った敵兵の数は雑兵も含めるとどれほどの数か。

 
 今回の恩賞勲功の際に激しい議論が起きた。
 前例がないがこれほどの武功を上げたのだから、ナイジェルを小隊長にするべきという意見と流石に若すぎる他の者がついてこないだろうという意見だった。
 エルギン辺境伯であるバスターは皆の意見に黙したままだった。

 意見はまとまらず、では本人に選ばせてはどうかという案が出た。
 ナイジェルの反応で決めようと底意地の悪い提案だった。
 その場に呼ばれたナイジェルは困ったように首を傾げると
「皆様の良いようにされるのがよろしいかと愚考いたします」
「……フェルガナの将兵では貴公のことを「告罪天使ナイジェル」などと呼んで恐れているらしいぞ。いずれ貴公の武名は大陸中に轟くのではないかな。その貴公が平の兵士などでは外聞が良くないと思わないか?」
 どこか唆すように言ってくる男の顔には醜い嫉妬の色が見える。
 ナイジェルは瞳を翡翠色に煌めかせてうっすらと嗤った。
「他国の者がどう呼び、どう思おうとも私には関係のないことです」
 穏やか口調とは裏腹に議論を戦わせていた大隊長たちは気圧されて、黙り込んだ。

「……ナイジェル、前例のないことを決めるというのはなかなか持って難しいことなのだよ。それは分かってくれぬか?」
 そう言いだしたのは、ナイジェルの所属する第三大隊の大隊長メイソン・パルフォードだった。
 「小役人」という言葉が妙に似合う雰囲気のまだ五十代のはずだが頭髪はほぼ壊滅している男だった。
 剣技も胆力もあるのだが、何故か小物感が服を着て歩いているような感じだ。
 それでいて、第三大隊を何とかまとめ上げているのはエルギン砦の七不思議に数えられている。

「お手数をおかけして申し訳ありません」
「なになに、気にすることはない。これも我らの仕事よ。そうそう、エルギンの市民たちも喜んでおったぞ」
「ええ、礼を言われました。収穫期を前に戦が長引かずに済んでよかった」
 そう言うと開かれた窓の外に視線を送る。
 柔らかな笑みを浮かべる横顔にその場にいた者は居心地悪そうに身じろぎした。
「なんと! ナイジェル貴公は心優しいのことよのう。ところで貴公の武功を聞きつけて、降るように縁」
「ナイジェル、ご苦労だったな。恩賞については後で伝える。下がって休め」
「……? はい」
 バスターは捲し立てるメイソンの言葉を遮り、やや強引にナイジェルを下がらせた。

 ナイジェルが扉を閉めた途端、穏やかだったバスターが恐ろしい形相に変わった。
「この痴れ者が! いまだに懲りずにナイジェルに禄でもない女子をあてがうつもりか!」
「か、閣下。決してそのようなつもりは……あれは偶々、偶々でございます!」
 震えながらも必死に弁明するさまは何とも情けない。
「偶々で、何人もの男を閨に連れ込む女子をナイジェルの妻にされたら、堪ったものではないわ!」

 メイソンも彼の妻も世話好きで、よく部下やその家族の相談ごとに乗っている。
 それは良いのだが、いつの頃からか縁談の仲立ちもするようになった。
 大体はうまく行って感謝されることも多いのだが、ナイジェルに持ち掛けた縁談はとんでもないものだった。

 バンゴールの豪商の娘でエルギンの親戚の家に遊びに来ていたところ、偶々見かけたナイジェルに一目惚れしてという説明を真に受け、「食事も喉通らぬありさまでどうか一目会うだけでも」という泣き落としをそのままナイジェルに伝え、ナイジェルもそれならばと了承したのだ。
 豪商は娘の不行跡をひた隠しにしていたが、どこからかその事実が漏れバスターの耳にも入った。
 なし崩し的に縁談はなかったことになり、なぜかその豪商の娘は20も年の離れた男の後妻に収まった。

 
 その一連の騒動でスィムナールも報奨金を得ていたことはすっかり忘れていた。
 厨房長自慢の腸詰を小刀で斬り分けながら、そんなこともあったなあと思い出していた。
 切り分けた腸詰の皿をナイジェルに渡し、自分も一切れ口に入れた。
 香草の利いた腸詰から肉汁があふれて何とも美味い。

「……結婚前にそういうことをするのはどうかと」
 視線を伏せて、困ったように言うナイジェルにお前は深窓の御令嬢か!と心の中で突っ込む。
「それもそうだな」
 何故か納得するスィムナールと視界の隅でスィムナールに同調するように頷いている男がいる。
 バハディル・ラスロだった。

 ナイジェルに持ち込まれた縁談について微に入り細に入り声高に語っていた。
 考えて見れば、エルギンから結構な距離のあるバンゴールの豪商とはいえ平民に過ぎない娘のことよくそこまで知っているなと不思議に思っていたのだが。
 語り掛ける相手は大隊長の中でも長老格のカーディルの側近だったのも、あるいは……。
 
