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第一章
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「そうか、姫は西工業の副社長か。スゲぇな」
高橋亜希良は、そう独り言をこぼすとノートPCを閉じた。
彼は学校卒業後すぐにアメリカに渡り、世界的なソフトウェア会社に入り、そこで主力プログラマーとして活躍していた。
現地の女性と結婚もしたが、彼の独善的な性格が災いし3年で離婚。
その後、会社でも次第にその性格ゆえのトラブルが続き退社を余儀なくされる。
半年間、アメリカで仕事を探すも、彼の求める給料で雇ってくれる会社は無かった。
そんな時に、日本から声が掛かり、給料も希望の額を上回るものだったため日本に戻ることにしたのだ。
だが、仕事の内容がかなりレベルの低いものだったため、彼にとっては物足りない、退屈な仕事だった。
彼は見た目も美男子で、求めれば靡く女性はいくらでもいる。
だが、そんなに簡単に手に入るものに彼は興味が無かった。
何か新たなチャレンジが欲しいと思っていた矢先に橘諒子から連絡があったのだ。
これに飛びつかない理由など無い。
彼女の求める仕事が何であれ、わざわざ自分に声を掛けるのであれば、それが簡単なものであるはずがない。
そして、諒子自身も彼の攻略対象になったのだった。
4年前に会った時、クラスメイトの中で最も輝いて見えたのは彼女だった。
あの時はまだ、アメリカに家族が居たが、今はそれも無い。
逆玉を狙うつもりは無いが、結果的にそうなるなら尚良しと、万全の体勢で臨むことにした。
*
諒子が亜希良への電話を終えた頃、西が会社に顔を出した。
諒子は自分のオフィスに侵入者があったこと、美奈子の家が監視されていた可能性があることを西に伝えた。
西はまだ憶測の域を出ないと釘を刺しながらも、石黒が係わっている可能性を伝え、その動機となっているのが美奈子への劣情と思われることも付け加えた。
諒子は石黒という男を知らないが、西の話から恐らくロリコンの類いだと決めつけ、心底軽蔑したような表情を浮かべた。
ただ、外務省にいたという話からすると、無駄に頭が良く行動力もあり、調査の過程でAIにも興味を持った可能性がある。
鉄男のことは知られてないと思うが、AIの出所がMITであることは調べればすぐに分かることだろう。
何か良からぬことを考えてなければ良いと思うが、こういう時は希望的観測を抱くべきでは無い。
最悪のケースを想定しておくべきだろう。
ここで言う最悪というのは鉄男ごとシステム、あるいは戦車丸ごとアメリカに持ち去られ、美奈子もそのロリコン男に奪われてしまうことだろう。
出来ればそんなヤツには何も与えたくない。
石黒という男の話を聞けば聞くほどストーカー体質のようだし、美奈子のことを簡単に諦めるとも思えない。
だが、どうするべきかは、西にも良く分からないようだ。
もう70近い高齢だし、何か犯罪でも犯して30年ぐらい投獄されてくれれば安心出来るのだが。
もしかしたら美奈子たちが襲われたという夜盗をけしかけたのも石黒かも知れない。
無論立派な犯罪ではあるが、せいぜい強盗教唆未遂で、初犯であれば収監されることはまず無い。
30年収監されるような罪など、放火殺人などといった重大犯罪以外になかなか無い。
元官僚だったのならその辺のことも周知していることだろう。
なかなか良い手が思いつかぬまま、正午になってしまい、とりあえずそれぞれの仕事に戻ることにした。
*
石黒は探偵からの報告を聞いた後も、日々美奈子の監視を続けていた。
室内に隠したカメラがまだ発見されず1台残っていたのだ。
電波を飛ばさない電力線を経由してデータを送るタイプだったので、発見されずに済んだのだ。
