上 下
34 / 67

幻想

しおりを挟む

34章

外を救った黒山たち。その2人の前に現れた次の試練へのドア。
ドアの向こうは最初の場所だった。この試練の。
四方の壁を砂嵐が覆い、何もない空間。目がチカチカする。
でも違う箇所が1つ。
人が立っている。
長い黒髪。きっちりと着こなした制服。どこから見ても美人だと思わせる容姿。
黒山がよく知る人物。
奏臣真子だ。
奏臣は黒山を見て話しかける。
「お疲れさまだ黒山、櫻木。イレギュラーがあったみたいだがそれもクリアしたようだな。さすが私の見込んだ異人だ」
初めて会長に褒められた黒山は「いやぁ」と照れる。
しかし。と奏臣はさえぎった。
「まだ試練は終わっていない。最後の試練は私とのゲームだ」
「え?」と黒山は変な声を出す。
すると
ザザザ…と砂嵐が鮮明な画像に変わっていく。
そして試練が始まった時と同じように強い光が放たれる。
黒山と櫻木はとっさに目を覆う。
それから数秒経った頃に2人は外を見る。
そこは学校だった。
黒山たちが普段通っている高校。そしてその高校のいつもの生徒会室。
奏臣はいつも通り会長席に座っている。
「ここはいわゆる仮想世界だ」
そして奏臣は説明を始める。
「ここにはいつも通り生徒たちが登校している。もちろん仮想だがな。しかし1つだけ違うところがある。それは生徒たちの中に1人だけ本物の異人が混じっていることだ。そしてお前たちの勝利条件はその異人を探し出してこの学校から連れ出すこと。それだけだ」
黒山はその人の顔写真とかは無いんですかと聞いたがそれは「ない」とだけ返されてしまった。
「私もそいつの顔はわからないからな。そして私の勝利条件だが」
そこで一回区切って息を溜めてから奏臣は話す。
「いやそれはあとで話すとしよう」と。
「それってずるくないですか」と黒山が聞いても反応がなかった。「無視かよ」と頭で思う。
すると1つの端末が奏臣から投げ渡された。
それをキャッチして開くとそこにはヒントと思われる一文がただ表示されている。
なんですかこれ。と黒山が聞く前に奏臣が話す。
「それで見つけ出せ。あとは自分で考えろ」
そう言い残すとお得意の瞬間移動で奏臣は消えてしまった。
生徒会室には2人が残される。
一瞬沈黙した後
「人探しか。俺は無理だな」と黒山は端末を櫻木に手渡そうとする。
しかし櫻木も首を横に振って、「私も無理だよ」と端末を押し戻す。
2人して「うーん」と頭をひねる。
すると
「私も一緒に考えますよ」とフランマが言った。
フランマが手伝ったとして見つけられるかどうかはわからないのだが。
結局フランマも考えたが全くわからずお手上げ状態となった。
「一旦生徒会室から出るか。ざっくりとした状況が知りたい」
そう提案し、2人で生徒会室から出る。
外は普段と全く変わらない校内風景だった。
いつも思うがこのドアってここまで大きくする必要があるのだろうか。と黒山は思う。
階段で生徒たちが生活しているエリアまで降りる。
コッコッと靴で床を踏みしめる音が響く。
階段を降り切ると休み時間なのか生徒たちが騒がしく話をしていたり、教室移動をしている姿が見えてきた。
「この中から1人の異人を探し出すのか。辛いな」
黒山は独り言のように言った。
「確かに。謎解きを解かなくちゃ絶対に遅くなっちゃうね」
それに櫻木が返答する。
これはやるしかないか。と黒山は考え、端末を取り出す。
「異人の能力は内容を消し去ること」
ヒントはこれだけ。
ここから連想させるにも無理があるだろ。と黒山は会長を恨む。
「異人の能力って何かその境遇によって変わったりするのかな?」と櫻木が黒山に聞く。
それに黒山は
「ちょっと前に会長から聞いたけどそうかもしれないらしい。幽美の能力も牙忍の能力も個人の性格と素質に関係あるらしくて、まだわからないけど俺たちもそういうのがあるかもしれないって話だ。まだ異人のことが詳しくわからないから確定ではないけどってさ」
と答える。
「ふーん」と苦手な難しい内容に飽きたのかつまんなそうな返事をする。
「自分で聞いといて…」と黒山は思った。
そこでフランマが
「だったらこの異人は運動系じゃないってことがわかりますね」
と予想を立てた。
「え?どうしてだフランマ」
黒山はフランマに聞く。
フランマはため息のようなものを一回ついてから答える。
「内容を消し去るってことは運動が得意な異人たちが目覚める能力ではないということ。ただそれだけですよ」
確かに。内容を消し去る能力っていうのが具体的にどういう能力かはわからないが、そんな解釈で間違ってなさそうだな。と黒山は思う。
「さてじゃああんまり活発じゃなさそうなところ気合い入れて探しますぁ」と黒山は一歩を踏み出す。
だがここで1つの致命的な欠陥を発見してしまう。
そこまでこの学校の人たち全員とは親しくないということだ。
少しだけその人物について分かったのに本人を探す方法が思いつかない。
もっと人と関わっておくべきだったと後悔する黒山。
落胆した様子の黒山を見て櫻木は「大丈夫?」と声をかける。
櫻木にその話を説明すると櫻木は
「なら私に任せて!」と声を張り上げて言った。
珍しく自分の出番だと張り切っている様子だ。
「お、おぉ?」と黒山は訳が分からなかったが珍しくキラキラしている様子の櫻木を見たのと、ほかに方法がないということで任せることにした。
櫻木がなにやら準備のためにどこかへ行くとのことなのでこっちはこっちで探そうと思い話したことがある人たちへ黒山は聞きに行った。
ただストレートに聞くのはなんかまずいので「最近様子が変わったインドア系の人知らないか?」と濁して聞いた。
様子が変わったというのは最近異人に覚醒したということを考慮しての話だ。
しかし芳しい情報は得られなかった。
唯一情報を聞けたのは図書委員の追人だが
追人曰く「同じ図書委員の2年生で猫埼さんという人が居まして、その人が最近落ち込んでいる様子だったんですよね」と言い、最初は「当たりか?」となったが
続けて
「でもそれは家で飼っている猫が最近具合悪いとか」と、原因がわかってしまっていて結局間違いだった。

