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4章、差別と極夜の偶像崇拝
43、クレイはもう大人なのだ(軽☆)
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港湾都市イスファリアで過ごす『偽騎士王』一行は、なんだかんだ平和な時間を過ごしていた。
宿にも馴染んだニュクスフォスは、いそいそと黒ローブを纏い、呪術で姿を隠して教会に滞在するクレイのもとに出かけた。
こっそりとクレイの不寝番を気取ってやろうと思いついたのである。
クレイの配下呪術師がよく使用していたので術式をおぼえて模倣してみたのだが、何度目かの試行でようやっと成功したこれがなかなか便利なのだ。
43、クレイはもう大人なのだ
「まるでレネンになったような気分だ。いいぞ、このまま行くと本当に『クレイの関係者、全部俺』ができそうだ!」
あの呪術師レネンときたら、いったいクレイが何歳の時から仕えているものか――影のように空気のように傍にいて、それでいて主へのよこしまな劣情とは無縁という、まさに理想の従者ではないか。
(それに比べて俺は色欲塗れで誘惑に弱い! だが、最近は良い調子ではなかろうか? キスすらしていないぞ……それは恋人としていかがなものか……いや、しかし俺は従者なのだ……いやいや、俺は恋人……)
思考がぐるぐると相反する立ち位置の主張を戦わせている。いつものことだ。
とはいえ、寝所に忍び込んでみれば、『レネン』の気分が高まってくる。
(おお、気付いていない。俺は今空気のようだ。レネンめ、いつもこんな感じで侍っているのだな!)
俺は精神的な奉仕で満足できる雄なのだ。
物語に出てくる高潔な騎士のように試練に打ち勝ち、誘惑に耐えて、従者の分を弁えて純潔を守るのだ。
――だというのに!
「……」
夜着を纏ったクレイが寝台の上でもぞもぞしている。
俯きがちな顔に朱をのぼらせて、薄く頼りない胸を呼吸に上下させ。
「ん……」
は、と吐息を紡いで、甘やかな声を抑えるように睫毛を伏せて。
華奢な肩がきゅう、と首に寄り、筋肉のあまりついていない柔らかな太ももを焦れ焦れと擦り合わせるようにして。
そこがどうしようもなく淋しく、もどかしいのだと訴えるような手つきで。
細くて白い手が脚の間にあやしく蠢いて――濡れた音をかすかに立てて、乱れる呼吸と潤む瞳がいたいけな色香を放っている。
これは――、
これは……。
(ク、ク、クレイ様……これは、ソロプレイでございますなっ!? おひとりで気持ちよく愉しまれていらっしゃるのですな……っ!?)
こくりと唾を飲み下し、四つん這いで這いずるようにしてニュクスフォスは距離を詰めた。
(おひとりで愉しめるようになられたのですな。す、素晴らしい……これ、俺が育てた。俺が教えた……俺が)
「は、は、……っ」
すりすりと腿をあわせ、欲情の高揚に甘く蠱惑的な息が紡がれる。
呼吸の速さをきいているだけで、つられて下半身に熱が集まってしまう――そんな愛欲を感じさせる息遣い。
「ん~~っ」
悶えるような呻き声みたいな声が、聞く者を悩ましい気分にさせる。
(気持ちいいのですなクレイ様、今すごく悦い感じなのですなクレイ様……ああ、そんなにはしたなく股を広げちゃって……俺に丸見え)
目を逸らしてみないようにするべきだろうか。
耳を塞いだりするべきだろうか?
……とても甘くて欲情を誘うような香りがするではないか。
「あっ、ぁ……」
悦い感覚を一緒におぼえてしまうような気持ちよさそうな、細くて高い可愛い声。
喉の奥から自然と我慢できずに零れてしまう、そんな声だ。
首を微かに振るようにして快楽に溺れる仕草は、ひどく煽情的で妖艶だ。
(気持ちがよいのですねクレイ様。快楽をもっと求めて得ようとなさっておられるのですねクレイ様――いつもそのように快感を貪っておられるのですかなクレイ様。ちょっと俺はさびしい気も。これは我が子が自立するのをさびしがる親の心境であろうか……?)
恍惚と胸のうちで呟き、自身の鼓動の音を騒がしく自覚しながらニュクスフォスは数歩の距離で息を詰めた。
(お、俺は近付いて何をするつもりなのかッ……?)
――物凄く無意識に当たり前に近づいていたが!?
(ここで空気のように徹し、心の中も乱れぬのが従者の道というものぞ? だが俺は今、今――)
――普通に襲いたくて仕方ないではないか。
がばあっとのしかかって、こう――押し倒してしまいたいではないか……。
(俺という奴は、これだから。まったく、これだから!)
