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第六章
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一刻も早く王都に向かう。
王城を訪ねて、グレイに会わなければならない。
(グレイ様は亡くなっていません。一緒にオルコット領に帰るのです)
その一心で動いたエスメは、オルコット領を出てから三日目の晩、王都に辿りついた。
焦る心を抑えながら、なんとか必要な手続きをして、王城を訪ねたエスメを迎えたのは、予想していなかった人物だった。
「サフィール殿下」
まさか、王太子直々に、エスメを迎えるとは思わなかった。
護衛の騎士を連れたサフィールは、エスメを見るなり、わざとらしく大きな溜息をついた。
「エスメラルダ・オルコット。雪害の多い地域であるのに、領地を放り出して、はるばる王都まで何をしに来たのですか? 辺境伯として無責任ではありませんか?」
エスメの名前を呼んだ声には温度がなく、まなざしも凍てつく氷のようだった。それでも、エスメは怯むことなく、サフィールに対して臣下としての礼をとった。
「領地を放り出したつもりはありません。なすべきことをなしたうえで、グレイ様を――私の夫を迎えにあがりました」
ぱち、ぱち、と暖炉で薪が燃える音だけが、来客を迎えるための室に響く。
「グレイは死にましたよ。遺体も、王家で弔います」
「いいえ、亡くなっていません。グレイ様は、ずっと一緒にいてくださる、と約束してくださいました」
「はっ。何を言うかと思えば、子どものようなことを」
「では、お尋ねしますが。サフィール殿下は、グレイ様が、約束を守らない不義理な方、とお思いなのですか?」
サフィールの整った顔に、苛立ちがあらわになった。髪と目の色以外はグレイとそっくりの顔立ちであるのに、その表情はグレイと重ならない。
重ならないと思えるくらい、エスメは妻としてグレイのことを知っているのだ。
共に過ごした時間は短くとも、夫婦として積み重ねたものがある。
「僕の兄上を……グレイを侮辱しないでください」
「侮辱しておりません。サフィール殿下も、グレイ様のことを、約束を守ってくださる人、と思っていらっしゃるのでしょう。――だから、私は信じています。グレイ様は生きていらっしゃる、と」
エスメは、じっと、サフィールのことを睨みつけた。
しばらく二人は無言のまま睨み合う。
先に根負けしたのは、サフィールだった。
「まったく。グレイのことは尊敬していますが、女の趣味だけは理解できません。ええ、生きてはいますよ、グレイは」
「……っ、よかった。生きていらっしゃるのですね」
「グレイのこと、諦めてはくださらないのですね。――今でも、僕はグレイこそが王になるべきだと思っています。オルコット家の領地が、国として重要な場所であることは否定しません。しかし、あなたの婿が、グレイである必要はありますか? グレイには、もっとふさわさしい場所があります」
「私は、グレイ様と人生を共にしたいのです。他の誰かではなく。サフィール殿下、どうか、お許しください。あの方を大切にします、幸せにしますから」
きっと、サフィールにとってのエスメは、大事な兄を奪っていく盗人のようなものだ。いまのエスメが何を言っても、おそらく足りない。
だが、足りないならば、この先の人生をもって証明したい。
必ず、グレイを幸福にすることを。
「では、あなたのすべてをかけて、必ず幸せにしてください。王家を離れたことを、グレイが悔いることがないように。案内しましょう、グレイのところに」
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