「はぁぁぁぁぁ見つからねぇぇぇ」
黒山は南校舎3階と2階の踊り場で座って休んでいた。踊り場の中央壁には大きい鏡があり、閉塞感はない。
校内中を早歩きで何周もした。もちろん疲れたし、精神的にもきつい。
「愛花も戻ってこないし、どうすればいいんだー」
と黒山は両手を上にあげながらつぶやく。
するとフランマが
「見つからないのはまぁ仕方ないのですが櫻木さんに関して言えば相棒が悪いんじゃないですか?」と言った。
「どうしてだ?」と頭の中で黒山は聞く。
フランマは「だってあなたが動き回るせいで櫻木さんが相棒を見つけられないんじゃないですか?」と言った。
しかし黒山はそれにこう返す。
「いや、あいつだったら俺の居場所わかりそうだしそれはない」と断言した。
「そんな犬じゃないんですから」とフランマはあきれたように言った。
すると
ドドドドドドドドドド、と階段下からものすごい勢いで走ってくる足音が聞こえた。
「まさか」フランマは驚愕していたがそのまさか。
「わかったよー!誰がその異人かー!」
そこには櫻木が1つのファイルを手に持って走ってきている姿が。
そして階段を前段飛ばししようと思いきりジャンプをする。
だが思ったより高く飛べず階段の角に足をぶつけそのまま階段下まで落下していった。
「ぎゃー!」と叫んで落ちていく櫻木を見て黒山は階段上まで歩く。
ドーンという音が鳴って櫻木は落下した。
黒山は落下した櫻木を階段上から見下ろしながら声をかける。
「大丈夫かー?慌てるからそうなるん…って待て!」
と言うと黒山は顔を赤面させて目を手で覆う。
「?」と櫻木は倒れた姿勢のまま黒山を見る。
黒山は指で櫻木の頭より下のほうを指す。正確に言えばスカートの辺り。
櫻木が見るとさっき落ちた衝撃でスカートがめくれ上がり、中のかわいい桜色のパンツが黒山から見て丸見えになっていた。
慌ててスカートを直す櫻木。
だが顔が赤くなったりはしていなかった。
本人は「信二くんだしいっか」と思っていた。
そしてゆっくりと立ち上がり、今度はゆっくりと階段を上がっていく。
階段を上がりながら櫻木は
「おかしいなんでかなぁ。身体強化でそのまま行けると思ったんだけどー」と黒山に向かって言う。
黒山はそれを聞くと、不思議そうに
「発動にラグがあったんじゃないのか?てかよく普通に話せるな」と言う。
自分の手を拳状にして「ほらちょっと待てば」と能力を実演しようとする。
しかし能力は発動しない。
なんで…?と思っているとさっきの自分の発言にも違和感があることに気づいた。
『もちろん疲れたし、精神的にきつい』
精神的なものはともかく物理的な疲れは櫻木の能力によって治されるはず。
何かがおかしい。
「ということではいこれ。これが詳しい情報なんだけど信二くんは結論から聞きたい感じでしょ?」
櫻木は黒山より一段下の地点に辿り着くとファイルを手渡して言う。
黒山はそのファイルを受け取った。
「じゃあ最後のページを開いて」
言われるがままゆっくりと最後のページを開く。
そして情報を上からなぞる。
異人であると思われる生徒、運動系以外である生徒。そこから先は黒山達がまだ到達していない。
奏臣が目をつけていた生徒、黒山達と接点がある生徒、いじめを受けた経験がある生徒、心に深刻なダメージ。
そして
組織のスパイと思われる生徒。
図書委員。男。
ロスト=失う=消える。
名を
「…追人」
さっきまで話していた知り合いの名前だった。
黒山は追人とそこまで親しい仲ではないが少し話して気が合いそうだなと思っていた。
だがそれは偽りの顔。

