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手の届かない場所へ…
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ーファレル辺境伯が、黒髪黒目の少年のような少女を探している―
その話を冒険者から聞いた理緒は、三日三晩悩んだ末、出ていくと家主で雇い主のエステルに告げた。
「…そっか」
何と言われるだろう…と身を縮込ませていた理緒は、返ってきた言葉の短さに思わず顔を上げた。そこには、寂しそうな、困ったような、何とも表現し難い表情を浮かべて自分を見ているエステルがいた。
「…最初っから、何か訳ありだろうとは思っていたからね」
「…あ、あの…ごめんなさい」
「ああ、ああ、謝る必要はないよ。この街にいる者の多くは何かしら訳ありだからね。あんたみたいな若い子が一人で旅しているなんて、よっぽどの事情があったんだろう?」
「それは…その…」
「ああ、言わなくってもいいよ。野暮な事は聞かないのがこの街のルールだから」
しょうがないねと言いたげなエステルに理緒はホッとすると共に、申し訳なさが増した。
「それで?行く当てはあるのかい?」
「いえ…まだ、特には…」
「そうかい。でも、出ていくなら今はやめておくんだね」
「で、でも…」
「夜に紛れて出ていくなんざ、一層訳ありだって言っている様なもんだよ。それに夜盗や魔獣に襲われる可能性もあるし。出ていくなら、明日の朝にでも出ていきな。そうだね…私にお使いを頼まれた…って風でいいんじゃないかい?前にも隣町まで使いを頼んだだろう?あんな感じで」
「でも…」
「あんまり急ぐと、かえって怪しまれるって。ほら、今夜は荷造りしたらしっかり寝るんだ。ちゃんと寝て食べれば、大抵の事はやり過ごせるってもんさ」
エステルはそういうと、まだ躊躇している理緒に強引に食事をさせて、今日は念入りに風呂に入っておきな!と言って風呂場に押し込んだ。放浪生活になれば風呂に入る事も難しい。この家は、エステルの夫がいた頃は宿屋も兼ねていたから、一般家庭にはない風呂があるのだ。
食事と風呂を済ませた理緒は、自分にあてがわれた部屋で荷造りをした。元来持ち物は少ないし、いざという時のために物を増やさないようにしていた。それでも、ここで生活するためにと買った服などはさすがに持って行けそうにない。これは残しておいて、エステルに売って貰うなりするしかないだろう。
翌朝理緒は、いつもの服と、必要な荷物だけ持ってエステルがいる厨房に向かった。既にエステルは起きていて、昼に向けての仕込みに入っていた。
「ああ、おはよう、サラ」
「おはようございます、エステルさん」
「準備は出来たかい?」
「…はい」
準備は万端だった。隣町にお使いに行く風を装うため、いつもの服の上に薄手の外套を羽織り、荷物は大きめの袋に入れた。少年に見える少女を探しているというから、今日の服装は女の子らしいものだ。現金など大切なものは下着に自分で作ったポケットに入れてあるし、冒険者として使っていたナイフなども持っていた。服などは残してあるから、もし疑われても逃げ出したとは思われないだろう。そうなればエステルがお咎めを受ける可能性も低くなるだろう。
「じゃ、これを隣町のロイの店まで届けておくれ」
「はい。この前のお店ですよね」
エステルが手渡したのは、彼女が仕立てた男物のシャツなどだった。これはエッガー子爵領でも一番大きな街に住んでいる息子たちの物で、ロイの店が定期的に街へ商品を治めに行くため、そのついでに届けて貰っているのだ。というのも、エステルは隣町の出で、ロイは幼馴染なのだという。エステルが定期的にロイの店に息子たちへの贈り物を届けているのは有名な話なので、これがちょうどいい隠れ蓑になるだろう、とエルテルが提案したのだ。
隣町はバルクよりも大きく、他の街に向かう乗合馬車があるから、そこから移動が出来ると教えてくれた。どこまで行けるかはわからないが、理緒はひとまずエッガー子爵領を出て、その隣の領地を目指す事にした。二つ隣の領地まで行けば、そう簡単にファレル辺境伯家の手は届かないように思ったからだ。
隣町までは、歩いても行けるが、こういう時エステルは、必ず乗合馬車の切符を手配してくれた。それなりの荷物になるから、歩きはきついのだ。今回は片道だけかと思ったが、もし何かあったら帰っておいてと言って、往復の切符をくれた。その優しさに心が揺らいだが、迷惑をかけるかもしれないとの恐怖が勝った。
「よお、サラ。何だ?今日は?」
「あ、おはようございます。今日はエステルさんのお使いで隣町に」
「ああ、いつものか」
店を出て乗合馬車の駅に着くと、馴染みになった辻馬車のおじさんが理緒に声をかけた。彼は馬車の転倒で足を痛め、今は馬車の事務的な仕事をしていたが、時々エステルの店に顔を出している一人だった。
「今日は天気もいいし、絶好の馬車日和だ。荷物はそれだけか?」
「はい。今日は服やタオル、あと、エステルさんが作った干し杏と干し肉だそうです」
「そうかそうか、相変わらず過保護だなぁ、エステルは。そろそろ出発だから乗った乗った」
「はい、ありがとうございます」
