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天川

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54章

天上の空間。
玉座に座って紅茶を飲み神天使はひとときを過ごす。
「ふふふ、あの子の力が弱くなってる。ま、万全の状態でも私に勝つことなんて不可能だけどね」
神天使は空間を割ってこの世の様子を確認する。
神天使の奇跡の力はこの世に落としていたとしても元の量が無限の量あるため力の低下には繋がらない。
消耗戦でも負けることは絶対にない。
彼女の様子を見てそばに仕えている仮面の天使が神天使に聞く。
「私は次は何をすればいいのでしょうか」
その問いに神天使は別の方向で答える。
「次は別の子にやらせようかな。1人の人材にばっかり働かせるのは私のポリシーに反するからね」
そう言うと神天使は玉座から立ち、床に手を置く。
すると神天使の足元に魔法陣が現れる。
その魔法陣からは実態のない魂が1つ。
そして元の体と同じ体が1つ。
「久しぶりだね。アマ。一回死んじゃったみたいだけど油断でもしてた?」
魂はその体に憑依し、動かせる体を得る。
そしてアマと呼ばれた天使は自分の新しい体の動き方を確認するとポケットから何故かあるタバコとライターを出し、その場で吸い始める。
「おっと、ここは禁煙だよ」
と神天使が言っても聞く耳を持たない。
アマは煙をふかし、言う。
「俺を蘇らせるなんてどういう風の吹き回しだ?神天使さんよ」
神天使の能力、魂を操る能力。
それを使えば死人を蘇らせることすらたやすい。
魂が残っていればの話だが。
「いや、手伝ってほしいんだよ。君もやられっぱじゃ気が晴れないでしょ?」
そう言って、組織もといディストの幹部たちの写った空間を彼に見せる。
彼はディストの者に殺された。
それの復讐を神天使は持ちかける。
「わざわざそのために。ねぇ。お前も暇人なんだな」
さらっと上司をディスる天使。
彼の最期は敵を諭そうとするも、それが逆に働き、力の見せしめとして殺されてしまった。
気分は晴れない。
彼にとってその提案は利のあるもの。
「蘇らせてもらえたし、従うしかないよな」
と言い、そのままこの世へ降りていく。
狙いは創神とディスト幹部。
旅館のオーナー天川もといアマは命を実行するため情を捨てた。

一度生徒会とディストは解散した。
話し合いは終わったためとりあえず各グループで考えることにしようということだ。
ちなみに話し合いに巻き込まれた宮浜はディスト側として連れてかれていった。
文化祭から一週間経過した生徒会は混乱を残しながらも日常を過ごしている。
時刻は夜。
櫻木は自室で椅子に座りながら黒山の写真を眺めていた。
自分で撮りためたコレクション。出会ってからベストショットを逃した写真はない。
たまに他の人に頼んで2ショットを取ってもらったこともある。
一枚一枚めくっていくとある写真が目につく。
告白に成功した直後の写真だ。
2人で自撮りを決めてニコニコと笑っている。
この瞬間が人生で一番うれしかった。
自分が唯一好きになれた人に告白し、それが成功したのだから。
もしそれが天使時代の名残での成功だとしても関係ない。
嬉しかったのには変わりはないから。
「そういえばまだ信二くんについてわからないことだらけだなぁ」
元天使だということは知っているが、人間に生まれ変わったその後の話を全く聞いたことがない。
彼は一体どんな感じだったのだろうか。
知りたくてたまらない。
でも知る術はない。
「あ、会長なら知ってるかも」
そう考えた櫻木はすぐに机の上に置いてある携帯を手に取る。
機種変しなきゃなということも考えて。
今までは必要最低限でいいと思っていたけどそれ以上でも良いのかもしれない。
今度お父さんに聞いてみよう。
そして電話帳から会長の電話番号を探し、その番号にかける。
コール音5回程度で奏臣は出た。
「…もしもしどうした?敵襲か?」
とタイピング音とともに話し始めた。
それに櫻木は笑いながら「違いますよ~」と言う。
「昔の信二くんってどんな感じだったんですか?気になっちゃって」
と本題を早速聞いた。
それを聞くと奏臣は無言になって
「…それを聞きたいのか?」と重い口調で言った。
櫻木は結構重い話になるのかなと思ったが好奇心には勝てず、
「はい」と答えた。
奏臣はため息をつくと
「…わかった。教えよう」と言った。
やったぁと櫻木が思っていると電話の向こうからもう1つの声が聞こえてきた。
しかしそれは聞き馴染みのある咲川の声だ。
「黒山くんの過去ですかぁ。私も知らないですね。ついでに教えてもらいますです」
と無邪気な声で言った。
そういえばこの2人は同居しているのだった。
櫻木がそんなことを思い出していると
「…じゃ話すぞ」と奏臣が黒山の過去を話し始める。

あいつは普通の家の生まれだ。
櫻木みたいにお金持ちじゃない。どっちかというと貧乏の類だ。
安いボロアパートで2つ上の兄1人と父母の4人で暮らしていた。
貧乏で苦労はあったが家族はみな優しく平和に過ごしていた。
そんな黒山の全てが変わったのは黒山が小学校1年生の頃。
黒山の家に連続殺人犯が入ってきたんだ。
そいつは狂人でただ人を殺したい。それだけのために人を殺し続け、ついには黒山の家にやってきたんだ。
殺人犯は夕食時に乱入し、まず家族を守るために抵抗してきた父親の首をナイフで刺す。
そのナイフさばきは一流で父親の命は家族を守ることも出来ず一瞬にして儚く散った。
次に父親が抵抗している隙に警察に電話をしていた母親の髪の毛を引っ張って投げる。
母親の体はタンスに打ち付けられた。
そして不運なことに打ち付けられたタンスは大きなものがぶつかった衝撃で母親を下敷きにして倒れてしまった。
タンスは重く母親の体は潰され絶命した。
残されたのは兄弟のみ。
すると兄が黒山に「逃げろ」と言い、殺人鬼に向かって箸という武器にもならない物を持って突撃していった。
それは弟を守るために。
殺人鬼は空いている方の手とそれと同じ方の足で突撃してきた兄の腕をへし折り、兄の頭にナイフを突き刺した。
通常ナイフで骨を断つのは難しいことだがまだ兄が成長途中の体であることもあり力を込めればそのまま貫通してしまう。
兄も絶命する。
兄に逃げろと言われたが恐怖で足がすくみ逃げられなかった黒山はその場にへたり込む。
もちろん殺人鬼は黒山を見逃すつもりはなく、黒山のもとまで歩いてくる。
そこで黒山は気絶した。
黒山の体は力なく倒れて動かなくなる。
殺人鬼は黒山の脈があることを確認するとナイフを黒山の首に向けて狂気の笑い声を上げる。
その瞬間。
殺人鬼の体が燃え上がり数秒経たずに黒焦げになり絶命した。
その炎は黒山が生みだした。
黒山はゆっくりと立ち上がり炎をさらに生みだした。
アパートに火が燃え移って勢いよく燃焼する。
気絶した瞬間に意識がまだ確立されていないフランマが覚醒し、本能のままに黒山を動かしたのだろう。と私は思っている。
近所の人間が通報して消防車が来たが火が鎮火することはなかった。奇跡の力の火はただの水では鎮火できるはずがない。
その後、フランマの力が切れるまで黒山は炎を生みだし続けた。
力が切れる頃にはアパートは全焼し、そのアパートに住んでいた数名とその住んでいた痕跡、そして黒山の家族の遺体と殺人鬼の遺体。
全てが燃え尽きた。
火が自然鎮火すると周りに居た人間が不思議に思った。
そして焼け跡を探索する。
そこにが1人の少年が無傷に状態で倒れていた。
黒山だ。
現場の状況からして無傷で生還するのは不可能だと考えた警察はこの黒山を容疑者として保護する。
黒山は目覚めても能力のことは覚えておらずただただ自分の家族が殺された話だけをし続けた。
最終的にこの事件は自然発火として処理され、身寄りがない黒山は養子としてある家庭に保護された。
しかし黒山の記憶はトラウマによって歪められ、元の家族のことは全て忘れ養子としての親を自分の本当の親だと思うようになっていた。
そして異人としての自覚を持ち、親に迷惑をかけまいと遠くの高校へ入学し、一人暮らしを始める。
そこからは何もなく私が生徒会にスカウトし、非日常を過ごしていた。

「…こんな感じか」
奏臣は話し終わるとそう言って言葉を切った。
これが黒山の過去話。
黒山が話さなかったのは、記憶はなくて話せなかっただけなのか。と櫻木は思った。
そして
「でもなんで私が信二くんを見たときに私より辛い体験をしてるってわかったのかな。信二くんは自分の過去も知らないはずなのに」
と奏臣に聞く。
本人が知らない記憶は事象として残るだけ、それに本人が負のオーラのようなものを発することはないはず。
それに対し奏臣は
「…それは天使としての繋がりだろう」と答えた。
「天使としての繋がりですか…?」
正直意味はよくわからない。
それを察し、軽く説明を始める。
「…記憶からその事件は消えているが深層心理には絶対に残っている。おそらくそれを読み込んだんじゃないか」
そこまで説明されてなんとなくわかった。
すると咲川が
「じゃあその深層心理を強制的に思い出させる事ができれば記憶喪失を治すことが出来るんですね?」
と唐突に奏臣に聞いた。
「…まぁそうだが。難しいぞ?」
しかし咲川は「私にかかれば楽勝です!早速実験してきます!」と言ってドタドタと床を走る音が聞こえてくる。
「そういえばどうしてそんな信二くんのことを知ってるんですか?」
と2人しか居なくなった電話で櫻木は聞く。
もしかしたらストーカー?かと思いながら。
返ってきた答えは斜め上以上の答えだった。
「…それは私の分身が養子として黒山を引き取ったからだ」
櫻木は思考停止する。
「え?ごめん一回言って?」
櫻木が聞き違いかと思ってもう一度話してくれるよう言う。
しかし答えは変わらず。
「…私の分身が養子として黒山を引き取ったからだ」
だった。
全く訳がわからない。
この2人の関係性は一体何なのだろうか。
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