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第七章 この世から青色が消えたなら
66. 適任者
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――浮夜絵師なの……?
片喰の一部始終を見守る百里香は、この疑問でいっぱいだった。でも、その疑問を口にしたら、片喰とは二度と会えなくなる気がした。
「チートかよ。おかしいと思ってたんだ」
躊躇う百里香とは逆に、狐鼠は片喰の正体に迫る。
「オレが創った“夢幻楼閣”はキズモノとオンナしか見つけられない。この余白に入り込んだキズモノは、落画鬼の支配から逃れられない」
その口振りから察するに、地下通路のグラフィティすべてが落画鬼の憑依の器となり、特定の人間しか立ち入れない――歪んだ異空間を形作っているのだろう。
そう考えれば、狐鼠がくり返していたグラフィティ修復や、隙間なく重ねる上書きにも合点がいく。
「オニーサンは間違いなくキズモノなのに、これだけ抵抗するってことは」
「ジブンそういうの効かないんで」
片喰は自信ありげに狐鼠の言葉を遮るも、その表情は険しく一致しない。
「つーわけで、できれば大人しく“筆”を渡してくれたら助かるっす」
「泣きつくのが早いんじゃない? もう少しその鏡で遊んでよ」
狐鼠はいまだ自由を奪われているにも拘わらず、不気味なほど口角をあげる。
「“照魔鏡に照らす”的な? 落画鬼を鏡に映して、化けの皮剥ごうって感じ?」
「あー、その予定だったんすけど。ジブン無駄なこと、あんましたくなくて」
「偽物だってことももう気付いてるの?」
「こう見えて“適任者”なもんで」
ふたりの会話にまるでついていけない百里香。だが、鏡に映る女が何事もなかったかのように佇んでいる様を見て、状況は芳しくないとすぐにわかった。
異臭が漂うほど燻っていたはずの顔は、焼け爛れ痕ひとつない。鏡越しに目が合うと、白雪の顔に浮かぶ元より細い目を線にして微笑んでくる。それは人に危害を加えることを厭わない、殺しを楽しめる残忍さすら滲んでいる。そして……。
それと瓜二つの女が片喰の背後をとっていた。
「分身でフェイントかけてくるとか、マジ狐につままれた気分っすね」
「でしょ? そんなちっこい鏡じゃ、本体を捉える前に夜が明けちゃうよ」
片喰はせせら笑う狐鼠を盛大に突き飛ばしては、背後に鏡をかざす。すぐに舌打ちする片喰を見て、百里香も顔をしかめた。
(……あれも偽物、分身ってこと? 本体はどこに)
百里香が周囲を見渡そうとした瞬間、突然の殺気に身が竦む。針が千本降り注ぐレベルのイメージが脳裏をよぎる。青ウサギの戦闘を彷彿とさせる。
(でも、烏の羽根どころじゃない……簪だ)
耳に障る鋭利な音で、ポルノ・グラフィティに描かれた髪飾りだと確信した。
(無理無理、私に避けられるわけない……!)
