【R18】爽やか系イケメン御曹司は塩対応にもめげない

四葉るり猫

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重すぎる小林家の面々

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 その後の美緒は、針の筵に座る気持ちで一日を過ごした。二課のメンバーの殆どが小林の恋人宣言の場に居合わせたが、誰も何かを言ってくる事はなかった。それだけでも僥倖と言えるだろう。まぁ、言わなかったというよりも、言えなかったという方が正しいかもしれないが…あの時小林は、美緒が既に両親公認で、美緒への攻撃は自分のみならず、美緒を認めている社長や兄への攻撃も同然だとも宣言したのだ。文句があるなら自分に直接言え、美緒に何かしたらその時点で敵とみなす、とも。
 幸いだったのは、二課の女性は美緒と朱里、早川以外は既婚者で、やっかまれる心配がなかった事だ。逆にやっぱりねぇ~と言われてしまったくらいだ。既婚のベテラン補佐の三人は小林と朱里の様子から、二人は実際には付き合っておらず、カモフラージュじゃないかと思っていたのだという。それでもさすがに小林の本命が美緒だとは思わなかったらしく、ドラマチック~素敵だわ~と言われてしまった。あれは絶対に面白がっていると思う。

 その騒ぎは時間と共に二課の外へと広がっていった。事務所の入り口がいつも以上に騒めき、人の出入りも多かったような気がする。当の小林が何食わぬ顔をして仕事をしていたのも腹立たしかった。一方でそんな小林に視線を向けるのも周りに見られているような気がして、美緒はその後、小林を視界に入れるのも避けていた。幸い、金曜日に残業が出来なかった分、今日に回した仕事も多かったため、余計な事を考えている余裕もなかったのだが。
 そして早川と田島はその後どこかに連れていかれて、その日は事務所に戻ってくる事はなかった。どうした事かと思ったが、自分が聞くのもどうかと思い美緒は黙っていた。二人には自業自得だしざまあみろとは思うが、今の自分の立場でそれを大っぴらに言うのは、何だか虎の威を借りるような気がしたからだ。美緒としてはやったこと以上の罰を望むつもりはなく、今後は必要以上に絡んでこなければいいし、自分の仕事を全うしてくれればいいと思う。二人の事は朱里に聞けば教えてくれるだろう。また、放っておいても小林が何か言ってくるのは容易に想像出来た。



 何とか一日を無事に過ごしきった美緒だったが、退社する頃には既に気力体力共に尽きた気がしていた。周りに見られている気がして落ち着かないし、常に視線を感じるのだ。最初は気のせいかとも思ったが、視線を感じる方を向くと大抵誰かとばっちり目が合うため、気のせいではないのは間違いなかった。これまで目立つ経験が殆どなかったため、こうも注目されると神経がゴリゴリ削られる感じがした。
 今も会社の外にいるのに、周りが自分の方を見ている気がして落ち着かない。朱里達はいつもこんな感じなのか…と改めて美形の苦労の一端を垣間見た気がした。

 疲労困憊の美緒だったが、退社する際は朱里が一緒に帰ろうと声をかけてくれたため、無事に会社から出る事が出来た。この頃には小林は顧客のところに行って不在だったし、事務所から出ると肉食女子の先輩方に絡まれる可能性もあったのだ。終業後なら逃げようもないため、朱里の申し出は正直言って有難かった。結局そのまま二人は、駅近くのお気に入りの店へ向かった。



「もう信じられない。あいつ、私を殺す気?」

 注文をして店員が去ると、美緒はようやく本音を漏らす事が出来た。さすがに会社では小林の事を悪く言うわけにもいかなかったのだ。彼は社長の息子で、いずれは副社長になる立場なだけに、さすがにそれを貶めるのはよろしくないと思うだけの分別は美緒にもあった。乾いた喉に冷たいビールが美味しかった。

「まぁ、巧のことだから、ご両親に紹介したら直ぐに公表するとは思っていたけどね」
「…それならそれで、事前に教えて欲しかった…」

 実際、美緒は小林に、暫くは公表しないようにと、しつこく、何度も、念を押していた。もし勝手に公表したら二度と口を聞かない、とも。なのに、あれから一週間経ったかどうかでこれは約束違反ではないだろうか…しかも美緒に事前相談もなかったのだ。

「でも、教えたら美緒、逃げちゃうでしょ?」
「それは…」

 朱里の指摘を否定しきれない美緒だった。もし公表するなんて言われたら、確実に止めようとしただろうが、奴がその気なら美緒に止める術がない事も美緒はわかっていた。となれば逃げる選択肢しか残されていなかったのだが、それも今となっては容易ではない気がした。

「美緒に手を出すなっていう威嚇よ。美緒を守るためでもあるの。まぁ、独占欲の表れでもあるけど」
「独占欲って……」
「でも、彼だけじゃないわ。伯父様も鋭さんも同じよ」
「はぁ…?」

