カボチャの騎士とガラスの王冠

悠美

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「もう! ルキは一体何を考えているのかしら?!」

 八つ当たりをするかのように、セフィルは持っていたハンカチを壁に向かって投げる。
 セフィルは今、宿屋に一人でいる。
 肝心のルキは、あの後用事が出来たといい、ここにセフィルを残し出て行ってしまった

「私を一人にするなんて……騎士として失格よ……」

 ルキが出て行く前に入れてくれた冷めた紅茶を口に含みながら、不機嫌そうに呟いた。
 苦味が口の中に広がり、ふぅとため息を付く。
 そこで、ふと先ほど見たガラスの王冠を思い出した。
 あんなにも美しい王冠がこの世に存在しているのだなと、目を瞑りながら王冠を思い出してうっとりと余韻に浸った。
 そこで、セフィルは何を思ったのか、スクッ と立ち上がる。

「そうだわ! 私があのガラスの王冠について調べて……助けてあげればいいのよ! そしたら、ルキの鼻だって空かせるわ!」

 セフィルは急いでルキに向けて走り書きのようなものを残し、部屋を出て行った。
 あのカボチャの顔に鼻があるかどうかなど、セフィルの頭にはなかった。
 そして、あの歴史博物館に向かって走るセフィルの後に、複数の謎の影があることに彼女は気づくことはなかった。




「……お久しぶりでございます。ソレラ・アレマランジェ・フェラルダ様」

 ルキは、一枚の肖像画の前に立っていた。
 白髪に青い瞳を持ち、王であるにも関わらず頭上には王冠はなかった。
 今からおよそ、百年前に滅亡した王国、リマラ王国。

「あのガラスの王冠を見て、もしかしたらと思いましたが……もう、あなた様にお話できないとは、残念でなりません」

 ルキは、感情の篭ってない淡々とした物言いで肖像画に向かって話しかける。

「……私的には、あの国がどうなろうとは興味などありませんが……」

 そこまで言うと、ルキは肖像画の前に片膝をつき、うやうやしく頭を垂れた。

「平和をこよなく愛し、どんな者にも手を差し伸べたあなたは、あの国のした行い、 そしてそれが故に呪いに苦しむ国の者をお救いになりたい……と言うでしょう。そして、私にご命令をなさるでしょう。それならば、私はご命令に従うとします」

 ルキのギザギザに分かれた口から、そんな言葉が出た。
 そして、ゆっくりとした動きでルキは立ち上がり、肖像画を後にした。
 ふと、ルキが足を止め肖像画を最後に見ると、王が少し微笑んだのを僅かに感じた。





「んん……」

 薄暗い部屋。少しかび臭い匂いでセフィルは目を覚ました。
 うっすらと目を明けると、そこは地下室のようなところだった。

「あら……? 私、なんで……」

 呆然とセフィルが呟きを洩らす。
 そして、起き上がろうとするが何かに邪魔されてその場に転んでしまう。

「ぃった……なんなのよ……」

 冷たいコンクリートに寝かされ、後ろ手を縛られ身動き一つ出来ない。
 セフィルが顔を上げると、不気味に光るガラスの王冠、そして祭壇が一つ置いてあった。
 あんなに美しく思えたガラスの王冠は、酷く不気味に思えた。

「お目覚めですかね? セフィルさん」
「あなたっ……」

 コツン、コツンと足音を経てて、現れたのは歴史博物館で会った ハンスリックだった。

「どう、いうこと? あなたの、仕業なの?」

 セフィルが震える声で問いかけた。
 ハンスリックは、博物館でみせたような優しい笑みをみせながら口を開いた。

「まさか、あなたの方から動いてくれるなんて……探す手間が省けました。あの、ルキフゲという男が曲者でね。宿は突き止めたものの……頑丈な鍵で中に入れなかったんです。ああ……部屋を出る際、あなたは気がつかれなかったでしょうがね」

 クスクスと、人を少し小馬鹿にするような笑い方をして、近くの椅子に腰掛けた。
 椅子がギシリ、音を経てた。

「……私をどうする気……?」

 セフィルは、こみ上げる恐怖心に気が付かれないように強気に振舞った。
 そんな彼女を以外そうに見つめ 、
「へぇ……てっきり泣き叫ぶかと思った」
「フン……私を甘く見ないでくれる?」

