竜と王冠のサクリファイス~乙女ゲームの攻略キャラたちがお互いを攻略して王都炎上?

浅草ゆうひ

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12、騎士王と雨月の冠

214、レス・プブリカ、アヒルと狐

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 潮の香りがふわふわと漂っていた。
 この日、穴から降りた先は橋ではなかった。幻想馬車の車窓に見るような、広々とした不思議な自然風景の中だった。
 空は明るくなったり暗くなったり、不安定だ。星と月と太陽が気まぐれでデタラメな調子で出たり消えたりしている。彩を見るたび変えて虹の光粉を撒く蝶々が舞い、草木は言葉を聞き取れない不思議な歌をさやさや歌っていた。

 妖精の穴を通り、アイザール目指して妖精界入りした少女たちの前をティミオスが春花色の光佩く鉱石ランプを手に導いている。サンドイッチするように後尾を進むのは、好奇心に満ちた目をあちらこちらに配るダスティンだった。

「私はこれを見て、つくづく思いますね。かのクレストフォレス盟主がネスリン様のようなお方でなくて人の世界は救われたと」
 ダスティンが冗談めかしてネスリン亡き主の名をそう口にするので、ネネツィカは内心でかなり驚いた。
(こんな風にかの女帝についてお話ししているのは、初めてだわ)
「ダスティン、その……その方は、どんな方でしたの? わたくし、恥ずかしながらあまり存じ上げないの」
 そおっと話を向けると、青年はふわふわとした声を返した。
「面倒な方でしたよ」
「へっ」
「とてもめんどくさくて、可愛らしい……そんな暴君でした」


「古妖精の力を乱用すれば、人の国など侵略し放題?」
 それは怖い、とヘレナとユージェニーが視線を絡ませている。
「いえいえ、妖精らにもまたテリトリー支配圏がございます。むやみやたら大軍を他国に向けたり他妖精の庭を荒らせば、やはりトラブルになるのですよ」
 ティミオスはそっと首を横にして、綿菓子めいたオーロラカラーの大樹の影に一行を誘った。

 ランプの灯りを消して口元に人差し指を立てるティミオスに、一行は口をつぐんで息を潜めた。

 南の方角から飛んできたのは、人魚だった。
 柘榴色の髪は長く柔らかにウェーブを描き、肌は小麦色。瞳は深い海の色――鱗のひとつひとつが宝石めいて輝いて、尾鰭は優雅に翻る。

 人魚は少し鼻をふんふんさせて獣が香りを嗅ぐような気配を見せて、きょろきょろとあたりを見渡した。そして、何処かに飛んでいったのだった。

「あれは南海を拠点とする人魚でございます」
 鉱石ランプを再び灯して、ティミオスが淡々と告げた。
「彼らは人間に好意的ではない妖精一派です。他の支配圏に遊びに来ることは滅多にはございませんが、今日のようにアイザール地方の妖精界を通る際は遭遇する可能性もございます。お気をつけくださいませ」

 妖精界から外に出れば、人の香りを感じさせる有機的な風が生温く肌を撫でていく。

 空の色は青々として、太陽がひとつだけ燦然と君臨している。雲が悠々と空の旅をしていて、鳥が時折翼を羽ばたかせ、風と戯れていた。

「さあ、ここはもうアイザールでございます」
 執事はそう言って微笑んだ。

「アイザールは共和国レス・プブリカ、特定の個人や階級のためにではなく、全構成員の共通の利益のために存在する国家です。王の職務を代行するのは、選挙で選ばれし任期限られし元首……主権が人民にある国といえましょう。皇族は君臨すれども統治せず、象徴的存在として愛されています」
 解説をしていたダスティンが街角の貼り紙にふと目を止めた。
「おや、これは『勇者』の指名手配ですね」
 少女たちがわらわらとその掲示に集い、目を丸くした。

「人相書きとかはないのね」
「賞金がかけられてる……」

 アポイントを先に取っていたヘレナが迎えの馬車を見つけて手を振っている。
「グリエルモさーん」

 ダスティンは指名手配の貼り紙とグリエルモを見比べて、お嬢様に首を傾げた。
「お嬢様方は、『勇者』のお身内でいらっしゃる……」
 その髪が南の秋風にふわふわ揺れるさまがあたたかで優しい海を思わせて、ネネツィカは微笑んだ。
「ええ、ええ。先生は優しくて、以前わたくしを助けてくださいましたのよ」
「さようでございますか」

「アルマ姫には『おかえりなさいませ』と申し上げるべきかな? ご友人方も一緒のようで……」
 日差しに髪を蜜柑色に艶めかせ、グリエルモが友好的な笑みを浮かべて馬車に誘ってくれる。
「グリエルモ……」
 ヘレナが早速その袖をひき、「戦争するというのは、どういうことなの。シリル殿下は平穏にスローライフするんじゃなかったの」と悲しげに問いかける。
「シリル殿下はお怒りでな。ミハイも……」
 大人の声がそう言って、姫君をあやすような眼で見下した。
「俺とて親友を奪われたのだ、気持ちはわかる」
 瞳は穏やかで、優しかった。
「お姫様方におかれては物騒な話でお心を揺らしておられることだろう……それは申し訳ないが、大人の世界には変に関わらず平穏に過ごしていて貰いたいものだ。俺の妻などはよく出来たもので、帰る家は整然と居心地良く、心の篭った刺繍のハンカチを持たせてくれて、愛嬌たっぷりにプライベートの時間に心を癒してくれるのだよ。それはもう可愛い。それはもう」

「途中から惚気になってますが……」
 刺繍のハンカチを見せて貰えば、可愛らしいゆるキャラめいたアヒルが縫われていた。
「俺がアヒルに似てるんだと。どうだ、似てるか」
 グリエルモは愛しげにそれを撫でて、少し寂しそうに息を吐いた。
「これをルカ皇子殿下にお見せした事があるのだが、その時殿下は『ならばネクシは狐かな』と笑ってな、ネクシの奥方がそのあと狐の刺繍をしたハンカチをこさえてくれて、並べて三人で笑ったものだった……」

 馬車はことことするすると車輪を進め、時折大きめの石ころを踏んで車体を少し揺らすのだった。
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