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第21話 憧れのヒト

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「そういやイサ、あんたが教えてくれたお菓子ね、お城の料理人が教えてくれないかってたよ」
「お菓子って、ビスケット?」
「違う違う、ほら、ふわふわしたパンさ。姫さまに差し上げたいんだと」
「あぁ、シオンね」

 ズデンカさんのいちばん上の息子は料理好きで、修行に出て今はお城の厨房にいるって聞いたから、そこから料理人の耳にまで届いたんだろう。
 そういえば何日か前、ちょうどズデンカさんのところに、お茶の葉を取りに戻ってきてたし。

 そしてイサさんが作ったシオンとか言う、陶器のコップに生地を入れて焼いて、最後に逆さにして冷ましたパンみたいなお菓子は、たしかにふわふわで美味しかった。
 あれはぜったい、貴族の食べ物だ。姫さまにって言うのもわかる「今度来て、教えてくれとさ」

「お城まで? 遠そうねぇ」

 この世界に慣れてないイサさんは、乗り気じゃなさそうだ。馬車に酔う体質らしいから、よけいに嫌なんだろう。

 けど、僕は行きたかった。

 お城にはさっき話にも出てきたとおり、お姫さまがいる。
 これが大変な美人だとかで、ひと目見たいと濠を泳いで渡って塀をよじ登るヤツまでいるんだとか。

 で、お菓子を食べるのはその姫さまなわけで……おばさん、もしかしたら姫さまに会えるかもしれない。
 だから上手く一緒に行ければ、僕も姫さまに会えるかもしれない。

「イサさん、行きましょうよ。せっかく欲しいって言ってるんです。食べさせてあげないと」
「でもねぇ……」

 まだ渋るおばさんに、僕は重ねて言う。

「僕も行きます。荷物でもなんでも持ちますから」
「あら、荷物持ちしてくれるの?」
「ええ、もちろん!」

 姫さまをひと目見られるなら、荷物なんてお安い御用だ。

「じゃぁ、行こうかな」
「ならイサ、息子にそう連絡するよ。スタニフ、手紙書いてくれるかい?」
「はい!」

 村の人たちの手紙を書くのは、僕の仕事だ。昔は村長さんがやってたらしいけど、あまりに忙しいから、師匠が村に来てからはみんなこっちへ来るようになった。

 でも師匠はあの性格だから、僕が弟子になってからは、みんな僕に頼むようになってる。

「いま、ペン取ってきますね」
「あぁ、頼むよ」

 そんな声を背に、うきうきしながら僕は自分の部屋へと駆けだした。
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