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4、春の踊り子は縁繋ぎ
13、ネネツィカと冬うさぎ
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ネネツィカ・ラーフルトンは今日で11歳になる伯爵家のお嬢様。つまり、これはファーリズ王国が乙女ゲーム開始予定を来年に控えた年のお話である。
誕生日を祝うパーティには、婚約したての第二王子エリックからの贈り物と王城への招待状と手紙も届いて、親族一同大喜びであった。
この日のためにしつらえた可憐なドレスに身を包んだネネツィカは、まだ数回しか会ったことのないエリック王子の顔を思い出しながら「多忙でどうしてもパーティに出席できない」という手紙の言い訳をニコニコと眺めた。
――多忙もそうでしょうし、警備の問題もあるのでしょうね。
北の領地は王都から少し離れていて、魔術師や呪術師を使わないと移動に時間がかかってしまう。王子様ともなれば魔術師や呪術師の手配くらい事欠かないだろうけど、公式のパーティ出席なら護衛を何人もつけたりと、色々大変なのだろうから。
――ラーフルトンの家門にとっては王子殿下との婚約は喜ばしいのですけれど。
ネネツィカは軽くため息をついた。
ラーフルトンは元々、勇者の相棒の血族。今となってはかなり薄くて混ざってると言えないほどだが妖精の血が混ざっていて、魔法の才能を持つ者も多く生まれ、由緒あり一目置かれる血統である。
政治関係には全く影響力がなく、有力な貴族の派閥などにも与していない。ラーフルトン伯爵は代々竜の国の中でも唯一の妖精居住地である特殊領地に引き篭もり、可もなく不可もなし、存在感もない。一目置かれる特殊性を持ちつつ、大人しくて無害。そんな一族がラーフルトンだ。
そんなラーフルトンが王家と結びつきを持つのは、少なくてもラーフルトン側にはメリットの大きな事のように思われた。
恋愛感情は、まだない。
貴族の婚姻には、珍しくもなんともないことだ。
恋愛して結婚なんて、望むほうが珍しいのかもしれない――、
(けれど、恋愛するのには憧れちゃいますわね)
パーティを終えた夜、ネネツィカはふわふわとベッドで夢を見た。
ふわふわと白い雪が降る夢だった。
夢の中には、小さくて可愛い、毛のほこほこもした白うさぎがいた。
「まあ、可愛らしい」
ネネツィカはじっと白うさぎを見た。ふるふると小刻みにうさぎの全身が震えている。
「寒いの?」
心配したネネツィカは、怖がらせないようにそぉっとしゃがみ込み、手を伸ばした。
ほこほこした真っ白で繊細な毛が、さらぁっと指先に心地よさを伝える。
柔らかい。もふもふだ。
「も、もふもふですの……」
思わず一瞬、恍惚の表情で毛並みを堪能してしまうネネツィカ。しかし、うさぎがプルプルと震えている事を思い出し。
「あ、アタクシ失礼しましたわ! えぇと、」
――寒いのですわね。
火……は、見当たらない。毛布も、ない。ここは、真っ白だ。右も左も、上も下も何もない。ただ、ネネツィカとうさぎだけが見つめあっている。
「1番あったかいのは、そうですわね~、魔法で火を燃やしてみましょうか」
ネネツィカは魔法を使おうとした。けれど、魔法はなぜか使えなかった。
「んん……? ダメですの」
この時ネネツィカは不思議と、この奇妙な状況を恐れる気持ちはなかった。ただ、目の前で震えるこの子をあたたかくしてあげなきゃ、とそればかりを考えていた。
「とりあえず、これで我慢して下さるかしら?」
考えたネネツィカは寝巻きを下からぺらっとめくって、うさぎを抱き上げて中に招いた。
「人肌は温まるので、遭難したらくっついて温め合うというのを薄い本で読みましたの」
知識の出どころは怪しかったが、うさぎは震えながら大人しく身を寄せてネネツィカに小動物特有の柔らかさと頼りなさを感じさせた。うさぎの小さな体はとても冷えていて、氷の塊のよう。ネネツィカは可哀想になった。ぎゅーっと両腕で抱えて、腕にも胸にも腹にも凍えるような冷たさがジンジンと広がる。体温が奪われていく。
――寒い。
冷たい。
けれど、ネネツィカは決して冷たさを離そうとは思わなかった。
(だって、こんなに冷たいのですもの。こんなに震えているのですもの)
◇◇◇
