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第9話 至高の日常

そしてまた日常 Episode:05

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 ともかくもう一度、慌てながら立ち上がろうとして……。
「きゃっ――」

 また、体勢を崩した。しかも今度は毛布まで絡まって、身動きができなくなる。

 涙がこぼれた。

 ベッドの上には呼び鈴のボタンがあるのに、それにさえ手が届かない。
 あたし、いったい……。

「――やれやれ」

 声がして、抱き上げられた。

「先輩……?」

 毛布と一緒にベッドの上へ降ろされる。

「このまま床にいられては、私が医者や看護士に文句を言われかねませんからね」
「すみません……」

 でもどういうわけか、先輩は何も言わなかった。

 ――どうしてだろう?

 考えてみたけど、分からない。
 結局それは諦めて、あたしは違うことを確かめることにした。

「あの、先輩……」

 恐る恐る声をかける。

「なんです」

 それだけで、叱られなかった。
 少し勇気付けられて、残りのことを口にする。

「その……ここ、どこですか……?」

 あたしの言葉に、先輩が真っ直ぐ視線を向ける。

「ご、ごめんなさいっ!」

「謝ってどうするのです。
 ――病院ですよ、ここは」

 言われてもまだ、ピンとこなかった。

「びょう、いん……?」

 なんであたし、そんなところに……。

「昨日の騒ぎを、覚えていないのですか?」

 まだどこかぼんやりしてる頭で、必死に考える。

 昨日は確か、イマドがアヴァンから帰ってきて……?
 そして、思い出した。

「あ、あの子たちっ!」

 あたしが倉庫を出たときはみんな大丈夫だったけど、その後無事、保護してもらったんだろうか?

「先輩、あの子たちは?!」
「全員無事です」

 簡潔だけどいちばん聞きたかった答えに、心底ほっとする。
 この先輩がそう言うなら、大丈夫だ。

 あとは後遺症がないことを祈るだけだけど……こっちは詳しいことは、時間が経たないと分からないだろう。
 でも、みんなケガもなく済んだのが、なによりだった。

 ――動けるようになったら、会いに行こうかな?

 ふと、そんなことを考える。

 けどあたしの顔を見たら、あの恐怖を思い出しちゃうかもしれないし……。

 そうやっていろいろ考えて、もうひとつ分からないことを思い出した。
 「彼女」と代わったあとを――あたしは、知らない。
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