妖怪のお客さん

埴谷台 透

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09話 洗濯しても大丈夫?

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 「ごうんごうん」と洗濯機が音をたてて動いている。
 何が面白いのか、猫又は洗濯機を見ている。
 私は仕事だ。連載を落とす訳にはいかない。
 猫又は戻ってきて本棚をあさり始めると、1冊の雑誌を咥えてこちらへやってきた。私が連載している女性向けの雑誌だ。私のエッセイでも読みたいのか。
 「おい、お前にいくつか言いたい事がある」
 猫又は器用に雑誌をめくり始めた。
 「俺が思うに、お前の下着は地味すぎる。中学生か」
 何を言い出す。こいつは私の着替えを観察していたのか。それに何故中学生の下着を知っている。
 「大きなお世話です」
 「これこれ、いい年なのだがらこういうのを身につけんのか」
 猫又が開いたページには紫で半分レースの物や黄色くて殆どむき出しの下着の広告が載っている。
 「見せる相手もいないのにそんなの身につける必要などない」
 「そうか。悲しい奴だ。では次にお前の格好だ。何故ぶかぶかのTシャツ1枚しか着ておらんのだ。こもりっきりとはいえ、だらしなさ過ぎるぞ。せめてズボンくらいはけ」
 何をどう着ようと私の勝手だ。
 「いいじゃん。誰も来ないし」
 「突然誰かが来たらどうする。それにお前は通販を利用しているではないか。宅配が来るだろ」
 うるさいな。お前はおかんか。
 「それがあるからいいの」
 ゴムでずり落ちないようになっている青い短パンを指差してやる。
 「お前……ちなみにシャツの首元からブラジャーの紐が見えているぞ」
 いちいち指摘をするな。この化け猫め。
 「私は気にしない。もう黙れ猫又」
 そこで洗濯機が止まった。
 「さてと、これを干すのは面倒くさいなあ」
 また独り言をしてしまった。もう諦めた。
 「そんなに面倒くさいなら乾燥機というものがあるだろ。それを買え」
 そんなお金はありません。
 洗濯機の蓋を開けるとため息が出た。お金が欲しい。
 「ところでだな」
 まだ何が言いたいのか、このおかん。
 「そんなものを洗うとはいい度胸だな」
 そんなもの? 別に洗濯かごの中身を入れただけだぞ。
 「ん? なんだこれ」
 知らない布切れを掴んでしまった。そのままズルズルと引っ張って見る。
 と、いきなりその布が私の顔に巻き付いた。
 「ふご」
 転んだ、転んだぞ。後頭部がいた……く、苦しい、息が出来ない! タップタップタップ! 私の負けでです、早く離れて!
 「おい、こいつは一応家主だぞ。何もそこまでやらんでも」
 猫又、いい事を言う。早く助けて。
 「ふぐぐぐぐ」
 「元はといえば、お前が洗濯かごで寝ていたせいだろ。それに何故妖力で抜けださない」
 頑張れ、猫又、なんとかして。
 「ふごふごふご」
 ここで死ぬのか。3年縛りのつけは誰が……あ、ほどけた。ふう。深呼吸。
 「いや、いきなり目を回してな。力を使う余裕がなかったのだ」
 妖怪も目を回すのか。なんかその布がひらひら浮いた。もしかしてこいつは一反木綿?
 「まだ仕置きがたりぬ。不愉快だ。これでもくらえ」
 い、一反木綿の尻尾が袖から服の中に入ってくる!
 尻尾? これはしっ……
 「う、うひやひやひやひや、やめてくすぐらなふほ、うははははん」
 死ぬ、笑い死ぬ、ややめて許して……
 「むひょひょひょひょ」
 「おい、そろそろ許してやれ」
 「仕方がないな」
 「ハアハア」
 本当に死ぬかと思った。そういいえば一反木綿は見た目に反してかなり凶暴だと読んだ気が……
 そいつは空中で円を描くように飛んでいる。
 猫又の方へ逃げなければ。しかし腰が立たない。またくすぐられたら私の人生が終わってしまう。
 「まあいい。変な所で寝ていた儂にも半分否がある」
 は、半分だと。
 「それじゃあ一旦帰る。今度は布団で寝ることにする。またな」
 やめろ。二度と来るな。あ、クローゼットの隙間から中に入っていった。
 
 「今度は洗濯する前に確認しろよ」
 はい。笑い死にしたくありません。
 あと窒息も勘弁。まだ人生の半分も生きていないのです。
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