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最終章
第11話 決着1
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僕らが自分の部屋に引きこもってしまった小池君と話し合った翌朝、小池君は高校に登校してきた。
さすがに緊張していたのか、恐る恐るといった様子で教室に入ってきて周囲の様子を窺いながら、小池君が自分の席に座った。
クラス中のほとんどの生徒が話すのをやめて、腫れ物に触るようにして、黙ってその小池君に視線を注いでいる。
僕はそんな小池君の席へと歩いて行って、笑顔で言った。
「おはよう、小池君」
小池君はそんな僕を見上げて、じわっと涙ぐんでから、それからそれを隠すように俯いて、少し照れたように応えてくれた。
「おはよう、赤崎君」
ああ、そうだ。
昨日から、僕らは友達になった。
ただ、一方的に利用されて、利用する関係なんかじゃない。
僕らは、互いの見せたくないところを、共有し合ったんだ。
君は失恋したその様を、僕はこれまで見せてこなかった他人への厳しさを。
「小池君、顔を上げなよ」
僕は笑顔を崩さずに、そう小池君に言い聞かせる。
小池君は慌てて目を手でごしごししてから、顔を上げる。
「ここが、君が自分で切り開いた、君の居場所だよ」
僕は柔らく微笑んだ。
心の底から。
小池君を尊敬しながら。
僕のように壊れることなく、一歩前に踏み出した小池君を。
「何か、赤崎君、君、変わったね」
小池君が、眩しいものでも見るかのように目を細めて僕を見つめた。
あのオレンジ色に染められながら、田口さんと成瀬さんに見つめられていたとき、そうなっていく予感が、僕の心のどこかにはあった。
でも僕は、ただ微笑んだまま、静かに言った。
「変わったのは、君のほうだよ、小池君。君は勇気を振り絞って、ここまでたどり着いた。それを、僕は尊敬している」
あのとき、いじめに屈して、壊れてしまった僕にはできなかったことをやってみせた小池君のことを、僕もまた眩しいものでも見るかのように目を細めて言った。
それから、朝のホームルームが始まり、それが終わるとまた小池君の席のそばで小池君と話していた僕のほうに、高橋君が歩いてきた。
「おーい、赤崎」
高橋君が、僕の顔を見ながら声をかけてくる。
また、宿題を見せてほしいと言ってくるかと思いきや、高橋君は、スマホを取り出して、僕に今流行りのロックバンドの画像を見せてきた。
「このバンド、超いけてると思うんだけど、どう思う?」
僕はぽかんとして、高橋君を見た。
「あれ、このバンド知らない?」
「いや、知ってるけど、高橋君のことだから、宿題見せてくれって言ってくるかなと思って……」
僕は戸惑いを隠せないでそう言うと、高橋君はぼりぼりと頭をかきながら言った。
「ああ、いや、あれはもうやめたよ。どうせ、田口が邪魔してくるし、女子に頼り続けるのもだせーと思い始めてな。それより、お前、音楽に詳しいから、音楽について語り合いたくてな。特にロックな」
変わっていく、高橋君も。
高橋君を変えたのは僕じゃない、田口さんだ。
ちらっと遠目で、窓際の席の田口さんを見ると、田口さんがこっちを見ながら、笑顔で満足げに頷くのが見えた。
全く、あの無敵のノーギャルは……。
このままいくと、僕までも変えられてしまいそうだ。
でも、勝負はまだ続く。
僕が無敵のイエスマンであり続けるか、その生き方を田口さんが変えるか。
「ああ、このバンドは知ってるよ。特に、ロンリーって曲が、僕の一番のお気に入りかな」
そう言うと、目を輝かせて、高橋君は興奮ぎみにそう言う。