どうすればいいのかわからず、しゃがみこもうとした百里香の身体が宙を浮く。
「何度もサーセンっ!」
片喰の声と、百里香がその胸板にしがみつくのはほぼ同時だった。金属音がぶつかり合う音と散らばり落ちる装飾品の数々。片喰がコンパスで風を切り弧を描きながら、次々と弾き落としている。
「“先輩すべてがやわらけーヒャッホー役得ゥ!”って喜ぶとこっすけど、ドサクサに紛れてこういうの、ジブンちょっと複雑っす」
不服そうに言いながらも、片喰の温かい手は百里香を大事そうに抱え直す。それも束の間、百里香には言葉を返すどころか口を開く暇さえ与えられなかった。
弾ける火花と飛び交う色彩のなかを、片喰は信じられない動きで駆け抜けていくからだ。洗濯機のなかに押し込められたような感覚だけが百里香を必死にさせる。
「あ、先輩いま『もしかしたら、このまま逃げ切れる?』って、思ったんじゃないっすかー?」
片喰の軽い口調は、人助けのときに不安にさせないためなのだろうか。百里香は不思議と解れていく胸の内に、そう感じずにはいられない。
「先輩、憶えてます? “英雄画風”の話」
百里香はこくこくと頷いた。浮夜絵師独自のスタイルと技法を示す“英雄画風”。イメージ的には結界や領域に近いと、残業合間に片喰から聞いたことがある。
「それと似た感じで、ジブンらはいま落画鬼の腹んなかにいるようなもんっす。ぶっちゃけラスボス級のエグさで、逃げてるだけじゃ無理っすね」
“英雄画風” に比べて、これは異能そのものが具現化した空間――
踏み込んだ時点で、すでに落画鬼の支配下に囚われてしまっているのだと百里香は理解した。
片喰が駆け出してからしばらく経つ。攻撃を避けながらとはいえ、そんなに長い地下通路でもない。出口も見えているのに、さっぱり近づいてこない。
「グラフィティを消せば……」
百里香は言いかけたものの、すぐに口を噤む。片喰の腕のなかから垣間見る世界は、まるで万華鏡だった。グラフィティが途切れることはない。これを無数の攻撃を避けながら、地道にひとつひとつ消していくことは不可能だ。確実に死ぬ。
「それもちと厳しいかもっすね」
残念そうに答える片喰の横を、簪がかすめていく。
「落画鬼を消すか、奴をコントロールする絵師の“筆”を折るしかないんすよ」
「……筆?」
狐鼠はスプレー缶しか持っていなかったはず。眉を寄せる百里香に片喰は頷く。
「そっすよね。大抵の絵師は隠すんで。ま、強引に奪ったところで、落画鬼が弱ってないと簡単には折れないんすけど」
だから落画鬼を消すには浮夜絵で弱体化させる必要がある。百里香は理解した。
「それにひとつ引っ掛かってることがあるんすよね」
飛来する大きな笄に向かって、コンパスをかざすだけで砕き落としていく片喰。どういう理屈か不明だが、見えない盾に守られているようだった。
「あの落画鬼、名前ついてませんでした?」
「……たしか、“阿紫”って」
「ジブンの勘違いかもしれないんすけど、落画鬼って名前つけちゃ……」
片喰の所作や立ち振る舞いから、青ウサギに引けを取らないようにも見える。それでも活路を見出せそうにない言葉の数々、この落画鬼の厄介さがひしひしと伝わってくる。手の力が抜けていく百里香。
「諦めるのはまだ早いっすよ、先輩」
片喰は、百里香を支える手に熱を込める。
「浮夜絵師は“絵空事”で、基本やら常識やらを塗り替えていくのがウリなんで」
百里香がこれまで鬱陶しいとまで感じてきた喜色満面の笑みが、頼もしく見える。これが御三家色の強さなのかと、気が遠くなるような羨望に包まれる。
「ジブンの英雄画は、狐なんとかが言ってた通り、真実を暴く鏡なんすよ。なんで落画鬼を映せれば、この地下通路も元に戻るっす」
そのために、片喰は気絶したフリをして、落画鬼本体を探っていたのだろう。
「ただ、ジブンひとりじゃ本体捕まえられそうにないんすよね。なんで先輩……」
「……え」
片喰は言い終わらぬうちに、そっと百里香のジャケットに手を忍ばせる。
「やっ、な、なにっ近っ!?」
正気なのかはたまたすでに憑かれているのか。耳元に急接近する片喰に困惑する百里香。
「提案なんすけど、たまにはジブンの残業、付き合ってくれないっすか?」
囁くように耳打ちする片喰と、ジャケットの内ポケットに残る重量感。
「この鏡をジブンの顔にかざしてほしいんすよ」
「……片喰くん、なに言って」
「さっきジブンを突き飛ばしたときみたいに真正面からやっちゃってオッケーす」
「ねえ、待って……」
なんとなく片喰の考えが見えてくる。百里香が察した通りなら、あまりにも危険な作戦ではないか。できることなら、気付いていないフリをしたい。
「突き飛ばすより、簡単でしょ?」
「こんな時まで冗談やめてよ」
不安げな表情を浮かべる百里香。片喰はそれに応えることなく、銃弾と同じ音を響かせる簪に向かって、足を振り上げる。
「……痛っっっ!!」
「ちょちょっと……なにしてんの!?」
百里香は慌てて片喰を引き寄せる。どう見ても、わざと刺さりにいったようにしか見えなかった。
「奴に憑依されると、身体能力あがるみたいなんで……っ」
息を吐き出しながらも、努めて明るく振る舞う片喰。
(だから、あらかじめ肉体を弱らせておこうってこと……?)
