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第10話 空(うつほ)なる真実

閑話休題、孤島にて Episode:06

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 だがこのままにしておけば、いつかシルファは、もっとひどく傷つくだろう。

「話……?」

 何かを察したのか、不安そうな彼女にタシュアは言った。 

「夏の終わりとは言え、汗に濡れた服では風邪をひきます。屋敷に戻ってからに」
「あ、ああ……」

 彼女がざっと汗を拭き、サイズ(大鎌)をブレスレットに戻すのを待ってから、歩き出す。
 波の音に混ざって、砂を踏む音が響く。

 出会った頃は、いつも自信なさそうにしていたシルファ。
 たが少しずつ、着実に変わっていった。

 上級傭兵になってからは、いくつも任務をこなし、後輩たちの指揮も執るようになったせいか、急速に伸びていると思う。
 話を聞く限りでは、友人も増えつつあるようだ。

 だとすればトラウマの克服は、もう一息なのかもしれない。

 ――それならば、なお。

 自分のそばから一歩踏み出せば、彼女の世界が広がり、拓けていくのではないか?
 そんなふうにも思う。

 もしかすると既に、シルファは立派に独りでやれるのかもしれない。
 それならばタシュア自身が、彼女の回復を邪魔していることになる。

(どれが事実なのでしょうかね)

 もっとも、分かれば苦労はしない。
 そもそも人の心というのは、そんな単純なものではない。

 歩いてすぐの屋敷へ、二人して戻る。

「部屋はどこです?」
「こっちだ」

 さすがにシルファの部屋は分からないため、彼女の先導で廊下を歩いていく。
 暗くて足元が見えづらいのだろう、シルファの歩調はゆっくりだった。

(せめて客が居る間くらい、明かりを点ければいいものを)

 夜目の利く自分はさほど困らないが、シルファはそうは行かない。
 だいいちこれでは、夜中に部屋を出た客が、何かにぶつかって怪我をしかねない。

 そんなことを思いながら着いた部屋は、タシュアにあてがわれたのと同じ階だった。
 どうやらこの階すべてが、客用になっているらしい。

 鍵を開け中に入ったシルファに続いて、タシュアも部屋に足を踏み入れる。

(……おや)

 点けられた明かりに目を慣らしながら、見回した室内は、タシュアの部屋より立派だった。
 ルーフェイアの客ということで、最上位の部屋が充てられたのだろう。

「それで、話とは何だ?」

 声を少し尖らせて、シルファが言う。
 先程はだいぶ気持ちの整理がついたように見えたが、違ったようだ。

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