 ぎゅっと強く握りこぶしを作り、意地でも泣いてやるもんかと誓いをたてた。

「まあいいや。セフィルさんはどうせ死ぬことになるんだし……」
「……え?」

 ハンスリックは、視線をセフィルからガラスの王冠に移し、独り言のように呟いた。

「……まだ時間もあるし、何も知らないで死ぬのは気の毒だから、少し昔話をしてあげよう」

 ハンスリックは、音もなく立ち上がり、ガラスの王冠に向かって歩み寄っていった。

「……今から、百年前。この国の初代王アグリー・リーレファントと隣のリマラ王国は平和条約を結んでいた。
 リマラ王国の王、ソレマ様は平和をこよなく愛した方だったらしく、それでこの国と条約を結ぶことになった。
 でも、会合の日にソレマ様の頭にあったガラスの王冠を目にした途端、わが国の王がまるで魔法に取り付かれたかのようにその王冠を欲したらしい。
 それを手に入れるために、リマラ王国を襲い、略奪をした」
「酷い……」
 セフィルが、小さく呟く。
「肝心なのはここからで、王冠を手に入れたまではよかったが、アグリー様は王冠を手にした翌日に謎の病により死亡。その後次々と王は何人ものに変わっていったものの、長くて一年足らずで死に、短い時は即位してわずか二時間で死んだ王もいた」
「……」
「誰かが言った。呪いだと……冗談じゃない……初代の王のせいでなぜ我々が苦しまなくてはならない!?」

 ハンスリックは 怒りを露にしながら、そう怒鳴った。
 王の身勝手な行いが、子孫にも影響し続けることになっている。

「あることをするようになってから、王が死ぬことはなくなった……」
「あること?」

 セフィルの問いに、ハンスリックは表情を消し冷たい口調で告げた。

「生贄ですよ」
「生贄?!」
「若い娘を生贄として捧げてから、王が死ぬこともなくなりました」
「っ!?」
 真っ青になり、言葉を失うセフィル。
「調度いい時に来てくださってありがとうございます。今宵は新月。儀式にはもってこいの日なんですよ」

 にやりと、顔を歪めてそう言い切ったハンスリック。
 松明の火がゆらりと風に揺られ、ガラスの王冠が一瞬明るく照らされる。
 娘たちの生き血を長年に渡 って捧げられてきたそれは、美しくもあり、穢れているようにセフィルには思えてならなかった。
 そんな中、地下室の扉が開き、数人の男たちが流れ込んできた。
 漆黒のマントで全身を覆いつくし、不気味な仮面で顔を隠している。

「時間ですか?」

 ハンスリックの問いに、彼らは声を出さず小さく頷いてみせ、腰に差してあった銀色の剣を抜いた。
「っ……」
 その剣の使い道は一つしか考えられなくて、セフィルは背筋が凍りつくのを感じた。
 そこで、ハンスリックは「ああ……」と言葉を洩らし何かを手に取った。

「大事なことを忘れていました」
「は? !? ちょっと! 何!? なんなのよ!?」

 バシャン、という音と共に、壷一杯分の水がセフィルにかけられ、 一気に濡れ鼠状態になってしまった。
 ハンスリックは、自分をにらめ付けてくるセフィルを冷たく見下ろしながら、言葉を続けた。

「清めの水です。この水で穢れた心と身体を清めます」

 淡々と言うハンスリックに、セフィルが声を張り上げて叫んだ。

「ふざけんじゃないわよ! あんたたちなんてね! ルキにボコボコにされちゃえばいいのよ!」
「ククッ……残念だけど君のナイト様は来ないよ」
「……え?」
「今頃、獣の餌になってるかもね」
心底おかしそうにハンスリックは話した。
「う、嘘……嘘よ! ルキが……ルキが……」

セフィルの脳内には、ルキがいた。
いつでも自分を護ってくれるルキが、こんなところで?
セフィルは、嫌な予感を頭から追い出し、真っ 直ぐ前をみた。
ルキは強い。なんたって、騎士たちのトップに君臨している男だから。

