【R18】爽やか系イケメン御曹司は塩対応にもめげない

四葉るり猫

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引っ越し当日に襲われました

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(…暑い…)

 暑苦しさに目を冷ました美緒は、自分が置かれている状況を理解して、自分にぴったりとくっ付いて眠る男に心の中で悪態をついた。ここにあるのはシングルベッド一台なのだ。いくらエアコンがかかっているからと言って、こんなに隙間なくくっ付いて寝られたら、暑くて寝ていられない。それに寝返りも不可能だ。
自分は床で寝ると言ったから泊りも了承したのに…と美緒は自分を後ろから抱きかかえるように眠っている男に心の中で文句を言った。狭くないのだろうか…あっちの方が背も高いし、このベッドじゃ確実に足を伸ばして寝られないだろうに…

 それに…昨夜はしないと言っていたのに、結局流されて致してしまった。壁が薄いから絶対にしない、嫌だとあれほど言ったのに…と美緒は別の意味で怒りが再び湧き上がるのを感じた。一方で、それに流されてしまう自分にもモヤっとした。もう過ぎた事だし、一応は加減してくれたのだろうけど…

 はぁ…と大きめのため息をついた美緒は、丸九年以上を過ごした部屋を見渡した。ここで目覚めるのも今日が最後かと思うと、美緒は酷く感慨深く感じられた。高校を卒業してから大学進学を機に引っ越したが、あの頃は不安を抱えながらも未来への期待が大きかった。そして今、ここを出ようとしている。
 その理由は、自分が予想していたものではなかった。このアパートを出る時は、母の元に帰る時か、結婚する時か、通うのが難しい程離れた会社に転職する時か…そんな風に漠然と思い描いていた美緒だったが、現実はそれのどれとも違っていた。
 まさかイケメンの婚約者になったせいで脅迫されて、安全のために引っ越す事になるとは…全く人生には思いがけないことが起きる事もあるのだな…と不思議な感覚だった。イケメンとはいえ大嫌いだった男と付き合う事になる事自体、想定外だったが…ほんの一か月前までは鑑賞用だと思っていた相手なのだ。

 でも、引っ越すと決めたからには、腹をくくるしかないんだろうな、と美緒は思った。引っ越すという事は、婚約者と言う立場を受け入れる事だ。一緒に暮らしてしまえば多分、小林から逃げるのは不可能だろう。何がどう気に入ったのかは知らないが、この男が美緒に強く執着しているのは紛れもない事実なのだ。

 実は美緒は、ここではない違う部屋を借りる事も考えた。この部屋がバレているなら違う部屋を一先ず借りて、この騒動が終わってからそっちに移ろうか…と。でも、相手が取引先の娘など金のある相手だった場合、直ぐにばれる可能性があると巌に言われてしまった。そうでなくても、部屋にまで押しかけてきて脅迫してくる相手の執念を侮ってはいけないと言われてしまい、諦めたのだ。

 小林の事は嫌いじゃないし、むしろ好きだと思う。ただ、自分が納得出来ないままに事が進むのが嫌なだけだ。そして今回は、小林のせいではない。まぁ、きっかけはあの男なのだが、彼も引っ越しには否定的だったのだ。もう少し時間が経って美緒が納得出来たから一緒に住むという展開だったら、どれほど気が楽だろう…そう思うのだが、現実は待ってはくれなかった。


「ん…みお…?」

 何とはなしに自分の思考に沈んでいた美緒だったが、不意に声をかけられて我に返った。いつの間にか小林も目を覚ましていたらしい。

「…おはよう…」
「ん…おはよ…」

 まだ起きた直後なのか、小林はまだぼんやりしているように感じられた。掠れた声が色っぽくてぞくっとする。元より小林の声は耳に心地よい高さで、張りがあってよく通るのだが、掠れた声は別の魅力があった。

「ああ、そろそろ起きないとな…」




「さすがプロ…早かったな」
「うん…」

 引っ越し業者の仕事は見事だった。美緒の部屋の雑多な荷物は、一時間もしないうちに綺麗に荷造りされてトラックに運び込まれたし、捨てる家具なども別のトラックがさっさと運び出してしまい、目の前には何もないガランとした部屋が広がっていた。カーテンなども取り去ってしまった部屋は何だか他人行儀で、この部屋、こんなに広かったっけ…と美緒は不思議に感じた。物は少ない方だとは思うが、それにしたってそれなりの量はあった筈なのに…九年以上過ごした部屋を眺めながら、物悲しいような虚しいような、複雑な気分だった。ここに引っ越してきた当初は、こんな気分でここを出るなんて思っていなかっただろうに、と思う。