「いいよな、あの曲。なんか、すげー悲しい曲なんだけど、最後に曲調が変わって、前を向かせてくれるような終わり方するんだよな!」
「へぇ、そうなんだ、俺も聴いてみようかな」
小池君もおずおずと会話に混ざってくる。
高橋君が小池君を見て、目を輝かせたまま、自分のお勧めの曲の名前をスマホの画像で小池君に見せ始める。
小池君もスマホを取り出して、その曲名を検索して、それをスマホの音楽アプリのプレイリストに入れ始めた。
ロンリー。
僕は決して、嘘はついていない。そのバンドの僕の一番お気に入りの曲だ。そして……。
恋人に振られて独りになった男が、どれだけひどい振られ方をしたとしても、今、どれだけ孤独になったとしても、あのときの二人の恋の輝きは本物だったと思い、前を向いてまた人生を歩き始める。
そんな歌詞だ。
曲調は、高橋君が言った通り、初めは悲しいものの、最後の盛り上がりで一気に明るくなる。
今の小池君にぴったりの曲だと思った。
「そういや、小池はどんな音楽聴いてんだ?」
一通りのお勧めを小池君に教えた高橋君が、小池君に尋ねる。
「え、いや、アニソンとか」
「アニソンかぁ。俺、あんまし聴かないんだよなぁ」
「アニソンも、最近は有名なロックバンドが主題歌を歌っていたりするんだよ」
僕は自分のスマホをズボンのポケットから取り出して、音楽アプリから自分のプレイリストを引っ張ってきて、アニソンになった有名なロックバンドの曲名を表示させて高橋君に見せる。
「え、まじで!? このバンドや、あのバンドの曲が!?」
「良かったら、俺のお勧めのアニソン、紹介するけど?」
小池君がまたおずおずと会話に入ってくる。
「おう、頼むわ! 超興味出てきた!」
そうやって盛り上がる僕ら。
不意に視線を感じると、成瀬さんも嬉しそうな顔して、女子たちの集まりの中心から僕を見ていた。
「私が、今の赤崎君を守ってみせる」
あのときの成瀬さんのその言葉が、その微笑みが、田口さんの言葉と笑顔と同様に、僕をどきっとさせたことを、きっと成瀬さんは知らない。
変わり始めた僕と小池君と高橋君の関係。
変えたのは、田口さん。
見守っていたのは、成瀬さん。
僕は、オレンジ色に染められた街の中での、あの二人の眼差しを思い出す。
弱ったな。
実は、昨日、二人のあの眼差しが忘れられなくて、勉強に身が入らなかった。
僕は、ちょっと顔が熱くなるのを感じながら、成瀬さんに笑顔を向ける。
そうすると、成瀬さんは微笑んでから、僕から視線を外した。
弱ったな、本当に弱った。
僕は、昨日の深夜に、自分の頭の中で出した結論に、心底困惑していた。
僕は。
恋愛に興味がなかったこの僕が。
あの、昨日のオレンジ色に染められて。
田口さんと成瀬さん。
あの二人の眼差しに。
いや、あの二人の想いを受け取って。
二人を同時に好きになってしまったかもしれないのだった。
「おーい、赤崎」
高橋君と小池君と音楽の話題で盛り上がっている中、ちょんちょんと肩を叩かれて、僕が振り返ると、田口さんがにかっと笑みを浮かべて立っていた。
僕はちょうど、田口さんと成瀬さんのことを頭の片隅で考えていたので、できるだけそれを見抜かれないように心を落ち着かせながら、田口さんに笑顔を向けて聞いた。
「何?」
そして、その後の田口さんの返答に、僕はど肝を抜かれることになる。
それは、また、あのときの二人っきりのカラオケへの誘いのように、唐突な誘いだった。
「今年の春の文化祭、あたしと二人で、音楽ユニット組んで体育館のステージで出演してみねぇか?」
「は?」
僕はぽかんと口を開けて、呆然と田口さんを見つめた。
それを聞いていた小池君と高橋君も、呆然としていたが、すぐに高橋君が僕の肩をがっつりと組んで、勢いよく喋り出した。