やがて百里香が察した通りの作戦が、片喰の口から紡がれた。
「落画鬼をジブンに憑依させるっす」
「駄目だよ、そんなの。私にさんざん自傷云々言っておいて……」
百里香は丁子色のハンカチを迷うことなく足へ押し当てた。すぐに生ぬるく重い赤色が布越しに感じられ、目眩がする。百里香を労わるように抱きしめる片喰。直後、背中に突き刺さる鈍い衝撃が、彼の胸越しに伝わってくる。息が詰まる。
「急所は回避してるんで平気っすよ。髪飾りが刺さったくらいじゃ死なないっす……たぶん」
「たぶんて……」
片喰は微笑んでみせるが、やせ我慢であることは明らかだった。
「地下通路さえ元に戻れば、先輩の推しがすぐきますから……必ず助かるっす」
推しと聞いて、ぱっと思い浮かぶ少年の姿。
「……青、ウサギ……?」
「ジブンはあんなに強くないんで、こうするしかないんす」
片喰は甘んじて攻撃を受け入れていく。――
本来、浮夜絵師は三人一組で行動する。片喰にも“三原色”があるはずだ。
だが……。
(私を止めようと、単独行動しちゃったから……)
事実を述べなかったのは、片喰の優しさなのだろう。その優しさが、却って百里香の罪悪感を助長する。
「そんなの駄目だってば。もっとほかの方法考えようよ」
「……なんのために。ジブンが“適任者”に選ばれたと思ってんすか」
片喰はふらつきながらも立ち上がると、百里香を全身で庇うように手を伸ばす。
「先輩ならやれるっすよ」
その振り向きざまの目配せを合図に、浮夜絵師の手からコンパスが零れ落ちた。
片喰の一部始終を見守る百里香は、この疑問でいっぱいだった。でも、その疑問を口にしたら、片喰とは二度と会えなくなる気がした。
「チートかよ。おかしいと思ってたんだ」
躊躇う百里香とは逆に、狐鼠は片喰の正体に迫る。
「オレが創った“夢幻楼閣”はキズモノとオンナしか見つけられない。この余白に入り込んだキズモノは、落画鬼の支配から逃れられない」
その口振りから察するに、地下通路のグラフィティすべてが落画鬼の憑依の器となり、特定の人間しか立ち入れない――歪んだ異空間を形作っているのだろう。
そう考えれば、狐鼠がくり返していたグラフィティ修復や、隙間なく重ねる上書きにも合点がいく。
「オニーサンは間違いなくキズモノなのに、これだけ抵抗するってことは」
「ジブンそういうの効かないんで」
片喰は自信ありげに狐鼠の言葉を遮るも、その表情は険しく一致しない。
「つーわけで、できれば大人しく“筆”を渡してくれたら助かるっす」
「泣きつくのが早いんじゃない? もう少しその鏡で遊んでよ」
狐鼠はいまだ自由を奪われているにも拘わらず、不気味なほど口角をあげる。
「“照魔鏡に照らす”的な? 落画鬼を鏡に映して、化けの皮剥ごうって感じ?」
「あー、その予定だったんすけど。ジブン無駄なこと、あんましたくなくて」
「偽物だってことももう気付いてるの?」
「こう見えて“適任者”なもんで」
ふたりの会話にまるでついていけない百里香。だが、鏡に映る女が何事もなかったかのように佇んでいる様を見て、状況は芳しくないとすぐにわかった。
異臭が漂うほど燻っていたはずの顔は、焼け爛れ痕ひとつない。鏡越しに目が合うと、白雪の顔に浮かぶ元より細い目を線にして微笑んでくる。それは人に危害を加えることを厭わない、殺しを楽しめる残忍さすら滲んでいる。そして……。
それと瓜二つの女が片喰の背後をとっていた。
「分身でフェイントかけてくるとか、マジ狐につままれた気分っすね」
「でしょ? そんなちっこい鏡じゃ、本体を捉える前に夜が明けちゃうよ」
片喰はせせら笑う狐鼠を盛大に突き飛ばしては、背後に鏡をかざす。すぐに舌打ちする片喰を見て、百里香も顔をしかめた。
(……あれも偽物、分身ってこと? 本体はどこに)
百里香が周囲を見渡そうとした瞬間、突然の殺気に身が竦む。針が千本降り注ぐレベルのイメージが脳裏をよぎる。青ウサギの戦闘を彷彿とさせる。
(でも、烏の羽根どころじゃない……簪だ)
耳に障る鋭利な音で、ポルノ・グラフィティに描かれた髪飾りだと確信した。
(無理無理、私に避けられるわけない……!)
