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第10話 空(うつほ)なる真実

閑話休題、孤島にて Episode:16

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 優しくしてくれた人と、何度も何度も引き離された。
 泣いて追いすがると、ひどく怒られた。

 だから目立たないように、追い出されないように、家の隅で息をひそめて、ただ黙って毎日を過ごしていた。

 暗く、冷たく、寂しい記憶。
 辛くて悲しくて、このまま消えてしまいたいと、何度思っただろうか?

「シルファ、落ち着いてください」

 タシュアの声。

「別に、今日明日死ぬわけではありませんよ。生き汚いのが取り得でしてね。ただ――」

 何か言っているが、頭に入ってこない。
 いやだ……独りはいやだ……。

「――あなた自身の居場所を――」
「そんな話、聞きたくないっ!」

 思わず叫ぶ。

 何も聞きたくなくて、耳をふさぐ。
 言葉を振り払いたくて、頭を振る。

 居場所はある。ここにある。他になんてない。
 それなのに……。

「ですから、シルファ――」

 タシュアが言いかけたのを無視して、立ち上がる。

 テーブル越しに手を伸ばし、彼の首に腕を回す。
 身を乗り出して、引き寄せて、しがみつく。

 ――離したらきっと、独りになってしまう。

 どこかがカップに引っかかったのだろう、床に落ちて割れる音がした。

 服越しに伝わる、体温。
 タシュアがまた何か言おうとしたが、強引に唇を重ねる。

 ――聞きたくない。

 タシュアと居られればそれでいい。
 他に何も要らない。将来がどうでも構わない。

 だから……。

 タシュアの手が、私の頭を包み込んだ。
 息をついたところで少しだけ離されてから、抱き寄せられる。

 広い肩と胸。その中で震える。
 また何もかも失くしてしまうかもしれない、その恐怖から逃れられない。

「独りは、いやだ……」

 答えはなくて、代わりにそっと頭を撫でられた。
 彼の手が動くたびに、少しずつ不安が溶ける。

 小さな安心感が、徐々に広がっていく。
 何度も頭を撫でられたあと、必死にしがみ付いていた腕をそっとほどかれて、座らされた。
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