天井裏なので音声は聞き取りづらいが、画像はかなり鮮明で、入浴シーンは無理だが、就寝中の姿は見ることが出来た。
外に仕掛けた監視カメラが1台、老婆によって飛ばされ、美奈子の家の前まで飛ばされてしまったが、その時美奈子の顔のアップを録画出来たことが嬉しくて、その画像は現在石黒の携帯の待ち受けに使われている。
しかし、監視を続けるうち彼女の行動に不自然な点が多くあることに気づいた。
まず、誰も居ないのに戦車にもたれかかり、誰かと会話をしているように見えることだ。
最初は父親の思い入れのある戦車なので、亡き父に話しかけているのかと思っていたが、どうも違うようだ。
戦車に通信機器が付いていて、それで誰かと話しているのかも知れないと思ったが、携帯があるのにわざわざ戦車の無線を使う意味が無いし、そもそも無線は地下では使えないはずだ。
さらに、戦車のメンテナンスの際も、やはり誰かと会話をしながら作業をしている。
携帯のハンズフリーで会話している可能性もあるが、漏れ聞こえてくる会話の内容からして、明らかにただの日常会話である。
わざわざ通話料を払ってするような話では無い。
もしかして戦車の中に父親の霊でも居るのだろうか。
別に美奈子にオカルトの趣味があっても構わないのだが、かなり気になる点だ。
もう一つ不自然なのが、自宅にいるのに人目を気にしている点だ。
着替える時もカーテンを閉めて誰かの視線を気にしているようで、やはり誰かもう1人、それも男の同居人が居るような振る舞いだ。
そして最大の疑問は飛ばされた監視カメラを美奈子が拾った時、彼女からは15mは離れていたと思うのだが、わざわざ転がっているカメラを見つけて、拾いに行ってそれをよく調べもせずいきなり分解して壊したことだ。
カメラは1.5cm角の黒いキューブで5cmのアンテナ線が外に垂れている形状で、誰かにそこに落ちていると指摘されなければそうそう気付くものではない。
それを、拾い上げてすぐカメラの穴の存在を認めた後、すぐに分解しているのだ。
普通ならこの穴は何だろうと覗きこんだりするものだろう。
躊躇なく分解したところを見ると、これがカメラ、もしくは盗聴器と判断しての行動だろう。
ジャンク屋という商売がら、こういったものに造詣が深いのかも知れないが、そうだとしても違和感がある。
誰かに指摘されて拾いに行って、それをカメラと認識したため即座に壊したというふうに見れば自然である。
そこで考えられるのが、誰かが戦車の光学装置を使って彼女の周辺を監視していることだ。
あるいは報告にあったAIが、日本語で自然な会話が出来るほど高性能であるケースだ。
この場合、後者の方が可能性が高いように思える。
なにせ西とその片腕が動いていることを鑑みて、そうとうに高度な判断が出来るAIが搭載されている可能性が高い。
だとすれば、ますます西たちに独占させる訳に行かないと思うのだった。
別に自分がAIの権益を欲しいなどという気持ちは微塵もないが、美奈子とセットで手に入るなら嬉しいオプションである。
この場合、秘密裏にアメリカ政府にAIの存在をほのめかすのが良さそうだ。
彼らなら大っぴらにならずに戦車を取り上げる方策を考えつくだろう。
そうなれば西たちもこの件から排除出来るかもしれない。
そこまで考えた石黒は、声を掛けるべきアメリカ政府の要人をリストアップし、自分の意見を採り上げそうな人物を3名割り出した。
やることが決まれば彼の行動が早い。
さっそく自宅に戻ると、先方の勤務時間であることを確認し即座に連絡を取った。
中でも、アメリカ陸軍情報局の分析官であるアンジェラ・ウォシャウスキーは非常に興味を示し、即刻情報官を派遣すると言ってきた。
アメリカの言う即刻とは恐らく明日中には日本に誰か来ることを意味する。
