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第9話 至高の日常

そしてまた日常 Episode:08

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「――うーん、小児のハートレートって、こんなだったかな?
 まぁいいわ、あとでちゃんと、先生に診てもらおうね」

「あ、はい……」

 あんまり気は進まないけど、嫌だとは言えなかった。

「大丈夫よ、うちのセンセ、別にヘンなことしないから。
 それに学院の……なんだっけ? ともかく学院の先生も来て、一緒に診ることになってるし」

「ほんとですか?」

 それだったら、いろいろと疑われずに済む。

「こんなことで、嘘言ったりしないわよ。
 あ、そうそう、何か食べる?」

 訊かれて困ってしまった。まだあんまり――食べたくない。
 そんなあたしを見て、主任さんが笑う。

「食欲、なさそうね。
 そしたらミルクと、何か口あたりの良さそうなもの持ってきて――あら」

 言葉が途中で止まったのは、部屋に人が入ってきたからだ。
 ムアカ先生とシルファ先輩と、それに……。

「――イマド!」
「よ。だいぶ良さそうじゃねぇか」

 いつもと変わらない調子で、彼が入ってくる。
 不意に涙がこぼれた。

「お、おい、いきなりどした」
「タシュア……また、いじめていたのか?」
「人聞きの悪いことを言わないでください。ただ本を読んでいただけで、どうやったらそんなことが出来ますか」

 イマドと先輩たちとが、いつものやり取りを始める。

 そう、「いつも」の。

 あの時、思った。もし二度と戻ってこれなくても、構わないと。
 でも……。

「ほら、泣きやめって。けどこんだけ泣けりゃ、帰れんじゃねぇか?
 ――ですよね、センセ」

「まぁ、大丈夫でしょうね」

 イマドの言葉に、ムアカ先生が笑いながら答えた。

 その様子に、よけい涙があふれる。
 やっぱりあたし――今が、好きだ。

「あ~あ、こりゃ重症だな」

 なかなか涙が止まらないのを見て、イマドが苦笑しながらあたしを覗き込んだ。
 光の加減で金色にも見える彼の瞳に、あたしが映る。

「――なるほど、そゆワケか」
「ごめん……」

 自分でももう、何に謝っているのか分からない。
 イマドがもう一度笑った。

「ま、怒るにゃ時効だしな。てか、じゃなきゃ今ごろ、俺ら消し飛んでたかもだし」
 そこでひとつ息を吐いて、イマドは続けた。

「けどもう、ムチャすんなよ?」
「――うん」

 優しい言葉に泣きながら……あたしも、笑った。


◇あとがき◇
 最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
 第9話の「至高の日常」はここで完結し、 次から第10話「うつほなる真実」の連載となります。
 今後もよろしくお願いします!

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