【R18】爽やか系イケメン御曹司は塩対応にもめげない

四葉るり猫

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人生最大の疲労困憊

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(…痛い…)

 目が覚めた美緒を待っていたのは、全身の筋肉痛と喉の痛みに声の掠れ、そして途方もない疲労感だった。かつてこんなに疲れを感じた事があっただろうか…高校のマラソン大会や新人研修でのレクリエーション登山ですら、ここまで疲労困憊になった事はなかったように思う。今はもう、指一本動かすのも遠慮したい…そして水が欲しい…喉がカラカラで粘膜が干からびている気がした…

「あ~起きたか?」

 多大な疲労感は思考も奪っていくらしい。かけられた声に一瞬誰?と思ったのは自分のせいじゃないだろう。声の方を向くのすらも億劫で、美緒は目だけを声の方に向けた。そこには爽やかさ満載の小林がいて、何で自分はここに…?と記憶を掘り返して…固まった。昨夜のとんでもない痴態を思い出したのだ。後半は殆どうる覚えだったけれど…

「水いるか?」
「ん…」
「あ~無理に喋るな。喉傷めるから」

 小林はミネラルウォーターのペットボトルを手にすると、美緒をゆっくりと抱き起した。誰のせいだと思って…と言いたかった美緒だが、あちこちが痛くて怠くて抗う気も湧かず、されるがまま小林に寄りかかって水を飲んだ。冷たい水を口に含むと、身体は思った以上に水分を欲していたらしく、一気に半分以上を飲み干してしまった。枯れていた身体全身に水が行き渡るのを感じて、美緒はほぅっと息を吐いた。

「美緒…好きだ…愛してる…」

 水を飲み終えた美緒を小林は柔らかく抱きしめてそう呟いた。正直言ってここまでされると、その想いを否定する事も出来ず、美緒は自分との温度差に戸惑いを感じながらも、嫌だとは思わなくなっていた。まぁ、勝手だし強引だが、好かれている事は疑いようもなく、以前あった嫌悪感もあまりなかった。
 ただ、小林のスピードに自分の気持ちがついてこず、それは自分の気持ちを蔑ろにされている様に感じられて、美緒を押しとどめていた。それに、現状を思うと躊躇して正解だと思ってしまうのは当然だろう。少しはこっちの身体の事も考えて欲しい…こっちはまだ二度目なのにここまでボロボロにされるとは思わなかった…付き合いを考え直したいと思っても仕方がないだろう。今は疲れ切って怒りすらもわかないけど…

 水を飲んで人心地ついた美緒は、ようやく自分の状況を理解した。幸いにも服は着ていてそこはホッとした。多分小林が着せたのだろう。それはそれでモヤっとしたが、もう今更だし、疲れが過ぎてそれに突っ込む気力もなかった。
 次に気になったのは、今がいつかという事だった。小林に尋ねると今は日曜日の午後二時で、美緒は朝どころかお昼ご飯もすっ飛ばして寝ていたらしい。その割には疲れ切っているせいか、空腹を感じなかったし、今はご飯よりも寝ていたい…それでも汗をかいたし、昨夜の事もあってシャワーは浴びたかった。シャワーを浴びたいと小林に告げると、その状態なら湯を張ろうと言われた。確かに全身筋肉痛だし、お湯に浸かった方が回復も早そうだと思った美緒は、遠慮せずお願いした。こうなった原因はこの男なのだ。遠慮するだけ馬鹿馬鹿しかった。



「風呂、準備出来たぞ」
「ん…ありがとう…」

 食欲もわかず、動きたくなかった美緒はベッドに横になってお湯が溜まるのを待っていたが、十分ほどで小林が声をかけてきた。ベッドから下りようとして、そこで美緒は違和感を覚えた。

「どうした?」
「…あ、いや…」
「歩けないのか?だったら…」
「いや、大丈夫。自分で歩けるし。…っぅ…」

 待っていましたと言わんばかりの小林の態度に、美緒は彼の意図を察して勢い良く立ち上がって…その場にへたり込んだ。腰が痛いし、足に力が入らず身体を支えきれなかったのだ。

「あ~やっぱり。ほら、無理すんな」
「げ!何すんのよ!」
「暴れんな。落ちるぞ」
「自分で歩けるって!」

 軽々と抱き上げられて美緒は抗議の声を上げたが、小林は嬉しそうに美緒をお姫様抱っこするとあっという間にバスルームまで運び、ついでに全身隈なく洗われてしまった…これ何の羞恥プレイ…美緒は羞恥心がザクザクと削られるのを感じながらも、動けないせいで何も出来なかった。世の中には気力だけではどうにもならない事もある…と初めて知った瞬間でもあった。こんな事で知りたくなかったのだが…

 その後も小林は、最上級の笑顔を大盤振る舞いしながら、それはもう鬱陶しいくらいに美緒の世話を焼いた。何がそんなに嬉しいんだ…と、身体の痛みからベッドの住人を余儀なくされた美緒は恨めしい気持ちでいっぱいだった。柚希たちから流されてみるのもありだと言われたのもあって、少し流されてみるかと思った結果がこれでは失敗だったとしか思えない。これでまたこの男の暴走がスピードアップする可能性も高く、外堀どころか内堀まで埋められてしまいそうだ。そうは思うのだが…今は眠くて怠くて考えるのも億劫だった。

 こんな調子で明日仕事に行けるのだろうか…そんな心配をしていた美緒だったが、美緒の思いに反して翌日の月曜日、美緒は有休を使わざるを得なかった。どうしてかなど、言うまでもないだろう。