そっと後退るニュクスフォスの内側で、理性が欲望を殺そうとする。
(だが踏み止まったぞ。俺はえらい! やればできるんだ!)
試練だ。
俺は今、試練に打ち勝ったのだ――、
自己否定から入って自己肯定感を高めるニュクスフォスは、次の瞬間ビクッと動きを止めた。
「……にゅくす……っ」
はふはふと息を乱したクレイが潤んだ瞳を瞬かせ、紛れもない己の名を吐息の狭間に零したのである。
それは思わず術を解いて覆いかぶさりたくなるほどの甘美な衝撃であった。
(……お、俺の名を……!!)
そわそわと手が伸びる。
何をしようというのか、この手は――たぶん、おいたをしようとしているっ。
いけない。いけないぞ俺。踏み止まれ。だが、だが――、
「んぅ、んっ、……にゅ、にゅくすぅ……」
甘く欲情の色香濃く、艶めかしく切ない声が呼ぶではないか。
(俺を呼んでる。俺を!)
頭の中がその現実で染まる。
脳髄が痺れたようになっていて、ふわふわとした。
そっと伸ばした指先がクレイの無防備な首筋に触れる。熱い――しっとりと汗ばんでいる。
「ふぇっ!? な、なに」
電流が奔ったみたいに過剰なほどクレイの体が跳ねて、姿の見えない何者かの気配と接触に気付いたらしき動揺と混乱が肌から伝わる。
(て、手伝うだけ。手伝うだけだ。疚しい気持ちではない……いやいや、待て俺よ。思いとどまれ? 何を言い訳しているんだ? 言い訳するより手をひっこめろ)
自分へのつっこみが止まらないが、一方で手も止まらない。
「あ、あっ!?」
見えない手が顎を撫であげ、腿の内側を滑れば、戸惑い怖がるようにしながらも活き魚が打ちあがったようなびくりびくりとした反応をみせて善がるクレイが愛らしい。
ちょっと怯えているのがまたそそるではないか――怯えつつ、もたらされる快楽に抗えず素直にあえいで興奮しているのが、可愛いではないか。
「あ、あぅ、や! やー!」
すこし前までクレイ自身がその手で懸命に慰めていた雄の証、可愛らしい屹立を撫でてやれば背が反りあがり、混乱したように暴れるのが堪らない。
力で押さえつけて無理やり高める支配感。
これは俺のものなのだ――俺が抱くのだ。
「ニュクス――にゅくすぅ!」
「……!」
刹那、天啓を得たようにビクッと指先が震える。
助けを求めるようなクレイの声に、ニュクスフォスは弾かれたように正気に返った。
「あっ、あ、ひぁ!!」
ビクッと震えた指先の刺激を受けて、腰が浮いてびくびく震えている。
上擦った声が追い詰められて昂りの頂きに至ったのだと知らせる。
先端が白濁を放ち、イく瞬間の口の端と紫水晶の瞳が透明な唾液と涙を滴らせ、蕩けるような表情が気持ち良いと泣いて訴えるようだった。
飛び散る液体の飛沫が濃厚に現実を感じさせる。
ニュクスフォスは一瞬でさあっと頭を冷やし、慌てて術を解除して姿を現した。
「お、俺です。俺です、殿下」
――気分は大罪人であった。
(俺は今、芝居に出てくる極悪人みたいに襲ってたぞ。姿を隠して思いのまま乱暴してたぞ……!)
――とんでもない!