「いいんじゃねぇの!? 赤崎、歌、超うまいしさ、ただ、田口、お前、音楽で何かできんの?」
できる。
それを、僕は知っている。
あのとき、二人でカラオケに行ったとき、田口さんはめちゃくちゃ歌がうまかった。
多分、絶対音感を持っているはず。
「へへーん、実は歌えるし、ギターも弾けるんだよね、あたし。バンドとか組んだことないけど」
「え、まじで!? じゃあ、田口がギター弾いて、赤崎が歌えばいいじゃん!」
盛り上がる高橋君につられるようにして、小池君が聞いてくる。
「二人とも、何を歌うつもりなの?」
「そ、れ、を」
ちっちと右手の人差し指を振りながら、田口さんはにかっと笑ったまま、僕らに言った。
「あたしと赤崎の二人で作るんだよ。一からな」
僕は仰天して、思わず目をまん丸くして聞いた。
「一から? 作詞作曲するってことか?」
「そだよ」
田口さんが、何のこともなしに、そう言ってくる。
「いや、それはさすがに間に合わないんじゃ……。だって、あと一か月だよ?」
「大丈夫、もう役割分担は決めているから」
また、何のこともなしに、田口さんはそう言う。
「役割分担?」
僕が戸惑って尋ねると、田口さんは笑顔を崩さないままに言った。
「赤崎が作詞、あたしが作曲。んで、ギターでの演奏があたしで、歌うのが赤崎」
「いいじゃん、それ! ぜひ、やってくれよ!」
高橋君がさらに盛り上がってきて、小池君もうんうんと頷く。
「いいね、それ、俺も楽しみ」
「いや、でも、僕は学級委員長だから、クラスの出し物に専念しないと」
僕は、盛り上がっている高橋君や小池君、そして、誘ってくれた田口さんに申し訳なく思いながらも、現実を見据える。
この高校は、春に文化祭をやる。
厳密に言えば、五月の中旬にだ。
ゴールデンウィークを挟むため、休日返上となるが、準備がしやすいのがありがたいところだ。
高校二年生の出し物は、基本的に飲食物だと決まっている。
たこ焼きとか、たい焼きとか、綿菓子とか、そんな類の簡単な調理で作れるものだ。
そして、僕はこのクラスの学級委員長だ。
クラスの出し物の最終決定をして、クラスメイトたちのシフトを決めて、その他諸々の書類の手続きなど、様々な仕事がある。
それをやりながら、やったことのない作詞をして、しかも、それを田口さんに作曲してもらって、二人で練習してパフォーマンスの完成度を高めて、音楽ユニットとしてステージに出演するのは、困難な気がした。
「大丈夫だよ、赤崎君」
僕らの会話が聞こえていたのだろう。
女子たちの輪の中から、成瀬さんが出てきて、僕に優しく微笑んだ。
「副委員長の私が、赤崎君の分の仕事も全部引き受けるから、赤崎君はそっちに専念したらいいと思うの」
「成瀬さん……」
呆然としながら、僕は成瀬さんの微笑みを見つめる。
嫌、駄目だ。
成瀬さんに、そんな重労働を背負わせるわけにはいかない。
「イエスって、そう言ってよ、赤崎君」
やや興奮ぎみに、成瀬さんは少し顔を傾かせてから、僕に言った。
「私も、ステージで歌う赤崎君を見てみたいの」
「決まりだな」
ぱん、と手を叩いて田口さんが言った。
「よーし、じゃあ、赤崎は一週間で作詞してくれ。それを、私が一週間でメロディーつけるから、残りの二週間で練習して本番に挑もうぜ」
そんな、めちゃくちゃな。
でも、高橋君と小池君は盛り上がっているし、提案者の田口さんはもうやる気まんまんだし、それに副委員長の成瀬さんまでもが僕の背中を押してくれている。
これはもう、無敵のイエスマンとして、こう言うしかないぞ。
「……分かった、やろう……!」
そう言うと、田口さんは無邪気に笑って、高橋君と小池君がおおっと声を上げ、成瀬さんは優しく見守るように微笑んでくれた。
