21 / 47
潮時
しおりを挟む
「あれん、こっちぃー」
「ルイしゃま、まってぇ~」
「アレン、ころぶわよ!」
ルイが暮らす屋敷の庭に、子供達の歓声が上がった。エルシー一家が越してきて一ヶ月。最初はどうなるかと思われたルイは、エルシー一家と思った以上に馴染んでいた。特に同じ年のアレンの存在は絶大で、ルイはアレンと一緒に行動するのを喜んでいた。ずっと大人に囲まれていたから、子供同士の方が楽しいのだろう。そこにキャロルがお姉さん然として二人の面倒を見ている風景は、実に微笑ましいものだった。
「上手くいっているみたいですね」
「はい。ルイ様も楽しそうで何よりです」
子供達が戯れる様子を笑みを浮かべながら眺めるマシューの目には、安堵が色濃く滲んでいた。これまでは何をしても癇癪を起して手が付けられなかったルイが、癇癪も起こさず、一日中朗らかに普通の子供のように過ごせているのだ。
「まさかルイ様がこんなにも穏やかに過ごせるようになるとは…思いもよりませんでした」
「そうですね、自分も同感です」
この言葉に嘘はなかった。正直言って、理緒もここまで上手くいくとは思わなかったのだ。エルシーには理緒ほど懐かなかったルイだが、アレンやキャロルには心を開いたらしく、三人はいつも一緒に過ごしていた。身分が違うからと一線を画す事も必要ではあるが、まだ三歳だし、今はルイの精神的安定の方が大事だという事で、三人は今のところ身分差なく過ごせている。
それでもエルシーは子供達に、ルイは身分が違うのだからと言い聞かせているらしい。アレンが調子に乗り出すとキャロルが制止して、堅苦し過ぎず、でも馴れ馴れしくなり過ぎないようになっていた。この辺の加減がキャロルは上手で、将来はいいメイドになりそうだとネリーが言っているらしい。
「最近では自分の出番も減りました」
「そうですね」
そう、最近のルイはエルシー一家と過ごす時間が増えて、ルイが理緒と過ごす時間は格段に減った。時々思い出したようにべったりと甘えてくる事もあるが、それはアレンと喧嘩した時などだ。ひとしきり甘えたらまたアレンの元に向かうので、精神安定剤的な存在となりつつあるらしい。エルシーも子供を三人も育てているだけあってルイの扱いが上手いし、ルイもエルシーの言いつけはちゃんと聞くようになっていた。
いい傾向だ…と理緒は思った。最初に会った時は何て気難しい子だろうと思ったものだが、こうしてみると普通の子と変わらない。むしろ大らかな割には泣き虫のアレンの方がぐずっている時間が長いくらいだ。ここまで劇的に変わるとは予想外で、理緒はエルシー一家の存在を頼もしく思った。このままエルシー一家が一緒なら、ルイは辺境伯の屋敷に戻っても大丈夫な気がする。
「マシューさん、お願いがあるのですが…」
ルイがここまでエルシー一家と上手くやっていけるなら、もう大丈夫だろうと思った理緒は、ある提案をした。それは、そろそろルイの子守を辞めて元の街に戻る事だった。
「リオ、それは…」
「前から言っていた通りです、自分はルイ様が落ち着くまでの繋ぎだと。ルイ様はエルシーさんとその子供達にすっかり懐きましたし、最近は癇癪を起す事もなく落ち着いています。先日、お母様に会った時も問題なかったですし…」
そう、ルイは前の週、久しぶりに母親に会いに行ったのだ。二月ぶりの面会は、周囲の心配をよそに思った以上に上手くいった。母親の前回の態度を辺境伯が諭したとも、周りに仕える者からも苦言が出たとも聞いたが、どちらにせよ穏やかに面会が出来たのは幸いだった。
母親も落ち着いた様子のルイに安堵したのか、これまでになくルイとの時間を楽しんだらしい。この様子ならルイが辺境伯の屋敷に戻るのもそう遠くないのではないかと、この別邸の者の間でも囁かれていた。
だからこそ理緒は、そろそろこの屋敷での仕事を辞めて街に戻ろうと思っていた。元よりそのつもりだったし、そもそも雇い主の辺境伯との関係は冷え込んだままだ。マシューもネリーも、ダリルやエミーもずっと居たらいいとは言ってくれるが、肝心の雇用主との関係がこれでは難しいだろう。あっちだって気に入らない使用人にいつまでも給料を払いたくないだろうし。
幸い、ここでの三か月余りの生活で、すっかり痩せこけていた理緒の身体は元に戻ったし、それなりの貯えも出来た。辺境伯から支給される賃金は今までの十倍もあったし、ここでは特にお金を使うところもなく、お金は貯まる一方だった。これなら装備も揃えられるし、冒険者に戻っても何とかやっていけるだろう。
「それに、辺境伯様もさっさと出て行って欲しいと思っているでしょう。さすがにルイ様がここまで落ち着かれたら、居心地が悪すぎてこっちが胃に穴が開きそうです」
そう笑って告げたが、マシューは困惑の表情を浮かべたまま何も言わなかった。彼が理緒を評価してくれているのはわかっていたが、彼だって辺境伯に雇われている身だ。この先もずっとここで働く事を考えれば、自分の事で不評を買って欲しくなかった。
「タイミングはマシューさんにお任せします。辺境伯様とも話をして、時期を決めてください」
どうせ会ったら会ったで不穏な空気になるのは目に見えていたため、理緒はマシューに一任する事にした。彼なら悪いようにはしないだろう。ルイ達が戯れる様子をみながら、理緒は街に戻った後の事に思いを馳せていた。
「ルイしゃま、まってぇ~」
「アレン、ころぶわよ!」