 隣に座るスライも頷きかけて誤魔化すように咳払いをしている。
 そんな長年の同僚に生ぬるい視線を送っているカールーンも食事の手を止めて、こちらの話に全力で耳を傾けているのが分かる。
「だけどな、ナイジェル。将来、お前の妻になる女性はお前が初めての相手になるんだ。お前も経験がなければ、相手を傷つける結果になるかもしれないぞ」
 もっともなことを言いつつも、花街で育った彼の周りにはそんな淑やかな女性は存在していなかった。
 ナニが小さいだの入って来ても分からないだの声高に喋り、ただ乗りしようとした男を鍋で滅多打ちにして身包みはいだりする女ばかりだった。
 まあ花街でなくても、一時期上流階級で育てられたブレンドンは上っ面だけであまり中身は大差ないことも思い知っている。
 だがそんな女は、ナイジェルの隣に立つことは出来ないだろう。
 たぶん誰かしらに排除されるだろうな苦笑いしながら思う。

 目の前に座るナイジェルを改めて見る。
 16歳になったナイジェルは背丈は自分とほぼ同じくらいに成長している。
 子供らしい頬の丸みが消えて、涼やかで端正な顔立ちだった。
 まだ体の線は細いが鍛えあげているのが、服越しでもわかる。
 困ったように首を傾げている仕草は気品があり、立ち振る舞いも流麗だ。
 貴族や上流階級の出身の者も多くいる中でも別格だ。
 砂の中の真珠のようだといつも無口なジハンギルがそう評していた。

 深く考え込んだナイジェルに
「……お前まさか精通もまだ無いとか」
「この年でそんなわけないでしょう」
 少しだけ顔を赤らめて反論する。あ、一応人間だったんだなとブレンドンはホッとした。 
 食事を終えるとおもむろにナイジェルは立ち上がった。
「どこに行くんだ」
「このあと大隊長に書類の作成を手伝うように言われてますので」
「手伝いと言うよりほとんどお前がやっているのだろう」
 それに無言で微笑んだだけで食堂から出て行ってしまった。

 辺境防備隊の騎兵には読み書きを教える座学もあるのだが、大半が最低限という代物だ。
 ナイジェルは養父が公証人な為か、読み書きも問題なく、数字に強く、アジメールの法制度にもある程度詳しい。
 メイソンは大隊長だというのに書類仕事が苦手で何かとナイジェルを頼りにというか仕事を押し付けている。
「メイソン大隊長にはあと数年は頑張ってもらわないとな」
 誰ともなく、こぼれた呟きにその場にいた第三大隊所属の兵士は苦笑いと共に頷く。
「ナイジェルを娼館に連れて行くのは、俺がやりますので安心してください」
 隣で明らかに聞き耳を立てていた上官二人にそう言う。
 スライは苦笑して頼むなと言い、カールーンは無言のまま口の端を上げただけだった。

 ぼうっと出て行くナイジェルの後姿を見ていたスィムナールにやや厳しい目を向ける。
「スィムナール」
「え、なに」
「お前、そのままだとナイジェルの傍らにいられなくなるぞ」
 ブレンドンの言葉が理解できないのか、ぽかんと口を開けて間の抜けた顔をしている。
 だが、段々と腑に落ちてきたのか、顔色がすうと白くなっていく。
「あいつが、中隊長や大隊長で終わる器量だと思うのか? 傍らにいるためにそれなりのものが必要なんだよ。周りが許さなくなるんだ。……弟妹に振り回されて、金をせびられて誰に付け込まれるか分からない隙を与えるような者は特にな」
 呆然として下を向くスィムナールを残して、食堂を出る。
 バハディルの傍らを通り過ぎる時ちらりと視線を送ると腕を組んで真剣な面持ちで考え込んでいるのが見えた。

 後ろからジハンギルがついて来る。
「随分お優しいことだ」
 ムッとしてジハンギルを睨み付ける。
「あいつも馬鹿じゃない。何とかするだろう」
「……馬鹿のままだったらそれまでだ」
「お前な……」
「俺たちも似たようなものだ」
 ジハンギルの言葉に苦笑する。
「……あいつの気持ちも分からなくもない」
 目を見張って、ジハンギルを見る。ジハンギルは片眉を上げて
「弟妹とは可愛いものだ」 
「お前の妹がそんな可愛い代物だったか?」

 ジハンギルの家族は定住せず、遊牧を営んでいる。乗馬は勿論、弓術も男女問わずかなりのモノだ。
 ジハンギルの五歳年下の妹サミラは少々変わり者で、男装した上でエルギン防備隊の従卒の試験を受けようとした。
 流石に親族は分かるので、カールーンに止められてしまった。

 だが、男装してまで受けようとしただけあって中々納得しない。座り込んで、テコでも動こうとせず放り出そうにも喚くので、平の兵士から立ち合いで引き分けに持っていけたら、辺境伯に掛け合ってみようとカールーンがいったのだ。