「ふ、ふ……はぅ……、にゅ、にゅくすぅ?」
クレイが頬を桜色に上気させ、目をとろんとさせて怠そうにしている。
その姿は控えめに言って雄の本能を大いに刺激するものだったが、事情を打ち明けて謝罪するニュクスフォスはその時、色欲よりも罪悪感と背徳の念で全身が支配されていた。
あまりにも謝るのでクレイが「もういいよ」と必死に慰めるほどだった。
「ちょっと非日常な感じで、気持ちよかった。また油断してるときにやってくれてもよい……」
そう言って寝台に引き入れ、「不寝番はよいから一緒に寝よう」と甘える子猫のように身を寄せるクレイが、鼓動を楽しむようにニュクスフォスの肌に手を滑らせる。
なでなで、よしよしと摩るのがまるで愛撫のような手つきで、ぞくぞくと欲が煽られて、呼吸を乱さぬようにするのが難しい――直前にやらかしていなければ、堕ちていたかもしれない。
「この色を気にする者もいるけれど、肌の色が違うのは、花の花弁の色が違うようなものではない? 馬や猫の毛の模様が違うようなものではない?」
当たり前のように呟くクレイの躰からは甘やかな香りが漂って、結局ニュクスフォスは眠れぬ一夜を過ごし、添い寝の格好で不寝番を務めたのだった。
翌朝ぐったりと宿に戻れば、宿の子供がちょっと心配してくれる。
「お兄ちゃん、寝てないの。なんかぐったりしてるよ」
「大丈夫だ、お兄さんは崇高な試練に挑んで負けてきたんだ……」
負けたのか、と同情的な目を見せて、子供が厨房に入っていく。
そして、あたたかで鮮やかなボルシチを持ってきてくれた。
「サービスだよ」
そう言って笑う顔はあどけなくて可愛らしいが、「ただの子供だ」。
そう、子供に欲は覚えないのだ。
それは単なる弱者、博愛の対象で、性衝動などおぼえないのだ。
しかし――しかし――クレイはもう大人なのだ。
子供のように思いこもうとして子供扱いもしているが、あれは子供とは別の生き物になっているのだ……。
「俺のミンネはやはり低い……」
「お兄ちゃん、試練はきびしかったの」
「そうだな、めちゃめちゃ厳しかったッ! しかし厳しいからこそ、耐えられたら格好良かったんだがな! そこで失敗するのが俺クオリティ」
慣れてみれば未知の地の人々も互いに同じ人間だと認識し合うことができて、優しくあたたかに接してくれるのだ。
そんでもって、俺ってやつは昔から「ここでこうすれば格好良い」っていう理想のムーヴをいまいち現実にできないんだよな。
例えば、例えば、病身で寝台からふらふらと這い出たクレイが転びかけたときに颯爽と支えてやれなかったとか。
浜辺で駆け寄ってきてぶつかられて、抱き留めてやれずにぱったりと倒れ込んでしまったとか。
「理想と現実ってあるよな」
ほわほわと湯気をあげる料理が全身をぽかぽかとあたためてくれる。
困ったことに、いまいちやらかしても許されてしまうのだ。
そして、ぴったりとくっついてよしよしなでなでしてもらえるのだ。
それが幸せで困る――俺の悩みはそんな幸せな悩みか。
「お兄ちゃん、嬉しそう」
「いやあ、それが失敗しても嬉しいから困るんだっ」
「複雑なんだね」
「大人は複雑なのさ!」
格好つけるように言って、食事が進む。
料理はとても美味しくて、チップを渡すと子供は嬉しそうにはしゃいで、厨房の母親にも見せにいくのが、たいそう微笑ましかった。
宿にも馴染んだニュクスフォスは、いそいそと黒ローブを纏い、呪術で姿を隠して教会に滞在するクレイのもとに出かけた。
こっそりとクレイの不寝番を気取ってやろうと思いついたのである。
クレイの配下呪術師がよく使用していたので術式をおぼえて模倣してみたのだが、何度目かの試行でようやっと成功したこれがなかなか便利なのだ。
43、クレイはもう大人なのだ
「まるでレネンになったような気分だ。いいぞ、このまま行くと本当に『クレイの関係者、全部俺』ができそうだ!」
あの呪術師レネンときたら、いったいクレイが何歳の時から仕えているものか――影のように空気のように傍にいて、それでいて主へのよこしまな劣情とは無縁という、まさに理想の従者ではないか。
(それに比べて俺は色欲塗れで誘惑に弱い! だが、最近は良い調子ではなかろうか? キスすらしていないぞ……それは恋人としていかがなものか……いや、しかし俺は従者なのだ……いやいや、俺は恋人……)
思考がぐるぐると相反する立ち位置の主張を戦わせている。いつものことだ。
とはいえ、寝所に忍び込んでみれば、『レネン』の気分が高まってくる。
(おお、気付いていない。俺は今空気のようだ。レネンめ、いつもこんな感じで侍っているのだな!)
俺は精神的な奉仕で満足できる雄なのだ。
物語に出てくる高潔な騎士のように試練に打ち勝ち、誘惑に耐えて、従者の分を弁えて純潔を守るのだ。
――だというのに!
「……」
夜着を纏ったクレイが寝台の上でもぞもぞしている。
俯きがちな顔に朱をのぼらせて、薄く頼りない胸を呼吸に上下させ。
「ん……」
は、と吐息を紡いで、甘やかな声を抑えるように睫毛を伏せて。
華奢な肩がきゅう、と首に寄り、筋肉のあまりついていない柔らかな太ももを焦れ焦れと擦り合わせるようにして。
そこがどうしようもなく淋しく、もどかしいのだと訴えるような手つきで。
細くて白い手が脚の間にあやしく蠢いて――濡れた音をかすかに立てて、乱れる呼吸と潤む瞳がいたいけな色香を放っている。
これは――、
これは……。
(ク、ク、クレイ様……これは、ソロプレイでございますなっ!? おひとりで気持ちよく愉しまれていらっしゃるのですな……っ!?)