どうすればいいのかわからず、しゃがみこもうとした百里香の身体が宙を浮く。
「何度もサーセンっ!」
片喰の声と、百里香がその胸板にしがみつくのはほぼ同時だった。金属音がぶつかり合う音と散らばり落ちる装飾品の数々。片喰がコンパスで風を切り弧を描きながら、次々と弾き落としている。
「“先輩すべてがやわらけーヒャッホー役得ゥ!”って喜ぶとこっすけど、ドサクサに紛れてこういうの、ジブンちょっと複雑っす」
不服そうに言いながらも、片喰の温かい手は百里香を大事そうに抱え直す。それも束の間、百里香には言葉を返すどころか口を開く暇さえ与えられなかった。
弾ける火花と飛び交う色彩のなかを、片喰は信じられない動きで駆け抜けていくからだ。洗濯機のなかに押し込められたような感覚だけが百里香を必死にさせる。
「あ、先輩いま『もしかしたら、このまま逃げ切れる?』って、思ったんじゃないっすかー?」
片喰の軽い口調は、人助けのときに不安にさせないためなのだろうか。百里香は不思議と解れていく胸の内に、そう感じずにはいられない。
「先輩、憶えてます? “英雄画風”の話」
百里香はこくこくと頷いた。浮夜絵師独自のスタイルと技法を示す“英雄画風”。イメージ的には結界や領域に近いと、残業合間に片喰から聞いたことがある。
「それと似た感じで、ジブンらはいま落画鬼の腹んなかにいるようなもんっす。ぶっちゃけラスボス級のエグさで、逃げてるだけじゃ無理っすね」
“英雄画風” に比べて、これは異能そのものが具現化した空間――
踏み込んだ時点で、すでに落画鬼の支配下に囚われてしまっているのだと百里香は理解した。
片喰が駆け出してからしばらく経つ。攻撃を避けながらとはいえ、そんなに長い地下通路でもない。出口も見えているのに、さっぱり近づいてこない。
「グラフィティを消せば……」
百里香は言いかけたものの、すぐに口を噤む。片喰の腕のなかから垣間見る世界は、まるで万華鏡だった。グラフィティが途切れることはない。これを無数の攻撃を避けながら、地道にひとつひとつ消していくことは不可能だ。確実に死ぬ。
「それもちと厳しいかもっすね」
残念そうに答える片喰の横を、簪がかすめていく。
「落画鬼を消すか、奴をコントロールする絵師の“筆”を折るしかないんすよ」
「……筆?」
狐鼠はスプレー缶しか持っていなかったはず。眉を寄せる百里香に片喰は頷く。
「そっすよね。大抵の絵師は隠すんで。ま、強引に奪ったところで、落画鬼が弱ってないと簡単には折れないんすけど」
だから落画鬼を消すには浮夜絵で弱体化させる必要がある。百里香は理解した。
「それにひとつ引っ掛かってることがあるんすよね」
飛来する大きな笄に向かって、コンパスをかざすだけで砕き落としていく片喰。どういう理屈か不明だが、見えない盾に守られているようだった。
「あの落画鬼、名前ついてませんでした?」
「……たしか、“阿紫”って」
「ジブンの勘違いかもしれないんすけど、落画鬼って名前つけちゃ……」
片喰の所作や立ち振る舞いから、青ウサギに引けを取らないようにも見える。それでも活路を見出せそうにない言葉の数々、この落画鬼の厄介さがひしひしと伝わってくる。手の力が抜けていく百里香。
「諦めるのはまだ早いっすよ、先輩」
片喰は、百里香を支える手に熱を込める。
「浮夜絵師は“絵空事”で、基本やら常識やらを塗り替えていくのがウリなんで」
百里香がこれまで鬱陶しいとまで感じてきた喜色満面の笑みが、頼もしく見える。これが御三家色の強さなのかと、気が遠くなるような羨望に包まれる。
「ジブンの英雄画は、狐なんとかが言ってた通り、真実を暴く鏡なんすよ。なんで落画鬼を映せれば、この地下通路も元に戻るっす」
そのために、片喰は気絶したフリをして、落画鬼本体を探っていたのだろう。
