戦車バカ一台(戦車に憑依した俺がアメリカで無双する件)

TANK_KONG

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第一章

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 美奈子は最近、周囲から視線を感じるようになった。
 何となくだが、常に誰かに見られている感覚がするのだ。
 その直感は正しかったのだが、その原因を知る由もなく、きっと鉄男が居るせいだろうと思い込んでいた。
 人ではないにせよ男性の心を持った存在が常に傍らにある生活は、しばらく忘れていたものだった。
 大半の女性が男性と付き合うことを諦めている時代に、急に男性がすぐ傍らにいる生活が始まったのだ。
 妙な緊張を感じながら暮らすのがちょっと鬱陶しいと感じていた。
 ただ、かつて父との暮らしの中では当たり前だった「おはよう」と声を掛ければ「おはよう」と返ってくる日常も、悪くないと思い始めていた。
 お互いのためにも、鉄男という「人間」をもう少し理解して、共通点を見出していくべきなのだろう。
 この先、どうなるのか分からないが、諒子によれば鉄男は戦車本体に取り憑いているそうなので、25式を所有し続ける限り、彼は付いてくるのだ。
 確かに、気味が悪いと思わないこともないが、不思議と嫌ではないのだ。
 どういう訳か手放すという考えには至らなかった。
 朱里にも諭され、西も高額で買い取ると言っていたが、なぜか、これを手放したら自分の依って立つもの全てを失うような気がしてならないのだ。
 そんな美奈子の心情をおもんぱかってか、鉄男は美奈子にフレンドリーに接してくれていた。
 オタクとは言え、39歳までフリーランスではあったが社会人として仕事もしており、それなりに人としての常識も身に付けてきた自負もある。
 美奈子が今はひどく不安で困惑していることは理解出来たので、あまりプライベートに深く立ち入らず、それでいて余所々しい雰囲気にならないよう気を付けて会話をしていた。
 そんな中で、コンピュータ関連のパーツを探しに富士演習場まで行きたいと、美奈子が言ってきたので、気晴らしに良いかもしれないと同意したのだった。
 天気も曇天で外出には最適だし、自分も戦車の身体で遠出したことは無いので、経験を積む上でも良いかもしれないと思ったのだ。
 しかし、本来なら各部の調整も兼ねて諒子を同伴しての方が望ましかったのだが、外界の荒れ果てた状況をまだ知らない鉄男は、静岡から富士山麓に行くぐらい大丈夫だろうと安易な気持ちで同意してしまった。
 現在25式に積まれているエンジンは、水素を燃料とする水素エンジンで、水を電気分解しながら水素を得ている。
 そのため、発電用の太陽光パネルが相当数必要となる。
 戦車のエンジンともなれば、燃料消費も激しいので、より大量の水と発電容量が必要となる。
 その辺の実用試験はまだ行われていないので、市街地で問題無く走れたからと言って、不整地走行で大出力が求められる際、エンジンが耐えられるのか、蓄電池が持つのか全く分からないのだ。
 悪くすれば発電用のディーゼルエンジンも駆使して切り抜けなければならないようなケースに出くわすこともあり得る。
 完全にドライブ気分だった鉄男には、そんな心構えも準備も全く出来ていなかった。
 直線距離で60km程度の演習場までなら、2時間もあれば着くだろうと軽く考えていたのだ。
 しかし、市街地を出てからすぐにそれが誤りであったことが分かった。
 かつて街だったものは、ただの瓦礫と成り果て、道路は平らな面が残っている方が珍しい状態だ。
 まさに映画やアニメで描かれていた、ポストアポカリプスな世界そのものとなっていたのだ。
 日本の変わり果てた惨状に、鉄男は暫し呆然となってしまい、肉体があれば涙を流して悲しんだであろう光景も、美奈子にとっては見慣れた景色であり、無情にも彼女はアクセルペダルを踏み込み、戦車を走らせた。