石黒は急いで静岡空港脇のホテルを予約したのだった。
*
美奈子の家では、最近は25式の発電能力に頼る事が専らとなっている。
単純に電気代が掛からないのと、浄水器を取りつけたため、水道の水では無くても、近くの井戸水で発電出来るためで、浄水器のフィルター以外は全て無料で済んでいる。
24時間使い続ける物など、冷蔵庫以外には無いし、地下街全体で冷房が行われているので、空調は必要無い。
それでも鉄男は、「エンジンも回し続ければ傷むし、オイルはタダじゃ無いんだぞ」と小言を言う。
それに対し美奈子は、「壊れたらまた西さんが直してくれるでしょ」と、完全に西たちのサービスに甘えきっている。
その点、鉄男は西たちにそこまで信頼を置いていない。
特に諒子は会社の利益のために自分を利用しているだけと認識しているので、いずれこのサービスが終わることを分かっている。
美奈子ももちろんそれは承知の上で、受けられる恩恵は受けられるうちに全て受けておこうというスタンスなのだ。
どちらかと言えばビビリの部類に入る鉄男からすれば、この美奈子の放埒な考えがあまり好きではなかった。
そもそも結婚はもとより女性と一緒に暮らすことなど考えたことも無かったのだが、仮に彼女の外見だけを見て結婚したならひどく後悔したことだろう。
同じ事は諒子に対しても言えるはずなのだが、彼女のドライな一面を彼は逆に好ましいと捉えていた。
だが、それは外見を差し引いての部分が大きい。
外見が好みで無いなら、恐らくただの強欲女というだけになってしまい、好意を抱くことなど無かっただろう。
図らずも同棲のような関係になってしまったが、25式は美奈子が所有者であることに変わりはない。
美奈子の言う通り、今は自分で行動を起こすことができない以上、彼らに頼るしか無いし、運命に身を任す他は無いのだろう。
鉄男としても美奈子の境遇に同情する部分もあったし、若い娘が一人で世の中と渡り合っている姿を見れば、彼女の考え方も分からないでもない。
ならば受けられる恩恵を余すこと無く受け取るという考え方は、ある意味正解なのかも知れないと思いはじめていた。
だが鉄男の考えの根本として、利益のために自由を失うのを良しとしない。
例えば小売店のポイント制度などで、期限が定められている場合、その期限が切れるからといって不要な物を買ってまでポイントを利用したくない。
あるいは20円節約するため、少し遠くのスーパまで脚を伸ばすといった行動を嫌う。
ましてや何が入っているか分からない商品を朝早く並んで買い求めるような福袋セールなど、どう転んでも彼には理解出来ないのだ。
それよりも好きなことに費やす時間を多く取りたいと考えるタイプだ。
これは美奈子と真逆の価値観だろう。
美奈子はとにかく実利にしか興味が無い。
スクラップ屋という職業柄もあるだろうが、とにかく無駄なことに一銭も払いたくないし、損だけは絶対にしたくないという考えなのだ。
このような男女がひとつ屋根の下に同居すれば、なかなか意見もすれ違うことが多いだろう。
しかし、この手の家族間の価値観の相違は、昭和の時代に結婚した夫婦では良くあることだったことを考えれば、お互い歩み寄ることは可能だと思われる。
ただ現状、主導権が美奈子にある以上、好むと好まざるに係わらず、鉄男は最初から尻に敷かれる運命なのだ。
従って、鉄男が小言を良いそれを美奈子が頭から潰すという不毛な会話が延々と繰り返されている。
この状況に鉄男がいつまでも耐えられるとは思えない。
鉄男がストライキなどを起こす前に、美奈子は妥協する姿勢を示すべきなのだが、彼女の性格からして自分から一歩引くなどという発想がそもそも無い。
一見穏やかに見える現状でも、実は大いなる危機を孕んでいると見るべきなのだが、誰かがそれに気付く可能性はきわめて低い。