翌朝、ネネツィカは盛大にベッドから落ちた姿勢で目が覚めた。あのうさぎは夢だったのかと思うと安心するような寂しいような、不思議な気持ちがした。
(あのうさぎさん、もう寒くないかしら)
触れた毛の繊細さや、痛ましく震える体温が生々しくて、なんだか夢にしては印象的すぎたのだ。
「ネネツィカ、聞いているの? 王城でそんな態度はできませんよ」
「ぅふはぁい、お母様」
「なんですその返事は。みっともない」
母の声に、ネネツィカは現実へと意識を戻した。これから、婚約者であるエリック第二王子殿下に会いにいくための買い物に出かけるのだ。ネネツィカはエリック王子と二度しか会った事がない。けれども、その二度がどうも印象深かったのか、エリック王子に見染められたという形で婚約が申し込まれた経緯がある。母は娘に過保護なほど愛情を向けているが、一方で世間体も気にする貴族の婦人でもある。
「い、いい? ネネツィカ。当日は殿下のご機嫌を損ねないようにね、失礼のないようにね? 礼儀正しく、恥ずかしくないように、人目を意識して……」
くどくどと馬車の中で思いつくままに話し続ける母。ネネツィカは母が好きだが、こんな時は少しうんざりしてしまうのだった。
王城に向かう馬車に揺られながら車窓の内側で揺れるレースのカーテンの隙間から景色を眺めると、遠景に牧歌的な土と緑の土地が見える。何人かの農夫がローブ姿の魔術師を囲んで何かをしているのがネネツィカは気になった。
「お母様、あの方たちは何をしているのかしら?」
同乗の母カリーナに尋ねると、母は「お外を見るのははしたなくってよ」と言いながらも、そろそろっと娘と顔を並べて、窓を覗いた。
「あら。なかなかイケメンな魔術師じゃなくて?」
「お母様、目が良いんですのね」
「でも、お父様には敵わないわ」
「お母様、ノロケですの……?」
母と娘の血のつながりを感じる瞬間であった。うふふ、とはにかんで母は扇を開き顔を隠した。少し照れているらしい。
「ところで、結局あれはなんでしたの?」
景色が流れて集団が見えなくなってから、ネネツィカは疑問を溢した。
「……」
母はしばらく考えてから、ツンと顎を上げた。
「ネネツィカ、私たちには関係ない事。気にしなくて良いのよ」
――わからないらしい。
(お母様、わからないと言いたくないんですのね)
母の性格を理解する娘は変に口答えせず、素直に頷いた。
誕生日を祝うパーティには、婚約したての第二王子エリックからの贈り物と王城への招待状と手紙も届いて、親族一同大喜びであった。
この日のためにしつらえた可憐なドレスに身を包んだネネツィカは、まだ数回しか会ったことのないエリック王子の顔を思い出しながら「多忙でどうしてもパーティに出席できない」という手紙の言い訳をニコニコと眺めた。
――多忙もそうでしょうし、警備の問題もあるのでしょうね。
北の領地は王都から少し離れていて、魔術師や呪術師を使わないと移動に時間がかかってしまう。王子様ともなれば魔術師や呪術師の手配くらい事欠かないだろうけど、公式のパーティ出席なら護衛を何人もつけたりと、色々大変なのだろうから。
――ラーフルトンの家門にとっては王子殿下との婚約は喜ばしいのですけれど。
ネネツィカは軽くため息をついた。
ラーフルトンは元々、勇者の相棒の血族。今となってはかなり薄くて混ざってると言えないほどだが妖精の血が混ざっていて、魔法の才能を持つ者も多く生まれ、由緒あり一目置かれる血統である。
政治関係には全く影響力がなく、有力な貴族の派閥などにも与していない。ラーフルトン伯爵は代々竜の国の中でも唯一の妖精居住地である特殊領地に引き篭もり、可もなく不可もなし、存在感もない。一目置かれる特殊性を持ちつつ、大人しくて無害。そんな一族がラーフルトンだ。
そんなラーフルトンが王家と結びつきを持つのは、少なくてもラーフルトン側にはメリットの大きな事のように思われた。
恋愛感情は、まだない。
貴族の婚姻には、珍しくもなんともないことだ。
恋愛して結婚なんて、望むほうが珍しいのかもしれない――、
(けれど、恋愛するのには憧れちゃいますわね)
パーティを終えた夜、ネネツィカはふわふわとベッドで夢を見た。
ふわふわと白い雪が降る夢だった。
夢の中には、小さくて可愛い、毛のほこほこもした白うさぎがいた。
「まあ、可愛らしい」
ネネツィカはじっと白うさぎを見た。ふるふると小刻みにうさぎの全身が震えている。
