【R18】爽やか系イケメン御曹司は塩対応にもめげない

四葉るり猫

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一難去ってまた…?

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「何…これ…」

 栗原家の突撃が終わった後、美緒は久しぶりにアパートに戻った。これで一安心と思っていた美緒だったが、小林はまだ安心出来ない、安全が確認出来るまでは帰せないと言ったから、仕方なく小林の車で必要な荷物を取りに帰ったのだ。防犯上、さすがに何日も放置しておけないと言うのもあったし、郵便物もある。そこで美緒は郵便受けに入っていた封筒に困惑していた。

 封筒はA4サイズの一般的な茶封筒だったが、差出人も受取人も記されていなかった。とは言え、しっかり美緒の部屋の番号の郵便受けに入っていたのだから、美緒宛と言っていいだろう。厚みはさほどなく、中身は重さからしても紙類と思われた。不審に思いながらも封を開けると、A4のコピー用紙に文字が印刷された紙が一枚入っていた。

 別れろ
 消えろ
 殺す

「これって…」
「殺害予告…だな…」

 側にいた小林が、渋い表情で紙を手に取りじっと見つめていた。他に何かないかと美緒が手にしようとしたが、直ぐに止められた。

「何?見せてよ」
「触るな。変な薬が付いているかもしれない」
「え?」
「それに…指紋が付いているかもしれないから、触らずに警察に届けよう」
「け、警察?」

 文面からして、これは小林の婚約者になった美緒への脅迫なのだろう。だが美緒は警察に届ける事は思いもしなかった。大事な証拠だから残してはおくが、警察沙汰にする事だろうか…まだこれ以外に害はないのに。そう思った美緒だったが、小林の考えは違っていた。

「ただの嫌味や悪口ならいいんだよ。でも、ここにこれがあるという事は、相手は美緒の住所を調べ上げたという事だから、他の情報も手に入れているかもしれないんだぞ」
「それは…」
「もし相手が財力のある人物なら、金でどんな情報でも手に入れられる。下手するとお前のスリーサイズだって知られている可能性があるぞ」
「はぁ?何それ…」
「俺との結婚はそれだけ相手にメリットがあるんだよ。特に金の面では。栗原みたいに会社が赤字で危ないところなんかは必死だしな」

 栗原の場合、莉々華の恋慕もあったが、それ以上に父親は会社の立て直しのために必死だったろうと小林は言った。栗原の業績は悪化する一方で、最近は身売りの話も出ているという。
だがそれは栗原に限った事ではない。巧に縁談を申し込んでいる相手の七割くらいは、財政面での協力を狙っているらしい。この紙をわざわざ印刷して持ってきた相手が誰かはわからないが、ここまで具体的に行動を起こされたのは初めてだという。

「春花さんの時は…」
「春花さんは規模は小さいが会社の社長の娘だったからな。こんな事はなかったが、会社に圧力をかけてきたところはたくさんあった。まぁ、兄貴が木っ端微塵にしたけどな」
「そ、う…」

 具体的に何をしたのかは聞かない方がよさそうな気がして、美緒はそれ以上聞かなかった。世の中には知らない方がいい事もあるだろう。

「家まで知られているし、一度行動に出たならあっという間にエスカレートする。とりあえず警察に相談するぞ」

 そう言われた美緒はまだ躊躇していたが、下手するとお前のおふくろさんにも影響が出るかもしれない、と言われると従わざるを得なかった。
 母とは物理的に離れているが、一人暮らしだし、楽観的で能天気だから警告したところで大丈夫よ~と言って気にしないのは目に見えていた。となれば、こちらで母に影響が出ないようにしなければいけないのだろう。悔しいが小林の言う通りなのだろう。そう理解した美緒は、必要な物と大切なものを旅行バッグに詰め込んで部屋を後にした。
 念のためマンションの隣に住む大家さんにも、変な手紙が来た事、不安だから彼氏の家に暫く泊まる事、警察に相談する事、そして何かあったら直ぐに知らせて欲しいと伝えた。学生の頃から世話になっていた大家さんは、酷く心配してくれて、連絡についても快く引き受けてくれた。

 警察に伝があるからと小林が言ったため、美緒はその辺の対応を小林に任せる事にした。美緒に警察関係の知り合いはいないし、そもそもこういう時にどうしたらいいのかわからなかったからだ。知り合いがいるなら相談もしやすいし、今後何かあっても直ぐに対処して貰えそうだった。連れていかれたのはこのエリアを管轄する警察署で、小林が受付で何かを告げると程なくして応接間に通された。

「ちょっと…相談するだけで何でこんな…」

 相談と言うから、入口かその側の会話スベースで話をすると思っていた美緒は、いきなり応接間に通されて面食らった。そんな美緒に対して小林は、知り合いがいると言っただろうと応えて優し気な笑みを浮かべた。不意打ちの笑顔に、美緒の心拍数が上がってしまった。顔が赤くなっていないだろうか…美緒は何だか悔しい気がしてそっぽを向くと同時に、ノックと共にドアが開いた。