「後は大家さん待ちか」
「うん」
「じゃ、この荷物積んで、ついでに声かけてくる」
「え、あ、うん…」

 ここに泊るために持ってきた着替えなどが入ったバックを手にした小林は、先に車に荷物を置いてくると言って出て行った。引っ越し業者が出て行ったばかりだが、後は大家さんに部屋を確認して貰って、鍵を返せば終わりだ。掃除はクリーニング業者がやってくれるし、手続きも既に終わっていた。
 本当にあっと言う間に終わっちゃうんだな…と、美緒は引っ越しを決意した日から今日までの事を振り返った。決めてからたった一週間での引っ越しだったが、殆どは小林の家の弁護士がやってくれたため、美緒がする事は少なかった。今日の荷造りだって業者さんがやってくれたから、美緒は聞かれた事に答えるくらいしかする事がなかった。

 ガタン…カチリ…と玄関の方から音がした。

「小林?」

 もう戻ってきたのだろうか、早すぎやしないかと思った美緒は、小林の名を呼びながら視線を向けた。開けっ放しにしてあったドアは閉められ、フードを目深に被った人物が玄関に佇んでいた。薄暗いため顔や表情は見えないが、背格好からすると女性のようだ。さっきから引っ越しのために騒がしくしていたから、通りがかったアパートの住人かとかと思ったが、その人は美緒がその方向を向いても動かなかった。

(え…な、に…?)

 美緒の心臓がドキンと跳ねて、一気に寒気が身体を包んだ。盆休みと言う一年で最も暑い時期にフードを目深に被っているのも不自然だし、どうしてそこから動かないのだろう…ドアを開けっぱなしにしておいたのも失敗だった。これでは人の侵入を容易にしただけだし、さっきの音は施錠した時の音だろうか。よくよく考えてみれば、自分は今、狙われているのだ…美緒の緊張感と恐怖感が一気に最高値までせり上がった。

「あ、あの…何か?」

 不気味だし怖いとは思うが、二人の間の沈黙の重さに息苦しく感じた美緒は、恐る恐る話しかけた。小林は車に荷物を積んで大家さんを呼んでくると言ったのだから、直ぐに戻ってくる筈だ。でも、施錠されていたら…?開けっ放しの窓から蝉の狂ったような鳴き声が周辺を満たすのに、自分の心臓の音がやけに煩かった。
 どれくらい、向かい合っていただろう…やけに長くも感じたし、たった数秒だったかもしれない。先に動いたのは向こうだったが、美緒も相手が動くとすぐに後退った。相手がこちらに向かってきたからだ。

「…っ!な、何?」

 相手の意図が分からず、美緒は戸惑いながらも相手から距離を取ろうと後退った。冷静な時ならば大声を出すなどこんな時の対処法がとれたのだろうが、今の美緒は急に襲われた恐怖に囚われ、それどころではなかった。息が苦しいし、こんなに暑いのに恐怖からか手足が冷え切った時のように思うように動かない…相手との距離を取っている間に、美緒は部屋の奥の壁に行き当たってしまった。

「な、なに…」

 一定の距離を取ったと思った刹那、相手が一気に美緒に向かって突進してきた。反射的に美緒は思い通りに動かない足を必死に動かして左に逸れたが、相手はそのまま壁に激突した。その様を見て、美緒は恐怖に背筋を凍らせた…壁には…包丁よりも少し小さめの、果物ナイフのような物の刃がのめり込んでいたからだ。
 よほど深く刺さったのだろう、相手は刃を抜こうと苦戦しているようにも見えたため、美緒はその隙に足を動かして玄関に向かおうとしたが、相手の手が伸びて美緒を掴んだ。今日は作業があるからと少し大きめのTシャツを着ていたのが失敗だった。シャツを掴まれた美緒は、反動で転んで膝をつくと、そこにナイフの刃を外した相手が襲い掛かってきた。咄嗟に腕を振り回すと、腕がナイフの刃と柄の部分にぶつかったらしく、相手が怯んだ。腕に熱を感じながらも、その隙に美緒は走り出した。

「美緒?どうした、鍵なんかかけて…」

 玄関に向かっていた美緒の前に、聞き慣れた声の持ち主が現れた。それはほんの少し前に部屋を出て行った男で、美緒が待ち望んでいた相手だった。小林は室内の様子に驚きの表情を浮かべたが、美緒の姿を認めると表情が一変した。

「美緒!」

 何がどうなっているのかもわからないまま、美緒は混乱しながらも望んでいた相手の腕の中に飛び込んだ。ぶつかった瞬間にギュッと強く抱き込まれたかと思うと身体の向きを変えられて、そこに次の衝撃が走った。フードの人物が二人に体当たりしてきたのだ。ただ、その人物は手に刃物を持っていたはずで…

「小林!」

 美緒の悲鳴が響き渡った。

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