「寒いの?」
心配したネネツィカは、怖がらせないようにそぉっとしゃがみ込み、手を伸ばした。
ほこほこした真っ白で繊細な毛が、さらぁっと指先に心地よさを伝える。
柔らかい。もふもふだ。
「も、もふもふですの……」
思わず一瞬、恍惚の表情で毛並みを堪能してしまうネネツィカ。しかし、うさぎがプルプルと震えている事を思い出し。
「あ、アタクシ失礼しましたわ! えぇと、」
――寒いのですわね。
火……は、見当たらない。毛布も、ない。ここは、真っ白だ。右も左も、上も下も何もない。ただ、ネネツィカとうさぎだけが見つめあっている。
「1番あったかいのは、そうですわね~、魔法で火を燃やしてみましょうか」
ネネツィカは魔法を使おうとした。けれど、魔法はなぜか使えなかった。
「んん……? ダメですの」
この時ネネツィカは不思議と、この奇妙な状況を恐れる気持ちはなかった。ただ、目の前で震えるこの子をあたたかくしてあげなきゃ、とそればかりを考えていた。
「とりあえず、これで我慢して下さるかしら?」
考えたネネツィカは寝巻きを下からぺらっとめくって、うさぎを抱き上げて中に招いた。
「人肌は温まるので、遭難したらくっついて温め合うというのを薄い本で読みましたの」
知識の出どころは怪しかったが、うさぎは震えながら大人しく身を寄せてネネツィカに小動物特有の柔らかさと頼りなさを感じさせた。うさぎの小さな体はとても冷えていて、氷の塊のよう。ネネツィカは可哀想になった。ぎゅーっと両腕で抱えて、腕にも胸にも腹にも凍えるような冷たさがジンジンと広がる。体温が奪われていく。
――寒い。
冷たい。
けれど、ネネツィカは決して冷たさを離そうとは思わなかった。
(だって、こんなに冷たいのですもの。こんなに震えているのですもの)
◇◇◇
翌朝、ネネツィカは盛大にベッドから落ちた姿勢で目が覚めた。あのうさぎは夢だったのかと思うと安心するような寂しいような、不思議な気持ちがした。
(あのうさぎさん、もう寒くないかしら)
触れた毛の繊細さや、痛ましく震える体温が生々しくて、なんだか夢にしては印象的すぎたのだ。
「ネネツィカ、聞いているの? 王城でそんな態度はできませんよ」
「ぅふはぁい、お母様」
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母の声に、ネネツィカは現実へと意識を戻した。これから、婚約者であるエリック第二王子殿下に会いにいくための買い物に出かけるのだ。ネネツィカはエリック王子と二度しか会った事がない。けれども、その二度がどうも印象深かったのか、エリック王子に見染められたという形で婚約が申し込まれた経緯がある。母は娘に過保護なほど愛情を向けているが、一方で世間体も気にする貴族の婦人でもある。
「い、いい? ネネツィカ。当日は殿下のご機嫌を損ねないようにね、失礼のないようにね? 礼儀正しく、恥ずかしくないように、人目を意識して……」
くどくどと馬車の中で思いつくままに話し続ける母。ネネツィカは母が好きだが、こんな時は少しうんざりしてしまうのだった。
王城に向かう馬車に揺られながら車窓の内側で揺れるレースのカーテンの隙間から景色を眺めると、遠景に牧歌的な土と緑の土地が見える。何人かの農夫がローブ姿の魔術師を囲んで何かをしているのがネネツィカは気になった。
「お母様、あの方たちは何をしているのかしら?」
同乗の母カリーナに尋ねると、母は「お外を見るのははしたなくってよ」と言いながらも、そろそろっと娘と顔を並べて、窓を覗いた。
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「お母様、目が良いんですのね」
「でも、お父様には敵わないわ」
「お母様、ノロケですの……?」
母と娘の血のつながりを感じる瞬間であった。うふふ、とはにかんで母は扇を開き顔を隠した。少し照れているらしい。
「ところで、結局あれはなんでしたの?」
景色が流れて集団が見えなくなってから、ネネツィカは疑問を溢した。
「……」
母はしばらく考えてから、ツンと顎を上げた。
「ネネツィカ、私たちには関係ない事。気にしなくて良いのよ」
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