カボチャの騎士とガラスの王冠

悠美

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「長らくお待たせいたしました。これはお返しします。どうぞ、安らかにお眠りください」

 ルキは、一枚の肖像画の前で再び膝をついていた。
セフィルは、そんなルキから少し離れたところで、心配そうにみている。

「ソレラ様……」

 ルキが王の名を口にすると、ガラスの王冠から眩い光が放たれ、光は徐々に小さくなっていって、やがて塵となって消えた。
 セフィルが恐る恐る目を開けると、肖像画の王の頭上にはなかったはずの、ガラスの王冠が鮮やかな光を放っていた。

「……やはり、あなた様に相応しいものですね」

 ルキの柔らかな声が、自然とセフィルの耳にも入ってきた。

「……王冠というのは、確かにそれなりのものが求められます。ルビーにサファイアなどをふ んだんに使い、王はそれを権威の象徴といって被るのでしょう」
「ルキ?」

 ルキは、独り言のように、特に誰にいうのでもなく口を開いてみせた。
 しかし、独り言にしては大きくまるで誰かに言い聞かせるかのようにも思えた。

「ですが、それはただの被り物にしか過ぎないのです。大切なことは王としての責務を全うすることで、銅で出来たみすぼらしい王冠を身に着けていたとしても、民を思う気持ちに偽りなければ、国はよりよいものになるといえるでしょう。アグリー様は、ただ間違えてしまっただけです。素晴らしい王冠を手にすることが出来れば、国を豊かにできると思ってしまった」
「……」

 国を豊かなものにしたいと願った王は、皮肉にも末裔たちを苦しめる種を作ってしま った。純粋な思いが誰かを苦しめ、そして罪のない娘たちの命をも奪う結果を生んだ。

「……いけませんね。年をとると感傷深くなって」
「……あんたいくつよ」

 ルキが涙を拭く真似をしながら言うと、呆れたようにセフィルが口を開いた。

「永遠の二十代です」
「気持ち悪いわ! そんな気持ち悪いこと、気持ち悪い顔で言わないで!」
「失礼ですね。元からこの顔です」
「知ってるわよ!」

 先ほどまでの暗い雰囲気は今もうこの場所にはない。
 セフィルとルキが出す、暖かな空気感が流れている。

「……後は、あなた次第ですよ。ハンスリックさん」

 ルキは振り返ることなく、背後の壁画に向かって呟いてみせた。
 セフィルには、どうやら聞こえていなかったらし く首を傾げている。
 そんな彼女に、ルキは手を差し伸ばして口を開いた。

「さぁ、そろそろ参りましょうか? いくら気候が暖かいといっても、いつまでも濡れ鼠ではさすがのセフィル様も風邪をひかれます」
「……ちょっとそれどういう意味よ」
「そのままの意味ですよ」
「なにそれ!? 私が馬鹿だっていいたいわけ?!」
「おや。自覚がおありでした?」
「あるわけないでしょ?!」

 先を歩き出したルキを、追いかけるようにセフィルも走り出し、隣に並ぶ。

「だいたいね! ルキが悪いんでしょ? あんな紛らわしい言い方するんだもん! 結局手を貸してあげるなら、先に言ってよね!」
「はいはい。すみませんでした」
「なにそれ!? 軽い言い方!」
「私が悪う ございました。あ……確か宿代、今日の分払ってないですね……早く戻らないと荷物捨てられるかも……」
 しれません、いう前にセフィルは、慌てたようにルキの服を引っ張って言う。
「早く! 早く宿に戻るわよ!」

 宿代の話は全くの嘘だが、これ以上言われるのは面倒だったルキは、咄嗟に嘘をついた。
 嘘も方便ということだ。
「ええ。行きましょうか」
 ルキは後ろを振り返ることなく、セフィルを追いかけた。
 ルキの耳に残るのは、平和を愛した一人の王と、民や国のために子孫たちを苦しめてしまった二人の王の「ありがとう」という声がやけにはっきりと聞こえたのだった。
 
 その後、ハンスリックは自身らがしてきた行いについて弁明をすることなく責任を取り国王の座を退こうとしたが、民衆らの熱い声援により、国王の座についた。


 国王の肖像画の隣には、カボチャ頭の男と金髪の美しい娘が描かれていたのだった。
 
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