RGB:僕と浮世離れの戯画絵筆 ~緑色のアウトサイダー・アート~

雪染衛門

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第九章 すべての絵師を処せ

83. ゼロ・トラレンス

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スパッと断ち切るように終わったアウトロの余韻を残さず、部屋に静寂せいじゃくが戻る。

――『君のお父さんは、絵憑師えつけしじゃない』

今日の帰り道、家の前でふいに告げられた実葛さねかずらさんの言葉が、耳の奥で反響する――


◆◆◆

呼吸が止まりそうになった。

「……え?」

「同じ力を持つ絵師として、そう感じているんだ」

混乱して、何から聞けばいいのかわからない。
目を泳がせるばかりだった。

「ただ、当時の僕の立場じゃ、県警の判断を正面から否定するわけにもいかなくてね。だから、ずっと誰にも言えなかった」

実葛さんは、まっすぐに僕を見る。

「……だが、緑光ろくみつくん。君にはようやく話すにる時がきたと、そう思えたんだ」

目をそらせなかった。僕は小さくうなずく。

「まず順を追って話そうか。君のお父さんが“絵憑師”と疑われた理由を」

実葛さんは、一拍いっぱく置いてから、静かに切り出した。

「ひとつは、“和紙”だ。落画鬼らくがき犯罪組織のなかに、“紙”を神聖視しんせいしする一派がいる。
あの日、君のお父さんが所持していた和紙は、彼らが好んで使用していたものと一致していたんだ」

「……それだけじゃ、やっぱり……納得できないです」

本当は、まだ話の途中だってことくらいわかってる。なのに、思わず声が漏れた。
僕は視線を落とす。

「あの頃は、紙はまだ普通に流通してましたし……たまたま同じものだったってだけじゃ……」

「その感覚は、至極しごくまっとうだよ」

実葛さんは、穏やかに頷いた。

「でも、当時の県警には、落画鬼犯罪に関する知識がほとんどなくてね。
現場に残された物的証拠に頼らざるを得なかったんだ」

事件当時、浮夜絵師うきよえしの存在は、まだ“噂”のいきを出ていなかった。
警察のなかでも、その実態を知っていたのは、ほんの一握りだけ。

デジタル化が進む社会において、“紙”を象徴とする国家犯罪組織が公安筋で危険視されている――
その断片的な情報だけが共有されていた当時の警察にとって、それで十分だった。

実際、その一派が紙に固執こしつする理由は、単なる物質的なものだけではなかった。

テクノロジーを拒み、過去の価値観に執着する姿勢は、ある種の宗教的信仰に近く見えたからだ。
そして、“思想の表れ”として紙を所持していただけで、父への疑いは一気に現実味を帯びた。

「……四十八茶しじゅうはっちゃ百鼠ひゃくねず

自然と、その名前が口をついた。

十八年前、僕が生まれる前に起こった侵略大災インベイジョン
浮夜絵師が総動員された落画鬼犯罪組織・四十八茶百鼠の大規模な内部抗争。
その余波で、組織は大幅に力を削がれたと聞いていたのに――

「もうひとつは、“消しゴム”だ」

「……完全抹消ゼロ・トラレンス

落画鬼の存在の一切を許さない――厳格な法的措置。
それに必要不可欠な人工物アーティファクトが、消しゴムイレイザーだ。

国家の管理下で極秘に生成されるそれは、落画鬼を完全に消去イレースできる唯一の手段だった。

「そう。消しゴムの支給を受けてはじめて、“浮夜絵師”と名乗ることが許される。
それがなければ、いかなる理由があろうと、戦闘行為は罰せられる」

実葛さんは「警察手帳と同じようなものだ」と言って、手帳を掲げた。
薄型液晶が起動し、微かな電子音とともに顔写真が浮かぶ。

「……そして現場には、消しゴムが使用された形跡がなかった」

現場に残されていたのは、
“色があるようで色のない、少し色のある名状めいじょうしがたい不気味な液体”――
落画鬼が弱体化した痕跡だけ。

この状態で放っておけば、いずれ復活してしまう。

完全抹消ゼロ・トラレンス』を掲げる政府のもとで活動する浮夜絵師たちは、
消去イレース”以外の選択肢はない。

それが、権能行使けんのうこうしを許された特異とくいな絵師――“浮夜絵師”に課された、国への忠誠だった。

確かに秩序を保つには、当然の仕組みで、理に適っている。

でも――そのは、いまの僕には妙に冷たく感じて、胸の奥がきしむ。

「……父は、僕を守るために絵を描いたんです。
あのとき父が助けてくれなかったら、家族は全員、間違いなく……!」

「それが看過されてしまっては、法も警察もらなくなってしまう」

「……そうだとしても……」

言葉にするには早すぎて、でも黙っているには苦しすぎた。

「だけど……っ」

“正義”とはなんなのか。見失ってしまいそうで怖かった。

「想いだけじゃ……絵描きは、認められないんですか……?」

涙をこらえるたび、唇が小刻みに震え、言葉がつっかえた。

是正ぜせいされた絵じゃなきゃ、秩序とさえ呼ばれないんですか?」

“アウトサイダー”に……正しさは、ないのだろうか。

「酷なことだが、警察は“正義”で人を裁く組織じゃない。
法に従って動く存在なんだ。……想いまでむことはない」

実葛さんは、苦いものでも噛みしめるように、目を細める。

「だからこそ、目に見えるとして、消しゴムの存在が重要になるんだ」

言葉の奥に、実葛さんの怒りと――深い無念がにじんでいるのを、僕は感じ取った。

職務と信念、そのせめぎ合いのなかで、彼はずっと闘っているんだ。

このまま感情をぶつけたところで、きっと実葛さんを苦しめてしまうだけだ。
そんなこと、僕にはできない――喉元のどもとにつっかえる大きな衝動を、ぐっと飲み込んだ。

「……ただね」

実葛さんのまなざしは、僕が飲み込んだ言葉を理解しているようだった。

「それらを踏まえても、やはり君のお父さんは、絵憑師じゃない。
……そう信じられる理由が、僕にはある」
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