「……ふん。まだそんな目ができるんだな」
セフィルは何も言わずに笑った。
私は、ルキを信じる。その思いだけが彼女の心の中を占めている。

「もっと取り乱すかと思ったが、興ざめだ。ああ……そろそろはじめて」

彼の合図と共に、複数の足音が地下室に響いた。
そして、セフィルを取り囲み剣を天井に向かって突き上げた。
緊迫した空気が流れ、ジジジと松明が空気を焼く音がする。

「っ……」
明確に近づいてくる死のカウントダウンにセフィルは、固唾を呑む。
何をしているのルキ……早く、助けに……呼んだら助けにきてくれるんでしょう?
だったら……


「早く助けにきなさいよ!  馬鹿ルキ!!」

セフィルがそう叫んだと同じタイミングで、地下室の頑丈な扉が開け放された。
みんな動きを止め、扉を見つめる。

「馬鹿とは心外です。あなたに馬鹿とはいわれたくありませんが?」
「ルキ!?」
嬉しそうに、セフィルは彼の名前を呼んだ。
本当に助けに来てくれた……

「まったく……あなたというお方は……大人しく留守番も出来ないのですか?」
いつもは腹が立って仕方がないルキの毒舌も、今は温かみを覚えた。

「さて、」
ルキは、そこで言葉を切り、自らも剣を抜いた。
「一国の王ともあろうものが……このようなことをするとは……この国の未来が心配ですね」
「え? 一国の……王?」
セフィルは、目を白黒させながら、ルキに問いかけた。
「ええ。そうですよね? ハンスリック王」
「……バレちゃったか……」
ふぅ、とため息をつきつつ、椅子に腰掛けるハンスリック。

「呪いに関係しているのは、王だけですからね。他の者は知らない。ごく限られたものだけがこのガラスの王冠の話を知っている、ということですよね?」
「そ。僕を含めてここにいる者たちが知っているよ」
そう言うと、仮面の男たちはうやうやしくハンスリックに頭を垂れた。
そんな彼らを視界に入れながら、はっきりとした口調でルキは口を開いた。
「……ハンスリックさん。私と取引しませんか?」
「取引?」
「ええ。王冠の呪いの解き方を私は知っています。その代わりに、私たちを無事にこの国から出させていただきます」
「ルキ!?」

ルキが言った言葉に、セフィルは信じられないという表情を作った。

「……この場を切り抜けられたとしても、国が相手では逃げることは難しいです。それなら、取引をして円滑に物事を解決するべきでしょう?」
「う……そ、だけど……」
「いかがでしょう?」
セフィルからハンスリックに視線を移し、淡々として話すルキ。
「……その話が本当なら、条件を飲んでも構わないけど?」
「それが賢明かと」
ハンスリックとルキのやり取りが終わった所で、床に寝かされていたセフィルが不満そうな声を出した。
「ちょっと! ルキ!? いつまで私を放っておくつもり!?」
「……ああ、忘れてました」
「忘れっ!?」

「通りでいつもより隣が静かでした」
 そういえば、とさもどうでもよさそうにルキが言うと、怒鳴るセフィル。
「それどういう意味よ!?」
「そのままの意味です」

テンポのよいやり取りをしながら、ルキはセフィルの縄を解いてやる。
そして、濡れている身体に自分の上着をかけてやる。

「……ありがと」
「いえ。ご無事でなによりです」

ルキは、感情の篭っていない淡々とした口調で告げるが、それが彼の照れ隠しであることセフィルはわかっていた。

「私はこれからやらなければならないことがありますが……セフィル様は、このまま宿へ」
 おそらくお戻りくださいと言おうとした言葉を、セフィルは遮った。
「嫌。私もいくわ」
「セフィル様……」
「私だって巻き込まれたのよ? それくらいいいでしょ?」
「……はぁ……わ かりました。では一緒に参りましょう」

 ルキは、ため息をつきながら了承し、ハンスリックへ向き直って、王冠を渡すように告げた。

「本当に呪いは解けるのか?」
「ええ。大丈夫です。ここから我々二人で参ります。リマラ王国には恐らく入りづらいかと思いますので」
「……どうも」

ルキは、ハンスリックからガラスの王冠を受け取った。
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