僕は、周囲も自分も、どんどん変わっていってしまう気がして。
それが、怖くて。
でも。
何となく。
僕は、心のどこかで、わくわくしていたんだ。
さすがに緊張していたのか、恐る恐るといった様子で教室に入ってきて周囲の様子を窺いながら、小池君が自分の席に座った。
クラス中のほとんどの生徒が話すのをやめて、腫れ物に触るようにして、黙ってその小池君に視線を注いでいる。
僕はそんな小池君の席へと歩いて行って、笑顔で言った。
「おはよう、小池君」
小池君はそんな僕を見上げて、じわっと涙ぐんでから、それからそれを隠すように俯いて、少し照れたように応えてくれた。
「おはよう、赤崎君」
ああ、そうだ。
昨日から、僕らは友達になった。
ただ、一方的に利用されて、利用する関係なんかじゃない。
僕らは、互いの見せたくないところを、共有し合ったんだ。
君は失恋したその様を、僕はこれまで見せてこなかった他人への厳しさを。
「小池君、顔を上げなよ」
僕は笑顔を崩さずに、そう小池君に言い聞かせる。
小池君は慌てて目を手でごしごししてから、顔を上げる。
「ここが、君が自分で切り開いた、君の居場所だよ」
僕は柔らく微笑んだ。
心の底から。
小池君を尊敬しながら。
僕のように壊れることなく、一歩前に踏み出した小池君を。
「何か、赤崎君、君、変わったね」
小池君が、眩しいものでも見るかのように目を細めて僕を見つめた。
あのオレンジ色に染められながら、田口さんと成瀬さんに見つめられていたとき、そうなっていく予感が、僕の心のどこかにはあった。
でも僕は、ただ微笑んだまま、静かに言った。
「変わったのは、君のほうだよ、小池君。君は勇気を振り絞って、ここまでたどり着いた。それを、僕は尊敬している」
あのとき、いじめに屈して、壊れてしまった僕にはできなかったことをやってみせた小池君のことを、僕もまた眩しいものでも見るかのように目を細めて言った。
それから、朝のホームルームが始まり、それが終わるとまた小池君の席のそばで小池君と話していた僕のほうに、高橋君が歩いてきた。
「おーい、赤崎」
高橋君が、僕の顔を見ながら声をかけてくる。
また、宿題を見せてほしいと言ってくるかと思いきや、高橋君は、スマホを取り出して、僕に今流行りのロックバンドの画像を見せてきた。
「このバンド、超いけてると思うんだけど、どう思う?」
僕はぽかんとして、高橋君を見た。
「あれ、このバンド知らない?」
「いや、知ってるけど、高橋君のことだから、宿題見せてくれって言ってくるかなと思って……」
僕は戸惑いを隠せないでそう言うと、高橋君はぼりぼりと頭をかきながら言った。
「ああ、いや、あれはもうやめたよ。どうせ、田口が邪魔してくるし、女子に頼り続けるのもだせーと思い始めてな。それより、お前、音楽に詳しいから、音楽について語り合いたくてな。特にロックな」
変わっていく、高橋君も。
高橋君を変えたのは僕じゃない、田口さんだ。
ちらっと遠目で、窓際の席の田口さんを見ると、田口さんがこっちを見ながら、笑顔で満足げに頷くのが見えた。
全く、あの無敵のノーギャルは……。
このままいくと、僕までも変えられてしまいそうだ。
でも、勝負はまだ続く。
僕が無敵のイエスマンであり続けるか、その生き方を田口さんが変えるか。
「ああ、このバンドは知ってるよ。特に、ロンリーって曲が、僕の一番のお気に入りかな」
そう言うと、目を輝かせて、高橋君は興奮ぎみにそう言う。
「いいよな、あの曲。なんか、すげー悲しい曲なんだけど、最後に曲調が変わって、前を向かせてくれるような終わり方するんだよな!」
「へぇ、そうなんだ、俺も聴いてみようかな」
小池君もおずおずと会話に混ざってくる。
