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第5話 表と裏

理解 Episode:02

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 ――このケーキで少しでも、元気になってくれるといいのだが。

 そう思いながら冷やす間に片づけをし、簡単なクッキーを焼き、飾りつけ用の道具や材料も揃える。

 ケーキは大成功だった。間のシフォンはまったくつぶれていないし、ムースもいい具合だ。
 なんだか嬉しくなって、仕上げのクリームを塗る手が弾む。
 スライスした果実も乗せて、銀色の小さな砂糖菓子を星のように振って、完成だ。

「……よし」

 これを作ったのは初めてだが、我ながらよく出来たと思う。

 ――そういえば、味見をしてもらっていないな。

 新作のケーキは、タシュアに食べさせて味を訊くのがいつもだ。けれど今からもうひとつ作るわけにはいかないし、これをタシュアに食べさせたら、お見舞いに行く時期を逃してしまいそうだった。

 仕方ない、と自分を納得させる。
 だが用意しておいた箱に入れようとしたところで、タシュアが入ってきた。
 もしかして、考えていたことがばれてしまったのかと慌てる。こういうことはなぜか、彼はカンが鋭かった。

「新作ですか?」

 言いながらケーキを見た彼が、不思議そうな表情になる。
 どうやら単純にここへ来ただけで、私の考えていることを察知したわけではないようだ。
 それに考えようによっては、かえっていいかもしれない。

「いつもとずいぶん、趣向の違うケーキですね」
「ああ。少し、変えてみた」

 なにしろ年下の女の子向けだ。見た目もそういうふうに作ってある。
 だがふだんはタシュアにあわせて、シンプルに作ることが多いから、彼にしてみれば珍しいのだろう。

「では、味見でも」
「ダメだ!」

 とっさにケーキとの間に入って食べられないように防ぐと、タシュアがまた、怪訝そうな顔になった。

「どうしたのです? 毒が入ってるわけでもないでしょうに」
「その、これはだから、人にあげるんだ」
「おや、それはまた珍しいこと」

 私にあまりそういう相手が居ないことを、タシュアはよく知っている。

「今これを、箱に入れるところで……」

 言いながら考える。
 もしかしたら、いい機会かもしれない、と。
 不思議そうな彼を放ったままケーキを箱に入れ、クッキーも袋に詰める。
 さらに喜びそうな本も、何冊か袋に入れた。

「ずいぶん大荷物ですね」
「ぜんぶ、渡すんだ」
「ほう、珍しい。明日は嵐ですかね」

 私は意を決して、言葉を続けた。

「ちょっと、手伝ってくれないか?」

 荷物持ちを口実にタシュアもお見舞いに連れて行けば、何か状況が変わるかもしれない。
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