【R18】爽やか系イケメン御曹司は塩対応にもめげない

四葉るり猫

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外堀を埋める男と抗う女、そして暴走する親子

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 小林のマンションでの生活は…想像以上に快適だった。小林は朝早く起きて朝食だけでなくお弁当まで作ってくれたし、早く帰った日には晩ご飯も作ってくれた。しかも美味しい…胃袋を掴むとはよく言ったもので、自分で作るご飯が食べたくなくなるレベルだった…
 他にも、掃除も洗濯もしなくていい、美緒は好きに過ごせばいいからと言われたが、本当に言葉通り美緒はする事がなかった。掃除も洗濯も仕事に行っている間にプロが終わらせているし、晩ご飯も仕込み済みなのだ。このブルジョワジーが…と思うのだが、完璧すぎて家事が苦手な美緒に出来る事は何もなかった。
 …ダメだ…快適過ぎて逃げようがない…悔しいと思いながらも、居心地の良さに抗えない美緒だった。

 外堀は既に九割は埋め立てられて、綺麗に更地にされている…と言うのが美緒の見立てだった。小林の家族の間でだけでなく取引先にまで婚約者だと紹介して回っているのだから、本気である事は疑いようもなかった。
 あと残っているのは多分、美緒の母親の同意だろうが、これも障害にはなり得ないだろう。父親の影響で男性不信を拗らせている美緒を母はずっと心配していたから、交際相手が出来たとなれば手放しで賛成するだろう。二つ返事でオーケーして、気が変わらないうちに引き取って欲しいと言う姿が容易に想像できた。

 結局のところ美緒は、完全に包囲されて逃げ場がない状態になっていた。付き合うと言ってまだ三週間も経っていないのに、この状況はどういう事なのか…と思う。一方で、いっそ流されてしまえばいいんじゃないか…そう思う事が最近増えたのは否めなかった。以前のマイナスの感情はいつの間にか払拭され、確実にプラスの感情が優勢だし、現在進行形でプラスが積み上がっている。昔の事も…まぁ、昔の事だと割り切れるほどには、今の小林には他の女の影は見当たらなかった。莉々華のような肉食ハンターはいるが、小林がそれに気を取られる事はなさそうに見えた。

 それでも美緒が迷うのは、一方的に話を進める強引さが原因だった。婚約者と紹介されたがプロポーズされた記憶がない。第一、婚約するには互いの親への挨拶とかそう言うのも必要なのではないだろうか?なのに、そう言う「必要な手順」が色々すっぽかされているのが蔑ろにされているように感じられて、美緒は気に入らなかったのだ。



「ピンポーン」

 その週の土曜日の朝、リビングのソファに腰かけながら朝食を作っている小林を眺めていた美緒の耳に、インターホンの音が飛び込んできた。

「こんな朝早くから?誰だ?」

 訝し気な表情を浮かべた小林が手を止めてインターホンの画面をのぞき込むと、より一層表情を険しくした。

「何?勧誘?」
「いや…香水女だ…」

 機嫌よく爽やかさ満点で朝食を作っていた小林が吐き捨てるようにそう言った。よほど腹に据えかねているらしい。美緒は既に気にしていなかったが、小林の顔にはあからさまに嫌だと書いてあるように見えた。これはこれでレアだ。

「はい」
「巧さん!莉々華です!お話がありますの!」
「巧君、栗原です。お話したい事があるので、時間を頂けないかな」

 どうやらやって来たのは、莉々華とその保護者の御一行様だった。莉々華だけならアポなしはお断りとしたかったらしい小林だが、さすがに親も同伴ともなれば無下に返す事も出来ないようだ。一応は取引先の社長で、小林は後継者の一人ではあってもまだ一社員でもある。美緒の方を向いて小さくため息をついた小林は、それなら三十分後にマンションの向かい側にあるとあるカフェを指定してそこでなら会うと提案すると、相手は家に上がらせて貰えないかと尚も粘った。それなら後日…と小林が断ろうとすると慌てて渋々ながらも引き下がった。

「やっぱり諦めてなかったか…」

 忌々しそうにため息をつきながら、小林は美緒にすまないと謝ってきた。謝られた美緒は別に小林のせいじゃないし…と答えたが、実際小林のせいではないだろう。朝からアポなしで押しかけてくる方が非常識と言うものだ。その後小林はどこかに連絡をしてから、美緒を伴って指定した店に向かった。多分連絡していたのは、社長か鋭なのだろうな…と美緒は思った。



「巧さん!」

 店に入ると甲高い声が店に響き、記憶に残っていた香りがムッと不快なほどに充満しているのを感じた。莉々華がつけている香水で、今日も相変わらず香害レベルだ。お店の人もさぞや迷惑しているだろうと、美緒は店とこの場に居合わせた客に申し訳ない気持ちになった。社長令嬢と言う割には、大きな声を出したり周りが不快になるほどの香水を付けたり、挙句は休日にアポなし訪問したりと、親の教育を疑いたくなるレベルだった。
 その店にいたのは、莉々華とその両親だった。男性は痩せていて神経質そうな印象だが、女性の方はふくよかでメイクや服が派手で娘とよく似ているな…と美緒は感じた。二人とも美緒を視界に入れたが、会釈した美緒を一瞥するだけで返礼もせず、その様子を見た小林の怒りを加算させたのは間違いなさそうだった。