 急に社長や時期社長の名が出てきて美緒は驚いた。もしかして美緒を紹介した時、反対するどころか賛成したのは、彼らが同じだからなのだろうか…

「う~ん、小林家の血みたいなものよ。好きな人が出来るとその人しか見えなくなるの。伯父様なんてもう結婚して三十年以上経つけど、未だに奥様一筋でラブラブだし」
「…はぁ…」

 そんな経営者の個人的事情まで知りたくないんだけど…と思ったが、朱里は小林の血を引く人の一部は、人よりも一途で独占欲が強い傾向があるのだと言った。とにかくこの人!と決めたら他に目移りする事がないのだと。小林の家系では割とよくある事らしく、小林もその一人なのだという。

「何で私なのよ…ずっと嫌ってたし、向こうもそうだったのに…」
「そうね、巧は特殊なケースだと思うわ。でも、巧、自覚しちゃったから。諦めて、美緒?」

 親友と思っていた仲のいい友達にまで諦めろと言われて、美緒は信じられない面持ちで朱里を見上げると、朱里は申し訳なさそうな、少し困ったような笑顔を浮かべていた。

「…諦めてって…朱里までそんな事…」
「ふふっ、ごめんなさい。でも…実は、私もそうだから…」
「…は?」
「私も、巧達と同類なの。将梧さんの事、私、ずっと前からお慕いしてアプローチしていたから…だから、巧の気持ち、よくわかるのよ…」

 朱里まで小林と同類だったとは思いもよらず、美緒は絶句するしかなかった。凛とした美人の朱里は、独占欲とは無縁に見えたからだ。小林と朱里がカモフラージュの相手だったのも、お互いが同類だと分かっていた上、自分の相手ではないとの確信があったからだという。
 朱里は、入社してすぐに大石に一目惚れして、彼を自分の唯一の存在だと確信したのだと言った。ただ、大石は離婚経験があるうえ年も離れていたため、ずっと朱里の想いを若さゆえの一時的なものと扱い、決して真に受けなかった。何年アプローチを続けても進展がなく、朱里はその絶望感と焦燥感から精神的な落ち込みが酷くなっていった。そんな朱里を気の毒に思った社長が、大石に小林家の特性について話をして、ようやく理解が得られたため交際出来るようになったのだという。

「どうして将梧さんなのか…って、ずっと私も思っていたわ。もっと年が近くてバツのない人もたくさんいるのに…って。でもね、理屈じゃないの、絶対的なのよ。会った瞬間にわかるって言うか、この人だって思う、ただそれだけなの」
「いや…でも、釣り合いとか…」
「そう言うのも超えた存在なのよ。そうね、私にとって将梧さん以外は、いもやかぼちゃみたいなものなの」
「い、いも…?」
「そう。もうね、比べようがないし、彼以外は価値がないの。それがどんなに素晴らしい相手でも、将梧さんの変わりにはなり得ないのよ。小林の家では絶対的な一人なんて言ってるけど、本当にそうなの」

 そう告げる朱里の表情は、恋する乙女のものであると共に、どこか思い詰めた深くて見えない何かがあるのを美緒は感じた。それが執着心や独占欲と呼ばれるものだったが、それらが希薄な美緒には理解出来なかった。

「それは伯父様や鋭さんも同じ。伯父様の奥様は別の方の婚約者だったそうよ。お陰で大いに揉めて大変だったと聞くわ」
「…そう…」
「鋭さんはまだマシな方で、それでも奥様には数年来の恋人がいらっしゃったそうで時間はかかったみたい。奥様の恋人が浮気して別れて、それから猛アプローチされたとか」
「そ、そうなんだ…」
「義伯母様はそれなりの家だけど…鋭さんの奥様は美緒と変わらない一般の方で、今はご両親も亡くなられて天涯孤独よ。それでも小林家は関係ないの。本人がこの人って決めた人ならね」
「…そう…」

 執着心と言うのだろうか…あまりにも重すぎる気がして美緒はふるりと身を震わせた。ただ、色々思い当たる事は…あった。付き合うという話になって一週間で部屋を用意するとか、家族に紹介するのは普通じゃないだろう。でも、小林家はそれがまかり通る家らしい。常識が通じなくて宇宙人か異世界人かと思ったけれど、家自体がおかしかったのか…と美緒は妙に納得した。ただ、目の前の美しい親友までそうだとは思わなかったが…

「ね、美緒、お願いがあるの」
「ん~?何?」

 もうここまでくると、何を言われても驚かないな…と美緒は半ば投げやりな気分だった。正直言って、絶対的な一人ってなんだよ…相手の意思は無視なのかよ…と思わなくもない。朱里には悪いが、美緒には朱里の言う絶対的な一人の感覚が全く理解出来なかった。

「私も出来るだけ美緒の助けになるから…だからどうか…巧から…逃げないであげて」

 向けられた瞳の奥に見えた強すぎるほどの光に、美緒は射すくめられたかのように暫く動けなかった。その言葉が言わんとする事が何なのか、咄嗟には美緒にはわからなかったし、逃げたいと常々思っている事を見透かされたのを感じて、背中がひやりとしたのだ。美緒がようやく動けたのは、朱里がふっと笑みを浮かべて目を細めてからだった。
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