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第6話 立ち上がる意思

海竜 Episode:08

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――これ、もしかして?

 精霊を憑依させて力を借り、戦闘能力を上げる方法はよく知られてる。

 ただこれはけっこう危険で、力欲しさに完全憑依させたら、乗っ取られて狂うのがオチだ。
 でもごくまれに、それが問題なく出来る人がいる。

 もちろんそれでも長時間は持たないし、使える精霊も限られる。それにやっぱり危険だ。
 ただその間は、ふつうの憑依を遥かに上回る力が出せた。

 けれどその荒業を、まさかシルファ先輩が使うなんて。

「早くさがるんだ」
「あ、はい」

 煌く白光に彩られた先輩が、あたしに声をかけた。
 確かにこの状態で武器を振るうには、あたしは邪魔だろう。

 大きくなる氷のヒビを見ながら、急いで下がる。
 と、今度は風に乗ってタシュア先輩の呪文詠唱が聞こえた。

「……の嘆きと怒りの咆吼をもちて……」

 あまり馴染みがないけど、どこかで聞き覚えがある。

 ――まさか、禁呪?

 でも、ちょっと信じられなかった。

 禁呪は要するに精霊が使うもので、人が扱えるようなものじゃない。
 呪文そのものはいちおう誰でも唱えられるけど、発動させると代償として、生命力まで削られて衰弱する。魔力が弱い人が使うと、死ぬことだってあるくらいだ。

 それを、こんな風に簡単に扱うなんて。

 それにシルファ先輩が、もう海竜に突っ込みかけてる。
 このタイミングで魔法をかけたら、巻き込まれるのは確実だ。 いくら精霊を完全憑依させてても、禁呪の直撃には耐えられない。

 なのにタシュア先輩、まったく気にする様子がなかった。
 そして魔法が発動する。

 一瞬にして暗くなった空から十数条のもいかずちが降り注ぎ、あたりを薙ぎ払う。帯電した風が逆巻く。
 空気が焼け焦げて、あの独特の匂いがただよった。

 さすがにこれは効いたらしく、海竜が咆哮をあげて動きを止めた。
 逃さず、シルファ先輩のサイズ(大鎌)が一閃する。

 ――抜群のコンビネーション。

 ほんの僅かな発動範囲の差とタイムラグとで、シルファ先輩は無傷だ。
 どさりと音を立てて、海竜の首が落ちる。シルファ先輩がほうっと息を吐き、燐光が薄れ始めた。

 でもその時。

「先輩、うしろっ!!」

 切り落とされて背後へと落ちた海竜の首が、突然牙をむく。
 まさかの事態に、一瞬シルファ先輩の動きが止まる。

 ――いけない!

 戦いの最中には、この一瞬が命取りだ。
 とっさにあたしは呪文を唱え始めた。

 選んだのは加速魔法。本当なら海竜のほうをどうにかするべきだけど、今はその必要がなかった。
 どうしてそう思うのか分からないけれど、それはイマドがやるはずだ。

「すべてを包む流れよ、幾重にも重なるその手にて……」

 あたしの呪文が、完成する。
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