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二章

奥野の実家

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 翌日、花耶と奥野は奥野の家を訪問した。昨日父親への挨拶が出来なかったため、再度挨拶に行こうと奥野がいい、父親も家に居ると言ったため、花耶は奥野に連れられて奥野の家に向かった。母親はあの後、家に戻ってから暫くすると出て行ってしまい、それから帰っていないという。母親がいない方が話も進むだろうと、奥野はむしろ好都合だと言った。篤志と文香も今日は帰るというので共に向かう事になった。

 奥野の家は、祖父母の家から車で五分ほどの住宅街の中にあった。似たような築年数の家が並んでいたが、奥野の家は外から見ても手入れが行き届いていないようで、何となく雑然とした雰囲気だった。相変わらずだな…と奥野は苦笑し、母親が掃除などの家事が苦手だと言っていたのは本当だったのだと花耶は納得した。

 母親がいないのに家に上がっていいのだろうかと花耶は心配になったが、奥野は大丈夫だ、この家は父さんのもので父さんがいいと言っている以上問題はないと言うため、花耶は恐る恐ると言った態で敷居を跨いだ。
 客間に通された花耶は、ようやく父親と挨拶を交わしたが、父親はあまり息子の婚約者に興味があるようには見えなかった。特に表情を緩める事もなく淡々と言葉を交わす様子は、ある程度予想していたとは言え花耶を落胆させるには十分だった。昨夜あのような騒ぎを起こした原因が花耶にもあるため、快く思われていないのだろうとは思っていたが、態度ではっきり示されるのはさすがにきつかった。
また、いつ母親が帰ってくるかと思うと気が気ではないのもあった。父親がいいと言ったとはいえ、あの母親の性格からして、勝手に上がり込んだと騒ぎ出しそうな予感がしていたし、それはかなり高い確率で的中しそうだったからだ。
 一方の奥野は、プロポーズして了承を貰った事、花耶がいいと言ってくれれば直ぐにでも結婚するつもりだとはっきりと告げた。父親はそんな息子を暫く眩しそうに見ていたが、お前の人生だからお前のやりたい様にしなさいと息子に告げ、反対しなかった。だが、それに異を唱えたのは文香だった。

「兄さん…本当にその子と結婚するの?」

 文香は兄が決めた事とは言え、納得し難いものがあったのだろう。花耶は面と向かって異議を唱えられた事を悲しく感じたが、一方で仕方ないとも思ってしまった。これまでも会社では何度もなぜあの子が…と言われてきたのだ。自分では奥野に釣り合っていないのは、花耶も十分すぎるほど理解していた。

「当然だろう?でなきゃわざわざ連れてこない。何かおかしいか?」
「おかしいって言うか…兄さんはイケメンだし仕事も出来る超優良物件なのに、その子はその…何て言うか…」
「文香」
「え~だって…ねぇ…」

 さすがに文香の言い方が失礼だと感じたのだろう、父親が名を呼んで軽く制しようとしたが、文香はそれを軽く流した。

「それは…花耶が俺には似つかわしくないと?」
「いや…そこまではっきりは言ってないけど…その…」
「なんだ?言いたい事があるならはっきり言え」
「あ~その…兄さんたちもカモフラージュなのかな?って…」
「カモフラージュ?」
「そう。久美との結婚が嫌だから、恋人の振りしているのかなぁ…と」

 兄の相手が自分であることが不満なのだろうとは思っていたが、なるほど、そんな風に見られているとは花耶は思いもしなかった。だが、文香がそう言いたくなるのもわかるような気がした。確かに超がつくほどの優良物件の兄が自分の様な相手を連れてきたら、自分でもそういう可能性を考えてしまうかもしれないと感じたからだ。

「心配するな、振りじゃない。もちろん、久美との結婚なんぞ死んでも嫌だが、花耶は違う。俺としては今すぐにでも籍を入れたいくらいだ」

 もちろん、花耶がいいと言ってくれるまで我慢するけどな、と奥野は花耶に色を含んだ視線を投げてきて、花耶はこんな時に何て事を…と内心で焦りを感じた。そういう事は人前ではやめて欲しいと思うし、何度も言ってきている。それも特に身内の前では尚更だった。本当にこの人には恥とか照れという感情はないらしい…

