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第5話 表と裏

理解 Episode:05

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「食べられそうか?」
「あ、はい」
「ならいま、切るから」

 箱が開けられて、中から出てきたケーキに、ナイフが入れられる。けどなぜか二切れだけしか、シルファ先輩は切らなかった。
 それがひとつはあたしの前に置かれて、もう一つはシルファ先輩が自分の前に置く。

 少しの間があって、タシュア先輩とシルファ先輩の視線が合って……やっと3切れ目が出された。
 タシュア先輩が、ちょっとだけ面白くなさそうな顔だった。意外だけど、シルファ先輩には逆らえない部分があるみたいだ。

 なんだか可笑しくなる。
 怖い人だと思ってたのに、こんなところがあるなんて。

「さ、食べるといい」
「ありがとう、ございます……」

 とても凝ったケーキだけど、何が入ってるのかはよく分からない。でも、おいしそうだ。
 ひとかけら、口に運ぶ。

 ――この味。

 忘れていた記憶が、蘇る。あの時と同じ香り、同じ味……。

「どうした?」

 急に食べるのをやめてしまったのを、心配してくれたんだろう。シルファ先輩が声をかけてくれたけど、あたしは答えられなかった。
 涙がこぼれそうになる。

「大丈夫か? どこか痛いのか?」

 問いに首を振って、やっと答えた。

「この味……まえに、兄さんと……」

 シルファ先輩がはっと息をのむ。

 あとは言葉にできなくて、止まらない涙を必死にぬぐった。
 いつだったろう? 思いもかけずこれとよく似た味のケーキを手に入れて、兄さんと二人で食べたのは。
 でも、もう二度と……。

「――その、すまなかった」
「別にシルファが謝ることではないでしょう。悪意があったわけではないのですから。ですが、偶然とは不思議なものですね」

 予想もしなかった言葉に、驚いて顔を上げる。
 タシュア先輩と、目が合った。

 ――何かを奥底に秘めた、紅い瞳。

 それが一瞬だけ、優しいものになる。
 ここから追い出すつもりはない、そう言っているのがわかる。

 あたしは大きく息を吐いた。
 何か……何か大きな塊が、解けた気がした。

 タシュア先輩の生い立ちや経歴は、実はもう手元に届いていた。
 倒れる直前に実家に問い合わせておいたのが、返ってきたのだ。

 あたしが先輩の背景を知ったことを、先輩はまだ知らないはずだ。
 一方であたしの素性や経歴を、先輩は知っている。

 その返信に書いてあったのは――あたしと同種なこと。
 違う時間、違う場所で、でもどちらも同じものを見てきた。この学院であたし以外にただ1人だけ、「あれ」を知っている……。
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