「どのようなご用件で?」

 美緒を丁重にエスコートして席に着いた小林は、挨拶もそこそこに本題に切り込んだ。いつもの穏やかな表情はそのままだが、言葉には全く温かみがなく、小林の感情がそこに現れているのを美緒は感じた。

「巧君。一体どういう事だね?」
「どういうとは?」
「我が家から君に縁談を何度も申し込んでいただろう」
「ええ、そうですね。その都度速やかにお断りしていましたね」

 にこやかな笑みを浮かべてそう答える小林だったが、目は全く笑っていなかった。これは確実に怒っているのだろう…短い付き合いではあるが、美緒は小林の怒りを感じ取って鳥肌がたつのを感じた。そんな笑顔の裏に気が付かないのか、莉々華はぼうっと小林に見とれていた。

「莉々華が…娘が君を慕っていると言うのに…」
「お気持ちは嬉しいですが、私は自分が愛した女性を妻にしますので」
「なっ!」
「それは不誠実ではないかな?」
「どこがです?」
「娘の気持ちを知っていながら他の女性を選ぶとは…」

 どうやらこの親子は随分と世間が狭く、娘を溺愛し過ぎて冷静な判断が出来ていないらしい。

「おかしな事を仰りますね。好意を寄せられたら必ず応えなければいけないとでも?」
「当然だろう。娘もそのつもりでずっといたのだから」

 さも当然というようにそう応える父親に、美緒は呆気に取られてしまった。それは随分と驕慢ではないだろうか。美緒が驚き呆れている横で小林は、さも面白い事を聞いたと言うように声をたてて笑い始めたため、美緒の方がぎょっとしてしまった。いやいや、それは逆効果だろうに…逆上させる気か?空気読め小林!と美緒は心の中で叫んだ。

「な…!馬鹿にする気か!」

 そりゃあそう思って当然だろうな…と美緒は一気に沸点まで達した父親を見て気が気ではなかったが、隣の小林は平然としていた。

「いえ、だって、おかしな事を仰るから…」
「おかしな事だと!」
「ええ。好意を寄せられたら必ず応えなければいけないなんて…そんな事をしたら何人妻を娶らねばならないか…日本では重婚は禁止されていますよ?」
「な…」
「不肖な私ですが、縁談を申し込んで下さった方は他にもいらっしゃいます。片手どころか足の指を足して倍にしても足りませんね」
「そ、それは…」

 謙遜しつつも、愉快だと言わんばかりにそう答える小林に、相手は何も言い返せなかったらしい。そもそも、自分達が縁談を申し込んでいるなら、他にも申し込みがあっても当然だろうに、そこには思い至らなかったらしい。そして足の指も足して倍ってなんだ…申し込みだけでも四十件超えているのか、そうなのか…モテるのは知っていたが、具体的な数を聞いて美緒は少しだけムッとした。

「それは…でも、会社の事を思えば、それなりの家柄の相手を選ぶべきだろう」
「そうですわ。会社のためにも、きちんとした家から…」
「その点はご心配無用です。我が家は昔から政略結婚には否定的ですし。心の支えになる女性でなければ、トップとしての重責も担えませんからね」
「そ、それなら…」
「伴侶となる女性は、自立しているのが第一条件です。定職にも就かず、親の七光りで遊び歩いている女性など論外です。また会社や社員のためを思えば、贅沢好きで享楽的な方も遠慮したいですね。その点彼女は自分の給料で生活して自立していますし、金銭感覚も庶民と同じで安心出来ます。何よりも…彼女でなければ男としての機能が働きませんので…」
「は…?」
「なっ…」

 最後は周りを憚るように小声で言ったが、相手にも美緒にもしっかりとその意味は伝わった。何でことを言うんだ、朝っぱらからー!と美緒は思わず殴りそうになった。誰もいなかったら殴っていたかもしれない。
 一方の栗原親子もぐうの音も出ないようだった。娘が定職にも就かず遊び歩いているのも、贅沢好きなのも明白だったからだ。その上で莉々華には女としての魅力を感じないとまで言ったのだ。相手にとっては屈辱でしかないだろうが、爽やかな容姿から出てきた卑猥な内容に呆気に取られているようだった。

「ああ、それから、我が社との取引解除をご検討中だとか?」
「は?何を…!」
「先日、お嬢さんが会社に来られまして。私の婚約者に私と別れるように告げ、言う事を聞かないなら取引を見直すと仰ったそうで。兄もその場に居合わせていましたよね?」

 そう言って小林に笑みを向けられた莉々華は顔を赤らめたが、父親は怒りで赤くなっていた顔を白くした。

「な…莉々華…お前…」
「え?いや、あれは…」
「社長より伝言です。ご希望であれば契約解除はいつでもお受けします、だそうです。確かにお伝えしましたよ」

 白を通り越して青くなった三人にビジネススマイルを向けた小林は、では私達はこれで…と言って美緒の手を取りその場を後にした。父親の動揺ぶりから、娘が会社に押しかけてきて契約解除に言及した事は知らなかったらしい。娘も父親に知れるのはまずかったようで、小さく震えているようにも見えた。やっぱり会社に関係なく暴走していたのかと呆れると共に、自業自得だとしか思えない美緒だった。
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