【R18】爽やか系イケメン御曹司は塩対応にもめげない

四葉るり猫

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自分の部屋が出来ていました…

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 タクシーに押し込まれ、連れてこられたのは先日世話になった小林のマンションだった。

「え?は?ちょ…」
「なんだよ、ほら、暑いし行くぞ」
「ちょ!待ってよ!何であんたの部屋に行かなきゃいけないのよ?」
「そりゃあ、付き合ってるからだろう?」

 何を言っているんだ?と言わんばかりに不思議そうな表情を浮かべる小林に、美緒は軽く頭痛を覚えた。いや、付き合うのに同意はした。したけど…と美緒がなおも抵抗を示すと、小林は大きくため息をついた。

「お前からは全然寄ってこないし、こうでもしなきゃお前との仲が縮まらないだろう」
「いや、でも…」
「もう遅いし、ここで騒ぐのは近所迷惑だ。早川の事もあるし、とりあえず部屋で話そう」

 そういうと小林は美緒の手を取り、結局なし崩し的に小林の部屋に連行された。ちょっと待て自分、ちょろすぎるだろう…!と玄関に入った美緒は我に返ったが、如何せん小林の顔が曲者だった。もちろん早川の事もあったが、好みど真ん中の顔は何か変な成分でも入っているのか、美緒の抵抗を知らぬ間に奪っていくのだ。こうなるとあの顔は癒しと言うよりも麻薬だ…

 更に困るのは、今までいけ好かない奴と思っていた小林を、前ほど嫌な奴と思えなくなっている事だった。仕事では出来る営業であり、不足なく班内をまとめるリーダーで、一緒に働くのも嫌ではなかった。それどころか彼の仕事のやり方は合理的で無駄がなく、ものぐさで最小の労力で仕事を片付けたい美緒にとってはいい手本だったのだ。
 またプライベートでは気が利くしマメで優しくて、しかも顔が好みドストライクで、まさに理想的と言えた。相変わらず女性から誘われてはいるが、誘いはきっぱりと断っているし、親しくしているのは朱里以外には見当たらなかった。
 要するに美緒は、小林を嫌っていた要素が次々とひっくり返され、今では嫌いなところよりも好ましいところの方が多くなっていたのだ。これは非常にまずい…と思うのだが、小林は美緒に考える隙を与えないかのようにプライベートに入り込んで来た。

 小林が住むマンションは、さすが金持ち…と言わざるを得ないものだった。会社から徒歩5分のマンションの最上階、玄関にはコンシェルジュがいて、しかも最上階の部屋は専用エレベーター付きだ。マンションなのに玄関は広いし廊下はあるし、リビングは美緒のアパートの部屋が丸ごと入りそうな広さだった。リビングの左側には主寝室が、右側にはバストイレがあり、お風呂は美緒の部屋の三倍くらいあるように思えた。それ以外は…ドアがあるので部屋があるのだろうと思うが、あまり考えたくなかった。

「ほら、風呂入って来いよ」

 そう言って手渡されたのは、バスタオルと着替え一式だった。着替えは見ただけで肌触りのよさそうな可愛らしい室内着で、下着まで揃っている。ちょっと待て!バスタオルはわかる。百歩譲って室内着もまぁ、理解は出来ないが良しとしよう。だが、下着とはどういう事だ?いつの間に?サイズは?どうやって知った?どこで買った?美緒は浮かび上がる疑問に脳がショートしそうになって眩暈すら覚えた。

「ちょ、ちょっと!」
「なんだよ、大きな声出して…」
「これ、どういう事?何で…し、下着、まで…」

 怖くて聞きたくない気もしたが、知らないのはもっと怖い気がして美緒はストレートに疑問をぶつけた。宇宙人だと思っていたが、ここまでくると未知の生物としか思えない。いっそ常識がまるっきり違う異世界人と言われた方が納得できそうな勢いだ。

「下着?買ったんだけど?」
「買った?何で…どうやってサイズを…」
「先週行ったブティックでサイズ測っただろ?それでお任せで色々頼んどいた」
「は?お任せで…色々?」
「ああ、とりあえず必要な物は一通り揃えてあるから。それが気に入らなければ、他にもあるし」
「ほ、他にもって…」