ルイが暮らす屋敷の庭に、子供達の歓声が上がった。エルシー一家が越してきて一ヶ月。最初はどうなるかと思われたルイは、エルシー一家と思った以上に馴染んでいた。特に同じ年のアレンの存在は絶大で、ルイはアレンと一緒に行動するのを喜んでいた。ずっと大人に囲まれていたから、子供同士の方が楽しいのだろう。そこにキャロルがお姉さん然として二人の面倒を見ている風景は、実に微笑ましいものだった。
「上手くいっているみたいですね」
「はい。ルイ様も楽しそうで何よりです」
子供達が戯れる様子を笑みを浮かべながら眺めるマシューの目には、安堵が色濃く滲んでいた。これまでは何をしても癇癪を起して手が付けられなかったルイが、癇癪も起こさず、一日中朗らかに普通の子供のように過ごせているのだ。
「まさかルイ様がこんなにも穏やかに過ごせるようになるとは…思いもよりませんでした」
「そうですね、自分も同感です」
この言葉に嘘はなかった。正直言って、理緒もここまで上手くいくとは思わなかったのだ。エルシーには理緒ほど懐かなかったルイだが、アレンやキャロルには心を開いたらしく、三人はいつも一緒に過ごしていた。身分が違うからと一線を画す事も必要ではあるが、まだ三歳だし、今はルイの精神的安定の方が大事だという事で、三人は今のところ身分差なく過ごせている。
それでもエルシーは子供達に、ルイは身分が違うのだからと言い聞かせているらしい。アレンが調子に乗り出すとキャロルが制止して、堅苦し過ぎず、でも馴れ馴れしくなり過ぎないようになっていた。この辺の加減がキャロルは上手で、将来はいいメイドになりそうだとネリーが言っているらしい。
「最近では自分の出番も減りました」
「そうですね」
そう、最近のルイはエルシー一家と過ごす時間が増えて、ルイが理緒と過ごす時間は格段に減った。時々思い出したようにべったりと甘えてくる事もあるが、それはアレンと喧嘩した時などだ。ひとしきり甘えたらまたアレンの元に向かうので、精神安定剤的な存在となりつつあるらしい。エルシーも子供を三人も育てているだけあってルイの扱いが上手いし、ルイもエルシーの言いつけはちゃんと聞くようになっていた。
いい傾向だ…と理緒は思った。最初に会った時は何て気難しい子だろうと思ったものだが、こうしてみると普通の子と変わらない。むしろ大らかな割には泣き虫のアレンの方がぐずっている時間が長いくらいだ。ここまで劇的に変わるとは予想外で、理緒はエルシー一家の存在を頼もしく思った。このままエルシー一家が一緒なら、ルイは辺境伯の屋敷に戻っても大丈夫な気がする。
「マシューさん、お願いがあるのですが…」
ルイがここまでエルシー一家と上手くやっていけるなら、もう大丈夫だろうと思った理緒は、ある提案をした。それは、そろそろルイの子守を辞めて元の街に戻る事だった。
「リオ、それは…」
「前から言っていた通りです、自分はルイ様が落ち着くまでの繋ぎだと。ルイ様はエルシーさんとその子供達にすっかり懐きましたし、最近は癇癪を起す事もなく落ち着いています。先日、お母様に会った時も問題なかったですし…」
そう、ルイは前の週、久しぶりに母親に会いに行ったのだ。二月ぶりの面会は、周囲の心配をよそに思った以上に上手くいった。母親の前回の態度を辺境伯が諭したとも、周りに仕える者からも苦言が出たとも聞いたが、どちらにせよ穏やかに面会が出来たのは幸いだった。
母親も落ち着いた様子のルイに安堵したのか、これまでになくルイとの時間を楽しんだらしい。この様子ならルイが辺境伯の屋敷に戻るのもそう遠くないのではないかと、この別邸の者の間でも囁かれていた。
だからこそ理緒は、そろそろこの屋敷での仕事を辞めて街に戻ろうと思っていた。元よりそのつもりだったし、そもそも雇い主の辺境伯との関係は冷え込んだままだ。マシューもネリーも、ダリルやエミーもずっと居たらいいとは言ってくれるが、肝心の雇用主との関係がこれでは難しいだろう。あっちだって気に入らない使用人にいつまでも給料を払いたくないだろうし。
幸い、ここでの三か月余りの生活で、すっかり痩せこけていた理緒の身体は元に戻ったし、それなりの貯えも出来た。辺境伯から支給される賃金は今までの十倍もあったし、ここでは特にお金を使うところもなく、お金は貯まる一方だった。これなら装備も揃えられるし、冒険者に戻っても何とかやっていけるだろう。
「それに、辺境伯様もさっさと出て行って欲しいと思っているでしょう。さすがにルイ様がここまで落ち着かれたら、居心地が悪すぎてこっちが胃に穴が開きそうです」
そう笑って告げたが、マシューは困惑の表情を浮かべたまま何も言わなかった。彼が理緒を評価してくれているのはわかっていたが、彼だって辺境伯に雇われている身だ。この先もずっとここで働く事を考えれば、自分の事で不評を買って欲しくなかった。
「タイミングはマシューさんにお任せします。辺境伯様とも話をして、時期を決めてください」
どうせ会ったら会ったで不穏な空気になるのは目に見えていたため、理緒はマシューに一任する事にした。彼なら悪いようにはしないだろう。ルイ達が戯れる様子をみながら、理緒は街に戻った後の事に思いを馳せていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
217
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる