妖怪のお客さん

埴谷台 透

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08話 これ以上重いのは勘弁ね?

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 「ただいま~」
 ただいまなんていうのは何年ぶりだろう。猫又のおかげで少しまともになってきたような?
 しかし人混みに出るのがこんなに辛いとは。家に近づけば近づくほど身体が重くなってくる。
 「めかしこんで出ていったから帰って来ないかと思った。男の家に行ったのかと」
 何を言っているのだ、この猫又は。引きこもりに彼氏などいるか。それ以前に友達もいない。お前以外に話ができるのは担当さんだけだ。……彼氏がいたのはいつだっけ。なんか悲しくなってきた。
 「仕事だよ。座敷童子に貰った連載の打ち合わせ」
 「ところでお前重くないのか?」
 「家に近付くにつれてどんどん重くなってるんだけど、久しぶりに外に出たからかなあ」
 「何を言っているのだ。お前の背中にくっついて居るぞ。わざわざ連れてきたのではないのか」
 私に理解できる様に言ってくれ。
 「おぎゃあ」
 赤ちゃんの泣き声が聞こえた。けどなんかジジ臭い。
 「おぎゃあ」
 ずんと身体が重くなったんだけど、まさか。
 「おい、爺。ここまで連れてきてもらったんだから、いい加減降りてやったらどうだ」
 猫又? 誰と話している?
 「危うく霊気が消えて消滅する所じゃった。この娘から霊気が漂って来たので取り憑いたのじゃが、妖怪の通り道まで連れてきてくれるとは。感謝感謝」
 むお! いきなり凄く重くなった。立っていられない。
 「重い重い助けて」
 「爺、普通に降りろ。こいつはこれでもここの主だぞ」
 「いやいやすまぬ。ちょっと面倒臭くてな」
 「ぐう」
 その重いのが頭を踏んづけやがった。潰れる、潰れる、助けて。あ、軽くなった。目の前に赤ちゃんのお尻が見える。本当に頭が潰れたのか。それなりに大事な頭が。
 「どうもどうも、済まなかったの」
 どうでもいいからペシペシ頭をはたかないで。
 「もしやあなたは」
 「おお、自己紹介が遅れたの。子泣き爺じゃ」
 ええと、アニメに出てくるあの有名な?
 「あの、聞きたい事があるのですが」
 「なんじゃ」
 「いつから私の背中に?」
 「神田から」
 ……出版社を出てすぐではないか。
 「ここまで来るより神田明神に行けば良かったのでは?」
 「そんなことしたら途中で霊気が尽きてしまうではないか。目の前に助け舟が来たら乗るのが当たり前じゃろ」
 私はタクシーか。
 あ、猫又の方へ行く。床がミシミシいってる。
 「ちょ、ちょっと! 重たいまま動かないで! 床が抜けちゃう!」
 「ありゃ」
 ありゃ、じゃない。
 「まさかここに居着く気じゃないでしょうね」
 「んー。そうすれば楽なんじゃが、儂は人に拾い上げて重くなるという仕事をせねばならん。もしよければ抱っこしてくれ。わざわざ歩かんですむ」
 仕事?
 「腕がもげるからやめてください。私にも仕事が」
 「ちぇ」
 なんかムカつくのですが。
 「猫又、どうでもいいから帰って貰って。このままじゃあんたの縄張りも潰れてしまうよ」
 「それは困るな。しかしそんなでよく弁当が買えたな」
 呑気に言うな。
 「ご飯を食べなくては死んでしまう」
 「その前にぺしゃんこになると思うが」
 子泣き爺、とっとと出ていってくれ。いや、出ていって下さい。お願いします。
 「猫又の。もう少し霊気に当たりたいのじゃが」
 「不憫に思えてきた。一旦帰ってやれ」
 猫又、たまにはいい事を言う。というか二度と来るなと言ってくれ。
 「仕方がないの。では仕事に戻るとするか」
 だから何故トイレから帰ろうとする。
 「霊気が足りなくなったらまた来るからの。その時の為に茶菓子を用意しておいてな」
 来るな。お前に食わせるものなど無い。あ、消えた。
 「一日中部屋から出ないからこういう目に合うのだ。霊気が染み付いているぞ」
 「でも出かけたくない」
 「なら今度は砂かけ婆に取り憑かれるかもな」
 「勘弁願います」
 掃除が大変です。
 「仕事が増えたんだろ。度々出かけるこった。そんで彼氏でも作れ。そうすればここを通る奴らと関わらんで済むぞ」
 大きなお世話です。あと通行止めにしてください。
 「おなか空いた。お弁当食べよう」
 せっかく買った弁当がぺしゃんこになってた。悲しい。
 この虚しさは何なのだ。
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