 連れてこられた平の兵士はナイジェルだった。
 その場で成り行きを見ていた兵士たちは一様に引き攣った笑いを浮かべていた。
 その平の兵士に一対一で引き分けに持ち込めるものが、エルギンに何人いることか。
「女性に剣を向けるのは」
 困惑するナイジェルに布を巻いて潰した胸を張り、
「戦場では女性だからと言って、剣も弓矢も避けていきません! 手加減など不要です!」
 かつて自分が言ったことと似たことを言う女性に苦笑すると腰の双剣を引き抜いた。

 ナイジェルの斬撃を一合でも受け止められたのは、立派だったとブレンドンは思う。
 あっさり絡め獲られて、弾かれた剣は練兵場の壁に突き刺さった。
 呆然とするサミラをジハンギルは猫の子のように襟首を掴むと 壁に突き刺さった剣と共に門の外まで引き摺って行き、荷物のように捨てていた。
 あれのどこが可愛いと思っている妹に対する態度なのだろうと首を捻る。

 話しているうちに厩舎に到着した。
 今日はこれから第三大隊に納入される馬と馬具の具合を見る立ち合いがある。
 長年付き合いのある馬商人だから滅多なことはないが、数十頭にも上るので見落とさないようにとのことだった。

 中に入ると厩番の老人とナイジェルが話をしていた。
「ナイジェル、何故ここにいるんだ?」
「大隊長が閣下に呼び出されましたので、仕事が後回しになったんです」
「……あのおっさん、そのうち降格処分になるんじゃないだろうな」
 ブレンドンは額に手を当てて、苦々しげに唸った。
 ナイジェルは微笑んで、その呼び方は不敬ですよといっただけだった。
 降格処分の方を非難してくれよと思ったが、なにやらやらかしての呼び出しのようだ。

「兄さん!」
 呼び声に振り替えるとジハンギルの妹サミラが腕を組んで、如何にも怒っていますと言う表情で立っていた。今日はちゃんと女性に見える服装だった。
「酷いじゃない! あの人、只の平の兵士ではなかったのでしょう! あのハルド将軍を打ち取った人と立ち会わせるなんて、卑怯よ!」
「平の兵士は事実だ」
 ジハンギルは無表情のままそういう。無表情だが、うんざりしている気配は伝わる。
「でも!」
「戦場で戦う相手は選べない」
「うぐぅ……」
 反論できずに黙りこくる。
 膨れっ面でそっぽを向く妹にさっさと帰れと言わんばかりに手を振る。
 キッと睨み付けてつり上がった目じりがジハンギルの背後にいる人物を認めて下がる。

 視線が合ったナイジェルは苦笑しながら会釈する。
 ボッと音がしそうなほど顔を紅潮させて、もじもじと恥ずかしそうにスカートのひだを握っている。
「あ、あの! ナイジェルさん…ですよね」
「はい?」
「あの、私剣よりも弓の方が得意なんです!」
「ああ、ジハンギルから聞いています」
「馬だって、兄さんやカールーン小父さんにはちょっと……大分負けるけど、そこらの男には負けません!」
「でしょうね」
「……こんな風ですが、料理は好きで裁縫は……頑張ればできます、掃除も問題ありません!」
「はあ」
「う、うちの家系は子だくさんなんです。私の下にも弟が4人いて……。私は生まれてこの方風邪一つ引いたことがなくて、とっても健康です! だから、……沢山子供を産むことが出来ると……思うんです」
「……」
「あのですね、だから、そのお嫁」
 ジハンギルが遠慮のない手刀を妹の頭に叩き込んだ。サミラは声も出せずに頭を抱えて座り込んだ。
「……ついでに石頭だ」
 珍しくジハンギルが表情を歪めて、サミラの襟首を掴むとそのまま引き摺って行った。

 二人とも茫然と見送った。
「彼女、何が言いたかったのでしょう」
「……お前、相変わらずだな」
 不思議そうに首を捻るナイジェルにブレンドンは溜息をついた。
「兄弟ってのは大変だな」
「そうですね、でも可愛いですよ弟は」
「兄弟がいたのか?」
「ええ、義理ですが弟と弟のような者がいます。……まあ確かに大変ですけど」
「お前に大変だと言われる弟ってどんなだ」
 それにナイジェルは困ったように笑っただけだった。
 自分もまあまあ複雑な家庭で、修羅場にも会っているが、ナイジェルの生い立ちほどではない。
 性格が歪んでしまっても、おかしくはないのに。

「砂の中の真珠か……」
 たとえどんな境遇にあっても変わらないのだろう。
 砂の中にあってさえ、輝く真珠はいずれ相応しい場所に収まるのだろう。
 砂粒に過ぎなければ、傍らにいることすらできずに真珠を遠くから見つめるだけだ。
 自分もジハンギルもスィムナールも砂粒に終わるつもりはない。それにあの男も。
 この感情を言葉で表すなら簡単だ。
 ナイジェルの横顔を見る。傍らにいられるといい、それが彼の盾になり、死ぬことになっても。
 ブレンドンは神など信じないが、願わずにいられなかった。
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