彼らを狙う敵が居るとすれば、簡単に付け入る隙を与えてしまうことになるだろう。
高橋亜希良は、そう独り言をこぼすとノートPCを閉じた。
彼は学校卒業後すぐにアメリカに渡り、世界的なソフトウェア会社に入り、そこで主力プログラマーとして活躍していた。
現地の女性と結婚もしたが、彼の独善的な性格が災いし3年で離婚。
その後、会社でも次第にその性格ゆえのトラブルが続き退社を余儀なくされる。
半年間、アメリカで仕事を探すも、彼の求める給料で雇ってくれる会社は無かった。
そんな時に、日本から声が掛かり、給料も希望の額を上回るものだったため日本に戻ることにしたのだ。
だが、仕事の内容がかなりレベルの低いものだったため、彼にとっては物足りない、退屈な仕事だった。
彼は見た目も美男子で、求めれば靡く女性はいくらでもいる。
だが、そんなに簡単に手に入るものに彼は興味が無かった。
何か新たなチャレンジが欲しいと思っていた矢先に橘諒子から連絡があったのだ。
これに飛びつかない理由など無い。
彼女の求める仕事が何であれ、わざわざ自分に声を掛けるのであれば、それが簡単なものであるはずがない。
そして、諒子自身も彼の攻略対象になったのだった。
4年前に会った時、クラスメイトの中で最も輝いて見えたのは彼女だった。
あの時はまだ、アメリカに家族が居たが、今はそれも無い。
逆玉を狙うつもりは無いが、結果的にそうなるなら尚良しと、万全の体勢で臨むことにした。
*
諒子が亜希良への電話を終えた頃、西が会社に顔を出した。
諒子は自分のオフィスに侵入者があったこと、美奈子の家が監視されていた可能性があることを西に伝えた。
西はまだ憶測の域を出ないと釘を刺しながらも、石黒が係わっている可能性を伝え、その動機となっているのが美奈子への劣情と思われることも付け加えた。
諒子は石黒という男を知らないが、西の話から恐らくロリコンの類いだと決めつけ、心底軽蔑したような表情を浮かべた。
ただ、外務省にいたという話からすると、無駄に頭が良く行動力もあり、調査の過程でAIにも興味を持った可能性がある。
鉄男のことは知られてないと思うが、AIの出所がMITであることは調べればすぐに分かることだろう。
何か良からぬことを考えてなければ良いと思うが、こういう時は希望的観測を抱くべきでは無い。
最悪のケースを想定しておくべきだろう。
ここで言う最悪というのは鉄男ごとシステム、あるいは戦車丸ごとアメリカに持ち去られ、美奈子もそのロリコン男に奪われてしまうことだろう。
出来ればそんなヤツには何も与えたくない。
石黒という男の話を聞けば聞くほどストーカー体質のようだし、美奈子のことを簡単に諦めるとも思えない。
だが、どうするべきかは、西にも良く分からないようだ。
もう70近い高齢だし、何か犯罪でも犯して30年ぐらい投獄されてくれれば安心出来るのだが。
もしかしたら美奈子たちが襲われたという夜盗をけしかけたのも石黒かも知れない。
無論立派な犯罪ではあるが、せいぜい強盗教唆未遂で、初犯であれば収監されることはまず無い。
30年収監されるような罪など、放火殺人などといった重大犯罪以外になかなか無い。
元官僚だったのならその辺のことも周知していることだろう。
なかなか良い手が思いつかぬまま、正午になってしまい、とりあえずそれぞれの仕事に戻ることにした。
*
石黒は探偵からの報告を聞いた後も、日々美奈子の監視を続けていた。
室内に隠したカメラがまだ発見されず1台残っていたのだ。
電波を飛ばさない電力線を経由してデータを送るタイプだったので、発見されずに済んだのだ。
天井裏なので音声は聞き取りづらいが、画像はかなり鮮明で、入浴シーンは無理だが、就寝中の姿は見ることが出来た。
