異世界に迷い込んだ給食のお兄さんは魔王様にごはんを作りたい。食べるならごはんをどうぞ。

猫屋町

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16.魔王様の悩み事(中編)

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ベッドで寝そべり、フォルティスを抱きしめた。フォルティスは俺の胸元に顔を埋め、心臓の音を聞いてるようだ。

最近見つけたフォルティスのリラックス方法は俺の心音を聴くこと。
何がいいのか分からないけど、それでストレスが解消されるならと好きにさせている。

指通りのいい紫紺の髪をゆっくり梳くと、気持ち良さそうにフォルティスは目を閉じた。
あまり眠れてないのか、薄らと隈が出来ている。
俺は朝まで爆睡タイプだから気づかなかったけど、眠れてないみたいだな。

「ちょっと寝る?」

「いや……話をしてもいいか?」

声が緊張したように掠れてる。
悩んでることを話したいのかな。
怖がらせないようゆっくりと頷く。

「いいよ」

「…………」

フォルティスは何も話さない。言葉を探しているというより、相談することを恐れているのかもしれない。
仕事のことは部下のみんなと相談することはあっても、個人的な話をする相手はいなかったのだろう。
その不器用さが切なくて、紫紺の髪に口付けながら、緩やかに撫でた。
されるがままのフォルティスは、甘えるように俺の胸に頬擦りし、ゆっくりと顔を上げる。
捨てられた仔犬みたいな寂しげな瞳が縋るように俺を見た。

「…………伊織は、子が欲しいか? 子どもたちがたくさんいるところで働いていたと言ったな」

予想外の言葉に首を傾げる。
子ども?

「うん。保育園ってとこで子どもたちにご飯を作ってたよ」

それがどうしたんだろうか。
子ども関係の施策で悩んでる? それなら専門官がいるはずだし。
話が見えてこない。

「子ども、好きか」

「そうだな。給食室ーー厨房からみんなの成長を見守るの、楽しかったな。苦手なものが食べれるようになったとか、今日は残さず食べれたよって教えに来てくれた時なんて泣きそうになった」

保育園での出来事を話すと、フォルティスは期待と不安を半分ずつ混ぜたような顔をした。

「ーー子を、持ちたいと思うか」

「自分のってこと? そうだな。俺、夢があって。自分の子に母さんが教えてくれた料理をいっぱい食べてもらいたいんだ。美味しいもの色々作ってくれる人でさ。一緒にお菓子作ったりもして、たくさん教えてもらったんだ」

「それが伊織の夢なのか」

不思議そうな顔で俺を見た。一国を統べるフォルティスには想像もつかないだろう些細な夢。でも、本当なんだから仕方ない。

「そう。だから子どもは欲しいよ。でも、そういうのって巡り合わせもあるし。縁あって俺のとこに来てくれた子は大切に育てたい守りたいって思うよ」

フォルティスとの関係を考える時が来ているのかもしれない。

「巡り合わせ、か」

何かを確認するようにフォルティスは、俺の言葉を繰り返す。

「そう。フォルティスは子ども欲しい?」

「魔王は必ず次世代を作らないといけない」

やっぱり。曖昧なままじゃれあい、ベッドを共にしていたが、そろそろ咎める人が出て来てもおかしくないだろう。
名前のない関係でよかったと思う。
騒つく心を押し込め、何でもない顔をつくる。

「あ、そうか。この国って世襲制なんだっけ」

「そうだ。それで、そろそろ次の魔王を育てなくてはならない時期が来ていて……」

言い淀むフォルティスの額にそっと口付ける。

「前に視察に行った日、先代から連絡が来て、そろそろ作れと」

やっぱりあの日だったのか。
優しい優しいこの魔王様は、一度拾った俺を手放すなんて出来ないんだろう。

俺としても、やっと甘えることを覚え始めたフォルティスから離れるのは心配だ。でも、これからフォルティスを支えるのは、俺の役目ではない。

辛そうなフォルティスにこれ以上言わせるのが可哀想で背中を撫でてやりながら、明るく告げる。

「そっか。じゃあ、俺はここから引っ越しだな。寮も空いてるし、新居は大丈夫だ」

気にするなと背を叩こうとしたが、フォルティスはガバッと身を起こして俺をベッドに押さえつけた。

「やだ。ダメだ。違う、そうじゃないんだ。頼むから出ていかないでくれ」

ぎゅうぎゅうと抱きしめながら、駄々をこねる子どものようなフォルティスの背を撫でさする。
最大級の地雷を踏んでしまったらしい。

「大丈夫、出て行かなくていいならここにいる」

「…………」

ちゅっちゅっと髪にキスを落とし、抱きしめ返す。

「悪かったよ、出て行くなんて言って」

「…………」

「フォルティス……」

呼び捨てるとやっと、拘束が少しだけ緩んだ。そっと上げられた顔を見ると、ダイヤモンドの瞳が少しだけ潤んでいる。
頬や俺のシャツに濡れた跡はないが、そこまで追い詰めてしまったのかと反省した。

「俺こそ悪かった。また取り乱して」

「いや、それは俺が迂闊なこと言ったからだし」

気にするなと頭をぽんぽんすると、フォルティスは何かを決意するように大きく息を吸った。

「伊織」

「ん?」

「私は今から、とても酷いことを言う」

酷いこと?

「自分勝手なことだと分かっているが、嫌わないで欲しい」

フォルティスは祈るように俺の手を握り込んだ。その手が僅かに震えている。

「大丈夫だよ、フォルティス」

「伊織ーー私と子どもを作ってくれ」

は?! はぁあ??



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