「はぁ…兄さんってキャラ変わった?そんな事言うような人には見えなかったんだけど…まぁ、兄さんがいいんならいいんだけどさ」

 奥野の態度は妹の文香から見ても意外だったらしい。どうやら奥野のこんな態度は自分限定らしいが、それは花耶も同じだった。こんな関係になる前は、奥野にこんな一面がある事を花耶だって知らなかったのだから。

「じゃ、後はお母さんだけだね。でも…本当にどこ行ったんだろう?お父さん聞いてる?

「いや、何も言わずに出て行ったからな」
「はぁ…どうせ実家行ったんだろうけど…本当に何考えてるんだろ…」
「まぁ、いつもの事だからなぁ…」

 呆れる文香に篤志は相槌を打ったが、その様から母親が頻繁に何も言わずに出かけていて、その行き先の殆どが実家なのだろうと感じられた。そう言えば父親も実家に依存して…と言っていたな、と花耶は昨日の会話を思い出した。久美の家でもあるから、昨夜は二人でそちらに泊ったのだろうか。



(ピンポーン)

 何となく話が一段落したところでインターホンが鳴った。

「誰だ?今日は誰か来るとは聞いていなかったが…」
「あ~お母さんが呼んだ人とか?今日パーティーするって言ってたし」
「ああ…そう言えばそうだったか…」
「もう、仕方ないなぁ…じゃ私行ってくる」

 そう言うと文香は、もうお母さんったら、連絡くらいしておいてよね…と文句を言いながらも玄関に向かった。パーティーの参加者なら、母方の親戚なのだろうか…花耶は来るタイミングがまずかったかと緊張したが、隣で奥野が大丈夫だと言いながらテーブルの下で手を握ってきて、その手の大きさと温かさを頼もしく感じた。

「あの…兄さん…」

 玄関で二言三言と会話を交わしていた文香だったが、直ぐに戻ってきて奥野を呼んだ。その表情には困惑が現れていて、来訪者が想定外の人物である事を物語っていた。

「なんだ?誰が来たんだ?」

 文香の様子に奥野の表情に軽く怪訝そうな色が浮かんだ。その様子から親戚ではないのだろう。

「それが…兄さんに会いたいって人が…」
「俺に?」

 奥野は益々心当たりがないと言わんばかりに眉を上げたが、さすがに指名された以上、放っておく事も出来ないため、花耶にちょっと待っててくれと言って玄関に向かった。

 会話が交わされているのか、玄関で人の声がかすかに聞こえたが、その内複数の足音が近づいてきた。もしかすると奥野の幼馴染なのだろうか?昨日会ったメンバーから奥野が帰ってきていると聞いて訪ねてきたのかもしれない。そう思っていた花耶だったが、現れた人物を見てその予想が外れたのを感じた。

 現れたのは、少しふくよかな40代と思しき女性と、30歳前後と見られるすらりとした女性だった。どちらもスーツをきっちりと着込んでいて、昔馴染みを訪ねてきたようには見えなかった。二人は客間に入ると、その場にいた父親や篤志、花耶に目を止めて会釈をしたが、若い方の女性は一瞬花耶に鋭い視線を送ってきたため、花耶は何だか嫌な予感がするのを感じた。

「透夜、この方々は?」
「それが…」

 父親も会った事がない相手だったのだろう。急な訪問者に僅かに戸惑いを現してまだ部屋の入り口に立つ息子を見上げたが、奥野も珍しく直ぐには答えなかった。そんな奥野に花耶は不安を感じたが、恰幅のよさそうな女性が花耶に気が付くと、花耶をまっすぐに見て口を開いた。

「初めまして。私、牧瀬法律事務所の弁護士をしております、牧瀬と申します。今日は奥野透夜さんの婚約者の方に用があって参りました」
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