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しらねぇよ

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 周りは僕の知らないものを知っていて、僕は周りの知らないものを知っている。
 それはきっと当たり前で、彼はその当たり前を当たり前と思わず、自分の考えが当たり前だと思う。
 だから「このアニメ分からないの?」とか普通に言ってくる。
 だったら俺の知ってる奴は分かるのかよ。
 僕は周りにわざわざ公言するわけでもなく、心の中で吐き捨てた。
 前から気になっているのもそんな風に言われたら調べる気すらなくなって僕は家でゴロゴロしていた。
 テレビを見た。そこに映っていたのは陰だった。
 僕はテレビが壊れたのかと思い、テレビを叩いた。するとそこにはまるでテレビという感触はなく、身体はテレビの方に転がって行く。

 どうやら僕は気絶していたらしい。目を覚ますと、二次元のキャラクターがそこにはいた。
「君は、見慣れない服を着ているがどこから来たのだ?」
 王子のような服装をした彼はそう問いかけた。僕が黙っていると彼はポンと手を叩いて納得した。

 そうか君が古より伝われた勇者ヒーロー様というわけか。

 彼の話し方、今のセリフ、だか聞き覚えがある。確かあの友達がやっているゲームの。
「グリムだ、よろしく」
 まさにそうだ。あのゲームのパートナー兼案内役の名前だ。
 これから物語が始まるのか。そう思うと胸にこみ上げていくものを感じる。僕は案内されながら宿屋へ向かった。

 宿屋は民宿のような木造の2階建だった。宿屋の女将は僕たちを見かけると丁寧な物腰で頭を下げた。
「宿泊希望でございましょうか」
 グリムは何も言わない。案内役なんだからそれくらい言ってくれてもいいのに。謎の沈黙を迎えたため僕がその沈黙を破った。
「ふぅ」
 結局、今日は混んでいるようで一部屋しか取れなかった。グリムは上着と武器をロッカーに仕舞うと、ベットに飛び込んでゴロゴロし始めた。そして、ピタッと止まるとそのままの姿勢で顔だけこちらに向けて言った。
「あの女将についてどう思う?」
「どうって言われても…」
 ただの女将という印象しか受けなかった。
「可愛いか可愛くないかってことだよ」
 なんだか先ほどとは口調が変わっている気がする。もしかするとあの口調はゲームのストーリーの中だけであって、プライベートは今の話し方なのかもしれない。グリムは言葉を続けた。
「彼女は僕の初恋の人なのさ」
 そのあと小1時間ほど話し始めた。話を整理すると、王子は城から出てモンスターを倒して訓練していると、後ろから新手のモンスターに殴られたらしい。その時助けてくれたのがあの女将らしい。
「僕は王子ってだけで人からチヤホヤされてきた。なんでも好きなものを与えられてきた。だから、この気持ちは僕が初めて自分から思った気持ちなんだ」
 だからこの気持ちは大切にしたい。グリムは僕にそう熱弁した。
 いけない、僕もその熱に当てられたようで物語を進めるよりも、そっちのほうが気になってしまう。主人公にしか見えないコマンドが出現する。

 ストーリーを放棄しますか?
 はい  いいえ

 僕の気持ちは決まっていた。
 ピコン。選択を頭でタップする。
 僕はひざを叩いて立ち上がり、助言をした。
 彼はもともと王子、伝える気があったようで今日は話しに行くと言っている。やばい、経験から仲良くなる前にその話題を切り出すのはまずいと感じた。
 食事を終えて、部屋に戻るとさっきまで隣にいたグリムがいない。僕は急いで部屋を出て女将のところに向かった。
 食堂に着くと案の定そこにグリムがいた。止めようとしたが、雰囲気を察して踏みとどまった。どうやら違う話をしているらしいのだ。
 ぼくは安心してそこを後にしようとすると、いきなり「付き合ってください」と後ろから声がした。
 そこでするか!僕は振り返ろうとしたが身体がどんどんと消えていった。

 気がつくと、友達の部屋だった。
「お、やっと起きたか」
 彼のやっているゲームはあのゲームだった。
「知ってるか? 王子って始めの村の宿屋の女将が好きなんだぜ」
「は? しらねぇよ。どこの設定資料にもそんなん書いてなかったぜ」
 僕は彼が「知らない」と言ったのが正直心地よかった。
 彼のやっているゲームをのぞきこむ。そこにいた王子と女将はいつもより笑顔見えた。
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