こくりと唾を飲み下し、四つん這いで這いずるようにしてニュクスフォスは距離を詰めた。
(おひとりで愉しめるようになられたのですな。す、素晴らしい……これ、俺が育てた。俺が教えた……俺が)
「は、は、……っ」
すりすりと腿をあわせ、欲情の高揚に甘く蠱惑的な息が紡がれる。
呼吸の速さをきいているだけで、つられて下半身に熱が集まってしまう――そんな愛欲を感じさせる息遣い。
「ん~~っ」
悶えるような呻き声みたいな声が、聞く者を悩ましい気分にさせる。
(気持ちいいのですなクレイ様、今すごく悦い感じなのですなクレイ様……ああ、そんなにはしたなく股を広げちゃって……俺に丸見え)
目を逸らしてみないようにするべきだろうか。
耳を塞いだりするべきだろうか?
……とても甘くて欲情を誘うような香りがするではないか。
「あっ、ぁ……」
悦い感覚を一緒におぼえてしまうような気持ちよさそうな、細くて高い可愛い声。
喉の奥から自然と我慢できずに零れてしまう、そんな声だ。
首を微かに振るようにして快楽に溺れる仕草は、ひどく煽情的で妖艶だ。
(気持ちがよいのですねクレイ様。快楽をもっと求めて得ようとなさっておられるのですねクレイ様――いつもそのように快感を貪っておられるのですかなクレイ様。ちょっと俺はさびしい気も。これは我が子が自立するのをさびしがる親の心境であろうか……?)
恍惚と胸のうちで呟き、自身の鼓動の音を騒がしく自覚しながらニュクスフォスは数歩の距離で息を詰めた。
(お、俺は近付いて何をするつもりなのかッ……?)
――物凄く無意識に当たり前に近づいていたが!?
(ここで空気のように徹し、心の中も乱れぬのが従者の道というものぞ? だが俺は今、今――)
――普通に襲いたくて仕方ないではないか。
がばあっとのしかかって、こう――押し倒してしまいたいではないか……。
(俺という奴は、これだから。まったく、これだから!)
そっと後退るニュクスフォスの内側で、理性が欲望を殺そうとする。
(だが踏み止まったぞ。俺はえらい! やればできるんだ!)
試練だ。
俺は今、試練に打ち勝ったのだ――、
自己否定から入って自己肯定感を高めるニュクスフォスは、次の瞬間ビクッと動きを止めた。
「……にゅくす……っ」
はふはふと息を乱したクレイが潤んだ瞳を瞬かせ、紛れもない己の名を吐息の狭間に零したのである。
それは思わず術を解いて覆いかぶさりたくなるほどの甘美な衝撃であった。
(……お、俺の名を……!!)
そわそわと手が伸びる。
何をしようというのか、この手は――たぶん、おいたをしようとしているっ。
いけない。いけないぞ俺。踏み止まれ。だが、だが――、
「んぅ、んっ、……にゅ、にゅくすぅ……」
甘く欲情の色香濃く、艶めかしく切ない声が呼ぶではないか。
(俺を呼んでる。俺を!)
頭の中がその現実で染まる。
脳髄が痺れたようになっていて、ふわふわとした。
そっと伸ばした指先がクレイの無防備な首筋に触れる。熱い――しっとりと汗ばんでいる。
「ふぇっ!? な、なに」
電流が奔ったみたいに過剰なほどクレイの体が跳ねて、姿の見えない何者かの気配と接触に気付いたらしき動揺と混乱が肌から伝わる。
(て、手伝うだけ。手伝うだけだ。疚しい気持ちではない……いやいや、待て俺よ。思いとどまれ? 何を言い訳しているんだ? 言い訳するより手をひっこめろ)
自分へのつっこみが止まらないが、一方で手も止まらない。
「あ、あっ!?」
見えない手が顎を撫であげ、腿の内側を滑れば、戸惑い怖がるようにしながらも活き魚が打ちあがったようなびくりびくりとした反応をみせて善がるクレイが愛らしい。
ちょっと怯えているのがまたそそるではないか――怯えつつ、もたらされる快楽に抗えず素直にあえいで興奮しているのが、可愛いではないか。
「あ、あぅ、や! やー!」
すこし前までクレイ自身がその手で懸命に慰めていた雄の証、可愛らしい屹立を撫でてやれば背が反りあがり、混乱したように暴れるのが堪らない。
力で押さえつけて無理やり高める支配感。
これは俺のものなのだ――俺が抱くのだ。
「ニュクス――にゅくすぅ!」
「……!」
刹那、天啓を得たようにビクッと指先が震える。
助けを求めるようなクレイの声に、ニュクスフォスは弾かれたように正気に返った。
「あっ、あ、ひぁ!!」
ビクッと震えた指先の刺激を受けて、腰が浮いてびくびく震えている。
上擦った声が追い詰められて昂りの頂きに至ったのだと知らせる。
先端が白濁を放ち、イく瞬間の口の端と紫水晶の瞳が透明な唾液と涙を滴らせ、蕩けるような表情が気持ち良いと泣いて訴えるようだった。
飛び散る液体の飛沫が濃厚に現実を感じさせる。
ニュクスフォスは一瞬でさあっと頭を冷やし、慌てて術を解除して姿を現した。
「お、俺です。俺です、殿下」
――気分は大罪人であった。
(俺は今、芝居に出てくる極悪人みたいに襲ってたぞ。姿を隠して思いのまま乱暴してたぞ……!)