「ピンポーン」

 小林のマンションから帰るのも阻止され、仕方なく勝手に作られた自分の部屋で休んでいた美緒は、突然鳴ったインターホンの音に目を覚ました。他人の家だから出るつもりはなかったが、好奇心に負けてインターホンの画面をのぞき込むと、そこには若い女性が映っていた。画面越しでもメイクばっちりで派手そうなのは疑いようもなかった。うん、これは出ない方がいいな…むしろ出なくて正解と美緒は無視する事にしたが、女性はしつこくインターホンを鳴らし続けていた。煩いなぁ…とは思うが、ここで出るとより一層面倒な事になりそうだから美緒は放置プレイを決めた。コンシェルジュもいるし、何とかしてくれるだろう…
 女性は五分ほどインターホンを鳴らしていたが、その内コンシェルジュに何か言われたのか静かになったので、美緒はホッと息をついた。出る義理もないし、そもそも向こうも出て欲しくはないだろう。
 とは言え、今日は平日で小林が仕事なのはわかり切った事だろうに…と美緒は相手の意図を図りかねた。小林に用があるなら会社へ行くべきだし、家に来るなら夜か休日にすべきだ。まぁ、どうでもいいか…と美緒はその件を流してもう一度ベッドに潜り込んだ。



「美緒」

 女性の訪問の後、再び眠りに落ちた美緒は、名を呼ぶ声と身体をゆすられる感覚に目を覚ました。せっかく気持ちよく寝ていたのに…と思いつつ目を開けると、小林が自分の顔を覗き込んでいた。僅かに額に汗が見えるところから、歩いて帰って来たのだろう…

「え?もう夕方?」

 昨日から眠くて寝てばかりの美緒は、もしかして夜まで寝てしまったのかと慌てて飛び起きた。今は夜の七時を過ぎても明るいだけに、ノンストップで寝てしまったのかと思ったのだ。

「いや、まだ昼だけど…腹減ってないか?近くの店のテイクアウト貰って来たんだけど」
「え…?あ…」
「どうした、腹減ってないのか?」
「…食べる」

 自分の勘違いと、寝てばかりなのにしっかり空腹を感じる自分のお腹の現金さが恥ずかしくて、美緒の返事は随分と情けないものになってしまった。そんな美緒に小林が嬉しそうな視線を向けてくるのも、何だか手のひらで転がされている様で腹立たしかった…完全に絆されてる…勝ち負けじゃないんだろうとは思うが、負けた気分になった美緒だった。
 小林が持ってきたのは、近くのカフェのサンドイッチだった。美緒も好きでよく買いに行く店で、いつの間にか小林は美緒がその店のどのメニューが好きかまで把握していた。きっと朱里から聞いたのだろう。実際、美緒の口止めはあまり意味をなしておらず、朱里から小林に美緒の情報は筒抜けだったのだが、知らない事で美緒の精神的な安定は保たれていた事を本人は知らない。

「そう言えば…さっき女の人が尋ねてきたけど?」
「女?」
「うん、若くて、派手なメイクの人」
「あ~アレか…」

 心当たりがあったらしく、小林はその形のいい眉をしかめた。アレと表現しているのからして、いい意味での知り合いではなさそうに感じた。

「さっきコンシェルジュからも聞いた…栗原産業の娘だ」
「栗原産業って…取引先の?」
「今後は取引しない方向だけどな。この前のパーティーでも会っただろう?」
「…そうだっけ?」
「お前…」

 サンドイッチを手に、小林は呆れを含んだ視線を美緒に向けたが、美緒は紹介された覚えがなかったのでさっぱり記憶になかった。いや、紹介されても人数が多すぎてほとんど覚えていないのだが…そんな美緒に小林は、この間のパーティーで香水臭かった女だよと言い、それで美緒もああ、あの香害の人…とようやく思い至った。
 栗原産業は小林の会社よりは規模が小さいが、取引がある事は美緒も知っていた。ただ、取引は一課の担当なので詳しくは知らないが。
 その栗原の娘の莉々華は、数年前に鋭にしつこく付きまとった上、春花に嫌がらせをしたために鋭が切れ、今後の取引はしない方向なのだという。相手には伝えていないが今後新規事業を進める予定はなく、今ある契約が終了後は疎遠にする予定らしい。
 だが、相手は未だにその事に気が付かず、莉々華は鋭が結婚すると今度は巧に鞍替えしてしつこく縁談を申し込んできていた。申し込みがある度に即断ってはいるが、何度繰り返しても相手には伝わらないらしい。
 先日の菊沢家の婚約披露パーティーで巧の婚約を告げたのにまた接触してきた事に、さすがの美緒も嫌な予感がした。しつこくインターホンを慣らし続けたのも、常識があるようには思えなかったからだ。

「面倒だな…一応お前も気を付けてくれ。春花さんの時のような事がないとも限らないし」
「そんな事言われても…」
「直ぐに手を打つ。でも、相手は常識がないし、お前が気を付けてくれないとどうしようもないだろう?とりあえず今日は絶対ここから出るなよ」

 そう言うと小林はさっさと会社に戻ってしまった。月曜日に忙しいのはいつもの事なのに、わざわざ帰って来た小林に美緒は何とも言いようのない感情が生まれるのを感じて、思考を止めた。

(忙しいのに、馬鹿じゃないの…)

 外堀どころか内堀までもが埋まっていく現状に美緒は一人悪態をついたが、それは虚しくも誰にも届かなかった。
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