高橋君が小池君を見て、目を輝かせたまま、自分のお勧めの曲の名前をスマホの画像で小池君に見せ始める。
小池君もスマホを取り出して、その曲名を検索して、それをスマホの音楽アプリのプレイリストに入れ始めた。
ロンリー。
僕は決して、嘘はついていない。そのバンドの僕の一番お気に入りの曲だ。そして……。
恋人に振られて独りになった男が、どれだけひどい振られ方をしたとしても、今、どれだけ孤独になったとしても、あのときの二人の恋の輝きは本物だったと思い、前を向いてまた人生を歩き始める。
そんな歌詞だ。
曲調は、高橋君が言った通り、初めは悲しいものの、最後の盛り上がりで一気に明るくなる。
今の小池君にぴったりの曲だと思った。
「そういや、小池はどんな音楽聴いてんだ?」
一通りのお勧めを小池君に教えた高橋君が、小池君に尋ねる。
「え、いや、アニソンとか」
「アニソンかぁ。俺、あんまし聴かないんだよなぁ」
「アニソンも、最近は有名なロックバンドが主題歌を歌っていたりするんだよ」
僕は自分のスマホをズボンのポケットから取り出して、音楽アプリから自分のプレイリストを引っ張ってきて、アニソンになった有名なロックバンドの曲名を表示させて高橋君に見せる。
「え、まじで!? このバンドや、あのバンドの曲が!?」
「良かったら、俺のお勧めのアニソン、紹介するけど?」
小池君がまたおずおずと会話に入ってくる。
「おう、頼むわ! 超興味出てきた!」
そうやって盛り上がる僕ら。
不意に視線を感じると、成瀬さんも嬉しそうな顔して、女子たちの集まりの中心から僕を見ていた。
「私が、今の赤崎君を守ってみせる」
あのときの成瀬さんのその言葉が、その微笑みが、田口さんの言葉と笑顔と同様に、僕をどきっとさせたことを、きっと成瀬さんは知らない。
変わり始めた僕と小池君と高橋君の関係。
変えたのは、田口さん。
見守っていたのは、成瀬さん。
僕は、オレンジ色に染められた街の中での、あの二人の眼差しを思い出す。
弱ったな。
実は、昨日、二人のあの眼差しが忘れられなくて、勉強に身が入らなかった。
僕は、ちょっと顔が熱くなるのを感じながら、成瀬さんに笑顔を向ける。
そうすると、成瀬さんは微笑んでから、僕から視線を外した。
弱ったな、本当に弱った。
僕は、昨日の深夜に、自分の頭の中で出した結論に、心底困惑していた。
僕は。
恋愛に興味がなかったこの僕が。
あの、昨日のオレンジ色に染められて。
田口さんと成瀬さん。
あの二人の眼差しに。
いや、あの二人の想いを受け取って。
二人を同時に好きになってしまったかもしれないのだった。
「おーい、赤崎」
高橋君と小池君と音楽の話題で盛り上がっている中、ちょんちょんと肩を叩かれて、僕が振り返ると、田口さんがにかっと笑みを浮かべて立っていた。
僕はちょうど、田口さんと成瀬さんのことを頭の片隅で考えていたので、できるだけそれを見抜かれないように心を落ち着かせながら、田口さんに笑顔を向けて聞いた。
「何?」
そして、その後の田口さんの返答に、僕はど肝を抜かれることになる。
それは、また、あのときの二人っきりのカラオケへの誘いのように、唐突な誘いだった。
「今年の春の文化祭、あたしと二人で、音楽ユニット組んで体育館のステージで出演してみねぇか?」
「は?」
僕はぽかんと口を開けて、呆然と田口さんを見つめた。
それを聞いていた小池君と高橋君も、呆然としていたが、すぐに高橋君が僕の肩をがっつりと組んで、勢いよく喋り出した。
「いいんじゃねぇの!? 赤崎、歌、超うまいしさ、ただ、田口、お前、音楽で何かできんの?」
できる。
それを、僕は知っている。
あのとき、二人でカラオケに行ったとき、田口さんはめちゃくちゃ歌がうまかった。
多分、絶対音感を持っているはず。