「ただ、ジブンひとりじゃ本体捕まえられそうにないんすよね。なんで先輩……」
「……え」
片喰は言い終わらぬうちに、そっと百里香のジャケットに手を忍ばせる。
「やっ、な、なにっ近っ!?」
正気なのかはたまたすでに憑かれているのか。耳元に急接近する片喰に困惑する百里香。
「提案なんすけど、たまにはジブンの残業、付き合ってくれないっすか?」
囁くように耳打ちする片喰と、ジャケットの内ポケットに残る重量感。
「この鏡をジブンの顔にかざしてほしいんすよ」
「……片喰くん、なに言って」
「さっきジブンを突き飛ばしたときみたいに真正面からやっちゃってオッケーす」
「ねえ、待って……」
なんとなく片喰の考えが見えてくる。百里香が察した通りなら、あまりにも危険な作戦ではないか。できることなら、気付いていないフリをしたい。
「突き飛ばすより、簡単でしょ?」
「こんな時まで冗談やめてよ」
不安げな表情を浮かべる百里香。片喰はそれに応えることなく、銃弾と同じ音を響かせる簪に向かって、足を振り上げる。
「……痛っっっ!!」
「ちょちょっと……なにしてんの!?」
百里香は慌てて片喰を引き寄せる。どう見ても、わざと刺さりにいったようにしか見えなかった。
「奴に憑依されると、身体能力あがるみたいなんで……っ」
息を吐き出しながらも、努めて明るく振る舞う片喰。
(だから、あらかじめ肉体を弱らせておこうってこと……?)
やがて百里香が察した通りの作戦が、片喰の口から紡がれた。
「落画鬼をジブンに憑依させるっす」
「駄目だよ、そんなの。私にさんざん自傷云々言っておいて……」
百里香は丁子色のハンカチを迷うことなく足へ押し当てた。すぐに生ぬるく重い赤色が布越しに感じられ、目眩がする。百里香を労わるように抱きしめる片喰。直後、背中に突き刺さる鈍い衝撃が、彼の胸越しに伝わってくる。息が詰まる。
「急所は回避してるんで平気っすよ。髪飾りが刺さったくらいじゃ死なないっす……たぶん」
「たぶんて……」
片喰は微笑んでみせるが、やせ我慢であることは明らかだった。
「地下通路さえ元に戻れば、先輩の推しがすぐきますから……必ず助かるっす」
推しと聞いて、ぱっと思い浮かぶ少年の姿。
「……青、ウサギ……?」
「ジブンはあんなに強くないんで、こうするしかないんす」
片喰は甘んじて攻撃を受け入れていく。――
本来、浮夜絵師は三人一組で行動する。片喰にも“三原色”があるはずだ。
だが……。
(私を止めようと、単独行動しちゃったから……)
事実を述べなかったのは、片喰の優しさなのだろう。その優しさが、却って百里香の罪悪感を助長する。
「そんなの駄目だってば。もっとほかの方法考えようよ」
「……なんのために。ジブンが“適任者”に選ばれたと思ってんすか」
片喰はふらつきながらも立ち上がると、百里香を全身で庇うように手を伸ばす。
「先輩ならやれるっすよ」
その振り向きざまの目配せを合図に、浮夜絵師の手からコンパスが零れ落ちた。
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盾で守り
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ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。
――そんなある日。
聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。
盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。
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