 驚きに声が続かない美緒に、小林はああ、そう言えばまだ話してなかったなと言い、美緒の手を取ってリビングの右側の、バスやトイレとは別のドアを開けた。そこは十畳ほどの部屋で、美緒のアパートの部屋よりもずっと広かった。中はベッドとテーブルとイスがあり、ベッドカバーやカーテンはシンプルだが明らかに女性向けだった。もしかして…と嫌な予感がしたが、そんな美緒にお構いなしに小林がクローゼットを開けると、そこには衣装ケースと女性向けの服が何着もかけられていた。

「な…」
「これ、全部お前のだから好きにすればいいぞ。この部屋もいつでも使えるように整えたんだ。帰りが遅い時や天気が悪い時とか、いつでも使えばいいから」

 ほら、これ鍵な、と言って小林は呆気に取られて声も出せなくなった美緒の手のひらに鍵を乗せた。無くすなよと言われたが、美緒はそんな言葉も頭に入ってなかった。もう色々いっぱい過ぎて処理が追い付かない美緒をよそに、小林は酷く上機嫌だった。



(なんでこうなった…)

 強制的に着替えを押し付けられ、何なら一緒に入ろうかと言われた美緒は、逃げるように脱衣所に向かった。とにかく一人になって状況を整理したかったのもある。幸いにもここの脱衣所は鍵付きだったため、美緒は二回鍵がかかっているのを確認してから一人湯船に浸かり、自分が置かれた状況を整理するべく頭をフル回転させた。

 小林と付き合う事については、酔っていたとはいえ自分も了承したらしいから、今更なしにするわけにはいかない事は美緒も理解していた。実際、本当に全く記憶の欠片も残っていないが、小林が言うには自分は酔っていないと言い張っていたらしいし、否定する材料がない。小林もそこは流すどころか真に受けて、譲る気がないのは態度からも明らかだった。さすがにここまでするからには、ドッキリとか賭けではないと美緒も理解せざるを得なかった。
 何よりも朱里が小林は本気だと言ったのだ。あの朱里が悪戯に乗るとも思えないだけに、本気なのだと認めなければいけないのだろう…そう思うのだが、自分の想像の範囲外の行動をする小林に、美緒は今一つ現実味を感じられずにいた。

 より一層悩ましいのは、このまま行くと多分そう遠くないうちに小林と男女の仲になるのではないか…という事だった。前にここに来た時、小林は手を出さないと言っていたが、それもいつまで有効なのかがわからない…美緒はこれまでに彼氏はいたが、男女の事は未経験なだけに、この先の展開には不安しかなかった。

 それは大学時代、両親の離婚劇の影響が大きかっただろう。美緒が成人した年、優しくて誠実だと思っていた父親が実は長年不倫をしていて、相手と再婚すると言い出したのだ。驚く母親と美緒に暴言を吐いた父親は、さっさと出て行ってしまい二度と戻らなかった。
 またちょうどその時、美緒には付き合い始めたばかりの彼氏がいたが、彼は美緒の傷心には無頓着で、付き合い始めて三か月経ったのだからと言って押し倒してきたのだ。父親の事もあってそんな気になれなかった美緒は彼を拒み、そんな美緒を彼は面白味がない女だと言って去っていった。そんな事もあって美緒は男性不信に陥り、色恋沙汰は自分には縁にないものと思っていたのだ。

(はぁ…)

 もう何度目かわからないため息をついた美緒は、自分を見下ろした。朱里のような美人でスタイルがよくて…とは程遠い身体は、より一層美緒の気を滅入らせた。イケメンで経験豊富な小林を前に、平々凡々で経験値ゼロの自分を晒すなんて、想像するだけで胃が痛くなる。学生時代に小林の彼女だと言われていた子達はみな美人で、更には今の美緒よりも女性的な体つきだったのだ。この年で未経験とか貧相な身体とか、ドン引きされそうで気が重い…

 ふと美緒は、そんな事を考えている自分に気付き、何だか冷や水を浴びせられた気分になった。こんな風に考えるなんて、まるで自分が小林に気があるみたいじゃないか…と感じたからだ。そんな筈はない、好きなのは顔だけだ、と美緒は自分に言い聞かせるように頭を振ったが、モヤモヤが消えるには至らなかった。

(本当に、酔った時に何をしたんだ、自分!)

結局美緒は、泥酔した自分に腹を立てるしかなかった。全く本当に、あの事さえなければ…と思う。あんなに酔わなければ、記憶を失っていなければ、こんな事態にはならなかったのだ。だが、何度思い出そうと記憶を手繰っても、あの時の事は欠片も思い出せなかった。

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