――とんでもない!
「ふ、ふ……はぅ……、にゅ、にゅくすぅ?」
クレイが頬を桜色に上気させ、目をとろんとさせて怠そうにしている。
その姿は控えめに言って雄の本能を大いに刺激するものだったが、事情を打ち明けて謝罪するニュクスフォスはその時、色欲よりも罪悪感と背徳の念で全身が支配されていた。
あまりにも謝るのでクレイが「もういいよ」と必死に慰めるほどだった。
「ちょっと非日常な感じで、気持ちよかった。また油断してるときにやってくれてもよい……」
そう言って寝台に引き入れ、「不寝番はよいから一緒に寝よう」と甘える子猫のように身を寄せるクレイが、鼓動を楽しむようにニュクスフォスの肌に手を滑らせる。
なでなで、よしよしと摩るのがまるで愛撫のような手つきで、ぞくぞくと欲が煽られて、呼吸を乱さぬようにするのが難しい――直前にやらかしていなければ、堕ちていたかもしれない。
「この色を気にする者もいるけれど、肌の色が違うのは、花の花弁の色が違うようなものではない? 馬や猫の毛の模様が違うようなものではない?」
当たり前のように呟くクレイの躰からは甘やかな香りが漂って、結局ニュクスフォスは眠れぬ一夜を過ごし、添い寝の格好で不寝番を務めたのだった。
翌朝ぐったりと宿に戻れば、宿の子供がちょっと心配してくれる。
「お兄ちゃん、寝てないの。なんかぐったりしてるよ」
「大丈夫だ、お兄さんは崇高な試練に挑んで負けてきたんだ……」
負けたのか、と同情的な目を見せて、子供が厨房に入っていく。
そして、あたたかで鮮やかなボルシチを持ってきてくれた。
「サービスだよ」
そう言って笑う顔はあどけなくて可愛らしいが、「ただの子供だ」。
そう、子供に欲は覚えないのだ。
それは単なる弱者、博愛の対象で、性衝動などおぼえないのだ。
しかし――しかし――クレイはもう大人なのだ。
子供のように思いこもうとして子供扱いもしているが、あれは子供とは別の生き物になっているのだ……。
「俺のミンネはやはり低い……」
「お兄ちゃん、試練はきびしかったの」
「そうだな、めちゃめちゃ厳しかったッ! しかし厳しいからこそ、耐えられたら格好良かったんだがな! そこで失敗するのが俺クオリティ」
慣れてみれば未知の地の人々も互いに同じ人間だと認識し合うことができて、優しくあたたかに接してくれるのだ。
そんでもって、俺ってやつは昔から「ここでこうすれば格好良い」っていう理想のムーヴをいまいち現実にできないんだよな。
例えば、例えば、病身で寝台からふらふらと這い出たクレイが転びかけたときに颯爽と支えてやれなかったとか。
浜辺で駆け寄ってきてぶつかられて、抱き留めてやれずにぱったりと倒れ込んでしまったとか。
「理想と現実ってあるよな」
ほわほわと湯気をあげる料理が全身をぽかぽかとあたためてくれる。
困ったことに、いまいちやらかしても許されてしまうのだ。
そして、ぴったりとくっついてよしよしなでなでしてもらえるのだ。
それが幸せで困る――俺の悩みはそんな幸せな悩みか。
「お兄ちゃん、嬉しそう」
「いやあ、それが失敗しても嬉しいから困るんだっ」
「複雑なんだね」
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