「へへーん、実は歌えるし、ギターも弾けるんだよね、あたし。バンドとか組んだことないけど」
「え、まじで!? じゃあ、田口がギター弾いて、赤崎が歌えばいいじゃん!」
盛り上がる高橋君につられるようにして、小池君が聞いてくる。
「二人とも、何を歌うつもりなの?」
「そ、れ、を」
ちっちと右手の人差し指を振りながら、田口さんはにかっと笑ったまま、僕らに言った。
「あたしと赤崎の二人で作るんだよ。一からな」
僕は仰天して、思わず目をまん丸くして聞いた。
「一から? 作詞作曲するってことか?」
「そだよ」
田口さんが、何のこともなしに、そう言ってくる。
「いや、それはさすがに間に合わないんじゃ……。だって、あと一か月だよ?」
「大丈夫、もう役割分担は決めているから」
また、何のこともなしに、田口さんはそう言う。
「役割分担?」
僕が戸惑って尋ねると、田口さんは笑顔を崩さないままに言った。
「赤崎が作詞、あたしが作曲。んで、ギターでの演奏があたしで、歌うのが赤崎」
「いいじゃん、それ! ぜひ、やってくれよ!」
高橋君がさらに盛り上がってきて、小池君もうんうんと頷く。
「いいね、それ、俺も楽しみ」
「いや、でも、僕は学級委員長だから、クラスの出し物に専念しないと」
僕は、盛り上がっている高橋君や小池君、そして、誘ってくれた田口さんに申し訳なく思いながらも、現実を見据える。
この高校は、春に文化祭をやる。
厳密に言えば、五月の中旬にだ。
ゴールデンウィークを挟むため、休日返上となるが、準備がしやすいのがありがたいところだ。
高校二年生の出し物は、基本的に飲食物だと決まっている。
たこ焼きとか、たい焼きとか、綿菓子とか、そんな類の簡単な調理で作れるものだ。
そして、僕はこのクラスの学級委員長だ。
クラスの出し物の最終決定をして、クラスメイトたちのシフトを決めて、その他諸々の書類の手続きなど、様々な仕事がある。
それをやりながら、やったことのない作詞をして、しかも、それを田口さんに作曲してもらって、二人で練習してパフォーマンスの完成度を高めて、音楽ユニットとしてステージに出演するのは、困難な気がした。
「大丈夫だよ、赤崎君」
僕らの会話が聞こえていたのだろう。
女子たちの輪の中から、成瀬さんが出てきて、僕に優しく微笑んだ。
「副委員長の私が、赤崎君の分の仕事も全部引き受けるから、赤崎君はそっちに専念したらいいと思うの」
「成瀬さん……」
呆然としながら、僕は成瀬さんの微笑みを見つめる。
嫌、駄目だ。
成瀬さんに、そんな重労働を背負わせるわけにはいかない。
「イエスって、そう言ってよ、赤崎君」
やや興奮ぎみに、成瀬さんは少し顔を傾かせてから、僕に言った。
「私も、ステージで歌う赤崎君を見てみたいの」
「決まりだな」
ぱん、と手を叩いて田口さんが言った。
「よーし、じゃあ、赤崎は一週間で作詞してくれ。それを、私が一週間でメロディーつけるから、残りの二週間で練習して本番に挑もうぜ」
そんな、めちゃくちゃな。
でも、高橋君と小池君は盛り上がっているし、提案者の田口さんはもうやる気まんまんだし、それに副委員長の成瀬さんまでもが僕の背中を押してくれている。
これはもう、無敵のイエスマンとして、こう言うしかないぞ。
「……分かった、やろう……!」
そう言うと、田口さんは無邪気に笑って、高橋君と小池君がおおっと声を上げ、成瀬さんは優しく見守るように微笑んでくれた。
僕は、周囲も自分も、どんどん変わっていってしまう気がして。
それが、怖くて。
でも。
何となく。
僕は、心のどこかで、わくわくしていたんだ。
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