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第10話 空(うつほ)なる真実

アヴァンにて Episode:21

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「とりあえず、部屋へ行くか?」
「あ、はい」

 先輩の言うとおり、ここで見てても仕方がない。
 それに姉さんに連絡するにしても、部屋へ戻ったほうが都合がいいだろう。

 騒ぎを横目に、ロビーを横切る。

「あっ! 親父、あいつだ!」
「ん? 見つかったか?」

 先輩が面倒そうに言う。
 もとから隠れる気もなかったけど、叩きのめした男の人、タイミングよくこっちを見てたらしい。

「てめぇ、さっきはよくも!」

 騒ぐ男の人を、シルファ先輩、信じられないほど冷ややかな目で見た。
 紫水晶の瞳が、青みがかったようにさえ見える。

 先輩、絶対にかなり怒ってる。
 もし手でも出してきたら、さっき以上に手加減なしだろう。

「親父、こいつらが俺を――」
「待て。聞いた話と違うぞ?」

 どうなるかと思ったけど、意外にもお父さんのほうが、騒ぐ息子さんを止めた。

「不埒者にやられたと言っていたが、お前は女にやられたのか? この面汚し目が!」
「あ……」

 例の男の人が、しまった、という顔になる。
 それにしてもお父さん、なんだかひどい言い方だ。

「まぁいい。このままというわけには行かないからな。
 そこのお嬢さん、話が――」

 歩み寄ってきたおじさんが、言葉の途中で文字通り固まった。

「私は用はないぞ」
「え、あ、いや、その、後ろにいるおチビちゃんは、もしや……」

 すごい慌てぶりで、先輩の話を聞いてない。
 何より、「おチビちゃん」って……。

 自分のことだと分かってるけど、こういうふうに言われると、けっこう腹が立った。

「あたしが、何ですか?」

 思わずちょっと、冷たい言い方になる。

「も、もしかして、カレアナ様の……?」
「え? 母を、ご存知なんですか?」

 思いがけない名前が出てきて、驚いて聞き返す。
 もしかして母さん、またひと騒動起こして、迷惑かけたんじゃないだろうか。

「えっと……うちの母、何かしましたか?」
「め、滅相もない!」

 おじさん、土下座でもしそうな勢いだ。
 ぜったい母さん、何かやってる。

「えぇと、その、すみません……うちの母が何か、ご迷惑おかけしたみたいで」

 とりあえず謝る。
 でもそうしたらおじさん、両手をぶんぶん振りながら否定した。

「迷惑なんて、とんでもない!」

 さらにおじさんが続ける。
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