昔から名前についてのいじめを受けていたことがある。
まぁそれ自体は軽いものだが。
ロストなんて不吉な言葉が名前に組み込まれている。親の神経を疑う。実際僕は親のことが嫌いだ。
学校へ行くのは辛かった。でもそれ以上に行きたくなることがあった。
それは本だ。
本の中なら僕はヒーローになれる。
正義の味方。神出鬼没の怪盗。裏切りの敵。怪物。
なんにでもなれる。
でもそれは幻想だった。
現実は残酷だった。本なんて気休めにもならないほどに。
高校に入って少し経った頃、母親が僕に手を上げた。
どれだけ罵声を浴びせても手だけは上げなかった。でも一線を越えてしまった。
そこからはもう我慢できなかった。
僕の中で何かがプツリと切れた。例えて言うのならば「心の柱」だろうか。
静かに僕の異人が目覚めた。
本なんてもういらない。友達もいらない。何もいらない。
そして僕は自分の世界を作ってそこに閉じこもった。そこで朽ちそこで誰にも愛されず死ぬために。
でもあの黒山とかいうやつはNPCのはずなのに何故か話しかけてきた。この世界は僕だけの世界のはずなのに。どんなことをしたのかがわからないがあの生徒会長の差し金かもしれない。
…僕を…助けるために…?
でももう遅いよ。
すべて失ってしまったんだ。
邪魔はさせない。下準備のために能力を消しておこう。暴れてももう遅い。
この世界は僕の世界なんだから。
…僕の自由にさせてくれよ!
しおりを挟む

処理中です...