上 下
426 / 743
第9話 至高の日常

日常 Episode:09

しおりを挟む
「ともかく駅まで行こう。イマドが待ってるかもしれないだろう?」
「あ、はい……」

 シルファ先輩にうながされて、あたしは歩き出した。

 連絡船が着く桟橋から駅までは、少し距離がある。
 でも……。

 初めてここへ来たのは、まだ一昨年の話だ。だけどその前と後とで、あたしの生活は言葉通り一変した。
 この穏やかなケンディクにいては想像できないような――でもそういう場所で、あたしは育った。

 ――どっちが本当なんだろう?

 あの地獄が夢だったのか、それとも今が偽りなんだろうか。

 どちらも現実だとわかっていても、そう思わずにいられなかった。
 けどあたしは、いつかはあの場所に戻らなくちゃならなくて……。

「ルーフェイア、どうかしたのか?」
「あ、いえ、なんでもありません」

 黙りこんでしまったあたしを心配して、シルファ先輩が声をかけてくれる。

「それならいいんだが。
 ――それにしても今日は、ずいぶん暖かいな」

「そうですね。
 あ、だから先輩スカートなんですか?」

 あたしがそう言うと、シルファ先輩が困ったような顔をした。

「あの……?」

 またあたし何か、悪いことを言っちゃったんだろうか……。

「すみません、あたし……」
「あ、いや、そうじゃなくて……その……見ないでくれないか……」
「え?」

 見ないでって言われても、どうすればいいんだろう。

「その、目をつぶっちゃうと……歩けないんですけど……」
「そういう意味じゃないんだが」

 あたしの言葉が可笑しかったみたいで、シルファ先輩が笑った。

 ――素敵だな。

 シルファ先輩は本当に大人の雰囲気で、とても憧れる。

 今もワインレッドのシャツにもう一段濃い色のひとつボタンのジャケット、それに黒に近いグレーのタイトスカート――それも前スリット――を、さりげなく着こなしていた。

 けど本当に、シルファ先輩のスカート姿は珍しい。
 覚えているかぎりでは、アヴァンでのドレス姿くらいだ。

 それもドレスを着てもらうのに大騒ぎ(?)するほど、先輩はスカート類は大嫌いだった。

「だから、見ないでくれないか……」
「え、でも……」
「――やれやれ」

 シルファ先輩の言葉に困っていると、タシュア先輩から呆れられてしまった。
しおりを挟む

処理中です...