【R18】爽やか系イケメン御曹司は塩対応にもめげない

四葉るり猫

文字の大きさ
20 / 49

後輩とナイト気取りの同期

しおりを挟む
 月曜日の朝、美緒は重たい気分のまま出勤した。原因は同じ課の早川だった。

 金曜日に早川に押し付けられた仕事は、小林にやらなくていいと言われたために途中のままだ。小林は牧野から依頼を受けていないからやる必要はないし、月曜日に早川に聞かれたら俺がやらなくていいと言ったと答えればいい、この件は俺に任せろと言ってはいたが、どうするのかは教えてくれなかっただけに不安しかなかった。小林の言っている事は筋が通っているが、相手はあの早川なのだ。どんなとんでも理論を言い出すか、全く想像が出来ないところが最大の不安要素だった。

「おはようございます!」

 事務所に入った途端、美緒に声をかけたのは早川だった。いつもはギリギリにしか出勤してこないのに美緒よりも早く来ているとは珍しい。しかも低血圧だと言って朝は元気がないのに、今日はやけに機嫌がいいし元気が有り余っているようにも見えた。さすがに美緒も、何かを企んでいるのだな、と思ったが、その腹の内までは見通せなかった。

「おはよう」
「志水さん、金曜日にお願いした件、どうなりました?」

 仕事を押し付けた上、嘘の欠席理由を課長に言った事への罪悪感はないらしい。謝罪もなくいきなり本題に入る稚拙さに美緒はうんざりした。

「やってないよ」
「は…?」

 お詫びも何もなく、自分の事しか頭にない早川に、美緒は素っ気なくそう答えた。小林がやらなくていいと言った以上、これは上司命令だ。文句があるなら小林に言って来い、あんたが好きな小林はあんたの事が大っ嫌いだけどね、とは思ったが、さすがにそれは言わなかったし言ってやる義理もなかった。

「え…?な、何でですか…あれ、今日の朝一に必要だって…」
「だったら何で、自分だけ飲み会に行ったの?進み具合を聞きもしないで。あれはあなたの仕事だったんだよ?時間内に終わらなかったなら、あなたが続きをするべきだったんじゃない?」
「え…だ、だって…」
「今回の飲み会、欠席禁止のやつだったよね?あなたのせいでどうして私が欠席しなきゃいけなかったの?」
「そ、それは…」

 美緒の放つ正論に、早川は何も答えられなかった。それはそうだろう、本来なら残業も飲み会欠席も早川がすべき事だったのだ。美緒の問いに答えられない早川からは先ほどまでの上機嫌さはすっかり消えて、今度は戸惑いの表情を浮かべていた。

「おい志水、早川を苛めるなよ!」

 答えに窮する早川と、何と答えるかと待つ美緒、二人の間に沈黙が流れる中、強引に割り込んでくる声があった。案の定と言うべきか、早川のナイト気取りの田島だった。田島が大きな声を出した事で、事務所内の視線がこちらに集まるのを美緒は感じた。田島と言う助っ人が登場した事に早川は一瞬目を輝かせ、その口の端を微かに上げた。田島にうんざりした美緒だったが、今回の事はさすがに許しがたく思っていただけに、引く気はなかった。

「別に苛めてないし。むしろ苛められてるのはこっちだけど?」
「ああ?」
「そ、そんな…酷いです、志水さん!私、苛めてなんか…」
「どこがよ?課のルールを無視して、二人がかりで仕事押し付けてきたのはそっちだよね?しかも早川さん、あなた、私が飲み会欠席した本当の理由、言わなかったでしょ?」
「え…な…」

 どうやら早川は、嘘が美緒にバレているとは思わなかったらしい。あからさまな程に顔を引きつらせた。

「何言ってんだよ!お前、急用が出来たって…!」
「私、急用なんてなかったけど?」
「は?」
「急用があっても、帰れる状況だったと思うの?」
「ああ?何言って…」
「帰ろうにも、早川さんの仕事、まだ終わってなかったけど?」
「…あ…」

 ここまで言わなきゃわからないのか!と美緒は田島の頭の回転の悪さに苛ついた。皆まで言わなきゃわからないなんて、脳みそ錆付いているんじゃないだろうか…

「あんた達が飲んで食べて楽しく過ごしている時、私はまだ早川さんの仕事してたんだけど?」
「そ、そりゃあ…お前の仕事が遅いから…」
「遅い?終業間際に仕事押し付けておいて?あれ、そんなに早く終わるような仕事だと思ったの?」

 ここまで言っても理解出来ないなら、もう馬鹿認定でいいだろうか?いや、もう馬鹿としか言いようがないのだが…どうしてこいつが入社試験に受かったのか、美緒は本気で疑いたくなった。

「うっせぇな!後輩を助けるのも先輩の役目だろうが。細かい事一々言うなよ!」
「細かい事?欠席禁止の飲み会に、嘘の理由言われて部長の不評を買ったかもしれない事が?じゃ、部長に本当の事言ってくるわ」
「な…何言ってんだよ!そ…そんな事したらただじゃ済まさねぇぞ!」

 脳筋の我慢の限界もここまでか…と思った美緒だったが、やっぱりここで引く気はなかった。以前からこいつは、女は男の一歩後ろに控えているべきだという男尊女卑の傾向が強いのだ。だからこそ、美緒のように言いたい事をはっきりいうタイプには点が辛いし、一方で早川のようなタイプにはころっと騙されるのだが。

「へぇ?どう済まなさないって言うのよ。でもそれって、自分たちがやった事がマズイって自覚してるって事よね?」
「…な!」
「でなかったら、そんなに慌てる必要ないでしょ」
「う、うるせぇ!」