外に仕掛けた監視カメラが1台、老婆によって飛ばされ、美奈子の家の前まで飛ばされてしまったが、その時美奈子の顔のアップを録画出来たことが嬉しくて、その画像は現在石黒の携帯の待ち受けに使われている。
しかし、監視を続けるうち彼女の行動に不自然な点が多くあることに気づいた。
まず、誰も居ないのに戦車にもたれかかり、誰かと会話をしているように見えることだ。
最初は父親の思い入れのある戦車なので、亡き父に話しかけているのかと思っていたが、どうも違うようだ。
戦車に通信機器が付いていて、それで誰かと話しているのかも知れないと思ったが、携帯があるのにわざわざ戦車の無線を使う意味が無いし、そもそも無線は地下では使えないはずだ。
さらに、戦車のメンテナンスの際も、やはり誰かと会話をしながら作業をしている。
携帯のハンズフリーで会話している可能性もあるが、漏れ聞こえてくる会話の内容からして、明らかにただの日常会話である。
わざわざ通話料を払ってするような話では無い。
もしかして戦車の中に父親の霊でも居るのだろうか。
別に美奈子にオカルトの趣味があっても構わないのだが、かなり気になる点だ。
もう一つ不自然なのが、自宅にいるのに人目を気にしている点だ。
着替える時もカーテンを閉めて誰かの視線を気にしているようで、やはり誰かもう1人、それも男の同居人が居るような振る舞いだ。
そして最大の疑問は飛ばされた監視カメラを美奈子が拾った時、彼女からは15mは離れていたと思うのだが、わざわざ転がっているカメラを見つけて、拾いに行ってそれをよく調べもせずいきなり分解して壊したことだ。
カメラは1.5cm角の黒いキューブで5cmのアンテナ線が外に垂れている形状で、誰かにそこに落ちていると指摘されなければそうそう気付くものではない。
それを、拾い上げてすぐカメラの穴の存在を認めた後、すぐに分解しているのだ。
普通ならこの穴は何だろうと覗きこんだりするものだろう。
躊躇なく分解したところを見ると、これがカメラ、もしくは盗聴器と判断しての行動だろう。
ジャンク屋という商売がら、こういったものに造詣が深いのかも知れないが、そうだとしても違和感がある。
誰かに指摘されて拾いに行って、それをカメラと認識したため即座に壊したというふうに見れば自然である。
そこで考えられるのが、誰かが戦車の光学装置を使って彼女の周辺を監視していることだ。
あるいは報告にあったAIが、日本語で自然な会話が出来るほど高性能であるケースだ。
この場合、後者の方が可能性が高いように思える。
なにせ西とその片腕が動いていることを鑑みて、そうとうに高度な判断が出来るAIが搭載されている可能性が高い。
だとすれば、ますます西たちに独占させる訳に行かないと思うのだった。
別に自分がAIの権益を欲しいなどという気持ちは微塵もないが、美奈子とセットで手に入るなら嬉しいオプションである。
この場合、秘密裏にアメリカ政府にAIの存在をほのめかすのが良さそうだ。
彼らなら大っぴらにならずに戦車を取り上げる方策を考えつくだろう。
そうなれば西たちもこの件から排除出来るかもしれない。
そこまで考えた石黒は、声を掛けるべきアメリカ政府の要人をリストアップし、自分の意見を採り上げそうな人物を3名割り出した。
やることが決まれば彼の行動が早い。
さっそく自宅に戻ると、先方の勤務時間であることを確認し即座に連絡を取った。
中でも、アメリカ陸軍情報局の分析官であるアンジェラ・ウォシャウスキーは非常に興味を示し、即刻情報官を派遣すると言ってきた。
アメリカの言う即刻とは恐らく明日中には日本に誰か来ることを意味する。
石黒は急いで静岡空港脇のホテルを予約したのだった。
*
美奈子の家では、最近は25式の発電能力に頼る事が専らとなっている。