 何度も車が通っている道は、それなりに片付けられているが、街から離れれば離れるほど行く手を阻む要素は多くなっていく。
 タケウマであれば乗り越えて行けるような倒木や瓦礫も、戦車では踏み潰すか迂回して行くしかない。
 これに思いのほか、時間を食われることになった。
 また、小さなドブのような溝も脚を取られる原因となる。
 気温が高く雨が多いため、植物はすぐに育つ。
 溝になっているところにもすぐに草が生い茂り、それが一見しただけでは分からないため、うっかり踏み込むと抜け出せなくなる恐れもある。
 地図も役に立たず勝手の分からない鉄男には難題であった。
 戦車は土手に腹を擦ってしまうと亀のように動けなくなってしまうため、浅い角度で溝にはまると脱出にかなり苦労することになる。
 2、3度そんなことを繰り返すうちにようやくコツが掴めてきたが、なんだかんだで片道に4時間を要してしまった。
 会話も最初こそ饒舌に話していたが、お互い戦車以外に共通の話題が見出せず、次第に途切れがちになり1時間で話題が尽きた。
 3時間を過ぎた辺りからは、実務的な話しかしなくなってしまった。
 気がつけば燃料の水も残り僅かで、どこかで補給しなければならない。
 水などどこにでもあるように見えるが、エンジンの構造上不純物の少ない水が求められる。
 ゴミなどはフィルターで濾し取られるが、水に溶けた金属イオンは分解されずに残ってしまうため、ミネラルウォーターは使えない。
 なので、そこら中にある湧き水の類いは、ほとんど使用出来ないというジレンマに陥る。
 一方水道水は浄水場で取水した水を、逆浸透膜でろ過して供給しているため、ミネラル分は除去されているのだが、その分水道代は高い。
 どこかで水道水を分けてもらうにしても、使用量+αを払わなければならないだろう。
 美奈子は演習場の管理人の美沙婆に頼み、水を200L分けてもらったが、通常の水道代の3倍の料金を請求されてしまった。
 これだけで同じ量のガソリンが買えるほどだ。
 こんなことなら戦車にもミネラルろ過フィルターを搭載すべきかも知れない。
 演習場で1時間ほどスクラップ漁りをしたが、そんな短時間で目ぼしい成果を得られるはずも無く、しかもその時点で日が暮れはじめており、ついに野宿するしか無くなってしまった。
 放射能の少ないところまで移動して野宿をするのだが、夜盗が出没するということもあり、完全に寝てしまう訳にはいかない。
 25式の操縦席は狭いが、シートはリクライニングが出来るので、寝ようと思えば出来なくは無い。
 鉄男は自分が見張っているからと、美奈子には休むよう言ったが、眠ったまま戦闘などになった場合むしろ危険なので、美奈子は良い機会だからと、お互いの生い立ちの話をすることにした。
 美奈子は短い25年の人生の大半を、父親と二人だけであの倉庫で暮らしていた。
 メカニックとしての腕は父親に叩き込まれた。
 ただ、父の持つ資格は2級ガソリン自動車整備士資格で、ディーゼル車は資格外だったが、そもそも整備士の絶対数が少ない中、細かいことに拘わっている状況では無く、軍用車が人々の脚として使われる世の中では、それなりに貴重な存在であった。
 美奈子は小学校に通いながら、ホイールのボルトの締め方を習い、油圧メータの扱い方を学んでいったのだ。
 一方25式については父親が最初に棲みついた時から持っていたので、おそらく戦争で被爆して数年後、彼自身が運び込んだのだろう。
 理由については聞いていないが、戦車に呼ばれた気がしたという話は何度か聞かされていた。
 その時から、既に鉄男の存在を感じ取っていたのかもしれない。
 「じゃあ今度は俺の話をしようか」と鉄男が自らの恥ずべき半生を語ろうとしたところで、ずっと監視していた赤外線カメラに動くものが映った。

