竜王さまは不眠症〜異世界で出張添い寝屋〜

猫屋町

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本編

初夜ー5 初めまして、添い寝屋です

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「あ、ーーいや、そっか……」

アロマスプレーならどこでも買えるよと言いかけて、ここが異世界だったことを思い出す。
日本でなら簡単に手に入っても、ここでは難しいーーというかラベンダーすらないのかもしれない。
キリノなら日本で買うこともできるかもしれないけど、グランが説明できないだろう。

「トモル?」

「……瓶か何か入れ物ある? 密閉できるもの」

「これでいいか?」

不思議そうな顔をしながらもグランは棚を漁り、小瓶を取り出してきた。手のひらに収まるほどの小瓶は切り子みたいに綺麗な花の模様が入っている。
蓋を外して容量を確認すると見た目から想像するより大きかった。

「十分だよ。この瓶もらう代わりに半分置いて行くってことでいい?」

「いいのか?」

「うん。全部はあげられないけど、半分あれば大丈夫。そんな高いものじゃないしね」

むしろ、この小瓶の方が高価だと思うけど。
どうする?と訊くと、前のめりのグランに小瓶ごと手を握られた。

「是非譲ってくれ!!」

そんなにか。

「交渉成立ってことで。小瓶に移すね」

半分より多めにボトルに残し、移し替えた。オイルの入った小瓶は光に透かすと、星が瞬くようにきらきらと輝く。
これ、本当に貰っても大丈夫なものかな? 
騙し取ったみたいで気が引ける。
もし、次回呼んでくれるならアロマオイルを持ってこよう。
そう胸に誓い、まだスプレーボトルを嬉しそうに眺めているグランに声を掛ける。

「茶葉も渡しとくね。淹れ方は大丈夫?」

「あぁ、昨日見ていたし、問題ない」

未開封の茶缶を渡すと、グランは蓋を取って匂いを嗅いだ。

「なら良かった。ーー時間もいいし、そろそろ精算してもらっていい? お泊まりの基本料金が1万5千円でここに肩揉みとか出張料とか含まれてて。お茶代は2千円。合計1万7千円ね」

「すまん、キリノから日本のお金を渡されてるんだが、どれがいくらか分からん。必要なだけとってもらえるか? それから、こちらの世界に来てもらっているから、倍支払う。3万4千とってくれ」

グランは文箱みたいな木箱を持ってきて、蓋を開けた。中には、帯のついた札束がいくつかと小銭も数十枚入っている。全て日本のお金だ。

「了解、この中からもらうね。ーーちなみに、これが1万円札でこっちが千円札ね」

見せながら、抜き取るとグランは興味深そうに頷いた。

「なるほど。本当にこの紙切れもお金なんだな」

「そうそう。紙幣っていうの。こっちの金属で出来たお金より高額なんだよ」

俺の解説にいちいち頷きながら、グランは紙幣や小銭を触っている。

「で、俺どうやって帰ったらいいの?ーーキリノさんにはグランに送ってもらえとだけ聞いてるんだけど」

「もう帰るのか?」

俺の言葉にグランが少し残念そうな顔をした。同性とはいえ、美形にそんな顔をされると絆されてしまいそうになるが、帰ってお昼寝タイムまでに道具を洗ったり、店の取り分を支払いに行ったりとしなければいけないことがある。

「ごめんね、時間が来たから」

「そうか……では、送り届けるからそこに立って、帰りたい場所をイメージしてくれ。少し眩しいかもしれないから、目は瞑っててくれ」

来た時とは違って今度は魔法っぽい帰宅方法らしい。

「わかった。で、光が止んで目を開けたら家にいるって感じ?」

「まあ、そのような感じだ。忘れ物はないか?」

「大丈夫。じゃあ、ご利用ありがとうございました。もしよかったら、また予約して」

バイバーイと手を振りながら、目を閉じ、自宅のアパートを思い浮かべた。
ふわっとした浮遊感と瞼の向こうに感じる淡い光の中で、グランの低い声が聞こえて来る。

ーーまた来てくれ。

もちろん、と返した声は届いただろうか。

光がやみ、目を開けると自宅アパートだった。
もらったお金を確認すると木の葉ではなかったので狐につままれたわけでもないらしい。

グランは狐っていうより大きいわんこっぽいけど。
どっしり構えてるように見えて抜けてるというか。

仕事道具を整理していると、カバンの底にコロンと転がる小瓶。
次に指名もらったら今度は色々持ってくか。

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