 田島の頭は、思った以上に脳筋だった。まさか会社で暴力沙汰に及ぶ事はないだろうと思っていた美緒だったが、それは次の瞬間甘かったと認めざるを得なかった。急に影が下りてきて、マズイ!と目を閉じて身を固くした美緒だったが、幸いにも予想していた衝撃は訪れなかった。

「こ、小林…」

 田島の呻くような超えに、美緒は恐る恐る目を開けると、振り上げた右腕を小林に捻り上げられて顔をしかめている田島が見えた。は?いつの間に?と思ったが、小林の後ろには班のリーダーと課長がいて、その周りには社員が遠巻きに自分達を取り囲んでいるのが見えた。どうやらリーダーは朝一のミーティングをしていたようで、自分達も思った以上に注目を浴びていたらしい。

「社内での暴力は懲戒対象だぞ」

 いっそ清々しく、朝の爽やかさそのままに静かな表情の小林だったが、何だか薄ら寒いものを感じた。何だろう…そうは見えないのに、酷く怒っているようにも見える…

「…っ!は、放せよ小林!こ、この女には一度はっきり自分の立場を思い知らせてやる必要がるんだよ!」
「思い知らせるって、何を?」
「このクソ生意気な女は、一度痛い目を見る必要があるんだよ!」

 お前にそんな事言われる筋合いなどないわ!と美緒は田島のいい様にイラッと来たが、さすがに口には出さなかった。そうなると収拾がつかなくなるし、自分も煽ったと思われて同罪だと言われ兼ねなかったからだ。

「痛い目ねぇ…だからって手を上げていい理由はないだろう。実際、悪いのはお前達だろうが」
「な…!どういう意味だよ。俺たちは悪い事なんて…!」

 手をあげた時点で悪いと自覚あったんじゃなかったのか…と思った美緒だったが、田島は自分達がやった事はきれいさっぱり忘れているらしかった。何て便利な脳みそ…と美緒は逆に感心してしまったくらいだ。あの早川ですらも、旗色が悪いと感じて青ざめているというのに…まぁ、そうしてくれたら二人まとめて始末出来たんだけどな、と美緒は残念に思った。

「課のルールを無視して二人がかりで志水に仕事を押し付け、その後の飲み会では課長に嘘の報告。それのどこが悪くないと?」
「は…?」
「…え…」

 まさか小林までこの事を知っているとは思わなかったらしい。二人共、仲良く顔色を失っていた。

「な…んで…その事を知って…」
「何でって…兄…一課の小林課長から連絡があったんだよ。二課は部長出席の飲み会なのに、お前んとこの補佐が残業しているけどどうなっているんだ?って」
「は?」
「…う、嘘…」

 まさか次期社長からそんな連絡が小林に行っていたとは思わなかったのだろう。田島と早川は益々顔が白くなった。田島に至っては白と言うよりも青いと言うべきだろうか。

「俺もびっくりしたよ。あの日は残業にならないよう、朝から調整していたんだから。慌てて会社に戻ってみれば、本当に志水は仕事しているし、しかも聞けば牧野さんの仕事だって言うだろう?俺は牧野さんから仕事の依頼なんて受けていなかったからね。どういう事か、説明して貰おうか?」

 微かに挑発的な笑顔を浮かべた小林だったが、その笑顔に美緒は鳥肌が立つのを感じた。間違いなく、それもとんでもなく怒っているように感じられたからだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―

七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。 彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』 実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。 ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。 口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。 「また来る」 そう言い残して去った彼。 しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。 「俺専属の嬢になって欲しい」 ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。 突然の取引提案に戸惑う優美。 しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。 恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。 立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

思わせぶりには騙されない。

ぽぽ
恋愛
「もう好きなのやめる」 恋愛経験ゼロの地味な女、小森陸。 そんな陸と仲良くなったのは、社内でも圧倒的人気を誇る“思わせぶりな男”加藤隼人。 加藤に片思いをするが、自分には脈が一切ないことを知った陸は、恋心を手放す決意をする。 自分磨きを始め、新しい恋を探し始めたそのとき、自分に興味ないと思っていた後輩から距離を縮められ… 毎週金曜日の夜に更新します。その他の曜日は不定期です。

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。 絶対に離婚届に判なんて押さないからな」 既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。 まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。 紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転! 純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。 離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。 それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。 このままでは紘希の弱点になる。 わかっているけれど……。 瑞木純華 みずきすみか 28 イベントデザイン部係長 姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点 おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち 後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない 恋に関しては夢見がち × 矢崎紘希 やざきひろき 28 営業部課長 一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長 サバサバした爽やかくん 実体は押しが強くて粘着質 秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?

エリート役員は空飛ぶ天使を溺愛したくてたまらない

如月 そら
恋愛
「二度目は偶然だが、三度目は必然だ。三度目がないことを願っているよ」 (三度目はないからっ!) ──そう心で叫んだはずなのに目の前のエリート役員から逃げられない! 「俺と君が出会ったのはつまり必然だ」 倉木莉桜(くらきりお)は大手エアラインで日々奮闘する客室乗務員だ。 ある日、自社の機体を製造している五十里重工の重役がトラブルから莉桜を救ってくれる。 それで彼との関係は終わったと思っていたのに!? エリート役員からの溺れそうな溺愛に戸惑うばかり。 客室乗務員(CA)倉木莉桜 × 五十里重工(取締役部長)五十里武尊 『空が好き』という共通点を持つ二人の恋の行方は……

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

処理中です...