 「っと、その前に、今日は来客の予定は無いよな」
 「ええ。何か来たならそれは敵よ」
 「どうしたら良い?いきなり発砲はさすがにマズいだろ」
 「そうね、とりあえず発煙弾でも撃ち込んでみますか」
 「発煙弾?これか?」

 戦車には通常、煙幕を張るための煙幕弾や対人用の非致死性弾を投射するランチャーを備えている。
 以前は全て、乗員の手動操作で発射されていたが、25式でそれがAIの判断で可能になっていた。
 今回はAIが鉄男にお伺いを立てる形で、投射する弾種と投射位置を提示してくる。
 ゲーマーでもある鉄男には、さながらゲームのような感覚で、発射ボタンを押す(と意識した)。
 夜盗と思しき人影は3人いて、1人は指示役と見られ、少し離れたところで周囲を見張っている。
 残る2人が実行部隊で一人はRPG(携行式対戦車ロケット弾)を持って迫ってきたので、鉄男はそれを標的とした。
 発煙弾はRPGを持った賊を直撃し、昏倒させた。
 猛烈に煙を吐いて、夜にも係わらず、周囲をオレンジ色に染めた。
 催涙効果などは特に無いはずだが、隣にいた賊はむせながら、転げるようにしてその場を逃れた。
 昏倒した賊は、倒れたまま動かないので、気絶したようだ。
 遠くから見ていた人影は、逃げ出した者と共に倒れた賊を置いたまま逃げ去った。
 鉄男はその様子を美奈子に伝えると、倒れている賊の処遇を尋ねた。
 一番無難なのは、そのまま放置して、翌朝警察などに連絡することだろう。
 しかし美奈子は「捕まえて警察に突き出しましょう」と言うと、煙幕が収まるのを待って、戦車から出ると、倒れている賊を縛り上げ、それを引きずって戦車に括り付けた。
 盗賊は60代くらいの初老の男だった。
 美奈子は転がっていたRPGも回収し、このまま夜明けを待って、明るくなってから警察に連れて行くつもりのようだ。
 しかし、最寄りの警察署は南富士まで行かなければならない。
 少なくとも20kmはあるが、その間ずっと引きずっていくつもりなのだろうか。
 賊の男は10分ぐらいして目を覚ました。
 すると美奈子は何を思ったのか、いきなり銃を突きつけると、戦車の後ろに乗るように促す。
 美奈子の力では賊を戦車に乗せることが出来ないため、自分で乗るよう命じたのだ。
 だが、男はそれを分かっているのか美奈子を舐めているようで、言うことを聞こうとしない。
 そこで、美奈子はまず、その男の足元に一発撃ち込んだ。
 すると男は開き直ったのか、「撃てるもんなら撃ってみろ。アンタは人殺しになるんだからな」と息巻いて見せた。
 だが美奈子は「これは、私なりの温情なんだけど。別にアンタが死のうがかまわないのよ。警察に言わなきゃ良いだけだしRPGも手に入るからね」と、言うや否や男の返事も聞かず銃弾を足の指に撃ち込んだ。
 男は絶叫した後、うずくまっていたが、美奈子に促されると何も言わず自ら戦車によじ登りそのまま大人しくなった。
 これには鉄男もさすがに驚いた。
 大人しい娘だとばかり思っていたが「とんでもないアウトローじゃねえか」と、心の中で苦笑いをしていた。
 「外見こそ福地桃子っぽいと思っていたが、中身はハーレイクインのようなヤツだったとは、つくづく人は見かけによらないものだ」と思った。
 同時に「こんな娘に25式なんて強力な戦力を持たせて大丈夫なのか?」と一抹の不安を覚えるのだった。


 翌朝、賊の男と奪ったRPGを警察に預けると、そのままどこにも寄らず自宅へと向かった。
 美奈子も燃料である純度の高い水が、これほど入手が難しいとは思っていなかったのだろう。
 そもそもの燃費が悪すぎるのも問題で、400馬力のエンジンを2台積んでいても、明らかにパワー不足だったのだ。
 しかし、美奈子はこれ以上の高出力の水素エンジンなど見たことが無いので、西に相談するしかないだろうと思っていた。
 ちょっとその辺を廻ってくる程度のつもりが、予想外のトラブルに見舞われた挙げ句、何の成果も得られなかったのだ。
 戦車の取り扱いの難しさを実感させられていた。
 一方鉄男も、色々と情報量の多い状況にショックを受けていたようで、美奈子の豹変ぶりにも驚いたが、文明の発達した治安の良い日本しか知らなかったため、日本がマッ○マックスのような無法地帯になっていることが信じられなかった。
 戦車でしか外に出歩けないなどと言う話に半信半疑だったのだが、まさしくそれを身を以て体験させられたのだ。
 「こんなことはよくあることなのか?」と鉄男が尋ねると「野宿すれば3回に1回はこうなる」と、何も不思議ではないという顔で美奈子は答える。
 その表情で、この時代に生きている人がみな、サバイバーであることを改めて実感させられた。
 しかし、戦車も万能ではないこと、25式はまだまだ調整途上で、実用性に問題があることも分かった。
 ここは諒子たちとよく話し合い、使い物になるよう調整してもらう必要がある。
 特に対歩兵火器がグレネードしか無いのは問題であった。
 賊がRPGなどを持っているならなおさらである。
 少なくとも機銃と催涙弾、もしかすると殺傷性のあるグレネードも必要になるかも知れない。
 鉄男は一晩で、その現実を思い知らされたのだった。
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