隣町に向かう馬車は、静かに走り出した。馬車に乗る直前に目に入った空の青さに理緒は、空の色はどこでも同じなのだな…と思った。
その話を冒険者から聞いた理緒は、三日三晩悩んだ末、出ていくと家主で雇い主のエステルに告げた。
「…そっか」
何と言われるだろう…と身を縮込ませていた理緒は、返ってきた言葉の短さに思わず顔を上げた。そこには、寂しそうな、困ったような、何とも表現し難い表情を浮かべて自分を見ているエステルがいた。
「…最初っから、何か訳ありだろうとは思っていたからね」
「…あ、あの…ごめんなさい」
「ああ、ああ、謝る必要はないよ。この街にいる者の多くは何かしら訳ありだからね。あんたみたいな若い子が一人で旅しているなんて、よっぽどの事情があったんだろう?」
「それは…その…」
「ああ、言わなくってもいいよ。野暮な事は聞かないのがこの街のルールだから」
しょうがないねと言いたげなエステルに理緒はホッとすると共に、申し訳なさが増した。
「それで?行く当てはあるのかい?」
「いえ…まだ、特には…」
「そうかい。でも、出ていくなら今はやめておくんだね」
「で、でも…」
「夜に紛れて出ていくなんざ、一層訳ありだって言っている様なもんだよ。それに夜盗や魔獣に襲われる可能性もあるし。出ていくなら、明日の朝にでも出ていきな。そうだね…私にお使いを頼まれた…って風でいいんじゃないかい?前にも隣町まで使いを頼んだだろう?あんな感じで」
「でも…」
「あんまり急ぐと、かえって怪しまれるって。ほら、今夜は荷造りしたらしっかり寝るんだ。ちゃんと寝て食べれば、大抵の事はやり過ごせるってもんさ」
エステルはそういうと、まだ躊躇している理緒に強引に食事をさせて、今日は念入りに風呂に入っておきな!と言って風呂場に押し込んだ。放浪生活になれば風呂に入る事も難しい。この家は、エステルの夫がいた頃は宿屋も兼ねていたから、一般家庭にはない風呂があるのだ。
食事と風呂を済ませた理緒は、自分にあてがわれた部屋で荷造りをした。元来持ち物は少ないし、いざという時のために物を増やさないようにしていた。それでも、ここで生活するためにと買った服などはさすがに持って行けそうにない。これは残しておいて、エステルに売って貰うなりするしかないだろう。
翌朝理緒は、いつもの服と、必要な荷物だけ持ってエステルがいる厨房に向かった。既にエステルは起きていて、昼に向けての仕込みに入っていた。
「ああ、おはよう、サラ」
「おはようございます、エステルさん」
「準備は出来たかい?」
「…はい」
準備は万端だった。隣町にお使いに行く風を装うため、いつもの服の上に薄手の外套を羽織り、荷物は大きめの袋に入れた。少年に見える少女を探しているというから、今日の服装は女の子らしいものだ。現金など大切なものは下着に自分で作ったポケットに入れてあるし、冒険者として使っていたナイフなども持っていた。服などは残してあるから、もし疑われても逃げ出したとは思われないだろう。そうなればエステルがお咎めを受ける可能性も低くなるだろう。
「じゃ、これを隣町のロイの店まで届けておくれ」
「はい。この前のお店ですよね」
エステルが手渡したのは、彼女が仕立てた男物のシャツなどだった。これはエッガー子爵領でも一番大きな街に住んでいる息子たちの物で、ロイの店が定期的に街へ商品を治めに行くため、そのついでに届けて貰っているのだ。というのも、エステルは隣町の出で、ロイは幼馴染なのだという。エステルが定期的にロイの店に息子たちへの贈り物を届けているのは有名な話なので、これがちょうどいい隠れ蓑になるだろう、とエルテルが提案したのだ。
隣町はバルクよりも大きく、他の街に向かう乗合馬車があるから、そこから移動が出来ると教えてくれた。どこまで行けるかはわからないが、理緒はひとまずエッガー子爵領を出て、その隣の領地を目指す事にした。二つ隣の領地まで行けば、そう簡単にファレル辺境伯家の手は届かないように思ったからだ。
隣町までは、歩いても行けるが、こういう時エステルは、必ず乗合馬車の切符を手配してくれた。それなりの荷物になるから、歩きはきついのだ。今回は片道だけかと思ったが、もし何かあったら帰っておいてと言って、往復の切符をくれた。その優しさに心が揺らいだが、迷惑をかけるかもしれないとの恐怖が勝った。
「よお、サラ。何だ?今日は?」
「あ、おはようございます。今日はエステルさんのお使いで隣町に」
「ああ、いつものか」
店を出て乗合馬車の駅に着くと、馴染みになった辻馬車のおじさんが理緒に声をかけた。彼は馬車の転倒で足を痛め、今は馬車の事務的な仕事をしていたが、時々エステルの店に顔を出している一人だった。
「今日は天気もいいし、絶好の馬車日和だ。荷物はそれだけか?」
「はい。今日は服やタオル、あと、エステルさんが作った干し杏と干し肉だそうです」
「そうかそうか、相変わらず過保護だなぁ、エステルは。そろそろ出発だから乗った乗った」
「はい、ありがとうございます」
隣町に向かう馬車は、静かに走り出した。馬車に乗る直前に目に入った空の青さに理緒は、空の色はどこでも同じなのだな…と思った。
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