単純に電気代が掛からないのと、浄水器を取りつけたため、水道の水では無くても、近くの井戸水で発電出来るためで、浄水器のフィルター以外は全て無料で済んでいる。
24時間使い続ける物など、冷蔵庫以外には無いし、地下街全体で冷房が行われているので、空調は必要無い。
それでも鉄男は、「エンジンも回し続ければ傷むし、オイルはタダじゃ無いんだぞ」と小言を言う。
それに対し美奈子は、「壊れたらまた西さんが直してくれるでしょ」と、完全に西たちのサービスに甘えきっている。
その点、鉄男は西たちにそこまで信頼を置いていない。
特に諒子は会社の利益のために自分を利用しているだけと認識しているので、いずれこのサービスが終わることを分かっている。
美奈子ももちろんそれは承知の上で、受けられる恩恵は受けられるうちに全て受けておこうというスタンスなのだ。
どちらかと言えばビビリの部類に入る鉄男からすれば、この美奈子の放埒な考えがあまり好きではなかった。
そもそも結婚はもとより女性と一緒に暮らすことなど考えたことも無かったのだが、仮に彼女の外見だけを見て結婚したならひどく後悔したことだろう。
同じ事は諒子に対しても言えるはずなのだが、彼女のドライな一面を彼は逆に好ましいと捉えていた。
だが、それは外見を差し引いての部分が大きい。
外見が好みで無いなら、恐らくただの強欲女というだけになってしまい、好意を抱くことなど無かっただろう。
図らずも同棲のような関係になってしまったが、25式は美奈子が所有者であることに変わりはない。
美奈子の言う通り、今は自分で行動を起こすことができない以上、彼らに頼るしか無いし、運命に身を任す他は無いのだろう。
鉄男としても美奈子の境遇に同情する部分もあったし、若い娘が一人で世の中と渡り合っている姿を見れば、彼女の考え方も分からないでもない。
ならば受けられる恩恵を余すこと無く受け取るという考え方は、ある意味正解なのかも知れないと思いはじめていた。
だが鉄男の考えの根本として、利益のために自由を失うのを良しとしない。
例えば小売店のポイント制度などで、期限が定められている場合、その期限が切れるからといって不要な物を買ってまでポイントを利用したくない。
あるいは20円節約するため、少し遠くのスーパまで脚を伸ばすといった行動を嫌う。
ましてや何が入っているか分からない商品を朝早く並んで買い求めるような福袋セールなど、どう転んでも彼には理解出来ないのだ。
それよりも好きなことに費やす時間を多く取りたいと考えるタイプだ。
これは美奈子と真逆の価値観だろう。
美奈子はとにかく実利にしか興味が無い。
スクラップ屋という職業柄もあるだろうが、とにかく無駄なことに一銭も払いたくないし、損だけは絶対にしたくないという考えなのだ。
このような男女がひとつ屋根の下に同居すれば、なかなか意見もすれ違うことが多いだろう。
しかし、この手の家族間の価値観の相違は、昭和の時代に結婚した夫婦では良くあることだったことを考えれば、お互い歩み寄ることは可能だと思われる。
ただ現状、主導権が美奈子にある以上、好むと好まざるに係わらず、鉄男は最初から尻に敷かれる運命なのだ。
従って、鉄男が小言を良いそれを美奈子が頭から潰すという不毛な会話が延々と繰り返されている。
この状況に鉄男がいつまでも耐えられるとは思えない。
鉄男がストライキなどを起こす前に、美奈子は妥協する姿勢を示すべきなのだが、彼女の性格からして自分から一歩引くなどという発想がそもそも無い。
一見穏やかに見える現状でも、実は大いなる危機を孕んでいると見るべきなのだが、誰かがそれに気付く可能性はきわめて低い。
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