「巧君、珍しいね。どうかした?」

 入ってきたのは四十代くらいに見える中性的なイケメンだった。イケメンの知り合いはイケメン率が高いな…とこんな場でありながらも不謹慎な事が美緒の頭をよぎった。男性にしては体の線が細く背は高くて、でもひょろ長ではない。ただ、顔立ちが女性的なため、イケオジに分類するには無理があるだろう。こんなイケメンもいるのだな…と美緒は新たなジャンルを見つけた気分だった。

「美緒、こちら辻井巌さん。朱里の親父さんだよ」
「ええっ?」

 思わず声を上げてしまった美緒だったが、衝撃が大きすぎてまじまじと顔を見てしまった。確かに美形だけど朱里とはあまり似ていないし、ついでに言えば年も若すぎるんじゃないだろうか…美緒世代の父親なら、五十代を超えているのが殆どだろう。

「あ~お前も驚いたか。巌さんは若く見えるんだよ」
「ははは、そう言って貰えると嬉しいね。美緒さんの事は朱里から伺っているよ。あの子は中々友達が出来なくてね。美緒さんが仲良くしてくれて本当に喜んでいるんだ」
「そうですか…」

 まだ驚きが冷めない美緒だったが、いつまでも驚いたままでは失礼だろうと思って襟を正した。渡された名刺を見ると確かに辻井巌とあり、朱里の父で間違いなさそうだったが、そこにある肩書を見て、美緒はもう一度驚いた。

「しょ、署長って…」
「ああ、巌さんはここの署長だよ。だから言っただろう、伝があるって」

 毎度の事ながら、驚かされる事が満載なのは小林家と変わらない気がした。美緒の警察官のイメージは大石のような体育会系の体格のいい人だが、目の前の人物は宝塚の男役だと言われても納得出来そうな柔和な感じなのだ。しかも署長とは…また名前と外見が全く合っていなかった。

「ところで、今日はどうしたの?」

 にこやかにそう尋ねた巌に、小林は書類をテーブルに出してからこれまでの経緯を話した。最初は穏やかな笑みを浮かべていた巌だったが、印刷された紙を見て表情を僅かに険しくした。
それから一時間ほどかけて二人は巌に事情を聞かれた。美緒の方は心当たりが少なくて話せることも少なかったが、一方の小林はそうではなかった。過去の女性関係もあるし、縁談を申し込んできた相手も可能性がないとは言い切れない。こちらは数が多くて小林もすぐにはわからないから、後日弁護士から巌に連絡する事になった。



「ごめんな、美緒」

 小林のマンションに戻って来た美緒が疲れを吐き出す様にため息をつくと、それを目にした小林が謝ってきた。確かに文面からして原因は小林なのは明白だろうが、小林が悪いわけではないだろう。悪いのは脅迫と言う卑怯な手段で脅してきた相手だ。
 まぁ、本人に異議申し立てをしたところで自分の心証が悪くなるのは明白だし、だったら美緒を脅迫して身を引かせた方が手っ取り早いと思ったのだろうが。

「小林のせいと言えばそうよね。昔の女の可能性もあるし」
「それは…」
「…実際どうなのよ。縁談もあったって言うし、可能性があるのは何人くらいなの?」

 手足の指に二倍した数以上の縁談の申し込みがあったと聞いてからモヤっとしていた美緒は、口に出してからしまったと後悔した。これでは焼きもちを焼いているようにも受け止められるからだ。そんな訳はない、これは犯人捜しの一環なのだ、と美緒は自分に言い聞かせたが、そう思っている自分に気が付いて余計にもやもやした。絆されている自分を自覚したからだ。

「可能性って言っても、この六、七年ほどは誰とも付き合ってないし、見合いも即断っているからなぁ…」
「あ、あんなに女侍らしてたのに?」
「俺が呼んだわけじゃない。第一、興味もてる奴もいなかったし」
「はぁ?」
「それに有二郎に言わせると…会社に入った頃には既に美緒の事気にしていたらしいし」
「へ?」
「俺が他人を強く意識してるの、お前が初めてだって…お前がこっちに異動してからも言われたんだ。ずっとお前の事しか見ていなかったのに、気付いてなかったのかって。朱里からも同じような事言われたし」

 そう告げながら小林が、ふわりと包み込むように抱きしめてきて美緒は戸惑った。自分は何を聞かされているのだろう…これではずっと好きだったと言われている様ではないか。入社して以来、小林は自分にはずっと素っ気なかったのに…そう、新人研修でもその後の同期会でも、小林は最低限の挨拶や会話はしたし嫌な顔もしなかったが、他の女子達と美緒とでは明らかに対応が違っていた。嫌いだったし近づきたいとも思わなかったが、実を言えばその扱いの差が何となく惨めで余計に腹立たしかったのだ。

「お前を見ると苛々していたの、今ならわかるな…お前、俺にだけ冷たかったから。それが悔しかったんだ。ずっと俺を見て欲しかったのに…」

 自分と同じような想いを小林が持っていた事が意外で、美緒はどう反応していいのかわからず何も言えなかった。ただ、小林の言葉にまた一つ、自分の中の何かが解けていくのを感じた。気が付けば何の抵抗もなしに抱きしめられている自分がいて、それに慣れつつある自分に美緒は何とも言い難い想いが広がるのを感じた。
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