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七章、勇者の呪いと熱砂の誓い

138、灰色の魔術師、その指輪は危険です

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   SIDE 灰色の魔術師
 
 
「兄ちゃん、前に出過ぎないように気を付けなよ」
「ええ、ありがとうございます」

 燦燦と輝く太陽の下、『大陸連合軍』に所属する傭兵団の男が経験を語る。

「無理は禁物なのさ、こういう『バケモノ』が何してくるかわかんねえ戦場ってのは。前にシュテルティメッサという都市を巡る攻防戦に参加したことがあるんだが、冗談みたいにいきなり空から火の玉が振って来て辺り一面が燃え上がってさ、仲間が大勢なすすべもなく死んだよ。子供が生まれたての奴もいたのになあ」
「……魔王が降らせたのですね、その火の玉は」
「そうそう。あの頃は怖かったなあ……人間には抗えないような暴力を気紛れに奮う奴がいるってのは、理不尽だよな。なすすべなく、いきなり死ぬ。まあ、元々戦場ってのはそういう場所だけどよ」
「……」

 陸から、海から、空から。
 『大陸連合軍』が砂漠の国に近付き、国境を越え、兵を進める。
 首都、地上の砂塵都市【マク・デグレア】を目指す軍勢の中には、志願した義勇の士もいる。報酬目当てに集った職業傭兵団の中には、貴重な魔術の使い手で編成される小隊もあった。
 
 薄汚れて裾や袖に灰色の汚れが目立つローブを纏った魔術師は目深にフードを被り、魔術師たちの指揮を執る男を見た。

「ランプのに対抗するには、浄化の魔術と精神的作用への結界が一番効果が高い! 我が魔女スゥーム家の分析に間違いなしっ」
 仮面の魔術師フューリス・スゥームは華のある雰囲気で、朗々と声を響かせている。
 王国の名家中の名家、スゥーム家の特徴ともいえる奔放で通常の貴族とは一線を画すような気配を濃く浮かべつつも、今回は王家の命令に従い、その進軍を支える支柱となっていた。
 
 フューリスの杖が風を操り、離れた場所から発せられる友軍の声を行き渡らせている。
(なにせ、令息らの安否が知れないのだからフューリスも心配だろうね)
 灰色の魔術師は胸元で拳を握り、友軍が士気高揚を期して響かせる声明に耳を傾けた。

「北の鐘、ランゲ一族は理不尽な冬を知る者。冬を退けし春夏の暖気を忘れぬ者。妖精の力が如何に強くても、人の力を合わせれば打ち破ることができると信じる者。古き時代、歴史書に記されぬ時代より、我らの旗には国家と共に歩みし矜持と王家との絆あり。恩を忘れず、生きるを捨てず、敗北を怖れずと申します」
 
 北の大地で育まれた小柄な騎馬隊が、魔術で周囲を守られ、弓騎手を乗せて駆けていく――、
 
 頭上に飛翔する飛竜たちと騎手の中に、見覚えのある姿を見て灰色の魔術師は眩しい青空に手をかざした。
 親である飛竜のシンディの後を、無邪気な子竜のレラがぱたぱたと元気いっぱいについていく。
 
「森の鐘、大森林の森妖精族は同じ妖精族として、同族妖精の暴挙を残念におもっています。力ある者による人の社会への行き過ぎた干渉は、森妖精の好みではありません。大自然に寄り添い生きる世界樹の守り手として、世界の穢れを加速させる振る舞いも見過ごすわけにはまいりません」
「わん、わん、わぅ!」  
 ウィハルディ王子が溌剌とその意思を響かせる。続いて聞こえた犬の鳴き声に周囲の魔術師たちが首を傾げているが、灰色の魔術師はその正体を知っていた。
 鳴き声の正体は魔物で、ヴィブロというのだ。
 
「山の鐘、セルズ国これにあり。商売で大切なのは、顧客を大事にすること。獅子王ワゥランは同じ商人として商王を名乗るドゥバイドに苦言を呈したい。商の文字を掲げるならば金や奇跡に物を言わせて豪遊するのではなく、信用を大事になさいませ、と」
「ワゥラン陛下、我ら獣人の国は戦士の国。もっと猛々しいお言葉を」
「しかしズハオ殿。我ら獣人の国は商売の国でもあるわけで……」
 獣人の国、セルズ国の【獅子王】ネコ族のワゥランと虎族のズハオが親し気な声を響かせている。
 
 進軍する軍勢の中、灰色の魔術師は魔力を帯びた銀の瞳で遠く離れたの背を見つめた。
 遥か遠くにいる兄は、進行方向に新たに巡らされた結界に対抗するように自身の首に手をやった。
 首から下げられた皮紐がゆっくりと持ち上げられる。苛烈な陽光を反射してきらりと煌めく光は、神秘的な指輪のもの。

「……【覇者の指輪】ではありませんか……その指輪は危険です!」
 灰色の魔術師は思わず呟いた。


 SIDE エーテル

 
 夜と昼を繰り返す。
 外の情勢は日々変わっているようで、僕とロザニイルは二人だけの部屋で首輪を削りながら情勢を語り合うのが日課になっていた。
 
「ノウファムは殺しても死なねえ奴だからさ、無事だと思ってたんだよオレは」
「嬉しそうだね、ロザニイル」
「そりゃ、もちろんさ! 仲間が健在なのは嬉しい。……お前は、調子が悪そうだな。大丈夫か」
 
 ふとトーンを下げて問われる声に、僕は気怠く頷いた。
 
「……ちょっと熱っぽいんだ。たぶん、アレが近い」
 のぼせるような感覚がある。
 皮膚の内側がなんとなく熱を溜めやすくて、危うい。
「――発情期」
 ぺたっと額に手をあてて、ロザニイルが眉間にしわを刻んだ。
「オレ、アレが嫌いだったな……ああ、謝らなくてもいいからな」
「うん。薬がないから抑えることができないけれど、聖杯化を促進する薬も飲んでいない。微妙な状態だから、ちょっと熱っぽいぐらいで済むかなぁ……」
「そうだったらいいな。具合悪かったら無理しないで寝とけよ」

 ――ドゥバイドが僕たちを呼んだのは、ちょうど僕が寝台に横になったタイミングだった。
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